黙ると死ぬ女の人
無名人インタビューのタイトルいいですよねって、よく言われる。
でも、記事読めてないけど、って言われること多いのよね。
記事読めてないけど、記事のサムネイル画像、タイトル、いいですよね、って。そういう枕言葉つくのよ。
まあ仕方ないよね。
わりと毎回悩まずつけるんだけど。
まあその人が言った言葉から採ってるからね。
でも、やっぱりね、その人が言ったからすべてがその人だって前提ではあるけど、例えば勢いで言ってしまった一言もあれば、その人の過去をよく言い表している言葉もあるし、第三者にとって気になる言葉なんていうのもある。
今回の参加者の方で言えば、「パトカーで児童相談所に連れていってもらった人」なんてすれば、まあ人目は引くかもね。
でもそれって、この人の今じゃあないよなあ、と思って。
たぶん、今回の言葉なら、序盤、中盤、終盤、どこにもスキないんじゃないって思ってまあつけました。お話好きの人はいるよね。世の中に。
ということで!!!!! 無名人インタビューgo!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】
今回ご参加いただいたのは 円山すばる さんです!
現在:創作は孤独との戦いだと思います。
あるく:今、何をしている人ですか?
円山すばる:今は、アマチュアのクリエイターをしています。
あるく:クリエイターとして具体的に何を作ってるんですか?
円山すばる:イラスト、短歌を作ったり、詩を作ったりしています。
あるく:いつ頃から始めたんですか?
円山すばる:イラスト自体は10年前から始めました。短歌と詩自体は4年ぐらいやっています。
あるく:特に力を入れてるものはありますか?
円山すばる:今は特にイラストに結構力を入れていると思います。短歌と詩は最近始めたので、それなりという感じです。
あるく:それぞれなんで作るようになったんですか?
円山すばる:イラストは漫画家さんに憧れて描き始めました。市川春子先生の宝石の国という漫画がございまして、そちらの漫画を読んで、こういった絵があるんだなと思って憧れて描き始めました。短歌と詩は私が以前ちょっと施設的なところに通っておりまして、そちらの施設長さんが短歌を読んでみないかと誘ってくださったので始めました。あなたは感受性が豊かそうだから短歌を詠む会に参加してみないかというお話を頂き、なんとなく楽しかったので短歌と詩も書き始めた感じです。
あるく:それぞれ作ったものってどこかに出されたりとかしてるんですか?
円山すばる:ポートフォリオサイトと自分のウェブサイトとかにまとめております。
インスタグラムもあります。Twitterもあります。
あるく:それぞれを作ってる最中にすばるさんが感じていることとかってありますか?
円山すばる:やっぱりトレンドの変化などをすごく感じます。イラストにもトレンドがありまして、大体10年ごとに違うと私は思っています。10年前とかもっと前に、何のアニメが流行っていただろうと考えてみてください。トレンドの絵というか流行の絵柄がその時代には絶対あったはずです。
私が宝石の国を読んでびっくりしたようにその年その年にトレンドや新しい技術革新がイラストにも発生しています。結構自分で描いてると流行りの絵とか、流行の絵柄とかをすごく感じます。
あるく:すごい面白いです。すばるさんはどっちを意識して描いてますか?世間にウケる絵と自分ウケの絵。
円山すばる:私は自分が描きたいものをずっと描いてきました。
私の絵、もしよければご覧になっていただけるとすごくわかるんですが、背景ばっかり描いておりまして。
自分の好き勝手に描いてきた人間なので、自分の好きなものを描くことを意識しているんじゃないかなと思います。
あるく:題材になさってるものって、基本ご自身が好きなものですか?
円山すばる:そうです。心の中に浮かんできたものとか好きなものを描いております。
あるく:どういうときに創作しようと思うんですか?
円山すばる:やっぱり感動したときだと思います、色んなものに感動したときに描きます。
例えば先日、Googleさんのストリートビューで昔通っていた小学校の近くを見てみたんです。ここの坂道もうちょっと長かったような気がしたけど、昔はもっと長く感じていたのに今見るとこんなに短かったんだなとか……そんな感動のおかげで1枚描けました。
あるく:色遣いやここを切り取るんだっていう部分が、個人的にすごく好きです。何を使って描かれてるんですか?
円山すばる:これはデジタルイラストソフトとペンタブレットを使って描いております。ソフトウェアはセルシス社さんのClip Studioです。
あるく:デジタルでもこんなに淡い感じの色の表現できるんですね。
円山すばる:ソフトウェアの開発会社さんが頑張ってくれているので、すごくいい表現ができてありがたいです。
あるく:使いこなして自分の表現を作り上げてるすばるさんもすごいですね。
感動したときに描かれるって言ってたと思うんですけど、最近心が動いた瞬間がありますか?
円山すばる:先日、東京とかいろんな方面でやってらっしゃる文学フリマさんという文学系のイベントさんの方に、フォロワーさんが小説でサークル参加されてらしたので、応援に行きました。その方の小説を東京まで買いに行ったのです。
そのときにやっぱり感動というか、すごく心を動かされました。こんなに沢山の文学がお好きな方が日本にいるんだなと思ったのです。今まで日本に1人ぼっち、1人で寂しく文学を作っていた気になっていました。文学フリマさんの東京会場に行ったら、TRCセンターがものすごい人で埋まっていて。で、こんなに文学に興味がある人がいるんだなと思いまして、思いあがっていたんだなと、心が動かされました。
あとコピー本がなくてびっくりしました。イベントだとコピー本という、コピーして製本会社さんとかに依頼しないで印刷機で印刷して手折りで折る本を出している方もいらっしゃいます。私も作りますしそれが悪いとかでは全然ないんですが、ただフォロワーさんと話したのは、文学フリマでは、皆さん熱意がやっぱりすごいというか、なんかコピー本が見当たらないんです。ものすごい凝った装丁の本とか、皆さんすごい並べてらっしゃるんですね。それを見て私は1人じゃないんだなと思ってすごく感動しました。
あるく:創作していると、孤独感を感じるんですか?
円山すばる:そうですね。創作は孤独との戦いだと思います。
あるく:自分はどういう性格だと思いますか?
円山すばる:すごく気分屋だと思います。
飽き性なんです。絵柄とか塗り方とか、ポートフォリオで見ると一貫しているような絵柄に見えるんですが、実はイラストとかについてもリアル生活についてもコロコロ変わっちゃうんです、自分のやりたいことも、絵柄も。
なので、よくお前は変なやつだと言われます。
あるく:どういうときに言われるんですか?
円山すばる:初対面で、えええって何か言われるんです。声が、雰囲気がなんかこう思ったより違うとか、逆に思った通りだったとか言われて。
喋り方を真似されたりします。私は自覚がないので全然よくわかりません。
あるく:今、自分の生活を占めている割合が大きいものって何ですか?
円山すばる:創作だと思います。
あるく:クリエイターがお仕事っていう感じですか?
円山すばる:そうですね、仕事は一応、AdobeさんのPhotoshopとかイラストレーターを使うような仕事をしております。
あるく:創作が一番ご自身の生活で占めてる割合が大きいんですか?
円山すばる:はい。
あるく:逆に何してるときが一番楽しいですか?
円山すばる:友達と麻雀を打っているときが一番楽しいです。
ネット麻雀なんですが、遠方の友達とよくインターネットで集まって、3人4人ぐらいで麻雀を打っています。楽しいというよりか、安らいでいるかもしれません。
あるく:人と過ごす時間は結構好きなんですか?
円山すばる:はい。創作をしている時間が長いとどんどん孤独になっていくので、人と関わる時間を積極的に持つようにしています。人との時間も大切だなって思っています。
あるく:意識的に人と過ごす時間を増やしてるんですか?
円山すばる:そうですね、私はそうしています。仕事がリモートワークなものですから、本当に丸一日誰とも会わないみたいな日が何日も続いたりすると孤独感やストレスがかかってくることがあるので、意識的に人と過ごす時間を増やすようにしております。
あるく:最近人と過ごした時間の中で、楽しかった瞬間とかありますか?
円山すばる:こないだ友達の家に3日ほど泊まって、その時楽しい事を沢山経験しました。友達が、銀座のビルの貸しライブハウス的な所で何人かの演者さんたちと集まって、ダンスを披露してくれたりしたんです。それが人と関わって楽しかったことかな。
あるく:どうしてそのときが一番楽しかったと思いますか?
円山すばる:新しい出会いがあったからだと思います。私、基本的に黙ると死ぬ女なので、ずっと喋っちゃうんです。なのにリモートワークなので、喋っていないとフラストレーションがたまってしまいます。フラストレーションの発散には出会いが必要で。あと、友達のダンスや演者さんがすごくかっこよかったので最高でした。
あるく:お気に入りのご自身の短歌と詩を教えていただいてもいいですか?
円山すばる:私の好きな短歌と詩ですか、インスタを見てみようかな……すごく選ぶのが難しいな……そうだなあ、ぬいぐるみの一連の詩が好きですね。ぬいぐるみは幼い私達の親友だったという内容です。
円山すばる:短歌はこちらです。
あるく:なぜその二つが、今まで作ったものの中で、一番に浮かんだんですか?
円山すばる:これが一番好きなのは、やっぱり自分の詠んだ詩と短歌の中で、一番温かみがあるからです。
あるく:温かみ。
円山すばる:子供のころ、ぬいぐるみがすごく好きで、ぬいぐるみをたくさん持ってたんです。その思い出を詠んだ詩と短歌なのです。子供時代ってたくさんの人に囲まれていたりしたので、そのときの温かみを思い出すような感じがして、今とは違うなと思います。
過去:パトカーはやっぱり乗り心地が良かったですね。
あるく:子供のときはどんな子でしたか?
円山すばる:生きるのに必死な子でした。なんかすごく今とは性格が真逆な子供でした。
あるく:どういう部分が真逆だと感じるんですか?
円山すばる:今とは違って、生き残るのに必死だったような子供でしたので、今みたいに穏やかだねなんて言われたことがありませんでした。人の話を聞けませんでしたし、横暴で横柄で、本当に人からよく嫌われていました
あるく:どういうときに自分はもしかして相手からネガティブな感情を持たれてるかもしれないって感じたんですか?
円山すばる:それが、そのときは何も感じなかったのです。
あるく:今振り返ってってことですか?
円山すばる:そうですね。今振り返って感じています。
あるく:当時生きるのに必死で、激しい性格だった理由って何かありましたか?
円山すばる:親との関係と周囲との関係がすごく大変だったせいだと思います。
あるく:その辺りでもうちょっと詳しく聞いても大丈夫ですか?
円山すばる:大丈夫です。ただ、ややこしくて長い話なので、大丈夫そうでしたら聞いてください。
母と父が私が5歳のときに離婚しまして、母が私を引き取ってくれて、父が養育費をずっと払ってくれていました。
それから母と暮らしていましたが、やっぱり1人で子供を育てるのが大変だったっていうのもあったようなんですが、すごくモテる人だったんで、5回ぐらいですね、義理のお父さんと称してですね、男の人を連れてきたのです。
母は私が知る限りだと5回くらいは離婚と再婚を繰り返していたと思います。
それが17ぐらいまでの間続きました。
3年に1回ぐらい各地を転々と引っ越しするような生活でした。そんな中だったので、やっぱり私も女の子なので、男性がいきなりね、家に入ってこられたりすると、幼い頃ならまだいいんですが、思春期とかになってくると、やっぱりストレスが溜まってしまっていたのです。
やっぱり知らない人が、いきなり父親面して家にいると、胃が痛くなったりして。でも、それでもお母さんも大変なんだろうなって思いもありつつ、耐えていたんです。
そんな中、14、高校受験の前の年に、母が不倫相手の方の子どもを身ごもりました。
義理の弟、父親違いの弟が生まれるよってことになりました。そのときにだいぶストレスを感じてメンタルがやられたりしました。
その時から、精神科とかにちょっと連れてってもらっていました。とにかく怒りがすごかったです。謎の形容しがたい怒りがありました。そのせいで性格が捻じ曲がりつつあったんでしょうか。怒りをコントロールする薬を、その頃からちょっと飲んでいたりしましたね。
それから紆余曲折ありまして、義理の父と母の子どもの父親違いの弟と義理のお父さんと私と母っていう、4人のいびつな家族の仲で暮らしていくことになりました。
しかし、ついに、母と大げんかしました。
きっかけはノートを見られたことです。
どうしてもストレスが溜まってはけ口がなかったので、思ってもいないようなことでもなんでも書き殴ったノートを作っていました。隠していたのですが、なぜかそれを見られてしまって、これは何だと母に問い詰められました。
母は怒り散らかしていました。私はそんなつもりではないよと、本心で書いたわけじゃないと言ったんですが、母はもう私の話など聞いてくれなくなってしまいました。
そこからちょっと、私に対するネグレクトみたいなことが母から始まってしまいました。
そのまま高校生活を送るようなことになります。高校入学も大変だったのに、飯を食べるお金を稼ぐためにバイトもしなくちゃいけなくて、そんな中での母からのネグレクトですから、さすがに私たちも正常な親子関係ではいられなくなってしまって、殴り合いの喧嘩を1ヶ月に1回ぐらいやるようなことになってしまったんですね。
それが高校2年生ぐらいまで続きました。
あるとき、母とまた大喧嘩をしました。その日は家の外で大げんかをしていたんですが、私が母に怪我をさせてしまったのです。
それで、隣人に救急車を呼ばれまして、私はその場から脱走しました。でもその後おまわりさんに見つかってパトカーで警察署に連行されて、児童相談所に結局入れられることになりました。
児童相談所って、高校生まで預かってくれるんです(私が居た地域の当時はそうでした)。母は軽傷でしたが、義父が児童相談所に会いに来て。明日迎えに来るからと言われ、1晩泊りました。でも、結局母も義父も来なくて2週間ぐらい児童相談所に放置されました。
その間に精神状態が悪化して児童相談所を脱走したり、友達の家に転がり込んだりしました。その後紆余曲折あり、
私が5歳のときに私をいらないよと捨てたのだと、どこかに行ってしまったと母から聞かされていた実の父親に引き取られたんです。
それで性格がちょっと逆方向にねじ曲がるなどしました。もう、しょうがないですね。
あるく:その時に自分に影響を与えた出来事はありますか?
円山すばる:やっぱり、母と住んでた家を追い出されたときのことです。
家を追い出されて、父に引き取られてからも、ガラッと性格が180度変わったと思います。
あるく:どういうふうに変わりました?
円山すばる:逆に気弱になりました。
本当に昔は、横柄で横暴でわがままな娘でした。こんな喋り方じゃなかったよねって、昔の友達にはよく言われます。性格変わったねってよく言われます。
あるく:当時のすばるさんは、そのときどういう気持ちでしたか?
円山すばる:とにかく悲しみが先にありました。母はどうして私を追い出したんだろうって気持ちがありました。徐々にそれは怒りに変わっていきました。その後何年も何年も母に対する怒りの気持ちがありました。
ただそれを怒りと言うべきなのかはもうわかりません。なんだろうな、怨嗟というべきか。当時は物凄く悩んでいました。
あるく:その気持ちは、今はどうなんですか?
円山すばる:今はもう割とまるくなりました。まるみのある感情に収まってしまいました。
あるく:恨みから今の気持ちになるのって、どういう変化があったんですか?
円山すばる:
五、六年前に一人暮らしをようやく始めまして。それまで実家で暮らして実家から仕事に通っていました。私を引き取ってくれた実の父がいる方の実家ですね。
ただ、そちらの方の実家でも家庭内トラブルが発生しておりまして。父の家から出て、一人暮らしをすることになり、そのときに、すごく気持ちが変わりました。若い母が、子どもを抱えて1人で暮らしていくことって、本当に厳しかったんじゃないかと思ったりしました。気持ちはわからないけど大変だったことは察せられた、ような。
あるく:すばるさんの人生の転換期は、どこですか?
円山すばる:生まれたときと、17歳と、26歳ぐらいです。
生まれたときは、私という物語が始まったときなので全ての始まりです。17歳はミッドポイントです。物語の転換期です。物語の問題が発生して、本当に大きく動いたような感じです。26歳が、それを解決、一つの山を解決できたようなアンサーが出た場所でしょうか。
あるく:17歳の問題はお母様から家を追い出された時ですか?
円山すばる:そうですね。
あるく:26歳でそれをどう解決したんですか?
円山すばる:1人暮らしって自分で全部の事をやらなくちゃいけないと思っています。
私はそれまで実家暮らしでした。掃除は潔癖症の父が全部やってくれていました。むしろ私がやると怒られるぐらいでした。
掃除は全部父がやってくれて、食料は祖母が実家の畑で作ってくれて。採れたての野菜がいつでも食べられるような、そういう良い環境でした。家族仲はどこまでも悪いのに……。
そんなときに、1人で暮らすことになり、全部自分でこなさなくちゃいけないっていうのがどれだけ辛い事かわかりました。母はシングルマザーで幼い娘を抱えて仕事もしていたんです。私には到底まねできません。母への怒りだったものが、母が抱えていた苦しみを察する事に繋がったような気がしました。
あるく:他に、お話していない印象的な過去のエピソードはありますか?
円山すばる:実は初めて絵を描いたのが、大人になってからなのです、そんなに絵を10年も描くようになるなら普通もっと早く描いてるんじゃないかってみんなによく言われるんですが実は大人になって初めて絵を描き始めました。
わけをお話しますと、中学生のときの美術の授業でやらかしまして。美術の授業の先生がちょっとひどい先生だったんです。デッサンの授業って必ず皆さんやると思うんですが、うちのデッサンの授業って握りこぶしの左手を自分の右手で書きなさいっていう授業だったんですね。
その授業でですね、私はすごくせっかちで気分屋な性格なので、うまく描けなかったのです。美術の先生に見られて、お前の絵は汚ねえなあって言われたんです。
それでちょっとショックを受けて……その間にもう1枚あげるから書き直しなさいって言われて描いた絵を取り上げられてしまいまして。
そしてもう1枚書いたら、お前クロッキーじゃねんだぞって言われてしまいました。そのときにみんなの前に絵をばあって掲げられて、みんな! 円山みたいな絵を描くなよ! って言ってみんなに笑われたんですよ。それがものすごくショックで大人になるまで絵を描けなかったのです。
10年ぐらい描けなかったです。
なので今、絵を描けるようになって良かったなと思っています。
あるく:他には何かありますか?
円山すばる:パトカーに乗った話でしょうか。児童相談所を脱走したりしたときです。優しいお巡りさんにですね、児童相談所まで連れてってあげるから乗ってって。と説得されて送ってもらいました。
パトカーはやっぱり乗り心地が良かったですね。シートが柔らかくて。ただパトカーを運転してくれたお巡りさんが当時だったからかもしれないんですけどオートマじゃなくて、マニュアルだったんですよ。
ギアをガチャガチャってやるやつです。そのお巡りさんが初心者ドライバーだったみたいで、隣のお巡りさんに「気をつけろよ」とか言われながら運転してたのを見て、怖いなと思ってました。
今となっては笑い話になるかわからないんですけど、お巡りさんも、うちの母にはすごく手を焼かれていたみたいで、すごく親身になって話を聞いてくれて、優しくてありがたかったです。ただ、あの時はおまわりさんにも周囲の皆さんにご迷惑をおかけして本当に申し訳なかったと思っています。謝れるものなら謝りたいです……。
あとは去年の正月の話かな。
人を好きになったことが多分ないのですが、私、円山家の一族の末代になってしまったようでして。
親戚のおばさんがおります。父のお姉さんです。親戚のおばさんのお宅に毎年祖母と一緒に招いていただいております。一日だけ祖母と会うのです。毎年1回ですね。そのとき父の姉さんの家に、他の家の親戚から家系図が何枚も送り付けられてきたそうなのです。びっくりしました。床に広げられて見せられました。
これがあそこのおじいちゃんだよとか、祖母と親戚のおばさんが色々と話をしていました。私は全然、親戚たちと交流がないので、わからないんですけどねえ……。
何の話をしていいか私もわからなかったんですが、最終的に、あんたで末代だねって話にされて。
それは彼氏を作ってきて子供を産めっていう話なのかなっていう感じで、ささっとしまわれてしまって、ああ、なんというか末代なんだな私。と感じました。
未来:結局自分の上にも下にもいくらでも人はいるから、自分の好きなことをした方がいいよって彼は言ってくれたんだと思ったので、自分の好きな詩とか短歌とか描こうと今は思っています。
あるく:5年後10年後、あるいは死ぬときまで想像して、未来についてどういった印象を持ちですか?
円山すばる:未来ですか、そうですね。ずっと1人で、みんなと暮らしていけたらいいなって思っています。
多分自分はセクシャルマイノリティにっていうものに入ると思うのです。恋愛とか恋愛感情を人に持ったこととか、恋をしたことがないんですよ。
なので、人から好きだよって言われたり告白されたりしても、一度も付き合ったことも、良いお返事を返したこともないのです。
多分生涯結婚することも彼氏とか同性であっても、同棲することすらしないと思います。ただ、なんでしょうね、やっぱり、本来の性格がすっごく社交的なお喋りなので、人と喋らないといられないんですね。
黙ると死ぬ女って、私は自称しています。
なので、本当に仲の良い人たちと、いい感じの距離感を保ちつつ、臨機応変に関係を構築して、仲良く1人でみんなと生きていけたらいいなと思っている感じです。
あるく:死ぬまでに絶対これやりたいみたいな気持ちって、ありますか?
円山すばる:死ぬまでにこれやりたいとかいう気持ちはありません。
なぜかというと、私はクリエイターだからです。もの作りって、死ぬまで続くと思うのです。
やっぱり絵って、一生描けるし。短歌だったら、目が見えなくなっても、口がきけなくなっても、書けます。多分詩も、短歌も、イラストも、できる限り一生作り続けると思います。
なので、あんまり死ぬまでこれしたいとか、そういうことはないですね。
死ぬまで続けるが、私には合ってるかなって思います。
あるく:すばるさんご自身が将来、こんな自分になりたいとか、こうなっていたい、こういう気持ちでいたいみたいな、将来のご自身についてイメージがありますか?
円山すばる:将来は変な、面白いおばさんになっていたいです。変な人っていくらでもいると思うんです。
見方を変えれば、誰だって変な人になる要素は持ってるじゃないですか。だけどやっぱり面白いってことをしたり、面白い存在でいるってことは、すごく難しいと思うのです。
個人的に、今まで絵とか詩とか短歌を作ってきた経験則として、この人面白いなとか、この人すごいなって思う人っていうのは、変だけどやっぱりプラスアルファの要素を持っていると思うのです。
なので、変だけど面白い人っていうのはすごい人だと思っています。
でも寄る年には勝てませんので、せめて、変な面白いおばさんでいたいなって思います。将来はそういう人になりたいです。
あるく:もし先ほどお話してくださった二つの転換期が、それぞれがなかったら、どういう人生になってたと思いますか?
円山すばる:
17歳のポイントが大きかったと思うのですが、母親が、すごく言い方を柔らかくすると気の荒い人だったので、母親がすごく穏やかだったら、私も母親と良い関係を持って穏やかに暮らしていた人生になったと思うのです。
なので、絵とか描いてなかったんじゃないかなって思います。詩も短歌も作ってなかったと思います。
あるく:親との関係が、創作を始める直接的な理由だったんですか?
円山すばる:直接的な理由だと思います。
みんな何かしら、世情に何かを感じているとは思います。私には人生における親との摩擦とか、新卒で就職できなくて悲しかった悔しかったみたいな、そういう悲しい気持ちとかがありました。それがなかったら、多分その、すごく何もない人生だったら、創作しようということすら考えなかったんじゃないかな、と思います。
あるく:就職もいろいろあったんですか?
円山すばる:はい。私は高卒ですが18の頃に件のリーマンショックが起きました。当時ちょうど高校卒業だったので、地方で就職しようかってことで決めていました。
ですがリーマンショックが起きたせいで学校に来る求人が3分の1ぐらいに減ってしまいました。私、父とも仲が良くなかったもので、お前は就職するって言ったんだから自力で就職しろと言われてしまいまして、大学進学ができなかったというということがございました。
あるく:それが創作に繋がったんですね。
円山すばる:そうですね。やっぱり当時悔しかったとか、悲しかったとか、そういう自分の中のエネルギー、行き場もなく、表現もしようがないエネルギーが、渦巻いていたと思います。
当時は、母への恨みとかもすごくあったんですが、それ以上にやっぱり、自分がしたいことができないっていうフラストレーションがたまっていました。やっぱり創作っていうのは、そういう身の内からにじみ出てくる何かの表れであることが私は多いと思っています。
なので、もし親との摩擦とかがない人生だったら、何も作ってなかったかもしれないなって思います。
あるく:最後に何か言い残したことはありますか?読者向けでも、自分に対してでも、感想でも何でも大丈夫です。
円山すばる:イラストを22、大人になってから描き始めたのは良かったのですが、例えば高校生の方でもすごい絵が上手い方がいらっしゃったりして、上には上がいるなってすごく落ち込んでいた時期があったのです。
そんな時、すごく1枚のファンアートがすごく伸びまして。伸びた絵は、ここではAさんということにさせてほしいのですが、彼がつぶやいたツイートのファンアートだったんです。
そのAさんのツイートに私はえらく感動したのですが、他のユーザーさんはそうではなかったみたいで。
しかしその絵が自分の生涯で一番いいね数が伸びてしまって、いろんな人から反応が来てしまったのです。なんだこれ!? とか、Aさんのツイートにこんな絵を描く人がいるの!? みたいな感じの反応が来ました。
困惑とともに称賛されてしまったんです。逆に私も困惑してしまいました。
流石に軽い気持ちで描いた絵がこんなに伸びて、真面目な気持ちで描いた絵がどうしてこんなに伸びないんだと思って悩みました。
そんなとき、友人と話をしました。どうも某ネットゲームの対人戦がすごく得意だそうなんです。
彼曰く、ネットゲームの対人戦1位をとったことがあって、その配信とかしていたそうなんです。詳しくはないのですがその対人戦ってランクがつくそうで。彼が言うに、自分は1位を取ったと。それをツイキャスか何かで配信したとか……すごいですよね。
正直ゲームのことはよくわからないのです。でも彼が言うに、ゲーム内順位で、3位のときにはすごいみんな温かく接してくれたと言うのです。そして2位のときはみんなめちゃくちゃ応援してくれた。なのに1位になった途端、みんなからめちゃくちゃに叩かれてしまったって言っていました。
3位2位の時はまあまあですまされていたのに、
1位になった途端に、1度負けるだけで、みんな、お前何負けてんだよみたいな感じでコメントが荒れるらしいのです。1位だからこその期待なのでしょうか。結局それから何やっても叩かれたみたいなこと言っていました。それからもう嫌になったらしくて、今は全部やめてしまったそうです。
そんな話をしてくれた友達が、すごく良いことを言ってくれました。
「結局俺も、ジャンルは違えど表現者だったかもしれないわけだけど、俺たちの前って無限に上に続く階段と無限に下に続く階段が広がってて、上を見ても下を見てもきりがないんだよね。だから好きなことした方がいいよ」
何かそのとき、すごく自分の絵に対する答えが出たような気がして安心しました。
自分の上にも下にもいくらでも人はいるから、自分の好きなことをした方がいいよって、彼は言ってくれました。だから自分の好きな詩とか短歌とか描こうって今は思ってます。そういう良い話を友達からしてもらったので、お裾分けしました。
最後まで長くてすいません。
あるく:ありがとうございます。
あとがき
まず最初に、私や話を聞いている側のことを何度も気遣ってくださっている優しさを何度も感じました。すばるさんご自身は、周りから変だと言われたり話し方を真似されるとおっしゃっていましたが、きっと周りの皆さん、すばるさんのことが大好きなんだろうなあと感じました。
「変だけど面白い人はすごい」と仰ってましたが、ここには私も大賛成です。
他の人が真似できないその人らしさがあって、変で、でも笑ってしまう。それってとても凄いことで物凄いセンスが必要だと思います。
そして私にとっては既に、すばるさんは変で(敬意を込めて)面白い人だなあと感じました。お話していてなんとも言えない、独特な雰囲気があったんです。独特な雰囲気でいうと、私が今までインタビューさせていただいた方の中でもトップレベルかも。それが奇を衒った感じではなくとても自然で、きっとすばるさんにしか出せない雰囲気で。私は、丁度自分らしさとはなんどろうって悩んでいたところなのでとても素敵だなと思いました。
【インタビュー・編集・あとがき:あるく】
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