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言語聴覚士の人

今回ご参加いただいたのは 小関優美 さんです!

https://www.instagram.com/voice.yumi


現在:仕事柄いろんなことを可能性を考えて踏み出すっていうところあるかもしれないですけど、やっぱり元々の性格としてもやっぱりそのいろいろ考えて石橋を叩いて渡る

qbc:今何をされてる方でしょうかね?

小関:私は言語聴覚士というリハビリのお仕事をさせていただいております。

qbc:どれぐらいやられてるんでしょうか?

小関:国家資格を取ってから14年経ちますね。今年の春で。

qbc:どんなお仕事なんでしょうかね?

小関:脳梗塞などの脳の病気になった方や、生まれつき脳にダメージを受けた方、例えばお話をすることが難しくなったり、滑舌や、飲み込み、ご飯を食べるときに必要な力が弱まってしまったり、耳の聞こえが難しくなった方のリハビリさせていただいてます。その上で、お家に帰ったり、また施設に戻っていただくような支援をさせていただいております。

qbc:具体的に、どういうことをしていくものなんでしょうかね?

小関:まず私達は普段は病院にいるんですね。大きい病院だったり個人病院、クリニックとかそういうところにもいたりもするんですけど、大体は総合病院ですね。地域の病院、ちょっと大きめの病院にもいたりします。
そこでお医者さんから、この人はリハビリが必要ですよと処方をいただいて、それからの流れになります。実際にご本人にお会いして、中にはお話が難しい方については、介助者と共に来て頂きつつ、現状を伺ったり、実際の話す力や飲み込む力をみてリハビリ内容を検討していきます。

あとは、口の中の状況を確認し、話すことやご飯を食べられる環境を作るために、口の中を綺麗に(口腔ケア)させていただきます。
関わりを通じて、この方が今後ご飯を食べれるかどうか詳細な検査を行いつつ、お医者さんや他の職種の人と相談をしてきめていきます。

言語聴覚士のリハビリについて、みなさん何気なくお話をしたり、文章を書いたりっていうことをされてると思うんですけども、脳のダメージを受けると読む聞く話すというコミュニケーションそのものが、ダメージを受けてできなくなってしまうんです。
もしくはできても、なんかこう、ちぐはぐなことをしてしまったりするんですよ。
一番私達の身近なところで言いますと、たまにあれあれ、これこれって言葉が喉元まで出てるのになんか出てこないなっていうことが経験としてあるかなと思うんですよね。

qbc:はい。

小関:それ(言葉が出にくいこと)が時々だったらいいんですけど、それがもう普段のところで支障をきたす。何を伝えようとしてるのかわからなくなるというか、伝えようという気持ちはあっても口が動かなかったり、あとはその言葉そのものが思い出せなかったり。
例えば、リンゴという言葉を思い出そうとしてるんだけれども、そうそうあれあれ、赤くて丸くてなんだっけ?っていうようなことになってしまう病気(失語症)があったりするんですよね。
そういうのを少しでもお話しやすく言葉を思い出すようにするためのリハビリをさせていただくのが言語聴覚士になります。

qbc:なるほど。例えば理学療法士さんもいらっしゃるじゃないですか。言語聴覚士さんは、言語部分に関しての部分だけ何か特別に切り出されるんですかね?

小関:読む書く聞く話すといった言語コミュニケーションの他、食事をとるといった飲み込みの部分も行います。また高次脳機能といった、記憶や感情、注意機能などについてもリハビリをおこないます。
実は理学療法士・作業療法士は、もう私達よりも前に国家資格化されてまして、一応日本の歴史としてはかなり、100年とかそれぐらい前からあるものなんですね。
私達、言語聴覚士、言語療法って言われてるものは、国家資格になったのがまだ20年ちょっとで、それまでは民間資格という形だったんですよ。病院にはいたものの。法律としても理学療法作業療法の資格と私たち言語聴覚士の方では別になってるんですよね。

元々アメリカでスピーチパソロジーという学問があり、日本に持ってきたっていう流れがあるそうなんですよね。
制度としては別の切り口からやってきたっていう方が正しいかもしれないですね。

qbc:なるほど。

小関:内容としては、医学的な根拠に基づいてやっています。

qbc:言語の部分、話すってことの部分だけ特化してるっていうのは、どういう経緯だったのかなと思ったんですよね。

小関:今、話すってことをちょっとお伝えはしましたけど、聴力検査をしたり、人工内耳装着後の言葉の再獲得や検査と言われているものをやったりします。

あとはお子さんでしたら、言語発達って言われている言葉の習得のお手伝いをします。

言葉に特化したっていうところでは、元々、日本ではことばの教室ということで、お子さんに教えてたところがあります。外国からの技術として得てきた学問と、日本から昔からあることばの教室を統合するために言語聴覚士っていう風になったとは聞いてます。

qbc:はいはい。

小関:実際、言語っていう風に特化したとはいいつつも、作業療法とかぶるところもたくさんあるんですよ。いわゆる記憶障害とか感情のコントロールといった人間が人間らしくあるための機能に関しては、作業療法と近いものがあるなっていうのはありますね。異なるところももちろんあります。

qbc:どういったところですか?

小関:作業療法ですと、歩いたり立ったりだけじゃなくて、日常生活を送るためにどういう体の使い方や思考が必要かというリハビリをします。

例えばお買い物をするときに、私達って何気なくやってるんですけども、何を買うか、何をどれくらいの量で買うか、あと値段はどれくらいかっていうことを事細かに考えていたりするんですよね。

要は、その取捨選択をするっていうところ、段階を経て頭の中の過程を組み立てていくことが難しくなったときに、私の言語聴覚士の方ではそれを具体的に言語化したり、どの過程までできてるのかっていうのを把握するっていうところが、作業療法士のところとちがいますし、協力してやれるところなんですよね。

言語聴覚士としては、頭の病気になってる方ですと、お話がまずできない方がいらっしゃるんですよね。そういう頭の中の構造が病気によって難しくなったときに、患者さんが何を言わんとしてるかっていうところを汲み取ることができるっていうのが言語聴覚士の特性ではあるかなと思うんですよね。

qbc:特性っていうのはどういうことですかね?

小関:例えば、言葉を使わないでジェスチャーだったり目の動きだったり非言語的なところを見ると同時に、この人は何をどう言おうとしてたのか。

先ほどのリンゴという言葉の例をつかいますが、病気の方はリンゴと言おうとしたのにみかんって言ってしまったりすることもあります。
それは何かわざと言ってるわけではなくて、頭の中の動きが混乱してしまって同じ果物の中のカテゴリーとしては選ぶことができてるけれども、口に出す時に間違えてみかんって言ってしまうという状況になってます。

その状況をご家族さんや他職種に伝えられるのが特性って言われてる所に結びつくかと思います。

qbc:このお仕事をやっていて良かったな、みたいなことってどんなことがあるんでしょうね?

小関:病気をされて一度獲得したコミュニケーションや食べることっていうのができなくなってしまい、ものすごく落ち込まれている方が多いんですよね。当たり前にできてたことが当たり前にできなくなるんです。そういうときに実際に寄り添ってお話を汲み取ることが出来たりするところですかね。

あとはその方と一緒に言語訓練であったり発声訓練だったりとかやっていく中で、一緒に苦労を分かち合って、結果としてお話ができるようになったよとか、ご飯が食べたいものが食べれるようなったって言われたときには、嬉しいですし、微力だけれども、やっぱり手伝うことができてよかったなって思いますね。

qbc:ありがとうございます。ご趣味はなんでしょうかね?

小関:趣味は、家庭菜園をしたり音楽が好きなので、音楽聞いたりしています。あとはドライブが好きで1人で海を眺めにいったり、そういう風景を写真に収めるっていうのも好きです。

qbc:全体的にこういう気分でいるのが好きとかなんかありますか?趣味の共通点というか。

小関:前向きにいる、元気でいるのが好きですねー。元々は人の目を気にして過ごすっていう、自分で言うのもおこがましですが、繊細なところがあったんですよね。小さい頃は三つ上の姉の後ろに隠れて過ごすことが多かったんです。

私としては元気な人とか、元気になれるものに憧れるっていうのがあったので、家庭菜園だったり海を見て過ごす、ドライブすることで前向きでいられる気がします。
なにより自然の明るさっていうのを求めてるなという気はしますね。

qbc:はいはい。性格は周りの人から何て言われます?

小関:面白くないんですけど、真面目って言われることが多いですね(汗)

qbc:その他何か言われることありますか?

小関:結構何でも新しいことに取り組むねとは言われます。

qbc:新しいことを取り組むって、実際に何かあります?

小関:最近ですと、このnoteを始めさせていただいたりTikTokをやったり。
ネイルを自分で昨年ぐらいからちょっと趣味で始めたんですけれども、はまって、4月に資格試験を取ろうとしています。

qbc:なるほど。

小関:学生のときにやれなかったこととかを、今私39で結婚して子供もいる中ではありますが楽しみたいなと。何かこれやったら面白いかもって思ったのには積極的にやってみる感じですね。

qbc:なるほど。ご自身では自分の性格はどう思います?

小関:慎重なところがありますね。考えることが多いなっていうのは思います。しかも一度考えるとなかなか踏み出せないっていうか、尻込みするところもあって。
仕事柄かもしれませんが、いろんな不安なことを考えてから踏み出すっていうところがありますね。石橋を叩いて渡る感じです。

qbc:身近な人からはどんな性格だと言われます?

小関:おっちょこちょいです(笑)

qbc:なるほど、はい。

小関:おっちょこちょいなのと、不器用って言われますね(笑)

qbc:どんなところが不器用?

小関:例えば子供のものを裁縫とかでボタン付けをすると、やり方はわかってはいるんですよね。ただ同じようにやろうとしても1回でできないんですよ。何回かやり直してやっとできるぐらいてわした。
あとは恥ずかしながら、私自身、大学浪人をしているんですよ。2回やって3回目で受かりました(苦笑)

この言語聴覚士を取るにも2年やってやっと3回目で受かる。要は試験とかそういう緊張する場所とかは全然駄目で。
あなたは本当、真面目にやってるけど、本番で実力発揮できないね』
っていうのは確かに言われますね(笑)。
もうちょっと器用に生きてもいいんじゃないのって言われるんですけど、私もそう思いますが、じゃあ器用って何だろっていう感じがあるんですね(笑)

qbc:とはいえ、39年生きてきて不器用度って下がってます?

小関:そうですねー。今の方が器用な気はしますね。

qbc:器用度はどんなところで上がってるなって感じていらっしゃいます?

小関:昔はそれこそがむしゃらにやる、いわゆる無鉄砲と言いますか、頑張ればできるという感じで自分で突っ走ってる所もありました。

さっきのと裏腹かもしれないんですけど、怖いって思いつつも、なんかいいなって思った瞬間に走り出してしまうところもあるので。

例えば自転車とか乗りたいって思ったら、まだ3歳ぐらいなんですけど、自転車の補助なしを乗ろうとして姉と同じような状況を作って、何回も転んでも転んでもやり続けるっていうような状況があったんですね。最終的には乗れたんですけども(笑)
そういうところからすると、今だと先に動く前にこれに関してやろうとしたらどういう方法があるんだろうかなっていうのを考えるんですよね。
実際にこれとこれとこれの方法があるらしいけど、一つ一つやってみようっていうふうにして的確にやるようにはなったなっていうのはありますね。
なので、プロセスをふむ方法がある程度固まってきたのかな。
だから自分自身としては、器用になってきたような気がしますね。

過去:形はお医者さんとは違うけれども、言葉、コミュニケーションを大事にして過ごす仕事があるっていうのがそこでわかったので、これだったら自分にちょっとできるかもしれないなと思って

qbc:お子さんの頃、小関さんはどんな子供でした?

小関:元々水泳を3歳ぐらいから始めて、中学生ぐらいまでやってました。水泳をやってるっていうこともあって力が強かったんですよね。なので、意外とその引っ込み思案なところもありつつも、ただ仲良くなった人とは結構男女問わず、外で遊び回ったり自転車でレースをしてみたりとか鬼ごっこで男の子に負けないように遊んだりとか。
おてんばといえばおてんばかもしれないですね(笑)。でも意外と後からやりすぎたかな、どうかなって考えたりするようなこともあって難しい子だったかもしれないですね。

qbc:誰に対して難しい感じですか?

小関:何でしょう、親から見ると。なんかこう頑張ってお友達と仲良くしようとしてるんだろうなとは思うけど、なんかうまくいってないところもあるし。そうかといって自分で1人で遊び始めたら怪我するようなこと、骨折も3回やってるんですよ(笑)

qbc:どことどことどこですか? ちなみに。

小関:肩は折るし、足は折るし、腕も折りました(笑)

qbc:肩って珍しくないですか?

小関:鎖骨を折って(笑)。先ほど言ってた自転車を乗り始めて、ちゃんと自分の足で漕ぐことができるようになったときに。坂道を降りるときに普通だったらどうやってやります?

qbc:ブレーキをかけつつ、かなりきつかったらおりますね。

小関:そうですよね。私そのブレーキのかけ方を全く知らなくて。坂道をぐうっと降りていって、こわくなった瞬間に両ブレーキをぐっと踏んでしまって吹っ飛びました(笑)

qbc:どう転ぶ?

小関:コンクリートに打ち付けられるといいますか、1回転して床に落ちるっていう感じで、それで両鎖骨を折りました。
最初ひびだけだったと思うんですけど、お家に帰ってから、お母さんに鎖骨のところを押さえて『痛いんだけど』って言ったら、
『いや何ともないよっていいからあんたお風呂入りなさい』
って言われてバンザイした瞬間にパキッて(笑)

qbc:1人で転んだんですか?

小関:そうなんですよ(笑)

qbc:で帰ってこれた?

小関:はい(笑)なんとか帰ってこれました。自転車を押して帰ってきて。

qbc:何歳のときですかね?

小関:4歳、5歳だったと思います。

qbc:小学生じゃなかったぐらい?

小関:じゃないです、年中さんだったはずです。

qbc:なるほどね。好きな遊びは何でしたか?

小関:好きな遊び、水泳を長くやっていたので泳ぐのが好きだったっていうのと、あとはボードゲームやファミコン、自転車レースをしたりですね。

qbc:もう本当小学校上がる前とか物心ついたとき、何するのが好きでした?覚えてたらですけど。

小関:プラレールですね。男の子と同じような感じでプラレールをするのがすごい好きでした。あとパズルをずーっとやってた記憶がありますね。

qbc:ご兄弟は?

小関:私は姉が1人。

qbc:でも、プラレールってお家にあったんですね。

小関:そうなんですよ!私が何かこれ欲しいって言って、やりたいって言って父とかみんなでやるっていう感じですね。

qbc:小中高と、学校っていうところで見るとどんな子供でした?どんな生活でしたかね?

小関:元々うちの親が転勤族だったんですよ。転勤することが多かったので、小学校でいうと3回変わってるかな。
1、2年生のときは入学した学校にいて、3、4、5年までは新しい二つ目の学校に行って。最後の6年生のときに別な学校に行くっていう状況だったんですよね。
やっぱり転校が多いと、どうしてもそのお友達作りがうまくいくかいかないかによって、変わってくると思うんですけど。

最初は転校生だから目立つんですけど、段々人となりがわかってくると、どちらかという男の子と遊ぶことが多く、運動する方が楽しかったっていう感じですね。
小学校はそういう感じで過ごしたんですけど、中学、高校は鬼門だったっていうのありますね。苦い思い出というか。

qbc:どんな思い出が?

小関:中学校のときは、小学校からの流れで友達とかもいたんですけど、いじめられることがあって。

ちょうどそのとき、水泳をやってたのですが、うまくいかなくて。競泳のタイムが伸びなくて、全然上のクラスにも行けないし、大会出ても失敗ばっかりでっていう、にっちもさっちもいかない状況になったんですよね。

学校ではなんかあいつ男みたいに力は強いし、泳いでるって言っても本当に泳げるのかよみたいな感じでいじりから始まったんですよね。

その中学校の頃ってちょっとクラスにかっこいい人とかいたりすると、私もそれなりにいいなと思って。みんないいねって言ってるようなクラスの人気者とかもいると思うんですけど、私もその人がいいなって思ってたら、それが本人に知られそこからさらにいじめが強くなりました。
気持ち悪いよねって。いやあの人に好かれてもちょっと無理だよねとかっていう話になって。親にもなかなか言えず。

それで、しばらくしてると中学の2年生の夏ぐらいに、病気になってしまって。膠原病の一つである若年性関節リュウマチっていう病気になったんですね。
その頃なかなかかかった人も少なかったので、ち治療をする時間もかかったんですよね。やっぱり半年間入院したりとか。

qbc:長いですね。

小関:自分としては逆に学校から離れて少し過ごせたので、ちょっと良かったなと思いつつも、学校の方針なのかわかんないですけど、先生が見舞いに来るっていうことがあって。

いじめが起こってるのも見向きもしないで、わざわざ来るってどうかなって思ったりしました(苦笑)
そのあたりから何かこう人に対してなんか怖いっていうのが、引っ込み思案の自分っていうのがまた何か出てきましたね。

人って怖いなって思い始めたりして。なんで、もうそこからは20歳ぐらいまで病気とうまく付き合うような感じだったんですね。

それでも学校にも行けたし進学もできたからよかったです。

qbc:なるほど。若年性関節リュウマチ。若年性もあるんですね?

小関:そうなんです。

qbc:これは完治は?

小関:20歳で完治をしました。

qbc:言語聴覚士を目指したきっかけっていうのは?それがどこら辺から始まったのかでたぶん学校も決まってくると思うんですけど。そのあたりのお話を伺っていいですか?

小関:まさにその今話させていただいた病気になったことで、医療に携わりたいなって思って。
最初のところはわかりやすくお医者さんになりたいって思うんですよね。

でもそこから学力が足りないなっていうところで、自分にできることって何だろう。お医者さんにはなれなかったとしても、医療っていう広いくくりできることはないかって考えたときに、看護師さんだと夜勤があるし、体力的に無理と。

じゃあもうちょっと広くかんがえて、原点は人と関わりたい、人に嫌なことはもちろんされたかもしれないけど、やっぱり人に関わることで、自分も勉強にもなるのと病気で人としてうまく関われないっていうのがあるっていうことを知って、

自分自身もいじめられたり人と話をするっていうのに苦手意識ができてしまったっていうところでは、病気によってそうなったらさらに大変だろうなって思い、それから調べて言語聴覚士にたどり着きました。

qbc:探しづらい職業かなと思ったんですけども。

小関:そうですよね。理学療法、作業療法も考えたんですよ。
ただその理学療法、作業療法は、私のそのときに調べたときは、やっぱり体力勝負だなって思ってしまったんですよ。
いろんな方と一緒に歩いたりとか、ベッドから移動するとかっていうことを考えると難しいなと思ったときに、選択肢としていろんな他にもあると思うんですよ、心理士さんとか音楽療法士さんとか。
その中でやっぱり言語聴覚士、本当にその調べたときに見つかったっていう感じなので、全くその身近に言語聴覚士の人っていうのはいなかったんですよね。

qbc:はいはい。

小関:その自分の原点を考えると、人と人の関わりは好きだけど人が怖い。逆に、自分ができることってそういう傷ついてしまった方に寄り添うことはできるなと思ったんですよね。
形はお医者さんとは違うけれども、言葉、コミュニケーションを大事にして過ごす仕事があるっていうのがそこでわかったので、これだったら自分にちょっとできるかもしれないなと思って始めたんですよね。

qbc:入院にしていたときに、子供の頃に助けられたなっていう何か具体的なエピソードってございますか?

小関:お医者さんって結構怖いイメージだったり、何かお薬を出す人っていうか。なんかとっつきにくさってあったんですよ。でも、私に関わってくださったお医者さんは、ちょこちょこ顔を見に来てくださって。朝になれば、おはよう大丈夫かい?って、どっか痛いとこないかい?って言ってくれたり。
もう今日も終わりそうな5時過ぎとか夜近くなってきても顔出してくれて、ちゃんとご飯食べてるの?大丈夫?って声をかけてくださったりとか。今思うと、先生方の業務はすごい忙しいと思うんですけども。
そんな中で、そうやって声をかけてくださったりとか気にかけてもらうって、大事だなって思うんですよね。そこを見て、やっぱりより寄り添うっていうことなんだろうなとか思い始めたっていうのがありますね。大切にされてるなっていう気はしますね。

qbc:ありがとうございます。言語聴覚士を志したのは年齢的にはいつだったんですか?

小関:えーと、22、3だったと思うんです。

qbc:資格を取るために大学行ったりとかじゃないんですね。

小関:大学に本当は行きたかったんですけど、大学行けなくて。浪人中に最終的にその専門学校の方に方針転換したんです。3年制の。それなので通常の大学を卒業してからの年齢とはちょっとずれるんですね。

qbc:専門学校は何の専門学校に?

小関:言語聴覚士の専門学校です。

qbc:なるほど、そっか。大学受験しようと思ってたけれども、そうせずに言語聴覚士なるとその間に決めて専門学校にということですね。わかりました。

そこから現在まできたのを三つに区切るとしたら、どことどこに区切り線が入りますかね。言語聴覚士になってから。

小関:まず言語聴覚士になってから、ターニングポイントとしてはそこからまず1年目終わって2年目になるときですね。それで2年目から5年目まで。あとはその5年目から今までっていう形になるんですよね。

qbc:何があったんですかね? その2年目から5年目。

小関:まず1年目のとき、私、就職試験に10回落ちて駄目で、やっと勤めたところが朝7時から夜10時ぐらいまで働くっていう状況だったんですよね。
それで体壊して辞めて、新たに勤めたところが言語聴覚士として2年目から5年目ぐらい。になるんですけど。そこはたまたまハローワークで教えてもらった大学病院だったんです。
大学病院というと、いわゆる白い巨塔のような偉い教授のような先生がいるイメージだと思います。
でもそこはすごい優しく迎え入れてくださって。大変な思いしたねって。勉強も兼ねてぜひぜひ来てくださいって言ってもらえました。
実際そこで本当にこう素人同然なのに、すごく手厚く学ばさせてもらえました。実際に学会発表など研究をさせてもらったり、病院の中でのリハビリの仕方を学ばさせていただいたので、すごい濃密な時間だったんですよね。

qbc:なるほど。

小関:その次のステージとしては、学会発表をしたっていう状況を知った私の専門学校生時代にお世話になった病院。臨床実習を学生時代に病院で必ずしなきゃいけないんですけども、そのときにお世話になった先生がうちに来ない?って言ってくださったんですよね。
それで、スキルアップのために行ったんですよね。そこでいろんな技術とか、言語聴覚士としてのスキルだけに限らず社会人としていろいろ学ばさせていただいたっていうのが、今の自分にすごい繋がってるなってのがありますね。

未来:何かこう、帰りたいだったり食べたいだったり、欲求を一生懸命やろうとしてる姿っていうのに、私がお邪魔させていただいてる感じ

qbc:5年を10年後あるいは30年40年、最後死ぬっていうところまでイメージしていただいて、どんな未来をイメージされますかね?

小関:仕事で言いますと、私実は昨年の12月にその病院を退職したんですよ。
今、3月になってるんですけど、実はフリーランスといいますか。オンライン上で今、ボイストレーニングという形で少し仕事を始めたところだったんですよね。
やっぱりこのコロナ禍で同じ言語聴覚士としての仕事っていうのはすごい変わってきたんですよね。病院の中だけにいるっていうのはやっぱり難しいなと思いまして。

予防医学といういわゆる病気になる前から事前に防いでいこうっていうところが、今後必要となってくるなって思いまして。なので、いわゆる一般向けのボイストレーニングから、病気になってる方といった幅広さを持って仕事をしていきたいなとおもってます。それをどんどん進めていきたいなっていうのが未来にあります。

子供がいるっていうところで、どうしても働き方を変えなきゃいけないっていうのも、2022年に直面してしまった状況です。
子育てもしながら仕事も好きなことをやりたいと思うと、やっぱりどこかで変えなきゃいけないなと思っていたので。
家庭もちゃんとしたいってわがままかもしれないですが、家事もしたいし、仕事もしたい家計の足しになりたいとか。

子供の気持ちを考えると、家に少しいてあげたいなっていうのはあったので、大変かもしれないですけど、今こういう形でフリーランスという仕事に進んでいく方がいいなと思っています。今後、いろんなところで活躍できる言語聴覚士といいますか、かかりつけの言語聴覚士になりたいなと思うんですよね。

qbc:なるほどね。

小関:お医者さんのかかりつけはこの辺りの地域はこの人が見てるよっていう形のように、言語聴覚士のかかりつけはこの近所では私がいるよね。ちっちゃい子も生まれたし、何か相談あったらこの人にお願いするわっていう感じになっていくといいなって思ったりするんですよね。
なんで、病院だと引退っていうのはあると思うんですけど、フリーランスというかこういう事業、例えば起業するっていう形になったとしても、ずっと続けられる。自分のライフステージに合わせながら仕事ができるのかなっていう気はしてます。

qbc:ボイストレーニングっていわゆるボーカルのボイストレーニングじゃないですよね。

小関:そうなんです。いわゆるボイストレーニングっていうのは、発声とか姿勢とか滑舌とかいわゆるビジネスコミュニケーションに使われるようなものをさせていただくんですよね。
ただ、基本ベースは私の仕事として行ってきた口の運動、舌を出したりとか、鍛えたりとかっていうところと全く一緒なので、そこは一般化したっていう感じです。

qbc:なるほど。初歩の初歩なんですけど、何が何をどうするとこうなるんですよみたいなので言うと?

小関:例えば今お話してくださってるところは椅子に座ってだと思うんですけども、座ってる場合、例えば天井を向きながら喋るのと真っ正面を向きながら喋るのとでは、喉の引っ張り上げ方が違うと思うんですね。喋りやすさ。

qbc:はい。

小関:逆に首をグーッと閉めてもこれはこれで喋りにくかったりすると思います。
これ、実はお話しにくくなってる方だけじゃなくて、普段の私達も同じような状況が起こったりするんですよ。なぜかっていったら猫背だったりとか、スマホ首って下向くとかなってると、どうしてもお話しづらくなったりします。

そこを直して、声が出しやすい姿勢にしましょう。肩こりとかをほぐして、いい姿勢をまず取ってもらって。あなたの声ってどうですか?好きですか?どうなりたいですか?って聞きながら、実際に文章読んでもらったり何かしてもらったりして、今どういう状態ですか?例えば声が高く、うわずってしまってるよとか、逆に低すぎて不明瞭になってるわとか、口が開いてないよとかっていうことを一つ一つ評価していきます。
こうすると声が出しやすくなるよとか、明るく聞こえるよっていうのを実体験してもらって、それをどんどん修正していって、変えてくっていうのがボイストレーニングの内容にはなります。

qbc:なるほど。どんな人におすすめなんですか?

小関:実際に一般の人ですと、就職面接とかそういうときにあがり症で上手く話せないのでどうしたらいいかですとか。あとはどうしても早口になってしまうので、そこを何とかコントロールしたいんだっていう方とか。
あと仕事柄お話をすることが多いお坊さんとかが、いやあどうもちょっと喉が調子が悪くてねって。ただ病気ではないとは思うんだけども、なんか喉がつっかえるんだよねって言ったときに、やっぱり喉の力が衰えてきてる、加齢に伴って筋力が落ちてるよっていうふうになるので、そこ鍛えていきましょうっていって、実際に運動していく感じです。

qbc:どういうエクササイズ、運動になるんですか?

小関:今簡単にできることとしては、右手でも左手のどちらでも構いません、おでこに手を当てて拮抗をさせるように。顔を下向きにグーッと下げていくと同時に、手のひらで、そのおでこを押し合ってください。力比べのような形で。

qbc:なるほど。

小関:そうすると首の周りがちょっと痛いなっていうのを実感するかなと思います。

qbc:そうですね。普段使ってないような筋肉を感じますね。

小関:そうです。あとは逆に後ろ向きに首をする状況を作っていただいて、頭の後ろで手を組む形で今と同じようにぐーっとやっていくと、何か今までとは感じなかったところが鍛えられていくかなと思います。

こういう感じでまず大きいところから筋肉を鍛えていくっていうのがあります。もちろん筋肉鍛えたらストレッチもしていただいたりとか。
あとはミニマムなところでは、舌と喉っていうのはくっついてるので、舌の筋肉を鍛えるっていうのがあります。
舌を思いっきり前に出すと、喉が引き上がる感じがわかるかと思うんですね。

qbc:はいはいはい。

小関:例えば舌をまっすぐ出して10秒カウントしていただくと、普段そんなことしないからすごいなんか痛いっていうか、つりそうな感じになるんですよね。
それを繰り返しやっていただいたりとか。舌の先に先ほどのような形で力を加えたりとかして、筋トレという形にしていきます。まだまだ他にもありますがこんな感じでやっていきます。

qbc:もしもの未来っていう質問をしておりましてですね。もしも、小関さんの情熱とかときめきとかワクワクとか楽しさ、恋愛的だったり人間関係だったりとか物質的じゃなくて、そういう情緒的な部分も満たされるみたいなことが叶うとしたら、どんなことしたいですか?

小関:私だったら、なんだろう。なるほど、難しいです。
満たされる…。今ぱっと思いつくのは、甘いもの食べることかな。なんかほっとできるというか、幸せだなと。あと温泉かな。温泉に行きたい。ほっこりしますね。

qbc:言語聴覚士にならなかったら、どんな仕事されてたと思う?

小関:言語聴覚士ならなかったら、たぶん水泳をやってたので、水泳のコーチかな。

qbc:なるほど。

小関:アルバイトで教えたことがあるので、たぶんそのまま続けたのかなと思います。

qbc:周囲から真面目と言われていてご自身でも慎重っていうことだったんですけど、でも無鉄砲なところがあるじゃないですか。これはご自身の中でどうバランスされてるんですかね?

小関:歳を重ねると、やりすぎだなっていう、感情が前に出過ぎてるなっていうふうに思うので、そこはちょっと一歩引いてみようかって形になる。なので、後先考えてやりなさいよって、うちの母にも言われました。母は、今もう亡くなってるんですけど。その言葉を大事にしてやるようにしてますね。

qbc:ちょっとご家族との関係について聞きそびれたんですが、どんなご家族でした?

小関:私の姉と母と父でいたんですけど、結構仲良くて。わたしは、34で結婚したんですけど、一人暮らしするまでは、本当にいつもいつも家族でいることが多くて。旅行に行ったりドライブしたり食べに行ったりとか。喧嘩というか反抗期も特になかったですし。
いまだに私が結婚しても、朝ラインでメールくれるお父さんです。もう温かいというか、明るくて何かあったら駆けつけるっていう感じですね。

qbc:好きな食べ物って何ですか?

小関:私はちっちゃいときとかはかまぼこ好きで、板かまとか好きでそればっかり。ちくわとか食べていましたね。
今は何でも食べるかな。ただやっぱりセロリとか納豆とか臭いの強いものは苦手で(笑)

qbc:これをするのが一番好きみたいなものありますかね?

小関:今は子供や家族と遊ぶのや、やっぱり仕事が好きですね。どれか一つで言ったら選べないんです。仕事も好きだし子供と遊ぶのも好きだし、温泉に行くのも好きだしって感じですね。

qbc:仕事のどんなところがいいんですかね?

小関:大変ですけど、人と関わる中でこの方頑張ってくださったなって、変わっていく過程を見るのが楽しいですね。

qbc:なんで楽しいですか?

小関:なんだろう、一緒にその時間を過ごして苦しい訓練だったりとかいろいろしてるんですけど、その前向きに生きようとしてるっていうのがありますね。

明るくなろうっていうさっきの話じゃないですけど、後ろ向きにもう駄目だって言ってるんじゃなくて、何かこう、帰りたいだったり食べたいだったり、欲求を一生懸命やろうとしてる姿っていうのに、私がお邪魔させていただいてる感じがしてます。そういうのもお手伝いができたら嬉しいですし、達成感もありますね。

qbc:色で言うとどんな色、感情なんですかね?その時って。達成感、嬉しいっていう部分。

小関:今の時期(春先)だとわかりやすいのが桜色。何か穏やかな薄いピンクといいますか。

qbc:なるほどね。めっちゃ強いわけじゃないんですね。

小関:そうなんです。ショッキングピンク並みの赤い感じとかじゃなくて、日差しがあたったらちょっと薄く白っぽくはなるんだけど、よく見るとちゃんと色づいてるなというか。

qbc:風景としてやっぱそこ一面の桜みたいな感じなんですかね?

小関:そうですね。

qbc:これは一面なんだ。へぇ。
最後の質問ですね。読者メッセージでも、振り返っていただいて独り言でも、最後にいい残したことがあればお伺いしております。

小関:これだけ言語聴覚士という仕事を好きでいたり、あと家庭の1人、妻として母親としてっていう過ごさせていただく中で、やっぱりどれをとっても自分を作ってくれてるものだなっていうのを実感しているので、やっぱりそういうつらいことってたくさんあるとは思うんですけども、どこかで自分の歩いてきた道に歴史ありというか、武器はあるぞって思うのと同時にまだまだやれることあるなって思いますね。

いつからでも新しくなれるし、いつからでも何者にでもなれるなっていう気がしています。なので、もしここを見てる方がいたとしたら、自分で変わりたいなとか何かやってみたいなっていう気持ちを大事にして、素直に向き合って欲しいなっていうことがありますね。

qbc:ありがとうございます。

【インタビュー:qbc】

【文字起こし:さりあ】

【編集:mi】

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