【日本異界地図#6】栃木・岩船山 ― 生と死、異なる二つの祈りが共存する岩山
本記事は「日本異界地図」の一編です。
私は日本各地に点在する「異界」を歩いています。
伝説の残る山、奇妙な村、信仰の遺跡、忘れられた町。
日常のすぐ隣にある異界を訪ね、その物語を記録しています。
岩で出来た船
酷暑の昼、私は栃木市に着いた。
栃木市にはたくさんの田んぼがあり、美しい風景を形作っている。田園風景のその先に、急にせり上がる岩山がある。山は大きくはないが、面はごつごつとしており、遠目にも「石の山」であることがよくわかる。
ここは関東一円の死者の魂が集う山である。そして同時に子授け祈願の信仰対象でもある、岩船山(いわふねさん)である。
生と死の信仰地
岩舟山はその名の通り船の形をしている。この山は古くより「死者の霊が集う処」と語られてきたせい聖域である。人は死後、その魂が岩舟山に集まると信じられてきた。
一方、岩舟山にはもう一つの側面がある。岩舟山にある高勝寺は子授けや安産祈願も強く信仰されているのである。
彼岸期には多くの参詣者が集まる。亡くなった父母、兄妹、我が子の魂を悼むために。そして子授け・安産・子育ての祈願をするために。生と死の両面で、この地は信仰対象となってきた。

徳川家と岩舟山
岩船山の霊山としての性格は、江戸の政治権力と民の祈りが重なったところに濃く現れる。三代将軍家光の側室は岩舟山の高勝寺を深く信仰し、高勝寺の地蔵を江戸城内で祀ったという。その後誕生した四代将軍家綱は「岩舟地蔵の申し子」と呼ばれた。
岩船山は民から信仰され、将軍家からの寵愛も受けた。こうした「下々の信心」と「上からの保護」は、岩舟山と高勝寺の名を高めるに至った。宮中の出来事が、家綱誕生という吉事と結びついて農村まで語り広がる。他方、寺側は彼岸の供養や祈りを広く受け入れながら、堂塔の整備で場の威厳を確かにした。結果として、岩船山は生と死を繋ぐ階段を持つ山として、政治と民の両方から支えられた霊域になったのである。

境界の山
物語は境界で発生する。単なる平穏で均質な日常からではなく、異質なものと邂逅した際に物語が発生する。
岩舟山は徳川家が支配した関東平野の淵であり、つまり地理的な境界に位置していた。そして同時に、岩舟山は生と死の境界でもあった。岩舟山が地理的にも死生観的にも境界にあることは、信仰の場になったことと無縁では無いだろう。
酷暑の中、私は高勝寺からの帰り、登った分と同じだけの600段を降りて帰った。エアコン効く待合室など無い岩舟駅で、次の電車を待った。
フィールドノート
岩船山
住所: 〒329-4307 栃木県栃木市岩舟町静
アクセス: JR両毛線岩舟駅下車後すぐ。岩船山山頂にある高勝寺までは徒歩20分ほど。
駐車場: あり
補足: 高勝寺までは長い階段が続くので涼しい時期に行くことを推奨
