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人間ってずっと幸せだったら幸せじゃないんですよ。人

むかしむかし、ある村に幸せの泉があったそうな。その泉の水を飲むと、どんな不幸も悲しみも消え去り、ずっと幸せな気分になれるという噂でした。
村人たちは毎日その泉に並び、水を飲んでは喜んでおりました。しかし、ただ一人だけ泉の水を飲まない娘がおりました。名前を幸(さち)といいました。
村人たちは幸に「なぜ飲まないのか」と尋ねました。幸は答えました。「人間はずっと幸せだったら、本当の幸せを感じられなくなるのではないでしょうか」と。
村人たちは幸の言葉を笑い飛ばし、幸せの泉の水を飲み続けました。しかし、時が経つにつれ、村人たちの顔から笑顔が消えていきました。いつも幸せなので、もはや幸せを感じられなくなってしまったのです。
困った村人たちは幸に助けを求めました。幸は村人たちに「泉の水を飲むのをやめ、日々の生活の中で幸せを見つける」ことを提案しました。
村人たちは幸の言葉に従い、徐々に本当の幸せを取り戻していきました。そして、苦しみや悲しみも大切な感情だと気づいたのです。
それからというもの、村人たちは幸せの泉を「人生の泉」と呼ぶようになりました。そして、幸と不幸のバランスを大切にしながら暮らすようになったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2024年8月19日14時31分に書く無名人インタビュー865回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】

今回ご参加いただいたのは ふかわしずか さんです!

年齢:40代前半
性別:㊛
職業:6人の母×超ミニマリスト×占い師


いまじん:
しずかさんは今何をしている方ですか。

ふかわしずか:
6人の母で名前は「しずか」ですが結構うるさめでございます。超ミニマリストであり占い師でもありますがnoteやFB、アメブロなど物書きもしていてAmazonの電子書籍は3冊出しています。
今は学校に行ったり行ってなかったりの子どもたちと一緒に昼間あちこち行ったり、あとは車中泊で1ヶ月子どもたちと旅をしたりしてました。  5年前になりますが医療介入なしで自宅出産をしてその動画が20万回再生してるっていう本業は占い師ですが、まぁ神出鬼没で色々やってます笑

いまじん:
最初に仰ってくださった6人のお母さんってことなんですがお子さんはどういった6人の構成なのか伺っていいですか。

ふかわしずか:
一番上に24歳、2番目が21歳で、3番目が16歳、4番目が11歳、5番目が10歳、一番下が今年5歳です。

いまじん:
初めてのお子さんはおいくつのときにご出産されたんですか。

ふかわしずか:
20歳ですね。結婚が19歳だったんですけど。20歳で産みました。

いまじん:
6人のお子さんとの今の生活っていうのは、どういったものですか。

ふかわしずか:
私が自由人なので子どもたちも自由です笑
一番上の息子はアプリを使っての配信で飯を食ってます。今年から別暮らしをしました
2番目は韓国好きすぎて韓国に留学行ってワーホリで今も韓国に住んでいる女子です。
3番目はコロナから中学行かないっていう選択をして今高校生になりましたがコロナ後の学校デューって感じですね。通信制なんですけど週3回ぐらい行ってバイトしたりでそれなりに楽しんでます。
4番、5番目は年子なので、年中ひっついて一緒にいる感じなんですけど、学校行ったり行かなかったり。
コロナ始まって2年目に神奈川は平塚に引っ越してきたんですけど、マスクはウイルスを防がないのと体調が悪くないのに年中顔を覆うってのもおかしいなっていうことで、しないことを告げると、通常登校でなく放課後に来てほしいとなりました…
オミクロンあたりに校長直々に電話あって感染症対策できないなら来ないで欲しいってなって。そこから「もうお母さん行かない」っていう選択をしました。じゃぁつまんないし楽しいことやろうかってなって無謀にも車中泊の旅を下の子3人でしたっていうのが去年の10月ですかね。一番下の保育園はたまに行く感じですかね。保育園の空きがないのもあってどうしても手が空かないときとかに行ってもらってましたが、今はサスティナブル教育の幼稚園で自由気ままにやりたいことをやりたいだけ楽しんで通っています。

いまじん:
では、今現在はお子さん4人と?

ふかわしずか:
そうです。と私です。5人暮らしです。

いまじん:
しずかさんは、どんなお母さんだとご自身で思われますか。

ふかわしずか:
6、7年ぐらい前までは一般のお母さんとほとんど同じ感じでした。学校の行事もしっかり出て、ママ友とかの付き合いもちゃんとやってみたいな感じで、人の目も氣にしてめっちゃしっかりやりきってた感じでした。
でもどこら辺かな。なんかいろいろ事件というか色々ありすぎて語りきれないんですけど自分が初めて冤罪事件っていうのにあって。やってもいないことをやったって言われて、近所にそれが広まって学校で子どもがいじめられるようになって。そこからかな。なんか孤立したんですよね。ああ、なんか1人ぼっちだ、どうしよう、みたいな。
なんか最初は悩んじゃって、鬱病なっちゃって、過呼吸とか精神薬とか飲んでたりしてたんですけど。そのときに一緒にお付き合いしていたパートナーが支えてくれて。この人に何か恩返しがしたいって言ったら、「君との子どもが欲しい。結婚したい」っていうことで。それじゃ精神薬飲んでる場合じゃないなっていうことで断薬をして…不思議なんですけどすぐ子どもを授かって。
しばらくはやっぱり人の目が氣になったりしてたんですけどしっかりしなきゃと思ったのかな
ママ友ももうそっちのけというか。もう1人で参観も行こうとか一匹狼でいることを徐々に決めてったんですよね。
今までは誰かとつるんでなきゃ参観もできないとかずっと思ってたんですけど。単純に誰とも話しをせずただ子どもを見に行く。大きくなったなーとか、うわーすごいなーとか、そういう姿を見ていくにあたって周りと同じことをするっていうのはどういうことなのかなっていうのを考えていくようになりました。
そして4番目の子は生まれてからずっと結構な頻度で熱を出したり、5番目は赤ちゃんのときにうんちが出なくなっちゃって…いくら薬飲んでもよくならない。
薬を飲み続けていると今度はその薬を飲み続けてる場合は定期的に検査してくださいとか今度はこれを飲んでくださいっていうのが始まって。
一生負のループでした。
子どもは医療費はタダですけど、そういうことじゃなくてなんかおかしいと思い始めて。
食べ物を見直すような氣づきがあってそこから添加物とかそういうものにこだわり始めました。
その次に、今やってる占いとかもそうなんですけど、病気は心が作るとか精神療法というものがあるのを知って自分の生い立ちとかを知り考えることになりました。
子どもには今までこうしなさい、ああしなさいって言ってきたんですけど。ちょっとそれ違うなってやっと自分の毒親加減に気づき始めたんです。
ちょうどその2011年の東北地震ががありました。わたしは埼玉に住んでたんですけど、その後5年後ぐらいして娘が謎の鼻血をだしまくって医者でもなんでもないと言われた日が続いたんです。何が驚いたかというと結果被爆してるのがわかったんですよ。
え、なんで?っていう話ですよね。福島でもなんでもないのに…政府は安全だと言うのに…そうしえわたしの中の疑問を色々調べ始めたんです。
医療のおかしさとか食べ物のおかしさとか。
原発も安全ですよって言ってるのは本当なのかとか。
全ての起きてること、今自分の身に降りかかってること、起きてることとか調べたときにあ、すごいこの世の中って嘘まみれでできてるとかっていうのを氣づいてから三重県に移住をしたんです。
その後コロナとか色々事情があって埼玉に戻ってきてるんですけど…
そこから子どもがもっと自由でいいとか。学校っていう当たり前なものも行かなくていいっていうか。学校が奴隷教育だっていうのをわかっちゃったんで。なぜみんなと同じじゃなきゃいけないのかっていうのを疑問に沢山本を読んだんですよ。
学校に行った方がいいよっていう話はあるのに学校に行かなくてもいいよっていう人がいて。なぜそんなことを言ってるのかっていう。人に尋ねたりとか本を読んだりとかしてあ、そういうことだったのかって氣づきました。
そして子どもが行きたくないときは行かないで自由にしようと決めました。
ただ10歳11歳になってくると親のそばから離れて、友達と遊ぶっていう年齢になってきますよね。社会と一緒に連動していくっていう形成っていうか仲間が必要というか。
だから好きな時間だけ行ってもらって。好きな時間に帰ってきてもらうっていうスタンスとってます。自分は結構きっちりきっちりな親に育てられたんですけど、こうなれたことに驚きもあるし子どもに成長させてもらえたなって思います。
自分としてはまだまだ毒親というか、いい親ではないけどそういった意味では、みんなと同じことをしなきゃいけないを押し付ける母ではないのが救いかもしれないともちょっと思います。
氣をつけてることは子どもがなぜそう思ったのかまず聞く。
その夢とか、希望とか。本人が思い描いているようなことをどうやってやったら叶えられるのかなっていうのをお力添えする。親が育てるんじゃなくて子どもと共にに親が育っていく「子育ち」って言うんですけど。子と一緒に親が育っていくっていうことを今やらせてもらっているっていう感じですかね。そう考えると周りの親とは違うのかなと思いますね。

いまじん:
お子さんと向き合う中で、しずかさんが大事にしていることを一つあげるとしたらってどんなことですか。

ふかわしずか:
今活動しているなんで占い師なのかっていうことにも通ずることなんですけど。
わたしすごい嘘つきだったんですね。嘘をつかないと生きていられない世界にいたんですよ。親がわたしのことを虐待していたのがでかいかな…
親の望むようなできるだけ愛されるような求める子でないと生きていけなかったからだと思います。
良いものだと親が言ったらその通りだし、良くないと親が言ったら良くないって言わなくちゃいけない。本当は違うのにそうだってニコニコ嘘をついたり、いい子を演じたり。でもそういう人って今いっぱいいると思うんです。
でも、わたしは今、誰かが望むような人でなくてもすごくすごく幸せを感じていますし、全てにおいて満たされた存在であると思っています。
そんなわたしが理想とする世界は
人が嘘をつかなくてもありのままの素の自分で自由に生きる人で溢れた世界を創ることです
だからそのために1人1人、自分自身が自分自身のことをよく知って自身を認めて受け入れて愛するべきだっていうふうに思ってるんですね。真の意味で自分のことを知ってまずは自分を愛する。そうなると自分自身が不安になる日がないんですよ。
そこでわたしはその人の個性を手相、人相、星、数、潜在意識とか色んなものを色んな角度から見ていってその人のオリジナルの自分、本来こうあるべき人なんですよとお伝えしてます。
例えば人間は嘘をつくけど西洋占星術(星)で考えると星は今日は気分が悪いからって言って上にいったり下に行ったりしないんですよね。自然というものである星の影響をわたし達人間っていうのは受けていて。自然はあるがままであり嘘をつかない。
手相もそうですが脳の縮図って言われてるんですけど、自分がいくら外で嘘をついても手を見れば本当はそうじゃないとか本当は苦しいんだとか、心の中ではどう思っていて得意不得意だとか本人の特性がわかるんですよ。
ヒロアカとかじゃないけど、本人の個性がいかされて生きていく。その素晴らしさっていうのを自分が自殺未遂を何回かしながら模索してやっとたどり着いた場所だったんですね。ああなんだと。色んな人があんた台風の目で悪いやつだとかいろいろ言ったけど、そういう星のもとにいてクリエイティブにどんどん活躍していく人と同じことをしない、誰より先に初めてを開拓していくそういう星にいたんです。それが役割であり志でありその志の命って書いて「志名」っていうんですけど。そういうものなんだっていうのをわかってからなんかすごく楽になったんですよね。
今まで大多数が言う、みんなと同じことができないあなたは悪いやつだっていうふうに言われてきました。自分がそれに対してなんて自分は駄目な人間なのか、死にたいのに死ねない。死ぬ価値も死ぬ度胸もない死ねなかったのかという人生を送ってきたときにここに出会い背中を押されました。そして見る世界が変わったらなんと自分のような人間が沢山いたんだと氣づきました。
見る視点を変えるとそういうものが見えてくるんだと。自分の欲しいものっていうのが自分がそのままで生きていけることだって思ったとき、そういう人たちが見えてきたんですよね。
例えばこの車が欲しいってなったときにやたらと普通に道路走ってるのにそれが目に入ってくるみたいな。必然的に人や出来事に出会うとか量子力学とかもちょっと絡んでくるんですけど。
自分が見たい世界っていうのを望んだときにそういう世界がパンと飛び込んでくるみたいな。そういうものがわかって、すごく自分がハッピーになれたというか。本当わたしってすごいやつですごい幸せなんだって思えたんですよね。
なんか冤罪事件では近所であれだけ悪者になって子どもたちも相当ひどいことになって本当に病んでたのに、それがあったから下の(子)4、5、6が生まれてきてくれんだ!って思えるようになったんです
これってすげえことじゃんって。悪いことがあったんだけども、でもあれがもしなかったらこの子たちは生まれてなかったって考えられるようになったんですよね。そしたら人生ってなんて素晴らしいんだろう。ああ、すごいな。ああ、いいなっていうふうに思えた。
自分の過去が色々ありすぎたんだけど、自分の特性とか人ってこの地球に生まれてきた意味っていうのがあるんだなと思いました。
こういう自分で体験とか、経験とかをするこの地球っていうところに生まれてわたしはいっぱい経験体験ができているからすごい優等生だなみたいな笑
そういう、ちょっと普通の方からするとあんたオカルトだねとか言われるかもしれないけど。  そういう見解ができるようになった自分が今すごい死ぬほど幸せなんです。
だからこれを、なんかみんなに知ってほしいなって。今が不幸不幸って言ってるけど。結構大したことないじゃんみたいな。
わたしが本当はBだと思ってるのに、Aだよねそうだよねってみんなと一緒のことを言わなくても
いやBだと思うんだよって言っていい
そんな自分の意思で自由に決定し生きることができるっていう世界観を自分の子供やその孫や7世代先まで私は残したいって思っていて。
だからその怪しい自称占い師とか言ってるんですけど、実際手相とかもそうですけど占いというか統計学でもあったりするんですよ。
それと今はまだオカルト扱いされてるかもしれないけど、キネシオロジーという筋肉の反射で潜在意識と連携がとれる量子力学とかがもう世界では認められているし医療にも使われてるんです。
ただ日本はすごい遅れているというかまだまだ古いものに固執し洗脳されているので。いつまでもお薬飲まなきゃ治らないとか、抗がん剤をやらなきゃ治らないとかその物質に頼っているっていう…
本来自分の精神一つで病気は消えていくものだし本当に望めば自分の人生はどんどん良くなっていくもの。それを自分自身が許可できるかどうかそれだけなのだという事実を伝えていかなきゃいけないんだなって思うようになりました。
自分が乗り越えたから自分はラッキーとか、自分の家族さえ良ければいいとかそういうことじゃなくて…お金もかからないよ、幸せって何だろうねって、一緒に考えていこうよとか。
まずあなたの特性って何なのって自分が自分自身のことをまず知らなきゃ駄目なのに。
それなのに人を良くしたいなんて思ってる人ばかりなんですよね。介護についたり募金してみたりとかするけどそういうことじゃないんです。
まずは自分がよくなきゃいけない。そして、自分と自分のパートナーがよくなきゃいけない。自分と自分のパートナーだけでなく子どももよくなきゃいけない。家族が良くなってそれから地域が良くなるように…初めてそこから周りの人を良くしていこうと動いていくべきなんです。
そこが満たされてから少しずつ大きい規模で誰かを助けたいっていうふうになっていかないと結局は自分が満たされていないのに人を良くしたいっていうことが、うまくいかないんだっていうことに氣づいたっていう今の仕事を始めたっていう感じです。

いまじん:
小さい頃の一番古い記憶はどんなものですか。

ふかわしずか:
うちは両親とものじいちゃんが早くに亡くなっちゃったんです。同居してた母方のじぃちゃんは67、8くらいで中学校ぐらいのとき亡くなったんですけど母との記憶ではなくてじいちゃんとイナゴをとったりじぃちゃんの頭を剃ったり色々体験して楽しかったなっていうのをよく覚えてます。
いつぐらいかな弟が生まれる前かな。よくわかんないんですけど兄と私は2つ違い弟は6つ違いですけどわたしと弟の間に1人流産してて。わたしとにかくよく当たられてたんです。当たられてたというかなんかお母さんからよく暴力振るわれてたんですね。兄はそういうのなくて、弟もかわいいかわいいでずっと育てられて。
父が営業で家にはおらず母は仕事に子育てにワンオペっていう感じだったからとにかくよく当たられるっていう記憶です
もうとにかくお前は駄目なやつだとかダメ出しは当たり前だしとにかくよく暴力をうけてました
家族で旅行に行った......かなみたいな。写真を見ると何となくと思うんですけど、自分の中で自分がすごい幸せだったとか満たされていたっていう記憶が全くなくて。
それどころか、雷の日とかも普通に外に、お前は悪いやつだとか言って、なんか1人だけ出されちゃって…もう行き場所がないみたいな感じでした
でそれを見かねたじいちゃんが違う部屋から「入っちゃえ、入っちゃえ」って入れてくれて、自分をかばってくれてたんですけど。中学校のときに亡くなって…
お風呂で亡くなったんですけど。自分が第一発見者でした。ショックもあったけど一番怖かったのは頼る人がいなくなったということ
実はわたしおねしょしてたんです。
まあ母はワンオペで忙しいので結局働きに行かなきゃいけないから、朝の忙しいときをおねしょのシーツとか洗うの大変だったと思いますがそのたびに怒鳴られ掃除機の棒とかで殴られてました
小中いじめもあったので記憶っていう記憶はどこにいてもすごい痛かった悲しかった寂しかった記憶とかばかりで面白かったとかそういうのはないですね。

いまじん:
おじいちゃんが亡くなられたときっていうのはどういう感情でしたか。

ふかわしずか:
信じられないっていうか。お風呂の中で亡くなってたんですけど。たまたま朝明け方に。
私結構怖がりで、なんか、朝まだ暗かった時にトイレに行ったら、お風呂場に電気がついたので。並びがお風呂場なんですけど電気点いてたので。うわ、ラッキー怖くねーやと思って。トイレ済まして、誰が入ってんだろこんな朝早くと思って。
今でも覚えてます。中1の4月11日に亡くなったので。まだ終業式っていうか、入学してまもなくだったので。見に行ったら、お風呂に鼻までつかってて。ちょっと寝ちゃ駄目でしょみたいな感じでバシバシやってたら実は死んでたみたいな感じだったから。死んだっていうあれがあんまりなくて。
その後から結構なんか霊的現象がうちでよく起こったんですよ。母が何かすごい霊感強いからおじいちゃんが来たとか言ってるんですけど。私はめっちゃびびってて怖くて。風呂に3ヶ月ぐらい入れず。近所のなんか、ばあちゃんちの風呂に入ってた思い出があるんですけど。どういう感覚っていうか。喪失感ですよね。ああもう誰も守ってくれる人はいなくなったみたいな。そんな感覚だったと思います。

いまじん:
おじいちゃんがいなくなってからの生活っていうのはどういう変化がありましたか。

ふかわしずか:
中1に上がったばっかりだし、どんどん部活の勧誘とか部活をやりましょうみたいな。自分が新生活でバタバタしなきゃいけなかったし帰りも夕方とかに帰るじゃないですか。母も夕方5時ぐらいに帰って。大体自分の部屋っていうか、兄と一緒の部屋だったんですけど。そこに行っちゃうから正直そんな母親との接点みたいのは、おねしょをしてしまうときぐらいしかなかったかな。なんか記憶がないんですよね。
ただ、忙しくてよかったっていう感じかな。新しい友達も作らなきゃいけないし。小学校でいじめられたから今度はうまくやりたいと思うわけですよ。好きな男の子もできてたし。なんかそういった意味では、中学生でよかったのかなみたいな。

いまじん:
逆に、一番すごい楽しかった記憶とかっていうのは? それもあんまり記憶はないですか。

ふかわしずか:
なんだろう。でもやっぱ好きな人ができたときじゃないですかね。先輩が好きだったから。なんか委員会で近くにいた!とか多分そんなレベルですよね。やっぱ好きな人ができるってなんかちょっと妄想できるじゃないですか。違う世界に行けるみたいな、ちょっと一瞬ディズニーランド行きましたみたいな。そういうイメージですかね。でもあんまりやっぱり人間関係が上手じゃなかったのはもう最初からそうだったんだろうな。自我みたいのが強かったので。

いまじん:
ご自分でどうやって人間関係があまり得意じゃないなっていうのは、どうやって気づかれましたか。

ふかわしずか:
得意じゃないなっていうのはもう全然大人になってからです。自分自身をああ、こうだったなっていう俯瞰できるような歳は。全然、20歳のときはまだわかんなかったです。子供産んでからかなどうだろう。もっとうまくやればよかったって本気で思えたのは多分30も近い頃でしょうねきっと。

いまじん:
それまではどういうふうに友達とかの存在は捉えてましたか。

ふかわしずか:
友だちと呼べる人いたかな笑相当嫌われてましたw
なんでみんなわたしのことを否定するんだろうみたいな。でも自分の正義感すごかったんですよね母親もそうなんですけど、そっくり
もう自分を通したい、自分の正しさを常に他人に押し付けてきたっていうのが多分40間近までずっとそうだったと思います。正しいっていう正しさをめちゃくちゃ持ってたのはやっぱ20代だったと思います。あいつは間違ってるって言い切ってた時代っていうのは20から30半ばぐらいなのかな。

いまじん:
それはどういうきっかけで変わってきたんですか。

ふかわしずか:
私自身離婚を3回してて。その都度、変な話、それなりに男の人が寄ってくるわけです。
まあ結婚するものの、1人目も暴力、2人目も暴力。で、3人目は、結婚しないで妊娠して逃げられちゃって。で、結婚してないけど3人目結婚した人の暴力がやっぱありましたね。
なんか、あんたってダメンズばっかり引き寄せるよねっていう他人からの評価とか。見る目ないねみたいなことを言われてきて。えー、そんなことないのになってずっと思ってましたけど。その謎が解けたのが4、5年ぐらい前か。「自分が選んでたんだ」っていうのに氣づくまでですかね。
病氣も怖い、世間から急にこうされるのが怖いっていう怯えた人生だったんですけど。
実は急にそういうものが寄ってくるのではなくて自分がそういうふうにしていたというけ、あえて望んで引き寄せていたんだっていうのをわかったのが41とかかな。
まあ、そのときある恩師に出会うわけなんですけどそれまでは本当に私ってかわいそうな人っていうか。そういうふうにずっと思ってました。
親から殴られるし。冤罪事件に遭うし。出逢う男は全部DVだし。自分が被害者だと思ってましたね。

いまじん:
きっかけをくれた恩師って方のことをちょっと聞いてみてもいいですか。

ふかわしずか:
何年前かな。子どもが5番目あたりかな。なんかちょっとおかしいなって病気になって。そのさっき言った薬飲むと次の薬が必要なってみたいになったときに、Facebookでへんてこりんな変わった医者がいるなと思って。
食べ物のこと添加物とか薬とかそういうのもそうなんだけど、実際はそれだけじゃなくてもっと言えば日本は世界は今おかしいことになってんだよみたいなこと言ってて
ハテナ?ですよ笑
まぁとりあえず投稿を見てたんです。
じゃあこの人がなんでそんなこと言ってんのか、直接やっぱ聞かないとわかんないじゃんと思ってその先生がやってる根本治療合宿っていうのに参加しました。
2泊3日でいろいろ教わったんですが、やっぱ人間って勉強するとわかった氣になっちゃうじゃないですか、でまーこんな感じでOKくらいなノリででその時は終わりました
その医者は内海 聡氏。
御徒町で薬害研究クリニックを運営されています。その名の通り薬害の患者さん、ガン、難病など他では治らないという患者さんを診て断薬、本本人に氣づきがあるよう患者自身の精神分析を一緒にして患者が自身と向き合っていくのをお手伝いし根本から解決するということをやってらっしゃる人です。
基本は先住民思想。
西洋医学は否定はしないが本来緊急でかかるのが病院というもの。薬は対処療法であり根本から良くなることはないのは当たり前、食べ物も大事だが一番大事なのは精神性だと説いてる唯一のお医者さんだと思います
先生は薬だけじゃなくてそもそも自分自身をめっちゃ否定することから始ります。
それが辛くて耐えられない人は通えません
わたしは、他人に対して自分が被害者になることを手放すこと、自分で自分の人生を生きることを教えてもらったのですがもっとちゃんと勉強したいと思って42のときセラピストになろうと決めて思い切って講座にはいりました。
内海さんは東京都の都知事選にも出られた方で自分で世界一嫌われてる医者とか言ってるんですけど本当に愛の人です。
講座では占いもあってわたしはそこから学びましたがそれだけでなく、病気は突然やってくるんじゃなくて、自分がその病気を望んでその病気になっている、じゃあそれはなぜなのっていうのを教えてもらいました。
病気や不運っていうのは突然来ることじゃなくて、それこそ必然的に何かを自分自身に与えるというか教えてくれるためにそういうものが起こってくるんだよというわたしなりの解釈ですが根本を学びました。
自分の人生ってやっぱ自分でクリエイトしていこうよ、政治が変わらないから駄目だとか、親が変わらないから、自分はかわいそうだとか、そういうことじゃなくて、被害者を捨てて主人公になろうみたいな。
とにかくめっちゃリスペクトできる方です。

いまじん:
しずかさんは今、6人のお母さんであり、占い師であり、物書きでもあり、セラピストっていうのもあったりして。いろいろやられていることがあると思うし、考えられていることもあると思うんですけど。5年後、10年後、最後自分が死ぬっていうところまで見据えた上での未来っていうのはどういうイメージをされていますか。

ふかわしずか:
これは今動き始めてるんですけど、私自身が車中泊で旅をしたってお話をしたと思うんですよ。1ヶ月車中泊で、その当時は(子供が)9歳、8歳、3歳のときに旅したんですね。軽自動車で馬鹿みたいに…お金もそこまであるわけじゃないのに氣づいたら出発してました笑
コロナでマスクをしなかったときマスクをしないなら来ないでくださいって学校から言われたときにそこまで言うなら行かないですってなったんですが、今度は外で遊んでたら地域から警察を呼ばれたんですね。学校に行かせないからネグレクトしてると。わたしが仕事に行ってる間に子どもたちが身体を勝手に見られたらしいんですけど。
すごい屈辱を受けて。なんだろうな、すごい悔しかったんですよね。
子どもが遊びに行くと、友達の家に行くと「学校に行ってないから遊べないよ」って言われ遊ぶ人がいない。だからフラフラするわけですよ自転車で。そうするとまたネグレクトしてますって言わ児童相談所も入って
「遊ぶ友達もいない、毎日つまらない。どうしたらいい」と子どもたち。どうしようか悩んだけど母子家庭だしお金ないしなあって。そうなったときに自分が占いとかをやっていたので、SNSに投げかけたんですよね。「占いします」みたいな。わたし元々腸セラピストでもあるので腸マッサージとかもできるし、子どもにも教えたのでそういうのもできるんで、それと物々交換で旅をする、持続をできる何かできませんか?お金じゃなくてもご飯や泊まらせて頂けるだけでももう本当何でもいいんでお願いしていいですかとSNSに投稿しました。そしたら結構な人が手を挙げてくれて。うちに来たらこうしますよみたいな。ガソリン代とかもかかりましたけど。そのときは神奈川から鹿児島まで、往復しまして。3000キロぐらいあったかな。
いろんな方にお世話になりました。動物園連れてってもらったり、お小遣いもらったり、泊めてもらって次の日のご飯をタッパーに入れてもらってそれを食べながら旅をしたりとかしたり。
そんなことをしてやってたりしたので。どうしても何十万もお金がないとできないものではないんだなっていうことが、すごくわかったんですね。
子どもも当然、軽(自動車)なので丸まって寝るわけです。当然それも疲れてくるので布団で寝られるってすごい幸せ!足が伸ばせるって幸せ!布団って最高だね!とか。
普段は風呂が嫌いで嫌いで面倒くさがっていたのですが風呂入れないときが4日あったんですね。お金もないので…そんなこどもたちがお風呂を借りて入ったらあったかいね、すっげー最高だね、とか言いながら笑顔でいる。その旅を通して、無理がありがたいに変わったんですよね。
お金もそこそこないからちょっとお金節約したいんだけど、どう思う?って。わたしは元々朝ご飯食べない派なんですけど、子どもはもちろん食べます。
だけど「ママいいよ、お昼まで待とう」っていうことになったんですよ。子どももご飯を食べるっていうことはどういうことなのかっていうのをすごく感じてくれた。全然知らないほとんどの人が初めましてで挨拶から始まるんですけど、なんか一緒に遊んだり、鬼ごっこしたり、動物園行ったり、甘えてみたり。一緒に初めましてと人に寝たりとかして。すごい幸せな3週間でした。今思うと本当にすごいことやってたなとw
そんな経験体験から、「島家族計画」っていうのを立てようと思って動いてるんですよ。
それは何なのって言ったら、結局みんな何かいいことをやりたいっていう気持ちってあるじゃないですか。でもみんなお金がないとできないと思ってる。
でもそういうことじゃなくて子どもが例えば僕はこれをやりたいって言ってそれを投げかけたら日本中のどこかでそれが得意とか叶えてあげたいと思った誰かが手を挙げてくれたり
夏休みいくととないんだったらうちにおいでよ、○○駅まで来たらそこまで迎えに行くよとか。
そこに行くまで私が運転しますとかでもいい
そういういろんな大人が助け合いながら子どもたちがいろんな家族を訪ねていく。わたし達の今回の旅でまた来年もおいでって言ってくれた人がほとんどだったんです。またおいでよって、美味しいもの食べよって。
島の美味しいもの食べようとかこういうふうにしてあげるよとか。魚釣り行こうとか。こういうことが私の子どもだけが満足してるんじゃなくて、世の中の子どもたちが自由に行き来できたらすごい素敵だなと思って。
わたしが居場所がなかったからっていうのもあります。
でも何も自分の親だけが全てじゃない。自分の親が駄目だったら日本全国どこにでも頼るところあるよって。だから大丈夫だよって。どんどんおいでよって。お金ないんだったらPayPayに電車賃送るよとか。どこそこに送るからおいでって言って、そこの駅まで迎えに行くって言ってくれる人がいたら子どもたちどこでも行けますよね。
東京都にしかないとか〇〇県にしかないとかそういう居場所じゃなくて。
それが日本全国にあったら東京まで行かなくちゃいけないとかないし
駅まで来たら迎え行くからおいでって言ってくれる人がいれば子どもたちは氣兼ねなくいつでも行けるそういう居場所を作るっていうのを作りたいと思ってます。
これから動画撮影など入っていく予定ですが、そこで家族になってもいいよって言ってくれる人をわたし達家族がリポートしに行って、どんなことができるのか、その人その人にお尋ねしていってみようと思います。
例えば、おばあちゃんだったら草取りしてくれたらいいよお昼出すよ夕飯も出すよ寝てくれてもいいよって言うんだったら、そうしようみたいな。 
そうしながら、お金がない子どもでも何かその経由をつたって日本中の家族に出会える
自分の親だけじゃなくて、よく来たね、嬉しいよ、今年も来てくれたんだっていう自分自身の存在を心から喜んでくれる人が日本中にいる。
わたしという存在を喜んで受け入れてくれる人が日本中どこにでもいるってすごい素敵じゃないですか?
これから一緒にやってくれる方、ご飯だけでも何でもいいって言ってくれる方を子どもたちとインタビューしてそれを動画に募っていこうと思ってます。

いまじん:
動画でそのプラットフォームを作っていくっていう形になるんですか?

ふかわしずか:
そうですね。

いまじん:
大体どれぐらいの人を集めたいとかってありますか。

ふかわしずか:
1キロ先くらいの子どもの足で歩いて行ける距離に受け入れ先がある。泣きながらその人の顔を思い浮かべながら歩いて行ける距離。もう少し歩けば誰かがいるっていうそういう距離で人を集めたいです。もちろん時間はかかると思いますが

いまじん:
しずかさんの中で、車中泊の旅っていうご経験が今の話とすごく繋がりがあると思うんですけど。それがなかったら、どういう人生になっていたと思いますか。

ふかわしずか:
自分に何の可能性も見いだせずチャレンジできない人間でいたと思います
そして子どもたちともこんなにも感謝や信頼関係など築けなかったと思います。
今、若者の死者数がすごいのっていうのはご存知ですかね。世界一なんですよ。韓国を追い抜いて日本がNo.1なるっていう。なるんだか、なったんだかわかんないですけど。とにかく世界一なんですよ。これだけインフラも整って、全てが整ってるわけじゃないですか。水道水を飲める国なんてそうそうない。これだけ1人1台携帯を持てるっていう時代なのに、何か違う、リセットしたいとかあるかわからない次の未来へ向けてと自死するわけじゃないですか。
幸せじゃないんですよね結局。私もそうだった。 
だけど死なないで良かったって今心底思えている。なんなら世界一幸せだとも思う。
子どももいっぱいいて、五体満足で、人間としていろんな体験ができる。苦しいことも悲しいときも、なんかうわーーー!って言ってめっちゃ叫んでジャンプする喜びを得るときも。
わたし達はそういう体験をしにここに生まれてきたことを忘れてはいけないと思うんです。
辛いことは辛いです。でも辛さという対比があるから有り難みがわかると思いませんか?
そしてすごいつらいときは日本全国待ってる人がいるからちょっと行ってみなよって、何か見つかるから絶対に。自分の家族が受け入れてくれなくてもそれを受け入れてくれる人が絶対にいるから諦めないで欲しいっていう感じですかね。
死んだらもう体験も経験も何もなくなっておしまいだから…

いまじん:
最後なんですけど。なんか残したことであったり、宣伝とかでもいいですし、この記事を読む人に向けてのメッセージを聞かせてください。

ふかわしずか:
幸せですか。

いまじん:
そうですね。幸せに感じるときと感じないときはありますけど。

ふかわしずか:
なんか多分、人間ってずっと幸せだったら幸せじゃないんですよ。その幸せっていうのは幸せじゃない何かっていう相対のものがあって。
雨がずっと降ってて困ったという日があって  すげえ晴れたとき、洗濯物よく乾く!みたいな。
逆に晴ればっかで作物育たなくて困ったがあるから雨が有難い。
どちらから見るか?見る角度によっては困るし有難いという陰陽ひとつなんですね。
そこをみんながないものにフォーカスしすぎだなっていう。
辛いことは幸せの対比にあるから感じてるだけであって。その二つがあるっていうことが幸せっていうことを感じてほしいなって。
ここは体験・経験の星、地球なので。体験と経験がなかったらAIと一緒なんですよ。体験・経験で感じるものがあるのが人間だと思ってます。
嬉しい悲しいとか。心が震えるとか。そういうことを味わえるのが人間
そこを、恐れないで欲しいなって。
そして自分を他人と違うことに誇りを持ってほしい。それはあなただけの役割があるから。
そういう特性を持って生まれてきたから。
その素の自分というか感じたことありのままを、恥ずかしがらずアウトプットしながら生きてほしいです。

あとがき

私は去年、少しの間、日本を離れて暮らしていたことがありました。
外国に行くと、語学力が身に付く、とか、価値観が180度変わる、とか。色々聞くけれど、私が自分の家に帰ってきて思ったのは、そういうことではありませんでした。ああ、私、きっとまだ生きられる。そう、思いました。
今いるこの場所が嫌になったら、また、ここを離れて、あの場所に行けばいい、と。ここじゃないどこかがある。もしくは、あるかもしれない、と思えることって、ものすごく自分を癒してくれることだと思います。
それは場所でも、人でも、物でも、言葉でも、音楽でもいいかもしれません。
あなたにとっての拠り所は、なんですか。

【インタビュー・編集・あとがき:いまじん】

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