私が人間になれた話
初投稿のくせに意味の分からないタイトルである。
私の人生で性格に影響する出来事が2回起きたと感じている。私がようやく父の前で人間になれたと思った話だ。
2025年10月8日未明、犬が死んだ。
当時の私は派遣社員で工場勤務だった。いわゆる中番の週で、文句を垂れながら3本の乗り換えを乗り越え帰宅した。3年も繰り返していたが、中番の時だけはとても嫌だったことを覚えている。
乗り換えで走って汗をかいた体には肌寒く感じる日だっただろうか。玄関を開けると22時を過ぎているというのに父親が電話をしていた。風除室越しに微かに聞こえる単語から嫌な予感がしていた。
風除室の引き戸を開けてすぐ左の足元に犬のベッドが置いてある。いつもならそこでぐっすりとまぁ人間様がしこたま働いてるのにてめぇはよと言いたくなるほどの寝っぷりで犬はいたはずだった。
しかし犬はおらず、母は泣きそうな顔でリビングの机の下にいた。父親は電話をしていた。
詳細を両親から聞かずとも異変はすぐに分かった。犬が体全体で呼吸をしていたのだ。ああ、電話は夜間の動物病院を当たっていたのか。
急遽見てくれるとの事で、両親は家を去った。
ここで大きい転換期が訪れる事となる。
私は犬アレルギー持ちである。犬飼ってんのに?!とよく言われた。しかしアレルギー体質の人が動物を飼うとどうしてもその動物のアレルギーが出てしまうことがある。その1人である。
上記の話を踏まえ、私はどうするかとても悩んだ。
私は着いていくべきなのだろうか?一刻を争う。
よく漫画で「貴方の判断は間違っていない」というセリフを聞く機会がある人にはあるだろう。私は判断を間違えたと、今でも強く後悔している。
行かなかったのだ。
どうせ大丈夫、腰かなにか痛めて痛がっているのだろうと。帰ってきたらグッタリとしてまたリビングのベッドに大きく体をはみ出しながら寝るのだろうと。
用意されていたご飯を一人で食べ、風呂に入っていた。不安でどうにかなりそうだった。
高校の友人と今でも繋がっているアカウントにずっと書きなぐっていた。大丈夫だ、何もないと。
(ここで画像を出せれば良かったのだが、最近のXは鍵アカウント内の検索機能が全く役に立たないため割愛)
午前0時を回り、もう就寝しなければという時間であった。次の日も当然仕事である。しかし犬の顔を見なければ気になりすぎて寝付けないであろうと思ってずっとリビングを歩き回っていた。
電話が掛かってきた。
もう嫌だった。
この電話は、犬が死んだことを伝える電話だと、そう思った。出る前から涙が溢れて止まらなかった。震える声で出た、父だった。犬が死んだと。
すこし大きめの箱に犬は入れられて帰ってきた。
しかし眠っているような顔ではなく、口を少し開け、耳が頭の後ろへ倒れるような顔だった。
母によれば、最近吠えていなかった犬が最後に大きく吠えて死んだそうだ。口を閉じる余力も無かったのだろう。
久々に犬に顔を近付けて過呼吸が出るほど泣いた。
触った途端、あんなに暖かかった犬が「物」だと感じた。「生命」ではなく「物」だと。
さて、長々と犬が死んだことを書いた。
犬が死んでお前の人生の何が変わったんだと思うだろう。なんと父親と大喧嘩したのだ。犬の死をきっかけに。
私の父は「関白亭主」というやつだ。
それでもあの時はかなり丸くなっていた。しかし父のことは喧嘩をした後でもとても嫌いだ。
父の喋り方はとにかく語気が強い。そして短気。話の結論が分からないと、周りから見ても言い過ぎだと感じるほどの強い語気で結論を急かす。何が地雷なのかが分からない。そんな父の元で育ってみろ、父の目を見て何かを話すことが怖く、涙が溢れて止まらない人間の完成だ。私の事である。
そんな父と喧嘩したのだ。人生で初めて。
何故喧嘩になったか。
父は近所の人や犬の世話周りをしてくれた人へのお礼参りで「俺(父)と母は犬の最後に立ち会えてよかった」と言っていた。
私からすれば「あの時着いていけば……」とずっと自責の念に駆られながら仕事をしていた時に耳に何度も入れられたのだ。許せないと今でも思っている。
震えながら父にそう打ち明けた。しかし父は「お礼参りしてるのにお前だけが他の人に挨拶しなかった!」と言われたのである。お礼参りした場所はペットサロンと動物病院である。行けるわけが無いだろう。何を言ってるんだこいつは。
これで大喧嘩となった。私がなにか言おうとする度に遮り、大声で捲し立てる父親が心底嫌になった。いつもの私なら泣いてメソメソしてその場に立ち尽くすだけだったが、この時だけは違った。
「もうお前と話をしてもラチがあかない。前からずっと思っていた。考え方が真逆だから私とは合わない。もう話すことは無い。」
なんと!あの父親にここまで言ってのけたのだ。流石だ。誇りに思う。
立ち去ろうとしたが、父親が座れとしきりに言ってくる。部屋に籠ってもストッパーがないため部屋に押し入られてはたまったもんじゃない。黙って座る。父親から何を話されたのかは覚えてない。しかしどれも私の耳には届かなかった。覚えていないってことはそういう事だ。言い合いをした覚えはある。
父が「言うこと遮らないから言いたいこと全て言え」と言ったのだ。遅せぇよという気持ちを抑えつつ、言うかどうかを10分くらいメソメソしながら考えた。
「中学の頃からお前のことが嫌いで仕方なかった。お前とただの会話ですら震えが止まらず涙が出る。そうやって捲し立てるからだ。そういう人間をお前は育てたんだ。いつか包丁突き立ててやろうと思った。ネットで見た。話を聞かない親には暴力を振るえば聞くようになると。お前のことはいつだって殺してやりたいと思っていた。」
素晴らしい。
世間一般からすれば私は石をぶん投げられてもおかしくない。しかし私から見た父とは独裁者で、地雷原なのだ。15年以上よく耐えたものだと。あの時の私を私は力強く抱きしめてやりたい。
父は黙ったあと、静かに泣き始めた。
父からしてみれば、愛情だったのだ。今思えば、感情が先に出るタイプの子煩悩だったと。癇癪が抑えきれない父親だったのだ。どんなに私のことを思っていたとしても、なにかのきっかけ1つで手元にあるテレビのリモコンを投げつける。ぶつかれば痣が出る強さで投げつけてくる。
父は静かに涙をずっと流し、ただ一言「ごめん」とだけ言った。
さて、ここも長々と顔も知りもしない女の親との喧嘩を晒しただけである。
では何が変わったのか?
第1に家の空気が変わった。犬が死んでから、犬が居なくなった空間というのは何故か空気が違う。違和感とも言える。そこに犬が居ないだけで、何故かいつもの家とは思えないのである。
そして父。私にあれほどぶちかまされたため、かなり丸くなった。以前なら物音で不機嫌を表していたことも無くなった。大喧嘩の際母は遅番で居なかったのだが、やはり母から見ても「いつもの父じゃなくて不気味すぎる」と言わしめる程であった。
ぶっちゃけマジで気味が悪いほど私に寄り添うようになった。
犬が死に、父と大喧嘩して私は初めて、父と対等になれたのだ。初めて父の前で一人の人間だと思えた。
何度か家を出ようかと迷ったが、犬が死ぬまでは実家にいようと思っていたのだ。しかし、犬が死んだことでようやく「私から見た歪な家族が正常に成れた」のである。
