よっしゃ死んだろって思って決行をしようとする前によくよく考えたら同人誌というものを1回も書いたことがないと思った人
小説とは何か? もう一つの世界のことですよ。
あんまりそういう認識がないようだなと思ったりするんですが。
小説はもう一つの世界。それ以外の何物でもない。もちろん世界なんで、エンターテイメントだったり、人間とはなんなんなんなんなんだろうかという答えのないことについて考える箱庭として最適だったりするわけです。
おもしろいですね。
そのもう一つの世界は、その世界ならではの慣習やルールで動いていたりするんです。
それは、現実というものに対しては、合わせ鏡のような錯誤感をもたらします。
この小説世界は現実に似ているのに、ちょっと違う。あるいはぜんぜんこの小説世界は現実に似ていないのに、似ているかもしれないという感覚を強烈に呼び起こす、とか。
たぶんね、人間は類似しているものは何かって推測しちゃう生き物なんだと思いますね。
集めたり、推理するの好きでしょう?
無名人インタビューも、一対一で、話す人と聞く人が相対します。自分と相手を見比べたり、同じだと思ったり違うなと思うことで、新しい何かを見つけたり見つけなかったりしていくものなのでしょうかね。
今日の無名人インタビューもよろしくお願いいたします!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 桐原 さんです!
現在:目に入ってきた刺激を受けて、あるいは聞こえてきたものを受けて、いきなりそっちの方向に話を飛ばすみたいなことがあって。
イワナ:今、何をされてる方ですか?
桐原:私もインタビューをする人なので。仕事で言えば、ちっちゃい中小企業で広報担当してて、社内報の作成とか、ホームページのディレクション、社内ディレクションしたりとか、そういう感じですかね。遊びだったら、私は元々が同人誌書きなので、小説書いたり動画作ったり、なんだろうな、最近やってんのあれか、TRPGゲームをやったりしてる人ですかね。
イワナ:仕事と趣味とは結構パックリわかれてる感じですかね?
桐原:ほとんど私の趣味で培ってきたスキルが仕事に活かされているってタイプなので。趣味できなくなったら仕事辞めるかなっていうタイプですね。
イワナ:今、おいくつの方ですか?
桐原:32です。
イワナ:その仕事を選んだ理由は?
桐原:仕事を選んでないんですよね。5年前に今の会社に入って。
そのときは何をしてたんだったかな。その時はちょうど現場の立ち上げがあったから、とりあえずアルバイトみたいな感じで入って。1年ぐらいなんか適当にしてたら、「お前、社内報やれ」と言われ。それで編集部が立ち上がったのか。
5年前に入社したときから「私は同人誌やって、小説を書いたりしてるのは趣味なんだ」っていう形で面接をしていたので、多分それが上司の頭にあったんじゃないかな。社内報をやれと言われて「社内報ってそもそもなんだ?」みたいなところからやって、って感じですかね。
質問の内容は何だったっけ?
イワナ:仕事を選ばれた理由です。
桐原:っていう感じなので、今の仕事は選んでない。(笑)
イワナ:ちなみに社内報はどんな感じのことを書いているんですか?
桐原:基本的には、うちは官公需系の仕事なんで、自治体からの仕事を受託して、皆様に行政サービスを通じてお返しするっていう感じなんですけれども。どこでどんなサービス提供してるとか、他の事業部はこんなことしてるよ、とか。部署が違っても連携してやってってね、みたいなこと書いてます。
3年間ずっと続いてるのは、インタビューの仕事。
自治体からいただいてるお仕事で働いてくれている、主に高齢者のおじいさま、おばあさまが多いかな。そういう人たちの生い立ちから聞いてって、この方どんな方、みたいなのを書いていってます。
イワナ:インタビューは、誰に向けて記事にしてるんですか?
桐原:社内報なので、社内にいる人たち、うちで働いてる人たち。
どんな人が自分と同じ仕事をしてるのかなとか、なんでこの仕事に就いたんだろう? って興味持ってくれてる人に向けてっていうところありますね。
イワナ:インタビューを受けるほうを今してみて、どうですか?
桐原:自分はあんまり話をするのが得意じゃないので。このインタビューを受けるときも、私1時間前どころか、朝6時半ぐらいからもうずっと、「何喋ればいいんだろう」と思いながらお風呂入ってました。
私、ほぼ日の奥野さんのインタビューとか、素朴で好きだからよく見てるんですけど、何を聞かれて何を話すんだろうっていうのは、やっぱりドキドキするから、みんなもそうなんだろうなって思いました。
イワナ:社内報以外では、小説を書いたりされてるっていうことなんですけど、書くことはどうですか?
桐原:それ、よく社内でも聞かれるんですけど。
社内報やってると、「物書きが趣味で社内報やってて、お前は天職を見つけて幸せもんやな、俺らはこんなにつらいのに」って言われるんですけど。「そんなん知るか(笑)」って話なんですけど。
私が本当に好きなのはタイピングなんで。
ちっちゃいときから、それこそ幼稚園のときは文字が書けなくて、めちゃくちゃ字が下手くそなんですよね。当然、幼稚園の子だからむしろ下手で当たり前なんですけど、あまりに字が汚なすぎて、親が「ちょっとこれはやばい......」っていうことで、たまたま買ってたワープロで私にタイピングを教えてくれたっていうのが一番最初かな。
イワナ:なるほど。
桐原:小説を書くのが好きなのではなく、字を書くのが、タイピングをするのが本当は好きで。何もしないで無心にタイピングをする。
それこそ私が中学生の頃だと技術の時間って、どれだけタイピングが早くできるかのテストがあったんですよ。ああいう時間が好きでしたね。
今、デザインが好きで、MacBookProを使ってるんですけど、やっぱりキータイピングという点で言えば、もうちょっとタイプの深い、カチッていう感じな方がいいなって思ったりとか。やっぱ28歳を超えてくるといきなり手の力が弱くなってくるので。これは筋トレをしなきゃ、とか思ったり。
イワナ:タイピングって、どういうところに魅力を感じてますか?
桐原:手で字を書く、例えば書道とかをやってる人とかはたまに近いことを言ってくれる人がいるんですけど。
勝手に文字が、何もないところに出てくるっていうのはすごく面白いですよね。
思ってることを書いてるっていうよりは、何もないところに何かができていくのが面白いっていう。そこかな。
イワナ:それはタイピングじゃないと実現し得ない感じのことなんですか?
桐原:手応えっていう意味であれば、私はタイピングの方が実現しやすい。っていう感じです。
これが例えば、自分の手書きの方が、例えばガラスペンのペン先の感触が、インクが滑ってく筆の感覚が......インクじゃないか墨か。筆の方が手応えあるっていう人であれば、多分そっちの方が良いんだろうけど。
出てくる文字が綺麗なんですよね。一番最初から。ワープロとか、特にマックなんかはフォントが綺麗だから。綺麗なものが勝手に出てきて真っ白い図面を埋めていってくれるっていう、それが好きなんだと思うんですね。だから、何かを書くことが、創作で何かをすることが好きですかって言ったらそれは別に好きではない。好きじゃなくはないけど、どっちかっていうと修行の感覚の方が強いです。苦しい、書いていて。
イワナ:最近楽しかったことって何ですか?
桐原:昨日ガラス工房に行って、グラスを1個作ってきました。
イワナ:どんなグラスなんですか?
桐原:本当になんてことはない、普通の宙吹ガラス。吹きガラスなんですよね。青色のやつを作ってきて。
これは最近やってるTRPGの、キャラクターを自分で作ってロールプレイしたその子が、たまたまガラス職人という設定を付けてしまったばっかりに愛着が出て、「よっしゃ宙吹ガラスやってくるか!」っていう感じで。
体験工房なんで、ある程度形とか、使える色味なんかは決まってるんですけれども、作るんだったらこういう色味かなっていうやつを作ってきましたね。明日とりにいってくるんで、どうなってるのか。全然予想がつかないんですけど。
それが今んとこ一番楽しかったかな。あと、TRPG関連が今、私の中ではアツいから、キーパリングしようとかシナリオ作ってみるかと企画したりとか、動画にしてみるにはどうすればいいんだとか悩んでる。
イワナ:自分の性格について、どんな感じで思ってはりますか?
桐原:もう本当にネガティブだなっていうのは思っているけれども。なんだろうな。
友達、それこそ5年10年付き合ってる友達によく言われるのが「開けてみるとびっくり箱みたいな感じ」とか「思ってたんと違った」みたいなね。
先生に言われたのは何だったっけな、「不思議な野心家だね」とか。「どういう部分がですか?」っていう感じなんですけど。
ぱっと見た印象とその後にやってることとかが、全然違うらしいです。
イワナ:性格に関するエピソードはありますか?
桐原:自分としては気分が変わりやすいっていうのは非常によくあって。
でもそれって、普通の人もそうでしょうって思うこともあるし。だから、なんだろうな。
こんな風に会話してるとするじゃないですか、そしたら全然別の目に入ってきた刺激を受けて、あるいは聞こえてきたものを受けて、いきなりそっちの方向に話を飛ばすみたいなことがあって。行ったと思ったら勝手に戻ってくることがよくあった。
10代20代の頃は、それが今より顕著だったので。勝手に行ったまま戻ってこなかったみたいです。
「これが綺麗だな」とか、「今日はこういう天気だな」とか思ったことをポンって言っちゃう。周りがどんな話をしてても。仕事の会議中とかでもよくありますね。
自分では別に繋がってないわけではないつもりなんだけれど、背景の説明もなくいきなり段取りをすっ飛ばして、そこに私が話を持って行くからみんなびっくりするのかな。
イワナ:職場の人からも、昔、先生に言われたことと同じような感想を持たれてるんですか?
桐原:ちょっとわかんないですね。私、あんまり職場のひとと雑談しないから。雑談めっちゃ苦手です。でも「変な子だね」とよく言われます。直属の上司は割と喋ってくれる人なのでそういう感想は聞くし、社外の人にもそうやって紹介されてる(笑)
イワナ:綺麗なものとかってお好きなんですか? 先ほどから結構出てくるワードやなと思って。
桐原:何を綺麗とするかっていうとあれですけど....なんか多分、何て言うんだろうな、縁(ふち)が綺麗なものが好きなんだろうなって。どっちかっていうと布っぽいものよりは、かたいものの方が好きだなっていう気はしますね。直線的なものはかなり好きです。
イワナ:集められたりするんですか?
桐原:あんまりコレクション気質ではないんですが、小学生のときとかには結構集めてましたね。銅製の人形のちっちゃいやつとか、ブローチとかピンバッジ。私が子供の頃の縁日っていうのは、そういうものがすごく多く販売されていて、1個50円〜200円くらいのを10個買ってもらうとか。一時期1000個くらいあったかなぁ。
過去:女にはそもそも天井がそこにあって、一番上には行けなくなっていたっていうのが発覚したみたいな感じ
イワナ:子供のときはどんな子でしたか?
桐原:一番ちっちゃいときに覚えているのは、沿線の近くに住んでいたので、電車とか、航空自衛隊の基地も近かったし、うるさい環境には非常に慣れている子供だったなと思いますね。結構ぼんやりしていたかと思えば、いきなり動き出したりするような。
子供はみんなそういうもんだと最近思いはじめているんですけど。
イワナ:それによって培われたものってありますか?
桐原:培われたもの...?
遠慮しないでいいところは遠慮しないで動き回る感じだったり、逆に遠慮しないといけないかわかんないなっていうときにはもう全く動かなくなりますね。
例えば、父の知り合いにフランス料理をやっている人がいて、そのお店ってカウンター前面にウイスキーとかバーボンとか、バーって瓶が並んでて、その目の前に茶色いバーカウンターがあるようなお店なんですよ。でも子供OKで、ナイフとフォークの使い方を教えてもらったり、隣に座ったおじちゃんに、いきなり、ねえねえおじちゃん何してる人? みたいな話をいきなりかますような子供だったので、色々教えてもらった記憶ありますね。
っていうことをしているような子供かと思えば、広いところに連れて行かれて同い年の子供がワチャワチャしてるとこに行くと、全く動かなくなる。ベンチの下に隠れ出すような子供でした。
初対面は全然ガツガツいけるけど、お友達からになっていくぐらいの2、3回目あたりでいきなり人見知りを利用しだすので。関係構築に非常に時間がかかります。
イワナ:それはどうしてそういうふうにしてたかとか、覚えていますか?
桐原:友達になるまでは、もう完全に向こうが私の第1印象に騙されてくれるんですよね。「おとなしそうや」と思ってみんな近づいてくる。だから「そんなことなかったわ」ってびっくりしない子が今も残ってくれてる感じ。だから、みんな大好き。
イワナ:桐原さん的なスタンスで言うと、何も変えてないっていう感じで。
桐原:何も変えてない。変わってないはず。
イワナ:その頃好きだったものとか、はまってたものとかで覚えてるものありますか?
桐原:小さい頃かあ。小さい頃もやっぱり絵描いてたかな。その頃はもう本当に字は全く駄目で。
ペン握ってると手が疲れちゃうタイプだったので、短い時間で絵を描いていたり、山に連れてってもらったりとかいう記憶はあるかな。
あとは本読んでるのが好きかな。本が絵本じゃないんですよね。親の奨めがあって源氏物語を読んだり、南総里見八犬伝を読んでたり。時代物も好きでしたね。今も好きだけど。ほぼほぼ記憶にないけど、ひたすらそのあたりを読んでた記憶があります。同じ本を何回も繰り返し読むタイプなので、誕生日プレゼントに困ったらしいです。新しい本はなかなか欲しがらない子だったから。
イワナ:それは絵ではなく、文字で読んでるっていうことですかね?
桐原:そうですね。文字で読んでますね。
イワナ:親からすすめられたものに、反抗心などはありませんでしたか?
桐原:面白いから読んでるみたいな感じ。母は女の子らしい女の子に育ってほしいから、とにかく文学系のものさえ読んでいればそれでOKみたいな感じだったので。特に何事もなくですね。
逆に父が集めてた漫画の『釣りキチ三平』とかは、読んでいると母がものすごい勢いで抵抗してくるけども、私は楽しいから読むみたいな感じでした。父は釣り好きなんで「何巻読んだ」「この魚、何巻で見た」「高知にアカメ釣りに行きたいなぁ〜」とかいまだに話題になります。
イワナ:ご家族ってどんな構成ですか?
桐原:私一人っ子、父母ですね。母はもう亡くなってますけど。2000、何年や?
東北の震災の前の年に亡くなってるから、もうだいぶ前なのかな。
イワナ:お父様とお母様からの期待のされ方がちょっと違う感じだった?
桐原:違う感じですね。でも2人ともずっと口うるさかったのは、「必ず大学には行きなさい」ってこと。すごく言われていたけれども、私は勉強しない子供でした。大学には行ったけど勉強はしない。
イワナ:勉強はあまりお好きじゃなかったんですか?
桐原:勉強、科目によりけりです。算数が全然ダメで。
って言うか算数の先生が大嫌いで算数を勉強しなくなって。「先生が嫌いだから勉強したくありません!」っていうて、夏休みの課題を全部赤ペンで答えをまる写しして提出する子供でした。
イワナ:逆に好きな先生はいたんですか?
桐原:やっぱり国語の先生とか英語の先生は大好きでしたね、逆に。
イワナ:国語と英語の教科はどうでした?
桐原:成績はほどほどに良かった方だと思います。教科自体も好きだったけど、でも文法は国語も英語も、文法大嫌いなので。文法がダメなんですよね。物書きとしてあるまじきなんですけど、本当にダメダメすぎて先生にびっくりされましたね。
だから数学の公式が苦手なんじゃないかな。数学も公式だし。特進クラスにいたけど「数学嫌だ!」って普通クラスに行ったし(笑)大学進学メンバーに数えられてたので「これじゃちょっとやばい」みたいな扱いをされてました。
イワナ:実際、公式、苦手でしたか?
桐原:公式、苦手ですね。すごい苦手でしたね。だからたまたま高校のときの先生に、数学らしからぬ考え方で数学を教えてもらった記憶があります。
イワナ:具体的にはどんな感じなんですか?
桐原:「数学の公式って暗記するものではなくて、これって要は言語だから。全部が説明文だと思って読みなさい」って言われて。
因数分解の公式に、ふりがなみたいにストーリーを書いて覚えさせられた記憶がありますね。
もはや覚えてないけど、因数分解とか。
で、問題を全部国語に翻訳してくれたんですよ、その先生が。それで覚えてましたね。それやった次のテストは、9割とか取れてて。丸暗記がダメなんだな、多分。
イワナ:勉強は、考えて解くのが好きですか?
桐原:多分そうなのかなって思いますね。勉強したいと思ってしてた記憶があまりないから勉強が得意かどうかはわからない。
イワナ:その数学の解き方に出会ってから、勉強への見方が変わったりしました?
桐原:苦手なんだなこれがっていうのはわかりましたよね。型にはまってるものをとりあえずそのまま使っとけばOKみたいなやつっていうのは、肌に合わないみたいなところがあったり。
イワナ:10代は総括してどんな感じでした?
桐原:10代前半は楽しかっただろうな。私、スポーツ少女だったので。
剣道やってソフトテニスやってミュージカルやってみたいな感じだったので。剣道は幼稚園の時からやってたから市とか県大会はバリバリ勝ってたし。人生楽しかったんだろうなって思いますね。
お勉強チックな部分が入ってきた途端に何もできなくなるので、10代後半はもう......今でも思うけど暗黒時代みたいな。ひたすらネガティブな方に突っ走っていたなっていう感じです。
イワナ:10代前半の頃は、勉強もそんなに苦手意識はなかったんですか?
桐原:ないですね。覚えることが少ないから、基本的に全部感覚で解けるじゃないですか。
多分小学生くらいの数学算数とかは。なんとなくわかったみたいな感じでいけちゃうけど。
なんとなくでいけなくなってくるあたりが多分10代中盤、後半に出てくる。出てきてたなっていうか。
イワナ:10代後半の、暗黒時代とおっしゃってるのは、勉強以外に何かありました?
桐原:環境がまるっと変わったので。高校は志望校のランク落として行ったので、もう誰も知らない人ばっかり。「ランク下げんでよかったやん!」って受験点数だったし、そっちに友達はみんな行っちゃったし。
だから3年間か。3年間、高校時代は生徒会室に引きこもって生活してた。
イワナ:生徒会役員だったんですか?
桐原:そうですね、先生のすすめもあって。
「わかった。とりあえず保健室じゃなくて生徒会で生徒会役員やりながら引きこもれ」みたいな。
イワナ:生徒会はどんなところでした?
桐原:なんか変な人がいっぱいいましたよ。留学から戻ってきた先輩とかはとりあえず行き場がないからくるみたいな。そんな先輩が多かったので、交換留学生がたむろして国籍豊かな感じ。変な人は多かった。
イワナ:コミュニケーションとかは取ってたんですか?
桐原:取ってましたね。陽キャな先輩たちが多かったので。やっぱり海外行って帰ってくると、「引っ込んだままじゃダメだ!」みたいなマインドでみんな帰ってくるんで。
みんなどうした? 日本人じゃないな? みたいなテンションでからんでくる先輩いた。
イワナ:その先輩たちとは仲良くなったりしましたか?
桐原:仲よくしてくれてたと思いますね。私は相変わらず、何も変わらずみたいな。
楽しい先輩たちおるなって感じやったし。だから、教室はとりあえず勉強しに行くところで、お昼とか放課後はひたすら生徒会室に引きこもって。私、演劇部の部長やってたんで、隣の部室に行って、「どうしよう次の大会の脚本」みたいな。「この人数でできるのないな。書くか」みたいな感じで脚本書いたり。タイピングできない先生に代わって会議の資料を打ち出したりしてましたね。先生、それいいのかよ、ってかんじだけど(笑)
イワナ:10代後半、ネガティブっておっしゃってたんですけど、今思って満足度とかどうでした?
桐原:満足度は、でも高いかな。やれる限りのことはやってたんだな自分、感はありますね。
もうちょっと言えば、「あの、もうちょっと勉強しとってくれよ」って感じではあるんですけど。その後のね、今の人生を振り返ると、「いや、もうちょっと勉強しててくれ」って思うことがままある。
イワナ:20代はどんな感じでしたか?
桐原:20代、本当に暗い話しかないな。20代、本当に暗いな。20代って12年前か。
イワナ:大学は行かれたんですか?
桐原:私、富山大学芸術文化学部。今はなんか併合されたのかな、地域マネジメントみたいなのになっているコース。あそこにいてて、なぜか1人だけ、1年、2年半ぐらい卒論前倒しでやっていたような人間なので。いやもう、ひたすら自分の価値観に向き合う20代みたいな感じですね。
イワナ:そこの大学を選ばれたのってどういう経緯ですか?
桐原:いくつのときかな、18のときか。とにかく「大学は行かねばならぬ」という方針だったので、とにかくラクして受かりたいっていう頭があった。
特に志望する場所もなく、たまたま富山大学の近くを通ったときに学祭やっているっていう話で、親が連れて行ってくれたんですよね。そのときに吉田俊六先生が、たまたまその日の説明会の担当でいらっしゃって、お話していただいたんですよ。で、「この人がいるところに行こう」と。その先生を見て、志望大学を決めたっていう感じ。別に何かがピンと来たわけではなかろうなんですけど。多分お話をしていて、「この人ともうちょっと話がしたいな」ぐらいの感覚だったと思うんですけど。結局、在学中も着物ショーや利賀ゼミといった色んな場面で俊六先生にはお世話になりました。
イワナ:卒論前倒しっていうのは?
桐原:(読者に当事者の方がいたら不勉強で申し訳ないのですが)LGBTQの話をSNSとか仕事でもよく目にするんですが、私も「自分は男でも女でもなければ誰も好きにならんのだが、これは異常なんだろうか?」みたいな話で悩んでいた時期があったんですね。特に役割分担みたいな部分で苦しんだのが地元の獅子舞組織にいた小・中学生のとき。そのメンバーの中で私は、メンズも含めて一番体が大きかったんですね。力もあるほうだったし。
なのに、女というだけで獅子頭を持って演舞するのダメなんですよ。めちゃくちゃ反発して、本来はダメだけど太鼓まではOKって感じで認めてもらってて。不満ですよね。できる力があるのになんでだめなの?って。そこから「自分の中の女は嫌い!ダメ!」みたいな流れのスタートですよね。
で、大学に入ったら、沖縄音楽や民族音楽学を専門にされている島添先生の講義でフィールドワークの授業があって、地元の獅子舞組織の、その不満をテーマにしたんですよ。その内容を発表したら「それ卒論でやんなよ」みたいな話になって、卒論前倒しでスタートってかんじでした。
だから、大学に入ったきっかけ自体が、何か自分の存在意義を問うみたいな感じがあったかな。
イワナ:存在意義を問うっていうのは、結果的にはどうなりましたか?
桐原:結果的には、自分が認識していたその組織のあり方って、実は自分の認識とは、全くずれていたっていうのが発覚したみたいな感じですね。
男子と同じヒエラルキーの箱の中にいると思ってたんだけど、そうじゃなくて、実はその箱が二重構造になってて。女にはそもそも天井があって、一番上には行けなくなっていたっていうのが発覚したみたいな感じ。
だから、その最終調査年度のときに、「ああ、そうかぁ」って悔しかったので、その箱を自分の発言でぶっ壊して帰ってきましたね。先生には「やっちゃったか」って言われたけど、やっちゃいました。フィールドワーカーとしては絶対やっちゃダメですけどね。
イワナ:やりきったって感じですか?
桐原:やりきったって感じですね。そこからそのあと10年かかって今やっと、女の子らしいことをやりはじめてきてる感じ。これまでスカート履けなかったんですよね。化粧も自分がするのはダメ。
学校のときもスカート履いて下に短パンをはくとか。先生に「スカートは嫌なんで、スカート履けっていうなら学校に来ない」って(笑)。
それくらい価値観って大事なものなんだなって。論文はエンゲストロームの活動理論を使ったんだったかな。難しすぎて理解できなかったけど。
未来:世界観を作者ががっつり持ってる、あるいは現実世界をきっちり描いてるタイプの創作は好きみたいな感じ
イワナ:10年後とか5年後、死ぬとき、どう思われていたいですか? 自分が思っていたいでも大丈夫です。
桐原:8月にコロナに罹って。そのときは抱えていた自分の原稿、仕事じゃなくて趣味の原稿、TRPGのリプレイ小説を書こうって思っていた矢先に倒れて。ものすごい熱が出て「ガチで死ぬな、これ」って思った瞬間に書き始めてて。「これを書かねば死ねない」と思っていたので、多分死ぬ間際でも書いているであろうとは思っているけれど。
で、書いているだろうって思ってることに違和感がないので。死ぬときでも書いてる人間でありたいなっていうふうには思いますよね。別に書くじゃなくても何でもいいんだけど。
やりたいことで、手の届く範囲で。執筆は、結構手軽にできる遊びなので。
ペンがあればね、みたいなところがありますので。そういうふうに死ねたらいいよねって思っている。
けれど、5年後10年後、いや5年後10年後はわからないけど、何だろうな、死ぬまでに同人誌100冊出したいなと思って。いや全然出せてないんだよな、あまりに遅筆すぎて。筆が遅いんですよね。
イワナ:同人誌を書きはじめたのっていつからなんですか?
桐原:22のときだから2014年だと思うんですけど。
2014年に何があったかって、やっぱりその時「よっしゃ死んだろ」って思ったの。思って、決行をしようとする前に、いやでも私よくよく考えたら同人誌というものを1回も書いたことがないな、と気がついて。
ウロウロしてたらたまたま『Pixiv』というお絵かきサイト、小説も上がってるんですけど、そこにいる人に何の気なしに「作品好きです」ってコメントを送ってみたら、「お前も書いてみろよ」と言われて。お前も書いてみろよって言われて、最初にあげた500文字の小説を、その人がもう延々と褒めてくれて。それで進んでいったらその年だけで250本も短編を書いてましたね。今あのペースでは絶対書けない。
イワナ:同人誌は、どういうことを反映しているものなんですか?
桐原:私、基本的には二次創作書きという人種なんです。当時人気だったロードレースの漫画を中心に話を読んだり、書いたりしてて。リアル寄りに書きたいからツール・ド・フランス走らせたろと思って。好きなキャラの夢なんですよね。夢を叶えてあげたかった。
それをずっと延々と書いてましたね。
だから、ライスポとか海外の配信めっちゃ検索してたりしたのと、JSportsでめっちゃド素人な質問をかっ飛ばしたり、フランスの新聞オンラインで読めるだけ読んでたり、チームとか選手のSNSをひたすら仕事の合間に読み漁ったりしましたね。
一時期はインタビューだったら、フランス語でも微妙に聞き取れるみたいな感じにはなってました。「今、こんなこと言ったな」みたいな。
イワナ:結構物事を極めちゃうタイプですか?
桐原:楽しいと突っ込んでいきますね。やっぱ上には上がいるから。そんなリアルなんかわからなくても書けちゃう人は書けるんですよ、ていうのが最近の悩み。
別にそんな気にせんでもいいやんっていう自分とも戦ってる(笑)。
イワナ:リアル寄りに書きたいっていうのは、妄想とかで書く方もいると思うんですけど。
桐原:小説って、多分プロの人もそうだと思うんですけど、完全フィクションみたいなのって多分なくて。
この現実とこの現実の間にある、虚構って何か? みたいな書き方が多分好きで。
そういう作品の方が好きなので。大学卒業してからも人生相談してた保健室の先生に「小松左京の『日本沈没』みたいなSFとか、バックグラウンドと世界観ががっちりしてるような一体感のある物語が好きだよね」って言われたことがあって。「だから、あなたは小野不由美の十二国記が大好きなんだと思うよ」みたいな話をされたんですね。で、そういう世界観を作者ががっつり持ってる、あるいは現実世界をきっちり描いてるタイプの創作は好きみたいな感じだと思い込んでる(笑)
今だと誰だろう。誰だっけな、吉上亮さんとかかな。好きかもしれん。その辺のSF作家は好きですね。そこから妄想するのは好きなんですよ、多分。
イワナ:書くためにいろいろ調べる?
桐原:調べていく。調べなきゃ書けないし、みたいな感じになっていく。
イワナ:もしも桐原さんが同人誌に出会ってなかったら、どんな人生になってたと思いますか?
桐原:同人誌に出会っていなかったら? 多分アウトドアの方に行く人になってたかもしれないですね。
うち、実家が庭師なので。父ひとりでやってる造園業なんですが。庭作ったりしてる、ああいう体を動かす系は好きだし、私も一時期、工場というにはあまりに小さい工場で働いてた時期もあって。体動かすのはめちゃくちゃ好きでしたね。
同人誌に出会ってなくても何かしら妄想することはもう本当に大好きだったから。それを形にすることはしていただろうっていう感触はある。
絵を描くことはしなかっただろうな。粘土好きだったから粘土してたかもしれない。いまだに山に行くと棒切れ拾ってきて何か作ったりしてます。
イワナ:例えばどんなものですか?
桐原:基本的に、木は、拾ってきたら皮を剥いで磨きますね。それで飾る。
石は、この石が削れる何かで削ったり。同じ石で削れるかな、とか。それこそ固形墨みたいに水に溶かして、ノートに自分の手形をバーンって押したりとか。そういうのを自由研究でやってたぐらいだから。
これはどこで拾った石で、これは何の石で、あの石とあの石だったらこっちの方が硬いとか。そういうことをやっていたので。
そういうフィールドワーカー的なことをやっていただろうなっていう感じですね。
普通に会社員として仕事をしている自分は、意外と……意外と意外です。
イワナ:その石とか木とかのお話って、先ほど聞いた綺麗なものとか造形とかに繋がっていくんですか?
桐原:あるかも知れないですね。
さっき直線的なものはっていうふうに言ったんですけど、これはひょっとすると人工物に限る話なのかなっていう気はしますよね。だから、例えば自然が作ったものであれば有機的曲線が一番綺麗っていうふうに思うから、それはその環境下にあってだと思う。ひょっとすると。
それこそ私がその石を拾って遊んでいた大日川だったかな。そこには、今はないんですが、風化した石でできたアーチみたいなのがあって。これが本当に絶妙なバランスで立っているんですね。なんでそこにこれだけ残ったんだろうみたいに石がくり抜かれて。何年か前に大風で倒れちゃったぐらいの、本当に奇跡的なバランスで。
柱状節理とかって調べると出てくるんですけど、本当に潮風とか、岩で削られて水で削られてみたいなのの柱がたってて。あれが一番結構記憶に残っているから、多分そういう造形物は好きなんでしょうね。
イワナ:お話伺ってて、表現が美しいというか。すごい文学的な感じしますし。アート的な要素も感じるし。すごい、表現力が豊かですよね。
桐原:置かれてた状況がそうなんでしょうね、きっと。だから私自身がそういうものだったわけでは全然ない感じですかね。
母も洋楽が好きだったり、美術品大好きだったから。よく連れて行かれて。親が共働きだったから図書館が託児所みたいな感じだったし。騒ぐ子どもではなかったので、永遠に座っている。じっと。
だから基本的に、いつだったかな、無名人インタビューでみた、「熱を持っている人の隣にいるのが好きな人」みたいなやつがあって、あれと同じなんですよきっと。
なんかしてる人の横にいてパワーを分けてもらってる感、すごくあるんですね。
私に「じゃあ、お前も書いてみろよ」って言ってくれた人然り。その他やってることも今そうですね、動画作るのも、WordPressで触ってみようかなっていうのも、やっぱり誰かがやってて、「いや、自分の同人誌のサイトを持ってるのめっちゃいいやん」みたいな流れがあったり。それやってる人が楽しそうだからやってみようみたいな。
イワナ:note拝見したんですけど、ジムのお話など多かったですよね?
桐原:そうですね。noteは途中でやめてるけど、ジムは行ききりました、ちゃんと(笑)
行ききって、自分の会社のジムでちゃんとトレーニングを続けてる。ぼちぼち。
昔のような柔軟性はないし、「あれ?相当動けたんだけどな〜」って感覚はあるけど、30代にしては「全然筋トレ楽しいぞ」みたいな。
それこそ昔は筋トレ大嫌いな人間だったから。筋トレの楽しさがわからなかったんですよね。やらされてるみたいな。
「今これをする時間だからこれをするんだ」みたいな感じでやってた筋トレだから、多分楽しくなったんだろうなっていう。
イワナ:開けたらびっくり箱っていうのがすごいわかる気がします。出会ったもの出会ったものを、自分らしく楽しむの、すごいお上手ですよね。
桐原:それはあるかもしれないですね。
イワナ:何か最後に言い残したこととかってありますか?
桐原:いやもうなんかとにかく、「人のことを気にしないで楽しめよ」っていうのが、30代の目標かなっていうところですね。
今、32歳でやっと30代2年目になったとこだけど、やっぱり人目が気になるんですよね。
20代の頃より気になって、社会人で今の会社5年目になってくると、人のことを考えて動かなきゃいけない場面がすごく多くて。
「だから、趣味はそうじゃなくていいよ」みたいな。同人書き、二次創作書きが気にしなきゃいけないのはいつだって原作へのリスペクトだけっていうね。
公式にご迷惑はおかけしないでちゃんとお金を払うみたいな。そこだけですね。それだけ気にしてたら、もう他人の評価はどうでもいいやみたいなところを楽しんでいこうねっていうのは、今後8年間はそこを頑張りたいねって思ってる。
イワナ:個人的に気になったんですけど、10代の頃は常にそういう目標立ててらしたんですか?
桐原:目標、意外となかったかもしれない。というのも、その区切り区切りって、10代前半は「とにかく1年間でこれとこれの大会で優勝する」とかばっかりだった。市の大会だったら優勝は当たり前だったし、県大会に行けばベスト8は固いから「ベスト8に行ったら、じゃああいつに勝つ」とか、そういうモチベーションで生きていて。本当に大学入るまでは大会がモチベーション。確固たる段階があってみたいな。
だから、それ以外になって、初めて、どうしようかな生き方、みたいなところに差し掛かるので。
例のPixivのコメントのおかげで私にもフォロワーができて、界隈の友達ができて、その人たちがアラサーだったんですね、出会ったときには既に。みんな、「30代は楽しいぞ」っていうのをモチベーションに生きていて。
今、その人たちが40代目前になってきてて、「40代も楽しいぞ」って言ってるから。「40代の楽しみって何?」って聞いたりしています。
イワナ:熱を持った人たちの横がいいっていうのは、そういうことですね。
桐原:20代の頃に、先生が「人生にメンターを持ちなさい」って言ってた意味がよくよくわかる。
イワナ:なるほど。沁みます。ありがとうございました。
桐原:ありがとうございました。
あとがき
読者の皆さん初めまして、イワナと申します。
あとがきで自己紹介って、と思いながらも、桐原さんのインタビューは、何を隠そう、記念すべき、私のインタビュアーデビューでした。
1時間、知らない人のお話に耳を傾ける。宣伝とかではない、個人的なお話を「聞き手」に徹して、っていう経験は初めて。で、、、っていうお話は個人のインスタグラムにでも書いておきましょう。
桐原さん、素敵なお話をありがとうございました。
聞けば聞くほど、桐原さんから生み出される言葉や、感性などが「綺麗だな、美しいな」と感じました。
綺麗 美しい って言葉って、個人的には 面白みがない や 汚れていない みたいに聞こえることもあるんですが、桐原さんの場合はなんというか、これまでのご経験で見て、触れて、聞いて、感じてきたものがあるからこそ、桐原さんの感性を通して、その物事を、こう感じている っていう気がして、本当に興味深かった。
前半では、インドアな方なのかな?と思いきや、後半ではフィールドワークという言葉が出てきたり、びっくり箱でしたね~
周りの面白いことをしている人たちに興味を持って、何かを始めるために何かをやり始めて、それが桐原さんの経験となって、またそれが何かで表現される みたいなサイクルを感じました。
リアリティを追い求めているっていうお話もあったんですが、型にはまるのが苦手 っていうところとつながるものを感じました。実際に自分で触れて、考えて、感じたい、というか。
未来の話で、「これをするまで死ねないな」っていう話があったんですが、このサイクルみたいなものが桐原さんの今の生きる意味なのかなって、改めて感じています。
まあ、全部私の推測です。実際はどうなんでしょう。また何年後かにお話伺いたいな。
インタビューの醍醐味みたいな、人間の面白さ、感じてます。
改めて、ありがとうございました!
インタビュー担当:イワナ
編集協力:あおい
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