無名人インタビュー:体調を崩し会社を辞めて人生の再スタート準備中アラサー女性の人
ありがたいことに、無名人インタビューのインタビュアーになりたいという方がしばしば現れます。そりゃ募集してんだから当たり前だって感じなのかもしれないですがね! そりゃまあ別にお金もらえるってわけでもないんでね! 来るか来ないか分らんのですよねえええ!(謎の怒り)
というわけで、インタビュアー志望者としてお話した森逸崎さんですが、まあとにかく1回インタビュー受けてみたほうが良いのではないかということで、私がインタビューさしあげることになりました。
森逸崎さんインタビュー受付ページはこちら!
どうでしょう? 私は良いと思いました。
なんでかって、知的好奇心がある、ひねくれていない、時間がある、から。
ということで無名人インタビュー兼インタビュアー紹介インタビューをお楽しみくださいませ!
今回ご参加いただいたのは 森逸崎 海 (もりいざき うみ) さんです!
現在:仕事>趣味
qbc:どんなインタビューにしていきましょうか。
森逸崎:うーん、すごい迷ったんですけど、私の人となりが知っていただけるようであれば良いのかな、と。ざっくりしていてすみません(笑)
qbc:いえいえ、大丈夫ですよ。それでは、今、何をされている方でしょうか?
森逸崎:はい。直近はいろんな会社から業務委託でドキュメント作成を請け負う人ですかね。先月まで小さいベンチャー企業で正社員として勤めていて、人事教育に携わっていました。
qbc:そうなんですね。お仕事大好きと言うか、仕事ばっかりしてる人?
森逸崎:あーそんな感じです。その会社でも最初「仕事と結婚する!」とか言って土日も夜中も働く、みたいな。時代に沿わない働き方だったとは思います。(笑)
qbc:へえー。他の趣味というか、そういうのはありますか?
森逸崎:基本的に漫画読んだりNetflixで映画観たり、インドア系の趣味ですね。あとは寄席に行くのも好きです。
qbc:寄席?
森逸崎:はい。でも落語の演目や落語家さん自体にはそんな詳しくなくて(笑)。新宿の末廣亭とか浅草演芸ホールによく行くんですけど、シンプルにあの空間が好きなんだと思います。なんというか、漫画でよくある「どっ」っていう笑い声を体感できる場所で。
あとはそれなりに歴史ある場所なので、入った瞬間に感じる重厚感とかも好きです。
qbc:お仕事は、どんな資料を作っているんですか?
森逸崎:基本的には営業の商談資料だったり、研修資料が割合としては多いですね。ペライチから100ページ以上に及ぶものまで幅広く。
qbc:ふーん。その資料作りというのは、「私はこういうのがやりたいです!」って感じで作るんですかね?
森逸崎:どちらかというとクライアントの意見ありきです。その資料の利用目的・ゴール・いつどこで誰が利用するものなのか、とか、そういうヒアリングをして、それに沿った内容にします。
qbc:なるほど。
森逸崎:基本的に資料は何かを伝えるための手段でしかないので、必ず資料を含めた運用設計までセットですね。
qbc:前の会社では、何されていたんですか?
森逸崎:「企画推進屋」ですかね。色んなこと経験させてもらいました。
基本的に営業・営業企画・人事教育というキャリアの進み方だったのと、小さい会社でみんなが色んなことできなきゃいけなかった。
営業企画やりながら自分が商談することもありましたし、人事教育部に配属後も、研修実施・振り返り以外にも、育成の文脈で新プロジェクトの立ち上げに携わったり。社内イベント推進、採用サイト運営、営業チームの戦略戦術考案・実施・振り返り。その他もろもろ。
qbc:仕事と私生活でいうと、仕事の方にウェイトがあった方ですか?
森逸崎:そうです。びっくりしたんですけど、会社辞めてから初めて「そういえばやりたいことあったわ」って思い出す、っていう(笑)
ただ求められたことをお返しする、というスタンスだったので、正直やりたいこととか考えなくても生きてこれたんですよね。その在籍していた6年くらい。
qbc:なるほど。
森逸崎:文章書くこともそうですし、ちゃんとコーチング勉強したかったんだ、とか、陶芸やりたいとか人体の神秘について勉強したい!とか(笑)
趣味レベルのことですが、それすらもこれまで思い浮かばなかったんだなーって。
qbc:今は結構できている?
森逸崎:そうですね。割と自由にできてます。生活の拠点を実家に移して、両親と同じ生活リズムにして、日中仕事と自分の時間にしてます。
過去:些細なきっかけからの中二病
qbc:どんな子供だったか、教えてもらってもいいですか?
森逸崎:はい。泣き虫でわがままで頑固、って感じの子供だったと思います。口で何か説明するのが苦手で、言葉にできないから泣く、みたいな(笑)
「やだ!私それやりたくない!」とか、一回そういう状態になると、もうテコでも動かない。
お母さんがあやしてくれてもおばあちゃんがお菓子くれてもダメで、泣き疲れて眠るまで喚き続けるっていう(笑)。頑固なタイプでした。
qbc:喋るのが苦手だったんですね?
森逸崎:そうですね。大っ嫌いでした。1対1だとまだギリギリ大丈夫ですけど、特に人前とか複数人で話すのがダメで。
家族が多いんですけど、よく正月とか大勢集まるイベントがあると、子供達は余興をやらされたんですよね。歌ったり踊ったり。
私が物心ついてから初めてのトラウマがそれで。
私が3歳くらいの時、いとこ全員が集まったその場で、同年代の姉といとこと3人でポンポンを持って前に立たされたんですよ。でも事前練習とか全く記憶にない。
「何をするのかもわからないけど大勢の大人たちがこっちを見てる!」みたいな。
で、結局踊れなくて泣き出した私を見て、叔母はがっかりしたように「あらら」って言うし。
そこからしばらくは人前に出たり人と楽しげに話したり、ってのが苦手になりました。
qbc:今もですか?
森逸崎:今も苦手な方かも。仕事柄、人前で話すこともコミュニケーションを取ることも必要なので、致し方なく。
qbc:家族の圧のない学校生活はどうだったんですか?
森逸崎:学校生活に関しては、明確に「いい子になろう」って切り替わったタイミングがあって。
「明日から私小学生だ。大人にならなきゃ」ってそこからパタッと泣き虫じゃなくなったり、友達と楽しく遊ぶようになったりしました。
多分家族以外のコミュニティができて、その中でどうやって自分のポジションを確立していくのか、みたいなことを幼いなりに意識してた気がします。今となっちゃ、ですけど。
qbc:友達付き合いはどうだったんですか?
森逸崎:典型的な「友達多い女の子」になりきりました。多分高2までは。
qbc:それは、なんて言ったらいいかな。その友達が多いキャラは「本来の自分」と乖離してましたか?
森逸崎:当時は自分と乖離しているとは思ってなかったです。でも、高2かな。
私、高2でいわゆる中二病? を発病したんですよね(笑)
珍しくはないと思いますが、「私は何者か」みたいな、哲学じみたことをぐるぐる考え始めるのが割と遅かったですね。
そのタイミングで、友達に対して「私は上辺でしか付き合ってなかったな」ってラベリングを自分でしてしまって。乖離しているな、と思い始めたのがそこからですね。
qbc:どんな状態になるの?
森逸崎:排除する、って感じです。心開く人には開く、開けない人には徹底的にうわべだけで付き合う。今となっちゃ当たり前なんですけど。明確に線引きしてました。
qbc:部活とかは何かやってましたか?
森逸崎:小学校高学年〜中学三年間はバスケ部でした。高校の三年間はダンス部ですね。ガツガツのヒップホップ。
qbc:ダンス! 中二病になるきっかけはこれという何かがあったんですか?
森逸崎:思い当たることはあります。
同級生に、私より一足先に中二病になった子がいて、学校も来なくなって。仲良かったので色々話聞くんですけど、その子に突然「ねえ海、寂しいって思ったことある?」って言われて(笑)。
多分その子には私が無理して良い子でいようと努力してるみたいに映ったようで。で、私も「寂しいってどういう状態だろう」って考え始めてしまったんですよね。
それで、その子がいない=私の理解者がいない=寂しい! みたいに感じるようになって。
qbc:なるほど。
森逸崎:良くも悪くも簡単なんです(笑)
中二病は続いていて、高校卒業後の進路も、ダンスの道に進もうとしたけどでもそれもやめて。
ただダンスの道に行こうと言った手前、引っ込めなくなっちゃって。受験勉強もしてないし。先生に「ごめん先生、私一回社会に出てやりたいこと見つけてから大学行くね」って話をしました。
結局就職したのは都内の飲食店でした。ただ、それも一身上の都合で1年半くらいで退職せざるを得なくなりましたけど。
qbc:なるほど。なんで辞めたんですか?
森逸崎:飲食店あるあるなんですけど、板前の人と不倫関係になってしまって。
qbc:あはは。「飲食店あるある」て、飲食店に失礼だよ(笑)
森逸崎:いやーあるあるですよ(笑)
まあでも、その時に私が18歳で当時の相手の奧さんにバレて、奥さん店に乗り込んできて社長にもバレて。あれよあれよと。
qbc:なるほど。そこからは?
森逸崎:そっからも中途半端のオンパレードですよ。割とその時メンタルも良い状態じゃなくて、実家に強制送還になって。
で、その状態の私を見かねた両親が「社会人入試ってのがあるよ」って、ある私立大学受験できるようにサポートしてくれて。国語と面接だけかな? で、パスして普通の学部生と一緒に混じって通いました。
qbc:まじか。
森逸崎:でも結局「これ学びたい!」とかいう目的もないので通いきれなくて。やりきれずにグズグズで。中退の道を選びましたね。
qbc:まさか「寂しい?」って一言からそんなに。そこからは?
森逸崎:ひたすらフリーター生活ですね。バイト3つくらい掛け持ちして。でも、引っ越すタイミングで「もう少し時給いいバイトないかなー」って探してたときに、直近で6年勤めてた会社を見つけたんですよね。
qbc:はいはい。
森逸崎:私、アルバイトからのスタートだったんですよ。その会社が何をやってるのかも知らずに入って(笑)
内勤の原稿作成だと思ったら外回りの営業職だし。それくらいの情報収集力。
qbc:ふーん。なるほどね。
森逸崎:その会社には感謝してます。多分この会社に出会ってなかったら普通に、どっかのさびれた町で売れない風俗嬢にでもなってたんじゃないですかね。その職の方がどうこうって話じゃなくて、建設的に話をする、人前で話す、とか企画推進したり、資料作成ができるようになることも一切なかったと思います。
qbc:どうして想像がスナックとかキャバクラで働くとかで止まれないの?(笑)風俗の方に行っちゃうんだ。
森逸崎:当時は手を繋ぐ感覚でセックスができたからじゃないですかね?(笑)
qbc:あー、なるほどね。
未来:ハコを作る未来
qbc:未来についてお伺いします。紆余曲折のあった20代という感じだったのですが、今後ですね、5年後10年後のイメージはおありですか?
森逸崎:うーん。正直明確には固まってはないですね。ぼんやりと「こうなっていたい」「これをやっていたい」というのはありますけど。
「ハコを作りたい」とはずっと思ってて。カフェでもスナックでも老人ホームでも何でもいいんですけど、「来るもの拒まず去る者追わず」な場所。
qbc:ほうほうほう。
森逸崎:古民家借りて、その地域の方と誰かを繋ぐコミュニティだったり、コーチング使った何かする場所でもいいし、陶芸だったりレコード聴いたり、そういう趣味のハコにもしたいし、そこで物書きもしたい。
qbc:そこに来る人たちは何を求めてくるんでしょうかね?
森逸崎:癒しと安心感と希望、ですかね。
qbc:そこに来る人はずっとその場に滞在する感じ? それとも短め?
森逸崎:どちらでも、って感じです。居たけりゃ居ればいいし、帰りたきゃ帰ればいい。
来るのはもしかしたら癒しを求める働き盛りの女性かもしれませんし、地域交流を測りたい経営者かもしれませんし、刑期明けの元犯罪者が社会復帰するまでの期間かもしれません。
その具体的なターゲットも手段も、まだ固められてないです。
qbc:なるほど。「希望」はどういうことなんだろう。癒しとか安心感、はわかるけど。何で希望が得られるんだろう?
森逸崎:希望って、ちょっと言い換えたら「自分をちゃんと信じ続けてあげられること」だと思っているんですね。自己肯定とも言い換えるのかな。「自分にはできるんだ」って。
qbc:うんうん。
森逸崎:よくある「自己肯定」「他者信頼」「他者貢献」の3つがあった時に、やっぱり自己肯定が一番難しいと感じる人は少なからずいて。他人のことはいくらでも無条件で受け入れられるのに、自分のことになると否定しまくる。そうなると他者に対してもいいベクトルの向け方ができなかったりする。
だからせめて、そこに来た人が「自分にはできる気しかしない!」と思ってもらえるような場になってほしいな、とは思ってます。
qbc:急に話が変わりますが、森逸崎さんは、家族と一緒にいると、何がプレッシャーだったんですかね?
森逸崎:今は全くプレッシャーではないですが、幼少期は、多分「比較」ですかね。今思えば。
兄弟が多かったので、「私はいい子でいなければいけない」と思ってました。7人兄弟の6番目だったので。
qbc:なるほど。同世代の兄弟がたくさんいたのか。
森逸崎:そうです。比較対象がたくさんいて。だから多分、兄弟の中でも承認欲求強めの子だったと思います。
qbc:インタビュー中の決めつけは良くないんですが、「並びたくない」って気持ちの方向を感じるんですよね。「他の人とは違う存在でいたい」みたいな。
自分が認められる部分はどこなんだろう、というのを探しているみたいな。
森逸崎:あーそうだと思います。
qbc:「自分とは何者か」を考えるのも、高校になってからだし。幼少期は考える時間がなかったんじゃないかと。
さっきの、「ハコを作りたい」って言うのは、一人でやりたいと思っていますか? 誰かパートナーとやろうと思っている?
森逸崎:基本的には一人でできないとは思っているものの、具体的に誰とやるか、はまだ決めてないです。
qbc:なるほど。
そうですね。森逸崎さんの中で、「家族」とは何だと思いますか?
森逸崎:なんでしょう・・。うーん。「引力」かもしれません。結局、引き寄せられる存在。
うちの場合はなんて言うんでしょう。基本的に母親の引力なのかな。悪い意味でいうと過干渉で(笑)。
「普通そんなに首突っ込む?」みたいなことにもガンガン首突っ込む。
とにかく引力が強い。逃してくれない。多分あの母親じゃなかったら家族とは早々に縁切ってた気もします。
qbc:なるほど。引き寄せる。
森逸崎:そうですね。
qbc:もしもの未来について質問します。もし森逸崎さんが、喋るのがめちゃくちゃ得意だったら、どうなってたと思います?
森逸崎:うーーーーーん。待ってください。「めっちゃ喋るのが得意な自分」が全く想像できない(笑)
でも、変わらない気がするなあ。
qbc:変わらない?
森逸崎:はい。私は自己表現の手段として資料作成だったり文章だったりを選択してきただけなんですよね。だから、仮に言葉での自己表現がうまかったとしても、手段が違うだけだから、今とそんなに大きくは変わらない気がしてます。
イケてない答えだってのはなんか察してます(笑)
qbc:いやそんな。今と同じですか。「今」は自分としてどう捉えてるんですか?
森逸崎:「今」ですか? うーん、再スタートの位置だとは思ってるものの、まだ、
qbc&森逸崎:動いてない(ハモり)
森逸崎:そうなんですよね(笑)
正直なこと言うと、ワクワクが半分、後ろめたさ半分。
退職したことで今後自分のやりたいことに向けて行こう、って思いつつ、それでも元いた会社は大好きでしたし、もっと会社が大きくなるのを自分の手で手伝いたかった。でも体調崩してそれがかなわずで。
qbc:じゃあ明確に「これだ!」と言えるものに向かって突っ走っているかでいくとそうでもない、まだふわふわした感じなんですね。
森逸崎:そうですね。まだ休憩期間です。目下諸々訓練中。
qbc:なるほど。ありがとうございます。
最後に言い残したことはありますか?
森逸崎:うわーーー終わりか!
言い残したことは、うーーーん、特にはないです・・!
逆に客観的に、どうでしたか?
qbc:迷ってらっしゃるなって(笑)。
ハコを作りたいって話も、安心できる居場所が欲しくてイメージしているのかなと思ったけど、まだ深く詰められているわけではない。
あと、頑固でしたね。これだって決めたらなかなか動けないんじゃないかな。
森逸崎:本当そうですね。しばらく休みながら、その辺りもつめて行こうと思います。
qbc:ありがとうございました!
森逸崎:こちらこそ、ありがとうございました!
あとがき
無名人インタビューは人生の踊り場かって思うんですよね。踊り場って、学校の階段とか階段の途中の平らなところですね。

なんでかって、今回のインタビュー参加者の方もそうでしたが、休職中だったり次の仕事への切り替え中だったりと、人生の幕間みたいなタイミングでインタビューを受けていただくからですね。幕間って、演劇の一幕一幕の、間のことですね!
人生の節目節目というか。節目って、竹とか木にある節の目のことですね。一区切りの意味です! そういう潮の変わるところで無名人インタビューを受けてくださって、今回のインタビュー参加者も、そうだったわけですよ。
なるほど。
今回「ハコ」という言葉が出てきましたが、つまりそれって居場所ということなのかなと理解していたのですが、家族という居場所から離れ、会社という居場所を見つけ、また今そこから離れようという物語をお聞かせいただいたかと思っています。
そういった流れの中で、森逸崎さんがインタビュアーを通してどのような風景を見つけるか、楽しみです!
ぜひ、あなたの感想をお待ちしています! コメントにどうぞ!
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編集協力:森逸崎海
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