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もうまじでめちゃくちゃ世界広いんで絶対自分の居場所はどっかにあるので、私もそんな気持ちを抱きながら高校生活を送ってたんですけど、どうにかなるんでどうか生きててほしいなって思う人

忍者村というのが世の中にあるらしいと知ったのは、何歳の頃だろう?
何歳の頃だったのかな? 私が「忍者村」という言葉を知ったの、読者のみなさまーあ⤴ ご存知ですかーあ⤴?
と、いうわけで、例えばですね、こういうことなんですよ奥様! 奥様ーあ⤴ わかりますかわかりませんよねだって今私の頭の中で考えていることですもんね。私の中の頭の消しゴムってね。
そうです、忍者みたいに生きていた時代が、私にもありました。※私=qbc。
私、今、こうして、無名人インタビューの主催なんてやってるじゃないですか。無名人インタビューの記事的には、編集長という立場でやらせていただいております。他企画もたくさん考案させていただいております! まあ、もちろん、アタリハズレありますよね。けどねえ! アイデアだけは枯渇しないですね。
なのでこういう性格なので、ちょっと、一般生活的には出しゃばりなんですよ。
俺が俺が、って思っちゃうんです。心の中でね。
ここぞ! という時は意見しますよ。
でも、常に俺が俺が! だと、コケるんですよ。
手いっぱいになって。やることおおすぎ問題で。
なので、まあ、普段は忍者なんです。忍者村。そう、忍んでるんですう、意見を、奥様ーあ⤴ そうね、なので、会社とかなんか部活では、わりと忍者してました。あはは。そうよね、人は居場所によっては忍者になる時もあるんです。忍者サイコー! って思う時もあったんです。
でも、ここ、まえがきだけが、私、忍ばなくてもいい場所なの。だから、ね、ねねね、ねえ、好き勝手書かせてくださいよ。そうね、私、二浪の時に死ななくて良かった。自殺しなくて。だってこんな楽しいこと、まえがき書くって楽しごちそうがあるなんて、思ってもみなかった。やったーですよ。わーい、うれしいな。
と、いうことで、本日の無名人インタビュー、ゴーです!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(無名人インタビュー主催)】

今回ご参加いただいたのは まっちゃ さんです!

現在 :  1人の時間も持てているから日々社会に馴染もうというか、うまく切り替えられているのかなみたいな。

のの:まっちゃさんは今何をされている方ですか。

まっちゃ:私はですね、この春に大学を卒業しまして。今は病院で医療事務の仕事をしています。

のの:じゃあ今日も仕事終わりで?

まっちゃ:そうですね。今日も仕事してきました。

のの:ってことは仕事始めてからまだ1ヶ月ちょっと?

まっちゃ:そうですね。社会人としては1ヶ月ちょいなんですけど、就職先で去年の秋くらいからアルバイトっていう形で働かせてもらってるので、その病院で働いてはもうすぐ半年、5月になったら半年経つのかなっていう感じです。

のの:なるほど。もう慣れてくる頃ですかね?

まっちゃ:そうですね。何か、慣れるような慣れないような。自分が大学のときに専攻していた分野とはもう全く関係ないお仕事っていうか、医療事務とは全く関係のない専攻でしたので。やっぱり同期はそれこそ医療事務の専門学校とかを卒業してきた人たちが多いので、医療分野に関しては未知の世界というか、お仕事しながら言葉とかを必死に覚えていく感じで。毎日知らない言葉と出会いながら上司にこれは何ですかって聞いて、何とか必死にやっている感じです。

のの:月から金までお仕事って感じですか。

まっちゃ:そうですね、大体月曜から金曜で、たまになんか土曜日も午前中だけお仕事したりとかもあるので、週5か週6勤務っていう感じです。

のの:なるほど。お休みの日は何をされて過ごすことが多いですか。

まっちゃ:前は結構外に出かけるのが好きというか、ウインドウショッピングとか友達と一緒に出かけてお茶したりとかするのが好きだったんですけど、仕事が始まると疲れてきて、中々外に出るハードルが上がってきたので、うちでずっと寝てたりとか、ゴロゴロしたりとか。たまに元気があったら出かけるんですけれども、やっぱり大学のときの友達もお仕事始めてなかなか会う機会が減ってしまったので、最近1人で出かけることが増えたなというか。余裕があったら1人でカラオケ行ったりとか、1人で電車に乗って少し離れた駅のところに行って、大きい駅のところでフラフラっとカフェに入ったりとか。でもウインドウショッピングって意味ではあんまり変わらないんですけどね、なんか行く場所がちょっと前は都心とかが多かったんですけど、今はあんまり都心まで行く気力がなくて、近場の大きなショッピングモールがあるとことかで終わらせることが多いです。

のの:1人で出かけたりするのは元々好きなんですか。

まっちゃ:そうですね。1人で何かをすることにあんまり抵抗がないところがあるかもしれないです。友達といるのも楽しいんですけど、ちょっと気遣いすぎちゃって疲れちゃうとかもあったりして。自分1人の方が、自分は結構自分のことを社会になじもうとしてる、ちょっと普通じゃないところもある人間みたいに自分のことを思ってて。いわゆる社会の普通に溶け込もうと必死でやっているけど、ちょっと普通じゃない部分も1人だったら別に見せてもいいというか、見せる相手もいないから出せるなと思って。なんかそう思うと、最近1人の時間も結構大事というか、1人の時間も持てているから日々社会に馴染もうというか、うまく切り替えられているのかなみたいな。

のの:なるほど。

まっちゃ:AB型なんですよ、自分血液型。AB型ってちょっと変わってるじゃないですけど、あーAB型だよねみたいなのあるじゃないですか、言われやすいところが。なんかそれも自分は持ってるなと思ってて。でもそういう部分も、好きな面でもあるんですよ。自分の中の、自分のこういうところが好きみたいな。ちょっとAB型っぽい自分みたいなのは好きなんですけど、でもそれを人前で出せるかというとちょっと別というか。出せる人と出せない人がいるんで、それで例えば出せる友達がいて、その人と一緒にいるんだったらいいんですけど、そうじゃない人のところだと出せないので、そういうの出すためにも、1人の時間必要だなって最近思うようになりました。

のの:普通じゃない部分って、例えばどういうところなんですかね?

まっちゃ:なんか、独り言めっちゃ多いんですよね。普通なのか普通じゃないかというと微妙なんですけど、仕事してるときも、すごい些細な独り言がでちゃったりするんですよ。あれどこだっけとか、ここどうだっけ、とかっていうのをすごい小声でボソッと言っちゃう感じなので。それがうちに帰ってくると本当にひどくて、基本的に風呂入ったっけ、入らなきゃとか、これやったっけとか。急に変なリズムで適当な曲歌い出したりとか、そういう家で1人だからこそできるのが、一人暮らしなんですけど、それもやってますかね。一人暮らしの性というか、とにかく独り言が増えるんですよ。それがもうどんどん増えてきちゃって本当に家で1人でいる姿を誰にも見せられないんじゃないかくらい変な感じになってるので。これがAB型だなって思いますし、一人暮らししてるせいだなって思います。

のの:なるほど。趣味はありますか。

まっちゃ:趣味は大学で演劇を専攻していまして、それも演劇が好きでっていうので大学で学ぶまでいったんですけど。なのでお芝居を見に行ったりとか、あと最近だと本読んだりとかですね。何か心を動かすのが、言ってると変ですけどすごい感情移入してその世界に没入して、湧き出てくる感情をうわーって全身で味わうのが好きなので、そういうことが趣味なのかなと思います。お芝居見るのがやっぱり一番好きです。

のの:どんな内容のお芝居が好きなんですか。

まっちゃ:自分が一番好きなジャンルが、2.5次元ってわかりますか?

のの:聞いたことはあります。

まっちゃ:アニメとかゲームとかが原作で、それを舞台化とかミュージカル化とかしてるものなんですけど。自分が元々好きなジャンルのゲームなんですけど、それを舞台化してるのが一番好きですね。2.5次元で自分が好きなジャンルを舞台化してるのが好きなのと。あと、ザ・ミュージカルって言うんですかね、いわゆる歌って宝塚とかが多分イメージしやすいかなと思うんですけど、舞台のストーリーの中で歌って歌で表現するとかそういうのがストレートにあるものが好きです。
なんか楽しいお芝居っていうと難しいんですけど、お芝居もいろんな種類があって。そういう商業的なものとか、ちょっと一見怖いというか、昔でいう地下とかあんまり人目につかないところでやっていくような、目につかないニッチなっていうか。そういう人たちが見に来るからこそ結構強い題材とかやってる。アンダーグラウンドって地下のアングラ演劇ってジャンルとかもあるんですけど、そういうちょっと怖いなと思うものよりは見てて楽しいハッピーとなるような感じの方が好きなので。どっちかっていうと商業演劇というか、いわゆるチケット代が結構高くて大きな劇場でやってるみたいな、ああいうのが好きです。

のの:なるほど。最近は見に行ったりしましたか。

まっちゃ:最近ですね、SPY×FAMILYって今流行ってるアニメというか漫画原作のがあるんですけれども、それをミュージカル化した舞台があって。それにチケットを当てていったんですけど、それが本当にすごい楽しかったんですよね。

のの:ええ。

まっちゃ:やってた場所が帝国劇場っていう結構有名なというか大きな劇場で、本当に劇場としても歴史があるし、いろんな役者さんたちがあの舞台に立ちたいって目指す方が多いような劇場なんですよね。その劇場に初めて今回チケットが当たったのでお芝居見に行ったんですけど、もうやっぱりいろんな役者さんが目指すだけあって本当にクオリティが高い舞台だったなと思いまして。アニメのっていうか漫画を原作にしているので、SPY×FAMILYの登場人物たちもすごいちゃんと出てきますし、漫画とかアニメで見ていたあのシーンがこんなに舞台上でリアルに再現できるんだっていう感動もありましたし。

のの:はい。

まっちゃ:一番感動したのがアンサンブルっていう人たちがいまして、舞台上というか、お芝居の中で、大体1人の人が例えばハナコとタロウって言う登場人物がいたら、そのハナコ役の人はずっとこのお芝居の中でハナコっていう役を演じるじゃないですか。そういう名前がないキャストって言うんですか、ハナコとタロウに出てくるモブAモブBみたいな。
でもそのモブAモブBもシーンによってはハナコとタロウのクラスメイトなんですけど、別のシーンだとハナコのお母さんになったりタロウの弟になったりとか。シーンによって役が変わるけど、その役に名前がないっていうとちょっと少し違うんですけど、そういう決まった名前を持たない役の人たちがいるんですよ。でも、そういうアンサンブルの人たちの存在ってすごい大きくて。アンサンブルの人がいるからこそ、そのシーンがよりリアルになるというか、すごいんですよ。そのアンサンブルの人たちもやっぱり舞台によって、いろんな役があって、例えば別の舞台だったらやっぱ殺陣とかがメインの舞台だと大体切られ役とかそういうことを演じるアンサンブルさんが多くて。

のの:はい。

まっちゃ:自分が見に行ったのだとミュージカルだったので本当にいろんなシーンで歌いながら踊りながら、SPY×FAMILYの世界で言ったらなんだったかな、街を歩いてる人を演じたりとか、学校の教師を演じたりとか、仕事場にいる別の人を演じたりとかしていて。ある意味お芝居の幅が広くて、アンサンブルの人たちも。だし、とにかくダンスの切れがやばかったんですよね。指先までぴーんとしていて、え、ヒール履いてるよねみたいな、ヒール履いてるのにそんな綺麗にターンできるのみたいな。すごいびっくりしたんですよ。やっぱアンサンブルもレベル高いんだなってすごい思っちゃって。これが、さすが帝国劇場クオリティってすごいってなんかそれに感動してましたね。

もちろん自分が原作が大好きでその原作の世界観をすごく再現されているお芝居を作ってくださったキャストさんとかスタッフさんとかにもすごいありがとうございますってなるんですけど。何よりアンサンブルの方々にあんなにいろんな役を、しかもあんなにダンスのキレをって。ある意味影の実力者というか、そういう人たちのも見てすごい、なんかもうそういういろんなものを含めて、帝国劇場ってすごいってなって、すごい感動して帰ってきました。

のの:うん。

まっちゃ:3月に見に行った舞台のことなんですけど、未だに何かうわーって感動できるんですよね、思い出しただけで。すごい良かったです。言葉の出てこなさが悔しくなるくらい、本当に良かったんですよ。

のの:すごい隅々まで見てますね。

まっちゃ:そうですね。そういう舞台って、昔大学で勉強したのもありますし、高校で演劇部に入ってて。高校のときの演劇部で好きだってなって大学に行ったっていうのがあるんですけど。ちょっと過去の話になっちゃうんですけど、私演劇部に高校のとき途中から入部したんですよね。他の人が1年生で入るところを私2年生の時に、演劇部に入って。なんかその時点でやっぱり自分と同じ学年の人たちは1年生のときからやってるから、周りからはちょっと遅れてるなと思って。だからこそ周りに追いつくためにもいっぱい勉強しないとじゃないけど、いっぱい吸収しないとって思っていた節があって。なのですごい高校生のときって、その当時地元で見に行けるお芝居はなるべく全部見に行ってて。それこそ自分の高校じゃない、高校の外でやってる演劇に参加したりとか。その当時来ていた無料で見れる公演とかがあったら、演劇いわゆる舞台とかミュージカルっていうお芝居だけじゃなくてダンスとか舞踊とかそういう公演も見に行ったりとかして。

当時自分はスタッフでやることが多かったので、例えば照明も、どんな照明の使い方があるのかとか、やっぱ裏方的なところにすごく目を当ててみたいことがあって。照明もですし、例えば音響も、どんな音楽がそのシーンをより引き立てるために効果があるんだろうとか、あとやっぱり舞台美術っていう舞台の上でいろんなセットとかがあったりするじゃないですか。そういうのを総称して舞台美術っていうんですけど、そういうのとかを本当に得られるもの全部得ようというか、そうでもしないと多分自分は、1年多くやってる同期に追いつけないかなと思って。なんか本当に行けるもの全部見に行ってそれで全部感想とか、これはどういうのがあったってメモしてたりしたので。未だにお芝居とか見に行くと、演技だけじゃなくて、大学の演劇専攻の友達もあるあるなんですけど、みんな劇場隅々まで見るんですよ、演劇やってた人たちって。演技だけじゃなくて、例えば照明とか音響とか舞台美術とか、総じて演出っていうんですけど、この演出はどう思うとかそういうのを見る癖がついてたんだなというか。演劇専攻の中に、大学の時にいた環境の中では割と当たり前のことだったんですけど。そういう環境じゃない中にいるとすごい細かくいろんなとこ見るんですねってなるんだなって。今ちょっとふと思いました。割と当たり前なところがあったので自分がいた環境の中では。

のの:なるほど。ありがとうございます。

まっちゃ:ありがとうございます。

過去 : 基本的に白黒思考というか0‐100思考というか、グレーが苦手なんですよね未だに。

のの:まっちゃさんは子供のころはどんなお子さんでしたか。

まっちゃ:おとなしかったのかなとは思うんですけど。ちっちゃいときのエピソードで親から聞いたので覚えてるのは、コップとかすごい規則正しく並べる子だったらしいです。なんかどういうこと?って思うんですけど、自分でも。私は全然その記憶ないんですけど、自分が住んでいたうちの向かい側に、自分がおじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでたんですけど、多分同年代くらいのおじいさんおばあさんが向かいのうちに住んでいて。その人たちは息子さんだったかな、をちょっと亡くされているかなんかでお孫さんとかがいないおうちの方だったんですよ。

のの:はい。

まっちゃ:向かいのおうちだったので、私はそのおうちによくちっちゃいとき遊びに行ってて。なんか自分のことを本当の孫のようにかわいがってくれたおじいさんおばあさんがいるんですけど、そこのおうちに行くたびに、そのおばあさんが持ってる、湯飲みがいっぱいお盆の上に並んでたらしいんですけど、その湯呑を全部なんか引っ張り出して、自分の中で規則立てて並べてたらしくて。いつも遊びに行くたびにそれやってたみたいなのを聞いて、本当に全然覚えてないんですけど。その向かいのうちで湯呑並べてたっていうのもあるし、昔の写真見返すと自分のうちでもおもちゃとかぬいぐるみを並べてるんですよ、しっかりルール立って。例えばボールを二つ並べ、後にぬいぐるみを一つ並べて、またその隣にボール二つ並べてぬいぐるみ一つ置いてみたいな。何をしたかったんだろうと思うんですけど、そういう何か規則というかそういうものが好きだったのかな。ルール的なのが、昔からあったのかなって思います。

のの:こだわりが強かったんですかね?

まっちゃ:そうかもしれない。絶対これが譲れないって人に言うわけじゃないですけど、未だに自分の中で、多分こだわり強い面もあるんだと思います。

のの:うん。

まっちゃ:あとすごい規則に忠実というか、ルールがあったら絶対それを守るみたいな人というか、ちっちゃい頃からそういう感じがあったなというか。良く言えばすごくルールに忠実で、ある意味正義感が強いみたいなところはあるんですけど。でも逆にちょっと強すぎてというか、正義感強すぎてちょっと周りと馴染めない時期もあったなと思います。基本的に白黒思考というか0‐100思考というか、グレーが苦手なんですよね未だに。すごい0‐100が一番強いんですけど、だから未だにちょっとグレーなところを自分にも周りにも許せない面があって。でも周りにはだんだん周りは周りだし、いっかって思えるようになってきたんですけど。自分へのグレーが許せないのが強すぎた時期は、すごい自分を逆に追い込んじゃってしんどかったなって思います。だんだん、年を重ねるごとに少しグレーも許容できるようになってきたかなと思うんですけど、未だにちょっと周りからはというか、親から特にあんたまた0‐100思考でみたいな、ちょっとはグレーになりなよって言われることが多いです。

のの:周りと馴染めなかった時期っていうのは、どのぐらいの歳の頃なんですかね?

まっちゃ:それが強かったのは小学校、中学校あたりですかね。それとまた違う意味で馴染めなかったのも高校生で。何かあれ?周りと馴染めた時期あったっけ?って今ふと思っちゃったんですけど。小学校中学校のときは学区で集まるじゃないですか。だから本当にいろんな人がいるって思えばそれはそうなんですけど、私の地域のたまたま私の学年が結構やんちゃな子たちが集まってたんですよね、小学生のときに。だから本当にいろんなことがあって。すごいやんちゃな子とかだと、小学校5年か6年ときに窓ガラス割ったりとかそういう子がいて学校で。

そういうのにちょっとついて行けなかったんですよね、自分の中で。ついていけないっていうか、多分こう言うとすごい自分も人を見下しているな感はあるんですけど、ちょっとお馬鹿な人が多かったんですね小中学校時代。その中で自分は比較的成績とかも上位の方にいたので、あんまり馴染めないなっていうか話合わないなみたいな人が多かったんですよね何となく。それですごい馬鹿多いなと思っちゃって、ひどい言い方なんですけどね。嫌だったんですよ、その時期。小学校はそんなになかったんですけど、中学校のときにちょっとお馬鹿な人もいれば、性格があまりよろしくない人もいて、たまたま性格よろしくないかつ、頭がいい人にちょっと目をつけられて軽くいじめられたことがあるんですよね。

のの:うんうん。

まっちゃ:それは単に今思い返せば自分も中学のときはそれなりに頭が良かったので、追いつかれるんじゃないかみたいな嫉妬だったのかなって思うんですよ、よく分かんないけど。でも、私は別にその子の方がすごい頭よかったなって自分は思ってるので、別に追いつくとか思ってないんだが、くらいの感じだったんですけど、多分ちょっと嫉妬されるところと、あと自分が性格的に舐められやすかったのかなって思うんですけど。それで目をつけられていじめられたりとかがあったんですね。だから基本的にその小・中学校のメンツが好きじゃなくって。なのでもうそういう人たちがいないようなところ、ちょっと頭の良さげな高校に行こうと思って。そっちに行きたいと言ってそこを受験して、受かってそっちの方に行ったんですよ。

のの:うん

まっちゃ:それはそれで多分、自分と同じくらいの頭の人たちが集まるだろうから、小・中学校のときは居心地いいだろうなと思ってたんですよ。でも行ってみたら逆にそういう頭の人たちが集まるってことはそれだけ自分も落ちるってことだったんですよ。だからその高校に行ったら行ったで、高校もいろんなことがあって。まず、運動部に入ったんですね高校の時に。そしたら運動部が私が入学する前年にたまたま全国大会に出場したみたいな、それで今年も全国行くぞみたいな、強い運動部だったんですよ。なのでそこでだいぶ厳し目の上下関係とか、仕事ができる子から優遇されていくみたいな。

ちょっと自分にはあんまり合わない環境だったんですけど、そこに入ってそっちも忙しいし、すごい課題が多い高校だったんですよね。数学のドリルみたいなのを1週間で30ページとか結構多かったんですけど。でもその運動部が課題は全部締め切りまでに出せ、かつ部活には来い、朝早くから夜遅くまでみたいな感じだったので、全然勉強にもついていけなくなって、クラスでビリケツになったんですよ。今までなったことのなかった、小中学校って基本上位層にいたのに、高校で一気にビリケツになっちゃって。すごいやる気なくなっちゃったんですよね。だし、授業出てもわかんないし、そもそも部活で朝早くから学校に行って部活で使うとこの掃除をして、授業に出て部活行って、部活も夜遅く帰ってきてっていうのをやってたので、授業中に寝ちゃうんですよね。全然睡眠時間が取れなくて。だから勉強もできないし、授業も寝るからわかんないし、ますます成績落ちていくしみたいなので、何もかもうまくいかなかった時期があるんですよ、高校1年生の時に。

のの:うん。

まっちゃ:そこで3年間やりきれた同期もいるので、自分がその環境に合わなかったんだなっていうのは今となってはわかるんですけど、ちょっと先輩たちもパワハラ的なのは強いというか、明らかな贔屓差別多いなみたいなところだったので、そのときの自分は勉強もできないし部活でも成績も良くないし。もちろん冷たい扱いをされる側だったので、居場所はどこにもないなみたいな時期があって。

部活も居場所ないし、かといってクラスも部活の方が忙しいうちに、あれ気づいたら周りみんなある程度仲良しグループできてるみたいなふうになっちゃったので、それに改めて入ろうってこともできずに、やっぱ勉強できないってだけでこんなにいづらくなるんだなってくらい、どこにも居場所を見出せなかった時期があったので、あれはあれで一番馴染めなかったなというか。学生生活をふと思うと、多分自分はちゃんと存在できていて、周りも言おうと思えば、本当は声かけようとしてくれたりとか、何かいろいろあったと思うんですけど、自分で自分の殻に閉じこもってるということが多くて。何となく馴染めなかったなっていうのが多い小中高の生活だったなって思います。

のの:その馴染めないっていうのは、ご自身の中で結構つらかったですか。

まっちゃ:そうですね。その小中のときは何となく若干見下してるのもあったので、自分がいる場所はここじゃないって思ってたんですよ。多分自分がもっといやすい環境が他にあるって思ってたんだと思うんですけど。でもそれを信じて高校に行ってみたら意外と高校もそんなことなくて。そんなことないというか自分がちょっとそういう環境になっちゃったのもあるんですけど。だからすごくそれが一番つらかったかもしれないですね。

結局その運動部も体調崩すレベルまでいったので辞めたんですよ。ちょっと睡眠障害になっちゃったりとか、うつっぽくなっちゃったりっていうのもあって辞めて演劇部に行ったところがあるんですけど。学校ってやっぱその当時は一番多く時間を過ごす場所じゃないですか、学生にとって。その中でどこにも居場所がないなって感じてた時期が一番つらかったですね。その中で演劇部は自分の中では唯一救いというか、クラスとかに居場所をあまり感じられないけど、何となく演劇部だけは、何か知らないんですけど演劇部って繊細な人が集まりやすいですよ。

のの:そうなんですね。

まっちゃ:みんな結構優しくてとか、すごい人の心に過敏でというか。多分そういう人たちだから通ずるものがあって演劇好きになったりするんだろうなって思うんですけど。やっぱりそういう子たちが集まりやすいので、学校に行きづらさを感じてる子も多かったんです、演劇部の友達って。なのでそこで、なんか生きづらいよねみたいなのを共有できる場所だったので、唯一救いでしたね。学校も不登校っぽくなりかけた時期もあったんですけど、全然授業は出ないけど放課後の演劇部だけ顔出すとかよくやってて。本当にそれがすごく救いだったので、演劇部引退した瞬間が一番つらかったですね。夏に引退するんですけど、引退して、ある程度進学校だったのでこれから受験勉強に切り替えてっていうときだったので。全然自分は基礎の勉強からそもそもつまずいてるから、高校の勉強全くわかんないし、全然うちの高校がみんなに行ってほしいであろう大学とかには到底学校行けない学力だったんですよ。

それもそれで自分は必要というか求められてることができない人間なんだみたいな何かができちゃって。だから、演劇部でずっといたかったんですけど、引退して全部これから受験勉強一色になるっていうシーンで何かすごい力尽きて。今まで演劇部があったからそれのために学校行けてたけど、もう無理ってなって。それで1回2週間くらいぱたっと学校休んだことがあって。その欠席をしたのですごい卒業が危うくなっちゃったんですよ。今までにも学校休みすぎてて。だからそのときにそれが一番つらかったかな。自分はそれで卒業が難しいって言われちゃったので、卒業できないならもう辞めてやるぐらいの気持ちだったんですよ。こんなとこいないで、みたいな。

別にクラスとか勉強に対して希望もないので、辞めてやるっていう気持ちだったんですけど、親がどうしても高校は卒業してほしいっていうのが強くて。全然辞めるって言っても、中々、じゃあいいよ辞めようかっていうふうにはならなくて。それで親とも反抗期というか、すごいたくさん喧嘩しましたし。でもその時期が一番どこにも居場所がないみたいなので、居場所ないし希望もないし、みたいな感じで、一番多分あれがしんどかったです。やっぱりそういうときに何かもし周りと馴染めてというか、少しでも周りに今こうやって苦しいんだ、助けてって言える友達がいたら、ちょっと違ったのかもしれないんですけど。当時別に誰かにそういう気持ちを打ち明けるとかってこともなく、全部自分で抱え込んであぁーってなってたので。その後結局いろいろあって高校には、どうにかして行くことになって、卒業して大学行ったっていうのがあるんですけど。まともに高校に行った半年間くらいで、やっとクラスの人たちと普通までなのかわかんないんですけど、それなりに仲良くなれたかなっていうのがあって。そのときに仲良くなったクラスメイトの子たちとは今も会う友達とかもいるんですけど、もうちょっと早く仲良くなれてたらあんなにいろいろ病んだりとか苦しい思いをしなかっただろうなって思うときはふとありますね。

のの:なるほど。大学生活はどんな感じでしたか。

まっちゃ:大学はすっごい楽しかったです。なんかもう、高校のときのあれは何だったんだってくらい楽しかったですね。高校が全然違う地域のところでそこから上京してきた感じなんですけど、上京したことで本当にいろんな人たちと会って、自分のいたあの高校の世界ってなんて狭かったんだろうって思うくらいいろんな人たちと会ったんですよ。もちろんやっぱり自分がそのとき、高校でめちゃくちゃ落ち込んでたときに救いだったからこれだったら、何か勉強したいなというかちょっとやる気になるなっていうので、演劇系のことが学べる大学に行ったんですけれども。やっぱり全国からいろんな演劇を学びたいっていう人たちが集まっていたので、何か似てる人たちが多くて。ちょっと感受性が強い人とか、何か一つのことが好きでそれにのめり込むタイプの人とか、すごいたくさん出会えたので、その人たちと過ごしているのが本当に刺激にもなりましたし、良い友達にもなりましたし、そういう人との出会いにすごく大学のときは恵まれたなって思いますね。

大学は大学で途中でコロナがあったりしたので、コロナで演劇の活動ができなくなった時期もあったりして、その時期はすごい自分にとって演劇って救いだったので、何か表現できるとか、自分のそういう感情出せるというか。すごく自分は救われていたので、そういうもんだと思ってたんですけど。コロナっていう感染症を前にしちゃうと、やっぱりあの時期って公演中止とか、お芝居とかもできないっていう時期があったので。なんで、あまりにも無力だったんですよ、演劇ってそのときは。だからすごい自分が救いだと思って信じてきたものは、こういうときにあまりにも無力なんだってすごい悲しくなっちゃったときがあって。自分がここまで上京してまで来た意味って何だったんだろうって思うくらい、すごい悲しかった時期があったんですけど。その中でも自分が好きな舞台とかはどうにか感染対策をしながら、公演してくれたものとかもあって。それを当時配信とかで見てたんですけど、配信で見てたときにある役者さんが、やっぱり演劇には力があるって言ってくださって、舞台上で。例えば感染症を前にして、じゃあ治療できるかとかそういうものではないですけれど、科学とはまた違うのであれなんですけど。やっぱり心の栄養素というか、心にとっての何か力を与えるものだと思う的な、多分そういうことをおっしゃってくれたんですよ。それですごい泣けて。やっぱり演劇には心に何か栄養とか力とか潤いとか彩りとか、そういうのを与えてくれる何かがあるなと思って。その言葉を聞いたときがすごくやっぱり自分が信じて学びたいって思ったものは間違いじゃなかったんだなって思って。

だから、元々は演劇に関わるお仕事したいなみたいな気持ちで大学来たのもあったんですけど、結局自分が1人で生活していく、お金を稼いで生活していくっていう面では、自分は、多分演劇を仕事にできないなって大学生活で思ったところもあって。今は全然その演劇と関係ないお仕事に就いてるんですけども。でもやっぱり、演劇は好きだなっていうか、お芝居とか、そういう何か心を動かされるものは好きだし、好きでいていいんだって思えた大学生活だったので。それがすごく自分がその大学で学んだ意味だったからというか。すごく良かったし、自分がこれからも好きだって思うものには全力でいたいなというか、好きなものを好きだって言えるようになっていたいなって、今卒業してから思います。

のの:ありがとうございます。

まっちゃ:ありがとうございます。

未来:我が人生に悔いなしって言って死んだんですよ、うちのおじいちゃん。かっけーなと思って。

のの:まっちゃさんは5年10年後、あるいは死ぬときにどう思われていたいですか。

まっちゃ:ぱっと今死ぬときのあれなんですけど。小学生のときに祖父が亡くなっているんですけど、おじいちゃんが死ぬ間際ってか死ぬ直前に言った言葉があったらしいんですよ。母に聞いて、多分おじいちゃんが母に言って、っていう言葉なんですけど。我が人生に悔いなしって言って死んだんですよ、うちのおじいちゃん。かっけーなと思って。すごいそれを聞いて私の母もそういう人生を送りたいって言ってて、そうだよなってなんか今はすごい思うんですよ。かっこよくないですか、我が人生に悔いなしって。

のの:うん、かっこいい。

まっちゃ:70歳ちょいで亡くなった、72,3歳かな亡くなったの。なので、もうちょっと多分生きれたと思うんですよね、おじいちゃんの世代的にというか。おじいちゃん今多分生きてたら、80代だし、今って80代で生きていても全然おかしくないじゃないですか。だからすごく個人的には、小6でおじいちゃんが亡くなったのでめちゃくちゃ悲しかったんですよ。おじいちゃんっ子だったので、お葬式の後に熱出して倒れるくらいすごいショックを受けてたんですけど。だから、おじいちゃんに成人式とかそういう晴れ姿をあんまり見せないうちに、おじいちゃんは死んじゃったんですよ。それでも多分今までのその七十二、三年の人生を悔いなしって言えるのが、それまでどんな努力というかお仕事だっておじいちゃんの時代って、多分年功序列じゃないですけど、もっと厳しい時代じゃないですか、昭和の時代っていうか。だからそこを生き抜いた上で、悔いなしって言えるのかっけーなってすごい思って。

自分もやっぱり高校のときのコンプレックスがすごい強くて。そんなに希望持てずにいたんですけど、でも大学行って自分が学びたいこと学んで卒業できたっていうのもあるし、高校生のときに見えなかった世界っていうんですか。高校までってやっぱり国語数学理科社会とか、そういうのでしかあんまり世界を知らなかったけど、例えば大学に行ったりしたら、芸術っていう分野もあったし。例えば高校で習わない分野でも心理とか情報とか福祉とか、いろいろ幅広いじゃないですか、経済とか。そうやって物事を見たらすごい楽しいなって思って。楽しいし、いろんな分野に興味出てくるなって思えるので、自分が興味あるなって思った分野をその時々で広くでも浅くでもいいんですけど、何かやりたいと思ったことには全部手を出して、後悔しない生き方というか、それでやりたいこと全部やりきった上で、我が人生に悔いなしって言って死にたいなと思います。

のの:かっこいいですね。

まっちゃ:単純にじいちゃんのあれなんですけど。

のの:ありがとうございます。もしも、まっちゃさんが学生時代周りと馴染めていたら、今どういう人生になっていると思いますか。

まっちゃ:馴染めていたら、馴染めていたでもっと生きやすかったんだろうなとは思うんですけど、あんまり悩みすぎず、友達もいてってなってたと思うんですけど。最近は馴染めなかったり、悩んだ自分がいるからこそ、今の自分があるって思うようにしようってなってきてて。そう思えば病んだ経験とか、拭えない劣等感とか孤独とか、そういうのもひっくるめて私だし、そういう自分も悪くないなって思うようになってきたのもあるし、思うようにしようってなってるのもあるしっていう感じです。だからどうなんだろう、戻れたらやり直したいですけど。でも戻れないんで、これはこれで悪くない人生かなと思うようにしようって思ってます。

のの:はい。

まっちゃ:あと欲を言えば、多分繊細なんだと思うんです、自分がすごい感受性が強いとか繊細とか。そういうので、多分他の人が1悩むことを10で悩んだりとかしてるみたいなところがあると思うので、でもそれは自分の強みといえば強みだし、弱みといえば弱みなんですけど。どうせ強みだったら、せっかくならそれを生かせる何かないかなって、漠然と考えているところではあります。難しいですけどね、繊細な人が向いてる仕事って何だろうとかって調べたりしてるんですけど、結局、多分自滅するっていうか。
例えばカウンセラーとか出てくるんですよ、調べると。確かにわかるって思うんです、人の話に共感とかできるしって思うんだけど、あれはあれで割り切らなきゃいけない仕事じゃないですか。感情移入しすぎちゃいけないみたいな、それを考えると多分自分は感情移入しすぎて、下手したら共倒れしちゃうんじゃないかなとも思うので、何か良い仕事ないですかねって思っちゃいますね。この繊細なあれを生かせる何かはないのかなって日々考えてる感じです。

のの:ありがとうございます。

まっちゃ:ありがとうございます。

のの:ではもう最後の質問になるんですけど、最後に言い残したことはありますか。

まっちゃ:言い残したこと。結構noteでいろんな今までの無名人インタビューとか結構見させてもらったんですけど、だからいろんな人が読むのかなと思って。もしその読む人の中に、ちょっと学校行きづらいとか、もしもそういう自分の高校時代と似たような境遇にいて、読んでる人にそう言う人がいれば、そういう人に何か届くといいなって思うんですけど。今もしかすると自分がちょっと居ずらいなっていう世界というか環境かもしれないんですけど、もうまじでめちゃくちゃ世界広いんで。
絶対自分の居場所はどっかにあると思うので、それをゆっくり長い目で探して欲しいなって思います。なんか、すごい諦めたくもなっちゃうけど、そういう自分が居づらい環境にいると、ちょっと人生を諦めたくなっちゃうし、私もそんな気持ちを抱きながら高校生活を送ってたんですけど、多分どうにかなるんで、どうにかなるし私も居やすいって場所も見つけられたし、今も模索してる途中というか、本当に自分が居やすい場所ってどこだろうと探してる途中なんですけど、絶対あると思うんで、どうか生きててほしいなって思います、そういう人たちがいたら。

のの:ありがとうございます。

まっちゃ:ありがとうございます。

あとがき

まっちゃさんは、お話が上手くてさすがは演劇部だなあと思いました。でも私はまっちゃさんのお話を聞くまで、演劇部の人というと、すごく自信があって華やかで順風満帆な人生を歩んできた人ばかりなんだろうなと勝手に思っていましたが、これは勝手な私の思い込みだったんだなと気づかされました。感受性が強かったり、繊細だからこそ、多くの人を魅了させる演技が出来るのだなと考えるようになりました。私自身も学生時代、居場所がなくて病んでいた時期もありましたが、社会に出てからは、すごく小さな世界で悩んでいたんだなと知ったので、今悩んでいる人たちも、辛いとは思いますが、諦めないでいて欲しいです。

【インタビュー・編集・あとがき:のの】

【文字起こし:komima】

【編集:のの】

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