ずっと挑戦していたい自称・物書きの端くれの人
長らく謎だったことが私にはありまして。どうして人間はがんばってる人を応援したくなるんだろう。他人なのに。他人ががんばってる姿に感動したり、その人のことをすごいと感じたり、なんなら尊敬さえしてしまう。
自分にイチミリも関係ないのにどうして心だけ影響されてしまうのか。
まあ、なんなら人間は神様をイチミリも事実を確認しないでいると感じたりもするし。
死んだ人間が、よみがえったりなんてことを、信じたりもする。
人間にはウソの物語を事実と思いこむ力がある。
この力を、例えば詐欺に使うこともあるし、一方では生きるという行為を意味づけるということさえやってのける。
じゃあ、その物語をはぎとった先にあるものは何だろうか?
要するに言葉の無くなった先には何が残っているのか。
何も価値観を共有しない場で、私たちは何を共有できるのか。あるいは共有なんかできずに、殺しあいの果てに滅亡するのかもしれないね。
今夜の無名人インタビューもよろしくお願い申しあげます!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 瑞野蒼人 さんです!
現在:自称・物書きの端くれ
ドット:現在、何をされている人でしょうか?
瑞野:はい。今は、大阪の某企業で広報として働きながらnoteとかで執筆活動、エッセイとかですね、レビューとかを書いてたり、あとは脚本とかシナリオを書いて、コンテストに出してるみたいな。まあ、なんでしょう自称・物書きの端くれみたいことをしてますね。
ドット:ありがとうございます。他に例えば趣味ご趣味があったりとか、何かnoteとか、脚本・シナリオ以外にされてることとか、もしあれば。
瑞野:noteを見てもらうと結構わかりやすいかとは思うんですけど、映画とかドラマみたいなものをちょこちょこ見るのが好きですし、テレビっていうのは昔から一番好きでしたね。あとは読書。頻繁に本屋さんとか図書館にも行きますし、そういったので吸収したものをnoteで書いて。皆さんに読んでいただいてるみたいなことをしてますかね。
ドット:ありがとうございます。そうですね。
お仕事と、noteと、ご趣味とで、自分の中での優先順位だったり、なんか”この時間、大切にしたいな”みたいなものの比率とかってあったりしますか?
瑞野:比率…でも今まだやっぱり新卒として今年入社したばっかりで、まだ仕事はとにかく覚えていって行動していかないとっていうところがあるので、仕事はもう半分以上は比率取ってますね、常に。で、もう何かあれば、仕事に集中していけるように。でもnoteも非常に今、もうちょっとでフォロワー1000人くらい行くってところで、1回記事出せばもうすごく20とか30とかスキ付けていただける人がいたりするので、残りの半分ぐらいをnoteに比重を置いて。そのうち3割くらいはもう自分の中に情報とかを入れるインプットみたいなのにして、2割くらいを執筆に置いてるみたいな感じです。
ドット:わかりやすい! ありがとうございます。
瑞野:はい、よかったです。
なんかどうしても書くだけ書くだけってしてたら、もうなんか自分の中からもう全部何もなくなっちゃうみたいな気がして。常に何か新しい情報?、それこそ小説でもいいですし映画とか新しい物語を読んで、その人の感情とか想いみたいなのを吸収したりとか。あるいはもう最新の流行トレンドみたいなのもちょこちょこ見ながら、こういうものを書いたらウケるのかな?みたいなのを考える時間っていうのはすごく大切にしてます。
ドット:おおー。ありがとうございます。
noteを始めたきっかけとかあるんですか?
瑞野:えーっとですね。元々は最初は小説メインで投稿とかネットにいろいろしてて。”カクヨム”ってご存知ですか。
ドット:あ、はい!
瑞野:小説の投稿サイトがあるんですけど。最初はそこをメインで活動してたんですね。でもなんかだんだん物語だけじゃなくて、詩とかエッセイとか、自分はこう思った~とか日常みたいなことも書いてみたいなっていう気持ちがちょっと出てきて。
そのためにはカクヨムっていう物語特化型っていうよりは、もっといろいろ書けるようなフィールドが欲しいなっていうふうに思って。そこからnoteのアカウントを作って投稿し始めたっていうのが最初ですね。
ドット:なるほど。それはいつくらいからだったんですか?
瑞野:いつぐらいからだったかな。でも、大学1年生ぐらいなんで2018年とか。
ドット:おお〜すごい! だいぶ古参なんですね!
瑞野:だいぶ…そうですね。かれこれ4年ぐらいはやってるんじゃないかなと。
ドット:おお…ありがとうございます。
そうですね…何か自分の中で思い入れのある記事とか、分野とか、もしあれば。
瑞野:思い入れのある…難しいなぁ。
でもやっぱり一番自分のそのnoteを引き上げてくれた。”これくらいいろんな人に読んでもらえるようになった”っていう意味ではやっぱり、音楽とかその辺の記事はすごく大切だったかなっていうふうに思ってますし。
実際PV数TOP10とかってずらっと並べてみると、8割ぐらいがあの髭男(Official髭男dism)とミスチル(Mr.Children)の記事なんですよ。そうなんです。やっぱり自分の一番好きなものを前面に押し出して、”ここがすごいんだ!””ここを聞いてほしいんだ!”っていうふうに語った記事ほどこうと伸びてるっていうか、皆さんに気に入ってもらえてるのかなっていう、そういう意味ではすごく音楽っていうところはすごく大切なところかなとは思ってますね。
ドット:ありがとうございます。
noteをやってる一方で、脚本とかシナリオのこともやられてるっていうことなんですけど、ここについてもう少し詳しくお聞きしてもいいですか?
瑞野:大丈夫ですよ。
ドット:何か、どういうきっかけでやるようになったのかとか、お仕事とかともし関連してるならどう関連しているのかとか、お聞きできればと思います。
瑞野:正直なところ仕事とはもう全く関係なくて。現状としてはほぼ趣味です(笑)
ドット:おお。
瑞野:そもそも私大阪芸大っていう芸術大学卒業なんですけど。通ってた頃に授業で『脚本の書き方』『シナリオの書き方』みたいな講座があって。で、元々ドラマとか、そういう物語系にももう元々関心があって、小説も書いてたりしたので、何かこうヒントになればいいなっていうふうに思って授業を受けてみたんですね。
ドット:うんうん。
瑞野:そしたら結構思いのほか、”あれ。結構自分って書くの上手いのかな?”みたいな。なんか2時間くらいその実践の授業があって。2時間で1本作品を書き上げてくださいとか、例えばショートストーリーとか、あとは、お題に沿ったシナリオとかを書いてみてくださいっていうような時間があって、もうすごいんですよ。筆が止まらないんですよ、私の。
ドット:おお〜!
瑞野:持参した原稿用紙をもうワーッと、もう思いつくままに書いていって2時間で…何枚くらい書くのかな?大体。10枚20枚くらいは書くのかな?10枚20枚です。でも10枚以上書いて、提出して。それがもう、教授からも”これめちゃめちゃいいね”っていうふうな評価を受けて、なんかそういうのを繰り返してるうちに、なんかその気になってきて。”あれ自分なんか書くの、めっちゃ良くない?””シナリオすごく良くない?”みたいな。ていうのに目覚めたんですよね。
ドット:おお〜!
瑞野:なんか昔からそういうところがあって、何か褒められたりとか、「これいいじゃん!」って言われると、”あ、そう? なんか自分ではあんまそう思わなかったんだけど、みんながそう言うんだったら、書いてみようかな?”みたいな。調子乗りのところがあるんですよね。
ドット:(笑)
瑞野:で、そういう事をしてるうちに、卒業が近づいてきて。芸術大学なんで、その卒業論文と卒業制作っていう自分で芸術作品を作るみたいなのも選べて、”そのどっちかにしてくださいね”ってうちのゼミの教授から言われたときに、正直、もう論文とかもう全然もう関心がなくて。絶対にシナリオでいこうって決めてたんですよ。”脚本を書きたい”って。で、いつぐらいだったかな。大学4年生・2021年のゴールデンウィークぐらいに、”なに書いたらいいかな?”っていうふうに考えてたときに、ふと思いついてきた作品があって。それを多分、5日間くらいかけて原稿用紙80枚ぐらい書いたんですよ。
ドット:えー!
瑞野:そうだそうだ、ぶっ通しで書いて。そこからどんどん”もっとこんなふうな流れにした方がいいんじゃないかな?””こういう要素を入れていった方がいいんじゃないかな?”っていうふうに書き上げていった作品が、大学で学長賞っていう、学科の中で1人しか選ばれないグランプリの賞を取って。
ドット:すごい!
瑞野:それでその年の大阪芸大の卒業制作展に、科の代表として自分の作品が並んで。名だたる作品の中に自分の脚本が混ざって展示されたっていうのでもう完全に”味をしめた”じゃないですけど、言い方が悪いですけど(笑)でも、”脚本・シナリオ書くのってこんなに楽しいんだ”っていうふうに目覚めて、そこからもうちょっと頑張ってみようかなって思ったっていうのが、今までの流れですね。
ドット:おお〜! ありがとうございます。じゃあ、脚本・シナリオというのはもう完全・趣味で続けてるっていう感じなんですね。
瑞野:そうですね。今のところはもう趣味で。ただコンテストとかにも出しておいて、”あわよくば受かったらいいな”、”受かりたいな”、くらいの気持ちでやってますね。
ドット:なるほど。
瑞野:何か学長賞っていうのを取って、何か、”自分にもこういう切り口で頑張れることがあるんだな”、”こんな才能があったんだな”っていうのを気づかされて。どうせやるんだったらもっと、自分のことを知ってもらいたいなっていう気持ちもあるので。そういった中で、脚本ってのを書いて応募してみたりとか。あるいはnoteでご覧いただく、みたいなことをやってますね。
ドット:何か、お仕事として脚本・ シナリオに行かなかった理由とかってあるんですか。
瑞野:ぶっちゃけた話を言えば、専業作家になるにはまだ早すぎるというか。それは多分もう経済面でもそうですし。未だにまだnoteでサポートとか、あと何か対価をいただいて記事を書く、っていうことがもう全然ないので。まだ自分の書いた作品によってお金を生み出すことができてない以上はちょっとまだ専業になるのはあまりに早すぎるかなっていうところと。
あとは社会人に1回なってみて、何かいろいろ経験を積んでいく中で、シナリオとか、脚本・作品に落とし込めるものがあるだろうなっていうふうに思ってますし、働いていくことによって、その収入とそれからアイディアみたいな両方を吸収していって(笑)、自分の糧にして行けるのが一番いいんじゃないかなって。今はそういうふうな働き方をしつつ、ちょこちょこ記事を書いていこうって選択をしてますね。
ドット:すごい。なんか、さっきは”ちょっと調子に乗っちゃうところがある”とか言ってましたけど、そういう部分は冷静で素晴らしいと思います(笑)
瑞野:(爆笑)なんかそうなんですよね、なんかすごいガーッと勢いに乗ってやっちゃうところもあれば。すごく冷静に、冷静に、努めて判断をしていくみたいなところがあったりするので、両極端な人ですよね(笑)自分でもすごく思います。
過去:”しゃべり”に一直線だった人生
ドット:では次に、過去の話にちょっと移っていきたいんですけれども。幼稚園とか小学校とかの時期を一言で表すと、どんな時期、どんな自分だったと思いますか?
瑞野:うわー難しいな。一言!
…でもある意味で、多分自由っていうか、やりたいようにやらせてもらってたのかなぁとは思ってますね。小学校のときとかも、うち、シングルマザーで母方の家に住んでるんですけど。家族形態がすごく特殊っていうか、僕が一人っ子であとが全員なんか上の世代っていうか、”叔父・叔母”とか”祖父・祖母”みたいな感じに混ざって住んでたので。同年代の子と遊ぶこともあったんですけど、それ以上に1人で何か考え事をしたりとか、あるいは大人と触れ合う時間みたいなのもすごく多かった。
そういった環境の中でこうのびのびと自分のやりたいことをやらせてもらってたっていうか。親も親で何か習い事とかは全然強制しなかったし、むしろ”あんたのやりたいことがあるんだったら、もうやればいいんじゃない”みたいな感じでいてくれてたので。なんですごく特に不自由はしなかったですし、むしろ楽しかったなあとは思いますね。
ドット:おお〜。この時期に何かされてたこと、自分がやりたいこととしてしていたことって何かありますか?
瑞野:一番やっぱり大きかったのは”しゃべる”っていうことがあって。結構ほら、どこの小学校でも委員会とか作って、何かみんなで役割分担して、何かクラスのこととか、やろうみたいなことがあるじゃないですか。
ドット:はい。
瑞野:んで、僕も何か委員会なにに入ろうかなっていうふうなことを考えたときに、教科書を音読するみたいなことが授業でありますよね?あのときに「音読めっちゃうまいね」って、国語の先生から言われたことがあって「あれ?そうっすか?」みたいな、「あれ?自分うまいんですか?」みたいな話になって。で、「放送委員会入りなよ」って言われたんですよ。校内放送とかやる委員会ですね。
で、そこに入って、お昼の校内放送とかで喋ってみたりとか。あるいは、運動会のアナウンスとかですね、ああいうのをやってみる中で、”わあ、めっちゃ楽しい”みたいな。何か自分が喋って、みんなが盛り上がってくれたりとか、あるいは自分の朗読してる本とか原稿みたいなものの感動が伝わってるのがすごくいいと思って。そこから喋る・話すことに対して、どんどん前向きになっていったりとかっていう気持ちがあって。
で、6年生の頃には放送委員会の委員長とかやって、みんなを指揮する立場になってたりとかして。なんか不思議とこう、新しいことに取り組めたっていうか、どんどん前に前に進めたのかなというふうなのはありますね。
だから”喋る”っていうのは今も昔も本当に好きですし、その根幹が多分小学校の頃にあるんじゃないかなとは思ってます。
ドット:もう今、ここまで聞いただけでも”しゃべるのすごいお上手だな”、”聞いてるだけで楽しい話し方ができる方だな”って思ってたので。もうそれは小学校の頃からだったんですね。
瑞野:嬉しいです。そうですね。ずっとずっとそうでしたね。
それが派生して、中学校時代ももうずっと放送部一筋でずっとしゃべりっていうのを極めていったっていう時期だったので。うん。だからやっぱ中学校とかになると多感な時期になって(笑)、みんながなんか、こう、”すごいね”っていうよりは”イジリ”みたいな。”なにお前ー、なんか喋ってんだよ!”みたいな感じでイジリみたいな要素も入ってくるんですけど、”まあそれもそれでまあしょうがないのかな”とか思いつつ、でもみんながこう”自分のことを自分のしゃべりってのを話題にしてくれてる”みたいなところに1つの存在意義を見い出していたっていうのはあるかなあと思いますね。
ドット:ポジティブなんですね?
瑞野:(笑)いやいやいやいやもう、あれですよ。なんか”こう考えるしかない”みたいな、あれですよ。
ドット:あーなるほど。
瑞野:ええ。なんかいじられるのは正直あんまり苦手なんで。うまく受身をできないみたいなところはあるんですけどね。でも”自分の好きなことだったら別にいいや”って感じだったかなと思いますね。
ドット:ありがとうございます。流れで中学時代の話までしていただけてすごくありがたいんですけど、放送以外の観点でその中学生活みたいなところでいくと、先ほどのように一言で表すとどんな感じでしたか?
瑞野:中学生活はんー。あんまりなんか放送以外であんまり良いことがあんまりなかったっていうか、なんだろうな。また一言で表すと”地味”とかそういう感じですかね。
ドット:そうなんですか!
瑞野:それこそ何かしゃべりの面では本当に良い経験をいっぱい積ませてもらって。地元のコミュニティFMとかでしゃべらせてもらったり、何か地域の何か行事とか体育大会とかでしゃべりの仕事を任せてもらえるみたいな。ボランティアでね、あったりはしたんですけど。
でも正直なんかあんまり中学時代ってそんなにいい記憶がなくて。
なんか、小学校のときと比べて何か人間関係がより分断されていくっていうか、なんか”男子は男子”、”女子は女子”でまとまって、その中にまとまりとか、何か人同士の繋がりみたいなのがどんどん生まれてきて。その中にあんまり積極的に介入したくないなみたいな気持ちもあったりとか。で、周囲にも”仲いい人・仲良くない人”みたいなのがあったりとかして。自分も自分で周りの人とちょっと衝突したりとか、それこそちょっとあんまりうまくコミュニケーションができなくて傷つけてしまった人とか、そういう人がいっぱいいたりするので、未だにそういう人たち…傷つけてしまった人にはすごくなんか”後悔”っていうか、”申し訳ないな”っていう気持ちがいっぱいあるので。そういった意味ではあんまりマイナスすぎてうまく語れないのが中学時代だなっていうふうに思ってますね。
ドット:もう中学校のハイライトとしては、ご自分では”放送”っていう感じなんですね。
瑞野:何かそこそこだけが光明だったっていうか、光だったかなぁとは思いますね。
ドット:ありがとうございます。
じゃあ高校時代について次、お聞きしたいんですけど・
瑞野:ここがね話すとめちゃめちゃ長いんですよ!高校はすごいいろんなことあったんですよ。
ドット:ぜひぜひ!
瑞野:中学校時代にいろいろ放送の活動とかをやってきて。で、なんか、その”縁”とかじゃないですけど。うちの地元って、高校の放送部がめちゃめちゃ強い県なんですよ。
ドット:えー!
瑞野:その中で、もうトップクラスのダントツ強豪校があるんですよ。放送部の強豪校ってあんまりなんかわかんないと思うんですけど。もうとにかく強い、指導者がすごい、全国優勝常連、周りも県内中から集められた、すごく読みの上手い人・アナウンスが上手い人っていうのが集まってくる高校っていうのがあって。
で、まあ高校受験のときに”どこにするか”って言われたときに、【県立の普通の高校に行く】っていうような選択肢もあったんですけど。なんかもう正直、ここまできたら放送をやり通したくない?っていう気持ちが、なんか僕にも母親にも多分あって。で、最終的にその強豪校に進むことになって”なんだ。やっぱこの選択肢しかないんだな。”みたいな。どんどんどんどん放送にのめり込んでいく環境みたいなのが、整ってきちゃって。
で、まあ当然のごとく放送部に入部したんですね。
ドット:(笑)
瑞野:で、もう、もうその放送が本当にもう、びっくりするぐらい厳しくて。
やっぱり指導者の力っていうのがあるんですけど、技術とかそういう面だけじゃなくて、”人間としても叩き直していく・磨いていく”っていうところがあって。もう”人として基本的なところをちゃんと身に付けなさい”、”人として成長しなさい”っていうところをすごく重視した部活だったんですね。
ドット:うんうん。
瑞野:で、今でもソラで暗唱できるんですけれど、その部活のモットーが、”自分でも知らない自分の才能に気づいて、磨いて、自信を持って卒業していく”っていうところを大事にしていて。『1人1人の”読み”とか”放送の才能”だけじゃなくて、その”人間として魅力的な部分”、そういったところを磨いてきっと立派な大人になって、この部活に入って後悔しなかったねっていうような3年間送ってほしい』っていうのが、うちの顧問のモットーだったんで。なので、自分もなんかそういうところにすごく影響を受けたっていうか、あのときすごい厳しい環境に身を置いて、なんか【人への気配り】とか【気遣い】とか、それから【全体を俯瞰で見て、”どういうところに問題があるのかな?”っていうのに気づく力】っていうのを身につけたおかげで、今の社会人生活でもなんか、”人よりも活発に仕事の中で動いていける自分”っていうのがあると思ってます。
しゃべり以外でも剣山を積んで成長できた3年間だったなあっていうのがあるので、とても充実はしてましたね。
ドット:おお〜!
瑞野:もう何度もやめたいと思いましたけどね(笑)何度も辞めたいって思ったけど、でも最後卒業ってなったときに、”あー楽しかった!”、と。もう、”こんなに良い高校生活はなかったんじゃないかな”ってくらいは思いましたね。
ドット:素晴らしいですね。強豪っていうことで結構全国大会とかにも行ったんですか?
瑞野:自分もあの2回出場しました。でも予選落ちでしたけど(苦笑)
ドット:そうなんですか?!
瑞野:はい。全国大会は最初東京に行って、予選・準決勝・決勝っていうふうにあって、決勝はあのNHKホールでやるんですよ、紅白歌合戦とかやってるね。でもそこに立てるのって各部門10人くらい。”本当に選ばれし人だけが立てる”みたいな感じだったので。なんで自分たちも”すごいな。(決勝の舞台に)立ちたいな。”っていう気持ちではいたんですけど、歯がゆい結果には終わっちゃって、”悔しかったな”っていうのはありますね。いまだに。
ドット:そうなんですね。放送の大会って何個か部門あると思うんですけど、瑞野さんはどの部門だったんですか?
瑞野:部門から解説すると、【アナウンス部門】【朗読部門】【ラジオドキュメント部門】【テレビドキュメント部門】それから、今何だっけな、【テレビ番組部門】【ラジオ番組部門】みたいな感じでそれぞれ分かれてるんですね。私はメインで【朗読部門】。だから、小説とかの朗読ですね、に出場してて、その傍らで番組を作って出場してみたいな感じでやってました。
ドット:番組は部総出で作るみたいな感じなんですか?
瑞野:結構40人くらいいる大所帯なんで、3チーム〜4チームぐらいに分かれて、何本か作るみたいなことをしてました。
ドット:なるほど。
瑞野:でねぇ。高校2年生のときはもっと大変だったんですけど。生徒会長になったんですね、私が。そのとき2016年だったんですけど、ちょうど2016年って、熊本で大きな地震があったんですね、熊本地震。あれがちょうど4月で、我々がまだ生徒会に就任した直後だったんですよ。
ドット:うんうん。
瑞野:なおかつ、放送部の大会って7月に全国大会があるので、6月くらいには県大会があるんですよ。だから、そこに向けて準備もしつつ、生徒会として熊本地震のためにボランティアとかいろいろやらなきゃいけないっていう、同時並行でやらなきゃいけないっていう、この大変さ。部活と生徒会を行ったり来たりしながら、それでも何とかベストを尽くしてやっていかなきゃいけないみたいな時期があったので。充実してるっちゃ充実してるんですけど(笑)、でももう何が何だかわからない数ヶ月だったっていうのがありますね。
ドット:すごいですね!
瑞野:でもこれも全て、”調子に乗って立候補したらなんか受かっちゃっただけ”なんですよ、本当は。もう”誰もやらないなら自分がやる”って啖呵切っちゃったら、なんかみんな、”あれ?あれ?なんでこんなみんな俺に票を入れてるの?!”みたいな感じで。訳わかんなかったですもん!
ドット:いやいや(笑)
瑞野:そこは多分放送部員としての知名度があったんじゃないかなと思うんですけど。
でも本当に、そこに関しても、親も親で全然「やりたいならやれば?」みたいな感じで。びっくりはしてたんですけどね。「はー!?あんたが生徒会長!?」みたいなびっくりはしてたんですけど、最終的には何か受け止めてくれてたんで、そこに関しても、すごく自由だったっていうふうに思ってるんで。
なんで、もう”やりたいよーに”、”自由ーに”やらせてもらってましたね。常に。
ドット:生徒会と部活とって、すごい充実された3年間だったと思うんですけど、一番…一番っていうのはあれですけど、何か印象に残ってることとか、”これだけは語っておきたい!”みたいなことが、もしあればお聞きしたいです。
瑞野:んー難しいな。なんだろうなぁ。
多分また部活の顧問との話になるんですけど。だんだん卒業が近づいてきて、最初は普通の4年制大学とかに行こうかなとは思ってたんですけど、アナウンサーとか、しゃべりの仕事をやりたいなって思っていたので、何かそういったことを学べる場所に行きたいなって思ったときに、大阪芸大っていうところに放送のこととかを専門的に学べる学科っていうのがあるっていうのを知って。そこに結局行くことになるんですけど。
ドット:うんうん。
瑞野:なんか最後、退部前にみんなに話をするみたいなときに、何か顧問がポロッと自分とやりたかった・作ってみたかったなって思ってたもの、みたいな話をしてて。
『時をかける少女』っていう、昔ヒットした映画があって。原田知世さんかなんかが主演で、すごく有名な映画があるんですけど。その映画って、エンドロール、最後のスタッフのエンドロールが流れるところで、みんなが主題歌を歌ったりとか、あるいはNGシーンとかを流しながら終わっていく・エンドロールが流れてくみたいな演出があって。
ドット:うんうん。
瑞野:なんかそれをオマージュした作品じゃないけど、それみたいなのを「瑞野と作ってみたかったな」みたいなことをポロッと話したときに、”本当はこんなことも考えてたんだな”っていう、なんか驚いた気持ちと同時に、”もう、この人と一緒に何か作品を作れないんだな”とか、何か”こういう人と一緒に厳しいことを言われながらも成長できる時間が終わっちゃうんだな”っていうふうなことを思って、すごくなんかしんみりしてしまったっていうのを思い出して…うん。なんか、その時は顧問もすごく泣いてて、みんなすごいもう3年間のことを思い出してすっごい泣いてたんですけど、僕はなんか、”ここで泣くのは、なんか嫌だな”と思って。
ドット:(笑)
瑞野:っていうよりはもっとこう、”本当にありがとう”みたいな気持ちで笑って終わりたかったなっていうのがあったんで。うん…。努めて感慨深い気持ちで、感謝を込めた笑顔でもう終わらせたんですけど。未だにそのときのことを思って、なんかちょっと、グッときてしまうところがありますし。未だに何かそのときの顧問がたまに夢に出てくるんですよ。で、怒るんですよ。自分を。「あああ、ごめんなさい!!」みたいな感じで、もう常に何かずっと夢に出てくるんですけどね。それくらい何か高校時代の厳しい顧問と過ごした時間って自分の人生のすごく、なんか切っても切り離せない部分だなぁみたいなのを思ってますね。
ドット:ありがとうございます。
瑞野:だからそこで多分なんかドラマっていうところにも気が向いてたのかな?
わかんないけど(笑)ちょっとありますね、きっと。
ドット:なるほど…ありがとうございます。今すごいあの、ちょうど聞きたかったなって思ってたその進路の部分もお聞かせいただいたので、芸大時代のお話をお聞きしたいです。
瑞野:そうですね。でも正直芸大時代はすっごい、ジェットコースターみたいな時期で。なんか、うん、あの高校時代よりさらに浮き沈み激しいんじゃないかなっていうくらいだったんですよ。
ドット:おお…。
瑞野:芸大に入学して、”自分のしゃべりを磨いていく”みたいな時期だったんですけど。
なんか、どうしても何か周りとのその”意識の差”じゃないですけど、”真剣にしゃべりをこう、学んでいきたいなっていう人”と、まあなんか進路はあんまり定まってないけど、自分の何か足しになればいいなみたいな人”っていうのが同居しているので。
真剣に、真剣に、僕がやればやるほどなんか周りと何かこう、熱量の差みたいなのがあるのかな、みたいなふうな気持ちになってきて。ていうのと同時に、ずーっとこう、真面目に真面目にやってきたっていうところがあったりするので、それがしゃべりにも表れてるのか、いろんなパターンを作れない、”どうしても自分の性格が表れたしゃべりみたいなのになってて、パターンを生み出せない”、【ひょうきんなしゃべり方】とか【ちょっとシリアスな感じ】とか【クールなの】とか”バリエーションを作れない自分”みたいなのがあって、そこですごく大きな壁にぶち当たってました。
ドット:おお…
瑞野:あと学校外でちょっとサークルみたいなのをやってまして。まあその…なんていうか、インカレじゃないですけど、そこでの人間関係っていうのもちょっとなんかギクシャクしてましたね。
なんか最初は全然楽しくやらせてもらってたんですよ、私も。自分の性格面とか買ってもらって、仕事ぶりも評価してもらってたんですけど。1人、めちゃめちゃ仕事ができる奴がいて、”そいつが全部仕切ってて周りがそこに付いていく”みたいなところがあって、だから付いていけない奴ってどうしても人間関係浮いてくるっていうか、睨まれちゃうみたいなところがあって、うーん。
そこがなんか。まあ。わかるんですよ。実際その仕事ができる奴がいないと全部回らないっていうのがあるんですけど。でも”頼らざるを得ない自分たち”みたいなのがちょっと嫌になってたりとかして、ちょっと”どうしたらいいんだろうなぁ”っていうのが、大学1年生〜2年生くらいのときまでずっと続いてて。
ドット:うんうん。
瑞野:で、そうこうしてるうちに大学3年生になって、就職活動が始まったんですよ。
ドット:はい。
瑞野:アナウンサーとか目指してたら、もう全国数百社ある民間のテレビ局とか、もう片っ端から受けていくんですよ。大学2年生の春咲きくらいからもう、3年生くらいの春先から東京のいわゆるキー局ですね、インターンの募集は始まるんでそこからもう丸2年、ずっーと試験受けっぱなしみたいな状況が続くんですね。
ドット:おお…
瑞野:私も結構書類とか、あと何ていうんでしょうか、適性検査みたいなのは結構突破することがちょこちょこあって。なんか名古屋のテレビ局でだいぶいいところまで行ってたりとかもしてたんですけど。それでも落ちに落ちまくって。30~40社は多分受けたんですよ。
ドット:えー!
瑞野:でも受けてる人って本当100社くらい受けてる人もいたりするんで、私はまだまだだったりはするんですけど。そうやって落ち続けて一番悔しかったのが、アナウンサー採用と、一般職…例えば記者とかですね、普通に働いていく枠って、分けられてるんですね。募集が。
ドット:はい。
瑞野:アナウンサー選考で、もう箸にも棒にもかからないくせに、一般職選考では結構、2次とか3次くらいまで行くことがあって。”え?じゃあ俺は、なに?しゃべり手として必要とされてないの?”みたいな。”要らないの、自分?”みたいな。そういう何か気持ちがすごくどんどん強くなってって。
なんか受験すればするほどなんか、なんか不満が溜まっていくみたいな。なんかテレビ局でバイトしてる同期・同学年の子とかから漏れ聞こえてくるその選考の裏話とか聞いてるうちにもっとそれが強くなってきて。”なんだ結局アナウンサーってやっぱ学歴と見た目なんじゃん”みたいな、なんかそういう嫌な感情みたいなのがすごく芽生えてきてて、でもそういうことを考え出す自分にも腹が立ってきて。もう、もう完全にスパイラルですよ、負のスパイラル。それにもううんざりしてたっていうのがあって。
ドット:うんうん。
瑞野:なんかそれが何か決定的になった出来事が1つあって。ある局の総合職のインターンに私集中的に通い詰めていて。成果を作って、採用担当の人も顔まで覚えられて、「じゃあ、ぜひ一度面接来てください」って言われたことがあったんです。
ドット:うんうん。
瑞野:面接の前に会議室みたいなところで採用担当の方とちょっとなんていうんでしょうか?アイスブレイクじゃないですけど、”ちょっと話すしてから面接本番に行く”みたいなことがあったんですけど。もともとその担当の方には「御社は総合職で受けてますけど、実際の所アナウンサーとしての就職も考えているんです」とは話していたんですね。
ドット:うんうん。
瑞野:その面談のときに、「今から面接受けますけど、ちょっと1つ気をつけてもらいたいことがあって。”アナウンサーも考えてますよ”っていうところをおくびにも出さないで欲しい。」って言われて。
その局がなんかすごく、アナウンサー採用をあんまりしない局っていうのもあったんですけど。最近のアナウンサーの方って結構よくフリーになって、他局に移籍したりとか、あるいは他の地域で働くみたいなことがあったりして。で、局側の言い分もそれはわかるんですよ。せっかく育てたのでそうやってフリーになっていたらちょっと困るなと、もっと”その局に根ざした人材になってほしいな”っていう気持ちはあるにはあると思うんですけど、そこでそういう風に言われたときに、”はい?”って思ったんですよね。”何それ”みたいな。
”いや、わかるよそらそっちの言い分も。でもさ、ずっと子どもの頃からしゃべりに夢中で、アナウンサーにもなりたいって散々言ってんのに、その意向をそのひん曲げてまで、御社に入るつもりないわ”って思って。”そもそもそんなにアナウンサーの存在をないがしろにするような放送局なんだったらもう結構ですわ”って思って。もうそんときの面接はもうめちゃくちゃですよ、もう。なんか、「何社ぐらい受けてるんですか?」「はい!10社以上受けてます!北は北海道から南は九州まで全部受けてます!」みたいな、うん。「あ、そうなんですか。」みたいな。もう帰り際は多分私もね、”落ちたな~!!”って思ってましたね。
ドット:あぁ…。
瑞野:でも”そこまで言われてまでアナウンサーになる意味ってなに?”って思って。すごく疑問が湧いたんですよね。その歪な採用形式と選考基準っていうところもそうですし。気持ちが冷めちゃったっていうか、そこから結構一般企業をだいぶ受けるようになって。
で、たまたま今入社してる会社からお声掛けいただいて、「ちょっとあなたの経験を生かした仕事をちょっとやってみませんか?』っていうことでありがたく内定をいただいて、今の自分があるんですけど。
ドット:うんうん。
瑞野:なので、そのときはなんか”アナウンサーを目指した自分って何だったんだろう?”って。”今までの、しゃべりを突き詰めてきた自分って何の意味もなかったんだな。”みたいな気持ちでいっぱいな就職活動だったっていうのはあるんですね。受ければ受けるほど虚しかったっていうのがあったんですよね。
ドット:今…企画とか宣伝のお仕事ですよね?
瑞野:そうですね。
ドット:なんか「経験を生かしてくれないか?」っておそらくお声がけいただいたと思うんですけれども、実際生かせそうだと思いますか
瑞野:実際宣伝ってやっぱり幅広い仕事あるので、広告を作ったりとか、デザインに関しての側面もあったりとか、対外的に広告代理店さんとコミュニケーションをとっていったりとか、っていうのもあったりするので、そういった意味ではしゃべりとかじゃないですけど、”何かを伝える”っていう意味ではすごく経験が活きてますし、大学の授業で企業の広報についても学んでいたので、もう全然そこに関してはもう困らず、むしろフラットに仕事させていただいてて。自分でまだ新卒なのに大きい企画とかも任せていただいたりしてるので、そこに関しては本当に感謝してますね。
ドット:そうなんですね。
瑞野:だから脚本とかの話にもちょっと戻っちゃうんですけど。”自分にはしゃべりしかなかったのに、どうすりゃいいのよ”っていうふうに考えてたときに作った卒業制作の脚本で学長賞を取ったっていうことが、ものすごくインパクトがあったというか。”しゃべり”だけじゃなくて”書く”っていうことも、自分にはあったんだなっていうような発見があって、そこに何かものすごく救われたっていうか。
なんかすごくアップダウンが激しくて落ち込むことも多い大学生活だったけれど、最終的にすごくなんか、同学年たちの中の代表になって、その作品が表彰されて提示されてっていうすごい終わり方…有終の美っていうのを重ねたって思ってるんで。そこに関しては”物書き”っていう自分の新しい”居場所”を作れたのはすごく嬉しかったなぁって、今も思ってますね。
ドット:ありがとうございます。
瑞野:逆に私の話聞いててどうですか?
ドット:もう今まで聞いてて、しゃべりのことはもう本当に”人生の宝”みたいに生かせてると思うんですよ。今、聞いてるだけでも充分。
瑞野:そうですね。
何かしゃべりができて苦労をすることって絶対ないじゃないですか。
ドット:はい。
瑞野:例えば”人前でうまく話せない”、”緊張して吃ってしまう”、みたいなことを抱えている、悩みを抱えてる人ってたくさんいると思うんですけど、それが改善できるだけで、ものすごく人生って開けてくるなって思うし、本当に、一生の財産。
(誰にとっても)声とか言葉っていうのは”一生の財産だな”って思ってもらいたいなっていうのがあって。
ドット:うんうん。
瑞野:だから、今もnoteでは本当にいろんなこと書いてますけど、ゆくゆくはそういうことを伝えられる立場になれたらいいなって思ってますし、自分の経験っていうのを生かして、こう、次の就活で悩んでることか、あるいはしゃべりで悩んでることに、子に対して助言をできるような、そういう人間になっていきたいなって思ってますし、そのための”居場所”がnoteであってほしいなっていうのも、ちょっと将来は考えてますね。
ドット:ありがとうございます、将来の展望まで!
なんか、『芸大時代はジェットコースター』っていう、すごいキャッチーな言葉通り、”人生山あり谷あり”みたいなのを本当に体現されて、それを乗り越えてっていうのがすごい綺麗だなって感じて。
瑞野:かねてから私が敬愛するMr.Childrenっていうバンドがあって。僕の大好きな曲の中に『NOT FOUND』っていう曲があるんです。その中に
『どこまで行けばたどり着けるんだろう 目の前に包まれたこの絶望と希望』っていうその歌詞があって。ジェットコースターみたいな乱高下を繰り返していく中で、それでも自分の目指していきたいところ、叶えたい希望・理想みたいなところに一直線に向かっていくみたいな。”今は見えないけどそこに向かっていく”歌詞みたいなのがすごく好きで。
ドット:うんうん。
瑞野:だから、自分の何か将来の展望も、もしかしたらそういう感じで、まだまだジェットコースターが続くのかなとか思いつつ。でも、”そういう人生も、面白い。面白いんじゃね?”っていうふうに思えてる自分がいるんで。だから、自分のやりたいなって思ったことには正直でいたいですし、ずっと挑戦していたいなっていうふうに思ってるんで。
ドット:はい。
瑞野:うん。そうですね。だから、モットーとしては本当に最初に言った”物書きの端くれ”ていう。世の中にたくさんいるその作家さんの、もうほんっとにちっさい片隅でちょこちょこ物書きしてますよ、くらいな気持ちですけど。でも何か自分の書いてるものを応援してくれる人がいるんだったら全然続けていきたいし、あるいは本とかを作ってみたり、あるいはnoteの中で新しいことを始めてみたりとか、というようなことをして、新しいアプローチをしたいなと思ってるので。”まだまだこっからじゃない?”みたいな。
未来:”noteの中の瑞野”じゃなくて、”作家としての瑞野蒼人”をもっと定着させたい
ドット:ありがとうございます。すごい、実はこれから未来のお話を聞くフェーズがあったんですけども、自然とそのフェーズに入っていただけたということで。改めて、一応質問の型があるので(笑)
瑞野:全然! やってもらって結構なんで!
ドット:ありがとうございます!
では、5年後10年後、あるいは死ぬときにどう思われたいか?どんな人生にしたいか?ていうのを改めてお聞きできたらと思います。
瑞野:そうですね。その人生の展望がざっくりしてるタイプだったりはするんですけど。さっきもちょっと言った話ではあるんですけど、5年後10年後ぐらいには、例えばもうちょっと物書きとして大きくなって、何かいろんな賞を取って、認知されていく中で、自分の新しい”居場所”っていうのを探っていきつつ。
今って結構何か、”賞を取って、出版社に声かけてもらって本出して”っていうような形もあるんですけど、それこそ”自分で本を作ってしまったり”とか。
最近私、”ZINE(ジン)”っていう、自分が興味があることだけを書いて、自分でレイアウトを作って、編集して、販売する、みたいな雑誌の文化があって、そういうのにもすごく興味があって。やっぱり”自分の興味のあることっていうのに忠実でいたい””興味ないこと、他の人に話したってしょうがないじゃん”みたいな気持ちがあるんです。なんで、noteに記事を載っけて皆さんに見てもらう”だけじゃなくて、”何かしらの形にして、皆さんに実際に手に取ってもらって読んでもらう”みたいなことを、5年後10年後までには実現させて、もっと”noteの中の瑞野”じゃなくて、”作家としての瑞野蒼人”みたいなのが、もっと定着してくれればいいなって思ってますし。何かそういったことを繰り返していく中で、死ぬまでに何か、”ああ、おもしろかったな、自分の人生。”って思って死んで、死んだ後も何か書いてたりしたらおもしろいなって思ってますね。
ドット:(笑)
瑞野:あの世でね、万年筆と原稿用紙持ってね(笑)中学・高校で”しゃべり”っていうところにのめり込んだのと一緒で、それと同じぐらい”物書き”っていうのに、ずっとのめり込める、5年10年でありたいなと思ってますし。
でも、”これをやってみたいな””新しく興味が沸いたな”っていうことがあるんだったらもうそっちにもどんどんどんどん足を踏み入れていって。常に退屈しない程度にはエネルギッシュに生きてたいなって思いますね。
ドット:ありがとうございます!
瑞野:すいませんね、なんかこんなん、大丈夫かな?(笑)
ドット:全然!もう、ただただ眩しいです。
瑞野:いやいやいや私はもうあれですよ。他の光を反射して光ってるだけですから。太陽の光を浴びて輝いてる月みたいな感じです。他の要素がないと、ここまで輝けておりません。
ドット:いやいやいやいや。
では、もしも放送に出会ってなかったらどんな人生を歩んでいたと思いますか。
瑞野:そうだなぁ。
んーでも多分、”可もなく不可もなく”だったんじゃないかなとは思いますね。
ドット:おお〜。
瑞野:なんか友達とかと就職のことを話してると、「何かやりたいことある?」って聞いたときに「いや、全然わかんない」「自分のやりたいことがわからない」っていうか「”自分のやりたいこと”って考えたことがない」っていう子がほとんどだったんですよ。
で、そういう話を繰り返してるうちに、”しゃべり”・”放送”っていう自分のやりたいことに一直線で進めた人生って、もしかしたらめちゃくちゃ変わってる人生なのかなっていうふうな。人には絶対できない体験なのかなっていうことを思うことがすごく時々あって。もしそこに触れてたりしなかったら、ほんっとに何か平坦で、何か人がやりそうなことをやって、人と同じように勉強して、人と同じ大学に入って。で、なんかそれなりに可もなく不可もなく就職をして働いてっていうような。何の浮き沈みもない人生だったような気がするんですよね。
ドット:うんうん。
瑞野:でも”しゃべり”っていうのがあったおかげで、もうなんか偉大な人生の先輩、その部活の顧問であったりとか、大学の教授であったりとか、周りのいろんな友達、ちょっと変わった芸大生の友達とかに出会って、いろんな刺激を受けて。noteもnoteでいろいろな人が私を応援してくれて、感想くれて、「あなたの記事が好きです」って言ってくれる人がたくさんいて。そういった中で落ち込んだり、なんでうまく書けないんだろうもっと書くことが思いつかないなって思うような日もあったりはするんですけど。
そういった気分の浮き沈みが次の自分を作ってたり、あるいはそういう経験が自分の未来を左右してくれるんじゃないかなって思って、今は頑張ってるんで。
ドット:うんうん。
瑞野:何も平坦、何も高低差がない平坦な人生よりは絶対今の人生の方がいいなって思ってますし。何より、”物書きとして絶対に大きい人間になってみせる”って約束をした人がいるんで。その人にもう追いつくまでは、追いついて追い越すって、もう肩並べて一緒にお仕事してお話をして「あのとき大変だったんだよ」って、笑って話せるようになるくらいまでは、絶対やめられないなって思ってるんで。
だから、おもしろくなるんじゃないすかね、知らんけど!(笑)
おもしろくなると思いますよ、この人間を見てたら。
ドット:はい。
瑞野:noteで知り合った人と話す機会が全然ないので。コミュニティを持ったりとかもしてないんで、すごく新鮮な気持ちですし。何かこのインタビューきっかけで、もうちょっと新しいところに踏み込んで、自分っていうのを曝け出してやっていける気がしたかな、とは思います。
あとがき
ご本人にも何度かお伝えしたのですが、とにかく眩しい方でした。おそらくそれは、どんな時も曲げずに”しゃべり”というご自分の可能性を信じて、曲がらずに生きてきたことが根拠となって、その自信が瑞野さんを輝かせているのだと思います。
そして、芸能人ばりに惹き込まれるトークや先の質問を見越して語る技術、お声がいいことはもちろん、加えてさすが!と言わざるをえない滑舌の良さ。この文字起こしのAIがほとんどミスることなく認識していて、編集がかつてないほどラクでした。こんな方を逃したなんて、テレビ局は大損。この方に目をつけたのは今のお勤め先は天才、いや当たり前ですね。
インタビュー後、滑舌に自信のない私に「舌の位置を変えるだけで全然違うよ」とアドバイスをくださりました。これまで同じ相談をしても聞いたことのない答えだったので、びっくり。少し自分で調べて意識してみましたが難しいので、改めて教えていただこうと思います。
瑞野さん、ありがとうございました!
インタビュー・編集担当:ドット
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