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学びたいことがいっぱいあるんですけど時間が全く足りないっていう感じで焦って腰を据えて自分がやるべきことに集中できているような落ち着きを持ちたいオランダ在住の人

私と同い年の芸能人、教えますね。ふふ。
浜崎あゆみ、椎名林檎、そしてインリン・オブ・ジョイトイです。ふふふ。
でも気づいたんです、この記事書くのにちょっと調べたら、インリンさんは営業上の1978年生まれなんですって。なぜ? なぜ営業生年月日と本当の生年月日のダブル公表するの?
占い的なものですかね。台湾の方ですし。本当の生年月日を隠したり、本名を隠したりするようなこともあるようですし。
まあ、海外のことですし、わからないのですよね私には。
ばん! 知らないことを知らないままでおかずにいられるか! ばん! ばん! ばん!(エレクターの机を叩く音)
そんなんでいいのかこの知の愚か者め!
待ちたまえ君たち。まあ。ネガティブ・ケイパビリティを知っているか?
え!? なんですか?!! 知りませんわかりません。
ふふ、わからないものをわからないままでおいておく能力のことだよ。
すぐ知りたいのに!! そっちのほうが正義でしょう?
わからないものをわからないままでいるムズムズに耐えなさい!! この、堪えなさい!!! あとがきに続く。
今回の無名人インタビューもよろしくお願いお楽しみくださいませ!(主催:qbc)

今回ご参加いただいたのは ニケ さんです!

現在:1、2ヶ月はずっと毎日泣いて、夫が帰ってきたら泣きついてみたいな感じになっていて。海外暮らしってすごい憧れを持たれるんですが、ものすごく孤独でした

qbc:今、何をしている人でしょうか?

ニケ:今は、基本的にはフリーターに近いんですが、夫の仕事について海外に行き、子育てしながら何かビジネスチャンスがないかと、その種を探っているような状態です。起業準備という言い方をしたらカッコいいかもしれないんですが。

qbc:どれぐらい前から海外にいらっしゃるんですか?

ニケ:最初に来たのは2019年で、夫の大学院への留学。フランスに住みました。
その後、ルクセンブルクという、ドイツとフランスの間の小さい国で夫が就職し、そこに住みました。それから転職をして、今、オランダ2年目です。

qbc:ニケさん自身は、その間、どんなことされていたのでしょうか?

ニケ:私自身は、会社員を辞めて夫の海外留学についていったんですが。一度、フリーランスという形で知人の会社のちょっとした仕事を手伝いしたり、あとはドイツにある日系企業の、ヨーロッパのマーケティングをサポートしたり。それを去年までしていたんですが「会社員勤め」では自分の心が死んでしまうなと感じてしまって。それで、今は、自分で何かやろうというところに落ち着いている感じです。

qbc:会社辞めたのはいつですかね?

ニケ:会社辞めたのは、夫についていくため2018年末に。

qbc:直近のお仕事を辞められたのは?

ニケ:直近の仕事は、去年の5月までですかね。

qbc:今、どんな感じですか? 気分とか、状況とか。幅広い意味で。

ニケ:楽しいっちゃ楽しいですね。お金はほとんど稼げてないんですが、好きなことをやってみたり、自分が本来どういうことが好きかっていうところを深堀りして、それをどうやったらビジネスになるかっていうことを考えたり。苦しいですが、一つ一つが楽しいなと感じています。
ただ、やっぱり就職して安定が欲しいというような気持ちも定期的にやってくるんです。でも勤めたらやっぱり自分はやっていけないなっていうことを、10年ぐらい働いて感じたので。何か自分で成し遂げなければ、と奮い立たせてる状況です。

qbc:学校を出てからは、働いてない期間は初めてですか?

ニケ:そうです。海外に来てからは、働いたり働いてなかったり。妊娠・出産もあり。フリーランスの仕事は、もう2年半くらい。会社に属さないのでフリーターみたいな気分ですね。

qbc:勤めてはやっていけないなっていうのは、何故なんですかね?

ニケ:東京で最後、会社員やってたとき、もう結構疲れ果てていたんです。誰か会社や上司などを支える仕事が合う人と合わない人がいるなと思ったときに、私は支える仕事に本気になれなかったんですよね。会社勤めは誰かを支える仕事になりがちだから、それに疲れ切っていました。なので業務委託のフリーランスになれば自由になれると思ってたんですけど、それも結局クライアントを支えるっていう仕事であることに変わりはないなと気付いたんです。要は、上司のために、会社の利益のために仕事をやるっていうことにちょっと疲れていた。業務委託であっても、やっぱり疲れるなと。

qbc:疲れていたから、海外に行きたかったんですかね?

ニケ:そうですね。海外に行くまでは正直疲れていたので、自分がどういうことをやりたいかとか、何に疲れているかが全く分かっていない状態で。とにかく一旦リセットしようと思って、夫の留学について行ったんですね。
海外生活が始まったときに、自分のことをよく振り返るようになりました。何か自分が本当にしたいことは何か、と考えて。昔から好奇心が旺盛で、なぜなぜ?と、モノの起源を探っていくのが好きな人間だったので、探求をビジネスできないかとか考えました。
それに、日本にいないからこそ、知れることも色々あって。だから今は好きなことをビジネスにしてみよう、というところに落ち着いてます。

qbc:最近、具体的にしていることというと、どんなことでしょう?

ニケ:本当にトライアンドエラーみたいな感じで。
最近取り組んでいるのが、面白い海外の大学院の論文や日本で知られていない海外のベストセラーを翻訳してます。例えばマイケル・サンデルの「ハーバード白熱教室」とか流行ったと思うんですけど、ああいう日本に知られてないものを発掘して日本語に訳して人に紹介するとか、そういうのビジネスにならないかなと思ってやってます。
まさに、昨日もまた別のアイディアを思いついて、メタバースってFacebookのVR空間の世界の話を耳にすることが多くなったので、それをビジネスできないかなっていう。
海外に住んでるので、日本ではあまり知られてない教会とかの映像を撮ってきて、それをVR空間で流して、実際に行かなくても体験できるサービスにするとか。コロナでもありますし、うちの親とかも旅行が好きなんですけど、高齢なので行きづらかったり、そもそも行きづらいところに名所があったりするので。
そういったところをVRにしてしまえば、親にも海外旅行させてあげられますし、ビジネスになるんじゃないかな、みたいなことを昨日まさに考えてたところでした。

qbc:なるほど。どういった趣味をお持ちでしょうか?

ニケ:趣味は、旅行が好きです。あとは仕事と趣味が近くて。本読んだり有名な海外の大学の授業見たり、海外生活で疑問に思ったことを深く調べたり。
そういう、点と点を繋ぐみたいな、好奇心を探求していくことが好きなので、そういうことを永遠とやってたり。あと、Netflixももちろん好きです。

qbc:そうですね。本当は、何になりたかったんですかね?

ニケ:会社員の時は、新規事業を作りたいと、某R社で働いてました。その会社は新規事業を生み出したい人が沢山集まっていて、私も新規事業のコンペに出したりしていました。
ただ、その会社だと売上50億円を作れる事業でないと採用されなかったので、スケールする事業を考えなければならない難しさがありました。あとは私が結婚情報誌の企画の仕事をしてたんですけど、結婚式場から莫大な広告料をいただいて成り立ってる仕事だったので、そこに対するイライラがありました。イライラしても高い結婚式代を払ければならない状況を変えられず、結局、自分の給料はそこからもらっていることの矛盾がすごく嫌で。それで疲弊しているのもありました。

qbc:周りから見たら、海外についていく、というのは羨ましがられるような状況だったかと思うんですが。

ニケ:夫について海外に行って、仕事もなくて友達もいなくて、また英語ももうずっと使ってなかったので全然喋れなくて。
新しい友達もできず、夫は朝から夕方まで授業なので、いきなり家に1人っきりという状態になって。1、2ヶ月はずっと毎日泣いて、夫が帰ってきたら泣きついてみたいな感じになっていました。
海外暮らしってすごい憧れを持たれるし、自分自身もそう思ってたんですけど、ものすごく孤独だったり、毎日分からないことだらけだったり、そういう意味では結構、今までサバイブしてきたなっていう感覚はあります。

qbc:夫さんは何をされているんですか?

ニケ:夫も日本では同じ会社で働いてたんですけど、海外の大学院に行った後は、現地就職をして、初めは外資でプロダクトマネージャー職を。今は転職し、日本の会社なんですけど、欧州支社で働いています。

qbc:研究したくて留学というわけではなかったんですか?

ニケ:MBAなので、経営の勉強ですね。

qbc:最近楽しかったことは、何ですか?

ニケ:子供がもうすぐ3歳で、コミュニケーションができるようになってきたところは嬉しいですね。
あとはビジネスアイデアを思いついて、妄想してるときとかも楽しんでますかね。

qbc:お子さんとは、どんなコミュニケーションを楽しんでいますか?

ニケ:もう本当、日常的な。保育園で子供の誰々がいたとか、何した、とか。いろいろ「何で?何で?」って聞いてくるので、それを説明したり。
あとはオランダの保育園に行ってるので、オランダ語で学んだことを日本語に翻訳してくれます。私たちはオランダ語を話せないので子供に日本語で質問するんですけど、彼女の頭の中では日本語に変換して答えてくれるので、たかが2歳児でそんなことできるのか!脳みそすごいな!とか、そういう感じで感心してます。

qbc:noteの調子はいかがですか?

ニケ:noteの方はちょっとまだ自分の勉強不足なので、そこはすぐには収益化しないだろうなと踏みました。
本当はやりたいことはnoteなんですけど。一旦、観光ビジネスみたいなところに振り切ってみようかなっていうのを考えているんです。ちょっとまた1週間後には考えが変わってるかもしれないです。

qbc:ビジネスは、日本向けというところですかね?

ニケ:そうなんですけど、せっかく海外に住んでいるのと、別に外国人向けでも言語だけ変えればいい話かなと思ってるので、一応世界を狙ってるっていう感じではあります。
でも、最初は日本からかなと思ってます。

qbc:はい。

ニケ:あと、インタビューライターもやっています。noteで書く文章を上達させたいなと思っていたときに、今、入ってるオンラインサロンでライターを募集していて。今、インタビューを1ヶ月に1回か2回ぐらいやって書いています。
それで無名人インタビューにもたどり着き、読んで研究させていただいてたっていうところです。

qbc:インタビュー、いかがですか?

ニケ:好きですね。好きです。
前は全く興味なくって。でも書くことが好きになり、noteでは、ちょっとジャーナリズム調で書きたいと思ったんですけど、書く技術が全く足りないので、ジャーナリズムとは違うんですけど、インタビューから練習をしたいなって。
インタビューやり始めたら、一人ひとりのストーリーっていうのが全く違うのと、想像もしてなかった話が聞けたり、その人の背景とか、その考えに至った背景とか、qbcさんが一番ご存知だと思うんですけど、そういうところが面白いです。

qbc:はい。

ニケ:結構、感動することも好きな人間で、写真撮るのが大好きなんですね。昨日の夜とかも散歩して写真いっぱい撮ってたんですけど。
左脳というより右脳寄りの人間なんですね、元々。写真を撮って感動することが好きで、ライターとしてインタビューするときも言葉ではうまく言えないんですけど、すごく感動するところがある気がしていて。

qbc:インタビューをするようになって、記事の読み方は変わりましたか?インタビュアー自体はどうです?

ニケ:人の記事を読んでるときは、分析的な視点というか、こういうふうに質問されるんだなとか。この人の言いたいことって本当にそこなのかなとか、そういうことを考えながら読んでます。
自分がインタビューするときは、本当にその人が言いたいことを聞けてるのか、聞き出せてるのか、それを理解できているか、とか考えてます。
qbcさんが、人の感情って自分の感情じゃ計りきれないみたいなことを書かれてましたよね。何か、まさにそれだなっていう風なことを思って。
あと、インタビューを文章にするときのもどかしさが、文章を書いた人の力量がすべてになってしまう。動画なら、全てがその人の情報なので。

過去:母親が専業主婦で家にいて、父親は自分中心の人だったので、必然と母親の肩を持ち、母親の影響をモロに受けて。

qbc:過去に行きます。子供の頃は、どういったお子さんでしたか?

ニケ:結構気が強い人間なんですけど。やりたいと思ったことに手を挙げたり、自分で企画してやるような子供でした。
5歳ぐらいの時に幼稚園の年長さんがなんか、運動会で演奏するんですけどその指揮者って、一番背の高い子がなるようになってたんですね。でも別に、背が高い必要はないよねと思って。見栄えは良くなるかもしれないんですけど。
私が背低かったんですけど、やりたくって。
園長先生に自分で直談判しに行ってやらせてもらったんですね。
なので、何か自分がやりたい、かっこいいって思ったことを自分でやりに行く子供でした。小学校のときとかも自分で台本書いて友達集めて、ドラマ撮影みたいなことをやってたりとか。創作、表現することが好きだったのかなとは思うんですけど。

qbc:遊びはどんな遊びが好きでした?

ニケ:遊びはドッジボールとか普通のことですね。公園で永遠と滑り台みんなで滑って、笑う、みたいな。そんな単純な遊びばっかでしたね。

qbc:お絵かきやお話、漫画を描くのが好きとか。ストーリーの方は?

ニケ:絵は全くだったんですけど、小説とかは書いたりとかしてました。今のnoteに繋がってる、とか絶対に言えない、完全に自分だけの世界でしたけど
想像したり、書いたりとかして。それで台本書いたりもちょこちょこやってた感じです。体動かすのも好きだし、何も考えずに「すべて楽しいからやる」みたいな感じでした。

qbc:台本とか小説というのは、何歳ぐらいの頃のお話ですか?

ニケ:小学校高学年ですね。

qbc:本読んだりも好きだったんですか?

ニケ:本はめちゃくちゃ読むタイプではなくて。でも図書館にたまに行って読むみたいなことは全然ありました。
でも、ドラマとかの方が好きでした。映像の方が好きですね。今も変わらない気がします。本も読むんですけど、映像の方が見てますね。

qbc:小中の頃って、際立ったエピソードとかあります?

ニケ:小学校のとき、習い事で、500人とか600人とか大人も子供も含めている会場で司会をやったりとか。
そういうことは自分から手を挙げてやって。目立つのが多分好きなんですよね。
あと、中学校に入ってからはネットが流行ってきてたので、ホームページを作ったり、チャットで人と交流したりするのにハマってました。

qbc:どんなサイトって、覚えてますか?

ニケ:とりあえず人と交流できるゲームとか。ホームページは、歌手の倉木麻衣さんが好きだったので、いろいろと自分で集めた情報を載せてるようなファンクラブサイトを作ってました。

qbc:HTMLを直接書かれた?

ニケ:HTMLではなくて、サイトで用意されたタグの中から探してきてタグを貼りつけて作るみたいな感じでした。

qbc:なるほど。ご家族との関係はいかがでしたか?

ニケ:家族とは、どうなんだろうな。母親が専業主婦で家にいて、父親は自分中心の人だったので、必然と母親の肩を持ち、母親の影響をモロに受けて。
母親も自由な人間だったので、自分が好きなことをやりつつ、子供には結構過保護だったと思います。習い事をいろいろさせてもらったりしてました。

qbc:高校までの間で好きだったことって、何ですかね?

ニケ:ダンスをやってたので、そのときはダンスが一番好きでしたね。高校までやってました。
ロックダンスっていう、DAPUMPとかのやってたような。

qbc:それは、自ら進んでやられたんですか?

ニケ:そうですね。SPEEDが流行ってた世代だったので、SPEEDのダンスに憧れてダンスを始めて。表現が好きだったので、そのまま高校生ぐらいまでやってました。

qbc:表現、他にはされてましたか? ダンス、小説台本以外にも。

ニケ:中学校に入ってからは、母親のすすめで吹奏楽部に入りました。でも、すごく嫌で。
部活を辞めて、内申点に響くことを恐れて辞めなかったですけど。私すごい母親の影響が大きかったんですよね。なので母親に言われて入ったけど好きじゃなくてサボる。
みんなで合わせることが大事なんですよね、吹奏楽って。私は個性を表現したいタイプだったので、でも嫌で、嫌々続けて。

qbc:なるほど。

ニケ:高校は写真部に入ったんですけど、今みたいにインスタが流行っている時代でもなく。写真部ってオタクの場所みたいな感じで、そう見られるのが嫌で、でも写真は好きで、ていう感じで留まり。
でも結局途中で人がいなさすぎて面白くなくて、辞めちゃったんですけど。
それでダンスの方に専念するっていう形に変えました。表現することは通して好きでしたね。

qbc:いろいろ表現をされてますよね。言葉、映像、体って。

ニケ:なんか不思議ですよね。自分でもなんでこんな表現ばっか好きなんだろうって。写真だけは今も続いてますね。

qbc:いろいろなものに取り組んだのは、ハマらなかったからいろんなものを試したって感じですか? それとも、それぞれ好きだった?

ニケ:それぞれ好きだったと思います。その時代の流行もあったと思うんですけど。

qbc:写真は? 流行ってなかったですよね?

ニケ:写真は何でだろう。うわー。

qbc:ご家族、友達お知り合いの影響は?

ニケ:父親は一眼レンズを持ってたんですけど、特別上手いってことは全然なかったんで。家族を撮るために買ったみたいな。ただ流行りで買ったぐらいだったと思います。
なんか、カメラ好きでしたね。なんでなんだろう、ちょっとわかんない。

qbc:高校の後の進路は?

ニケ:高校の後は大学に進んで、これもまたそのとき英語が好きだったので、英文学科に進んで。学部を卒業して普通に就職をしたっていう感じでしたね。

qbc:就職のとき、こういう仕事がしたい、というのはありましたか?

ニケ:なかったんですよ。全くなくて。自分が何がしたかったか分からないで。
大学3年のときに1年交換留学してたんですけど、帰ってきてすぐ就職活動が周りで始まっていて、全く気後れして、ついていけなくて無理やり就職場所を決めたっていう感じでした。

qbc:R社さんは、そんなにパッと入れるところでもないですよね。

ニケ:R社は実は転職で入りました。1社目は無名のとこです。その会社でセミナーのマーケティングをやってました。

qbc:なるほど。転職の理由は?

ニケ:転職の理由は、新しいことを知るのが好きだったのでセミナーの会社に行って、実際面白かったんですけど、ただ如何せん、無名だったり、優秀な人がいたとしても知見が会社に溜まってなくて、自分自身のスキルアップに繋がらないなと思って。
もうわかりやすくスキルアップをしたいと思って、コンサルティング会社に転職したんですね。

qbc:はい。

ニケ:コンサルタントとして働いてたんですけど、自分の論理的思考力が足りなかったせいでなかなか苦労をして、そのときに企画の仕事をしたいと思って、転職を考えました。
そのタイミングで夫と出会ってて、夫がR社で、企画の仕事だったら若くても経験がなくても多分いけるよって言われて、じゃあ受けるだけ受けてみようかな、と軽い気持ちで受けたら、受かったので、R社の企画職に行ったっていう感じでした。

qbc:企画職は満足できましたか?

ニケ:多分、途中までは満足していました。馬力だけはあるので、よく表彰してもらったりとかしていて。
ただ自分が評価されたいところで評価をされてなかったんですね。
自分が評価されたいところは斬新な企画をして、良い結果が出て、商業的に上手くいくみたいな形で表彰されたかったんですけど。
どちらかというと、攻めのプロジェクトではなくて、守りのプロジェクト、情報誌にクライアントが情報を載せる時の規定を守ってもらうときの仕組みを作る守りのプロジェクトで、なぜかすごく評価をされて。
そこのギャップが、自分の中でずっと溜まっていって、新しいものを生み出して評価されたいのに全然生み出せないじゃんっていう自分の能力のなさに落ち込んだり。あとはやっぱ大きい部署だったので、守りに入るのも当然っちゃ当然なんですけど。
新しいものはあんまり生まれてないところもあったので。そういう環境にも満足できませんでした。

qbc:自分で満足できた企画はありますか?

ニケ:新規事業に応募したときは、全然Z誌とは関係ないんですけど、遺言書を残してもらうような、遺言サービスを企画しました。
ただそれは、サービスとしては良いというふうに評価をもらったんですけど、遺言を書いてもらうインセンティブに欠けているということで落とされました。

qbc:そのサービスが実現したときに、社会的にどういったインパクトがあるとお考えでした?

ニケ:サービスを考えるにあたって、遺言書がどういうものかって、インタビューしたんです。どういうものだったら家族の不和をなくせるかとかいうことは、いろいろ調べていって。
実際、身近な友人の家族も遺言でバラバラになってしまったとか。そういった話とかは、意外とあるなっていうところがあったので。ちゃんと一人一人が遺言を残してくれれば、ハッピーになるなと。
浮いた遺産みたいなものも、遺言があればちゃんといろんな人の手に渡っていた、みたいなところもあったので。
日本のためにも遺言があった方が絶対にいいと感じてました。

qbc:旦那さんが海外に行かれるという話がなかったら、会社を辞めなかったですか?

ニケ:辞めたいと思っていましたね。会社を変えるっていうことも考えてもいました。もしくは、部署を変える、ですかね。

未来:子供がいてくれて子供を見てるだけで幸せ、それ以上何もいらないって初めて思いました。今までは、何か足りないとか、何か動いてないと、何かやってないと、楽しくないって感じだったんですけど。

qbc:未来ですね。5年後10年後ですとか、あとは死ぬときに人からこう思われていたりとか、未来ってどういうふうなイメージをお持ちでしょうか?

ニケ:今は、すごい両親の方に向いていて、親に楽しい思いをしてもらいたいとか、親を幸せにしたいっていう気持ちがすごい強いんですね。
なので、ビジネスを成功させれば親にいろんなことをしてあげられたり、もちろん社会貢献をしたいと思ってるんですけど、それ以上に親孝行したいなっていう気持ちの方が強いので。
場所関係なく、自分自身でお金が稼げれば、色んなところへ連れて行って、親を楽しませてあげられるなっていう風には思ってます。

qbc:それは、どういうきっかけで思い始めたんですかね?

ニケ:きっかけは、親が退職したっていうのと、自分が海外に住んでるっていうこともあると思います。
自営業だったので楽じゃない時もあって、退職をして年金生活をし始めている親をみていてできるかぎりの親孝行がしたいなと強く感じるんです。
海外にいるので、どこかに一緒に行ったりもできないですし、今自分を大切にしていて働いてないがゆえに、夫の収入で生活をしてる身なので。やっぱり、ビジネスを成功させつつ親にも楽しい経験をさせてあげられるなっていう焦りみたいなものが、なんかすごいあるんですよね。
私は30代なんですけど、父親と40離れていて、今の40代の人の親と同じ世代なんですよ。なので、親がどんどん高齢になることにちょっと焦りを感じて。親が逝ってしまう前に、早く何かしたいなっていうものがあります。

qbc:ニケさん自身は、そのまま海外にいるご予定ですか?

ニケ:そういう予定は全くないんですけど、いれる限りはもうちょっといようかって話してます。

qbc:それは、経験のためですか? そもそもに戻っちゃいますが、最初留学で、今は何のためにヨーロッパにいるんですかね?

ニケ:何のためか、何のため。この話をしてなかったですね。
私、英語を学んでというか、中学校のときにアメリカにホームステイをしたんです、1ヶ月。でも、辞書を指さして話してたんですね。それから英語でコミュニケーションできなかったことが悔しかったり、なんか寂しかったりして。
それから英語をやったら英語が好きになって、英語でいろんな文献とか読むと、全く違う世界が広がってるっていうことを知ったんですね。日本語だけでは知らない情報があって。それが今のnoteに繋がってるんですけど。
海外に住んでみたら知らないことだらけで、毎日刺激があると面白くて、読むだけじゃ知れない、聞くだけでも知れない、自分が住むことで知り得る情報がまだまだいっぱいあるなと感じました。そこを知り尽くすまでは、私としてはできれば帰りたくないっていう感じです。すごい私中心で、家族を振り回してるんですけど。

qbc:夫さん、ニケさん、どちらが先に言い出したんですかね?

ニケ:夫の大学院に行きたいのが先ではありました。その希望も合うので付き合ったっていうところもあったんですけど、海外の大学院に行こうとしているって。
海外就職までは正直そこまで考えてなかったみたいなんですけど、彼の中で留学して勉強していたら、なんか自分も海外で働けるかもっていう可能性を感じたみたいで。
それで、彼自身も日本に居続けることはリスクだと思ってるから、1回海外で働いといた方がいいかも、若いときしか挑戦はできないしっていうところがあって。それで2人の意見が一致して今海外に住んでるっていうところです。

qbc:ニケさんは、自分の性格について、人からなんと言われますか?

ニケ:会うと毎回なんか変わってるよね、と言われます。
これやりたいんだよねって言ったら、数年後にもうやっちゃったって報告してそうだねって言われます。

qbc:もうすこし性格的な表現では? 明るい、おとなしいとか。人柄を表す言葉でもいいですけど。

ニケ:覚えてないですね。でもあの、そうだ、ポジティブとか適応能力が高いとは言われますね。困難そうに周りから見られてても、ポジティブにすごい捉えてたりするねっていうのは言われます。

qbc:ご自身では、自分の性格をどう思われていますか?

ニケ:めっちゃ心配性で、ネガティブだと思ってます。
自由を愛しているので、感動できたり、感情が赴くままに生きられたら、ハッピーだなあと思ってます。

qbc:前に話が出た誰かを支える仕事について、誰かを支えない仕事っていうのは、例えばどんなものでしょうか?

ニケ:考えてるものを実現させていったり、自分で意思決定していったりできることが、攻めの仕事かなとは思ってます。
自分が主役っていう感じですかね。

qbc:意思決定の主体がどこにあるかってことですかね?

ニケ:そうです、まさに。

qbc:もしもの未来という質問をしています。
もしも自分にどんな力があれば、何が変わっていたと思いますか?

ニケ:ちょっと抽象的になるんですけど、直感とか右脳的なところで生きてきてしまったので、そこをもうちょっとロジカルというか、客観性を持ちたかったです。
論理的思考能力が元々あれば、もっと違う選択をしてただろうなって。若い頃から。
母親の言うことに違和感を感じていました。母親に全然論理性がなかったんですね、なのでもうちょっとロジカルにいろんなことを考えていられれば、自分がやりたいこととか、自分が素直に喜べることを早めにやれてたかなっていう風には思います。

qbc:今、お母さんの影響っていうのは、何%だと思います?

ニケ:今、ないことはないんですけど、ただ、そうですね。どれぐらいかな、1割2割ぐらいですかね。参考にはするけど、自分で考えるねっていうふうに感じてます。

qbc:母親の影響から、何歳ぐらいのときに、どういうきっかけで解き放たれたと思われますか?

ニケ:私、浪人をしてるんですけど、浪人のときに、予備校の先生がすごく路線から外れた人たちが多かったので。
世の中、そういう見方ができるんだっていうのを初めて知った。
そこがスタートでした。そこから大学に入ったりすると、論理的な人だったりいろんな人に出会ったので。
一番鍛えられたのは、働き始めてからかな。

qbc:人生で、今までで一番楽しかったことってなんですか?

ニケ:子供が生まれたら変わっちゃったんですよね。
幸せを心から感じるようになったので、幸せってこういうものだったのかを、子供が生まれて初めて知ったかな。だから、子供なのかな。
何もしなくても幸せだなって思うようになったんですよね。
子供がいてくれて子供を見てるだけで幸せ、それ以上何もいらないって初めて思いました。
今までは、何か足りないとか、動いてないととか、何かやってないと楽しくないって感じだったんですけど。

qbc:でも、今も動いてらっしゃいますよね?

ニケ:そうですね。動いてますね。幸せを得たが、自分のベースを得たがゆえに、自分自身が満足するには何がしたいんだろうっていう、もう趣味の範囲ですかね。それでやってるのかもしれないですね。

qbc:なるほど。今後、どういう人になりたいかっていうイメージはありますか?

ニケ:今、すごい葛藤があって。学びたいことがいっぱいあるんですけど、時間が全く足りないっていう感じなんですね。
なので、焦ってるものがなくなって、なんか落ち着いて、腰を据えて自分がやるべきことに集中できているような落ち着きを持ちたいって思っています。
お金稼いでないしとか、今日1日何やってたんだって、時間を無駄にした感がすごいあるので。

qbc:ヨーロッパに住んでいたら新しい刺激や、日本語では知り得なかったこと、たくさんあると思います。でも、すべてを飲みこむのは無理じゃないですか。
少しは落ち着いてもいいんじゃないかって思うんですが、それでも自分を駆り立てるものっていうのはなんでしょうかね。

ニケ:すごい欲張りなんですよね。社会的インパクトってqbcさんがおっしゃったように、何か爪痕を残して死にたい。
で、親もハッピーになって子供も家族もハッピーになって、自分もハッピーにさせてっていう全部を取りたいと思っている。
それを達成しないと満足しないんでしょうね、きっと。

qbc:今、300万あったら何をしますか?

ニケ:そしたらもう人を雇って、昨日思いついたビジネスアイデアを一瞬で形にしたいです。

qbc:なるほど。死ぬときにこう思われていたいっていうのは、あります?

ニケ:人から思われたい、はないかもしれないですね。自分が満足したいっていう。もう本当自分なんですよね、すいません。

qbc:とんでもない。最後に言い残したことがあれば、お伺いします。

ニケ:qbcさんに本当に感謝で、こうやって人の話を聞いてインタビューに仕立てるという、貴重な活動をされてることがすごいなっていうか。ただただすごい!っていう、平凡な感想でごめんなさい。
でも、本当誰でもできることじゃないと思ってます。やり続けるっていうことも、簡単にできることじゃないので。

qbc:ありがとうございます!!

あとがき

今回の無名人インタビュー、いかがでしたか? 思ったことはためこまずにじゃんじゃんじゃかじゃか、コメント欄に吐き出していってくださいね!
東京芸術大学を作った岡倉天心という人がいるんですが、その人が書いている茶の本が「青空文庫」にあってですね、そこから引用します。

現代の人道の天空は、富と権力を得んと争う莫大な努力によって全く粉砕せられている。世は利己、俗悪の闇に迷っている。知識は心にやましいことをして得られ、仁は実利のために行なわれている。東西両洋は、立ち騒ぐ海に投げ入れられた二竜のごとく、人生の宝玉を得ようとすれどそのかいもない。この大荒廃を繕うために再び女媧を必要とする。われわれは大権化の出現を待つ。まあ、茶でも一口すすろうではないか。明るい午後の日は竹林にはえ、泉水はうれしげな音をたて、松籟はわが茶釜に聞こえている。はかないことを夢に見て、美しい取りとめのないことをあれやこれやと考えようではないか。

ざっくり、
現在は荒れてるね、東洋と西洋は世界の覇権を得ようと争ってるがどうにもならない。
再び女媧(創造の女神)が必要かもしれない。
まあ、お茶でも一口すすろうではないか。で、いい感じに話そう。
※松籟っていうのは松が風にそよぐ音で、茶釜の湯が煮えたぎる音にも使われるみたい。両方とも本物を聞いたことないからわからんがな。
て感じです。
状況やばいけどまあお茶飲んで落ち着こう。急いては事をしそんじる。悠々として急げ。人事を尽くして天命を待つ。着眼大局着手小局。千里の道も一歩から。悲観的に計画して楽観的に実行する。チリも積もればマウンテン。
焦らないようにするにはどうしたらいいんでしょうかね。
お茶をある意味、薬物と捉えると、結局ドラッグを使えということなのでしょうか。結局、ヒロポンで戦えということ?
まあともあれ、やばいなって思ったら死が目の前に迫ってないのであれば、落ち着いて、お茶、竹林、泉、茶釜、を頭の中に思い浮かべて仮想の五感の感受性を上げて、センサーをツブ立てて、マインドフルネスしてみたらいいんじゃないかなって思った次第。
今日も蟻が十匹サルが五匹。

インタビュー担当:qbc

編集協力:のの

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