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即興演劇に出会ってなかったらガチめに死んでたなと思う人

即興劇(そっきょうげき、英: Improvisational theatre)は、台本を用意せずに、即興的な演技手法を用いて、俳優が自発的に演じる形式の演劇である。たんに「即興」とも、インプロヴィゼーション(improvisation)、インプロブ(improv)、インプロ(impro)とも呼ばれる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B3%E8%88%88%E5%8A%87

ということです!
かねてから! 私は無名人インタビューはお芝居だって言っていますが、人間って結構、役割がないとね、話せなかったりするもんなんですよね。
会社の営業って役割、息子の母親って役割、ボランティアをして人助けをしている役割、とか。
誰誰の息子で、その息子の息子であるという役割だってあります。
家を継ぐとか。山を守るとか。21世紀のこの街を守るとか。
いろいろあるね。
これはペルソナって呼ばれたりする。社会で生きる上で、本来の自分とは違った仮面のこと。
このペルソナを外すために、新たな役割、配役が必要になってくる。
無名人インタビューでは、話し手と聞き手です。この役割を与えられることで、一方的に話すという機能、一方的に聞くという機能を果たすことができる。
そして精神的には、話すことで自分が本来考えていたことに気づく。既存の日常的なペルソナをかぶっていたんでは、分からなかったことね。
で、ペルソナを脱ぐことによって、みずみずしい力を手に入れる。
ああ、本当の自分ってこう考えてたんだな、て。
ってこれってまあ、引き寄せの法則とやってることは同じなんですねえ。
自分自身の価値を自分で認め、否定せず、自分で考えて自分で行動せよってね。
演劇が太古からあることの意味を理解します。
他人に付けさせられた仮面を捨てることで、多少、世の中が良くなればって思うよ。ということで今日の無名人もよろしく楽しんでいってね。ありがとう。(主催:qbc)

今回ご参加いただいたのは 中島早紀 さんです!

現在:自分の中でインプロってなんだろう、もう人生になくてはならないもの

山田:今、何をしている人でしょうか?

中島:主な時間をコールセンターで働いてるのと、あとはゆくゆくはですけど、取材したりとか、カメラでちょっと小劇場界隈の舞台写真撮ったりとかそういう取材全般のことで生きていけたらいいなっていう感じです。

山田:趣味などはありますか?

中島:趣味が取材になってるんですよね。趣味が仕事。
ここ1ヶ月ぐらいでそうなってる感じです。写真撮ったり、お仕事もいくつかいただいてるので、そうですね、好きなことが仕事になりつつありますね。まだ比重は全然ですけど。

山田:現在のコールセンターでの仕事はどれぐらいやられてるんですか?

中島:4月からなんで、6ヶ月ぐらいですかね。でも、言っていいのかわかんないですけどすごい暇ですね。
受電なんですけど、全然電話こなくて、1日に10人話せたら多いかなみたいな。ずっとほとんどずっと座ってるだけですね。
久しぶりに趣味ってなんですかって聞かれたなと思って。
なんですかね、なんだろう。
趣味がどの基準の種類なのかが全くわかんなくて最近。ここ半年ぐらいでインプロっていう即興演劇を始めたんですけど、なんだろう、それが趣味という言葉では自分の中で全然しっくりこないんですけど、世間的に見たらそれは趣味なのかなと思ってます。

山田:しっくりこないっていうのは?

中島:自分の中で趣味って軽いものだなと思ってて。音楽を聞くとか本を読んだりするとか。
でも、自分の中でインプロってなんだろう、もう人生になくてはならないものというか、それをやると日常と逆の考え方をするんですけど、すごく影響を受けたというか。
これ言っちゃいけないかなって思うようなことを言ったりとか。
日常と全く違う考え方をするので。インプロやればやるほど、人生もすごく自由になってきた感があって、説明が難しいので、私の衝撃的な体験が1個あるんですけど。

中島:この記事なんですけど、すごくバズって、予想外に。
他の記事は見られてても100とかがいいとこだったんですけど、これはもう1万とか見られてて。

ずっと舞台をやりたいなって中学生ぐらいから思ってたんですけど、やっぱ芸大とか高いじゃないですか。
だから諦めに諦めて、演劇やろうって思ってちょっと社会人の新卒の会社を辞めてるんですけど。それで違うなって思って。
もう、ワークショップ行きたいなってワークショップ行って、そしたらそこでたまたまインプレやってる人とTwitterだけ交換して、インプロ教えてるインプロアカデミーっていう団体があるんですけど。そこに通ってた人。

その団体を見学して、オンラインでインプロやってるコミュニティを紹介してもらったんですけど。
その中で初めましてのお客さんとインプロショーをするっていう企画をやる人がいるよって教えてくれて。で、忍に翔ぶって書いて「おしょう」って読むんですけど、この忍翔さんが、29歳以下の俳優に無料で演技指導しますみたいな。この人は本当に演劇だけでご飯食べてる人なんですけど。

その企画に俳優になるつもりがないのに応募して、受かっちゃったんですけど。
私はイレギュラーで受かったというかクラウドファンディングでドキュメンタリー映画を作るからそれの記録をやってくんないかって逆に言われて。
なので、本当はいるはずのない枠だったんですけど。受かってしまいましたね。この話が2月末にあって俳優指導のお話に参加するってことは決まってたんですけどまだ顔合わせ前で実質初めましてだったんで、初めましてのお客さんと舞台やるって正々堂々と言ってるんだったら、立てるなと思って。
前日にTwitterのスペースっていう機能があるじゃないですか。それで質問がある人上がってきていいよって言われて。
その時ってインプロかじりたてだったんで全然訳わかんなくてショーにするってどういうことなんだろうみたいな。だから台本って起承転結がちゃんと決まってるからそこに行けるけど、即興て決まってないからどうやって行くんですかって聞いたら、元々見に行くつもりにはしてたので、明日来てくれるよねって言われて、はいって言ってちょっと明日舞台に立ちたいと思ってるんですって言ったら、じゃあ明日やろうよって言われて。
明日やろうよとは、みたいな。
そんなこんなで、初舞台がまさかの台本も稽古もないっていう。
これがきっかけでこの人の個人のアシスタントにもなっていくんですけど。

偶然その舞台立ったときは3月の16日だったんですけど、私の2日後が誕生日で、26歳になったんですけど。
25歳のうちに舞台に立ちたいな、25歳のうちまでに舞台に立ちたいなっていうのをずっと中学ぐらいから漠然と思ってて、思ってただけだったんですけど、ギリギリ滑り込みで叶うっていうもう舞台立てないなってその3日前まで諦めてたんですけど。
だからもうなくてはならないというか。そうですね、多分、世間から見たら趣味に映るのかもしれないけども、私からしたらすごい知らない世界に飛び込むとか、日常と逆の思考やってるのがいつの間にかそのインプロをやってるし人生を生き始めてるので、それで取材とかにも興味が湧いたんですよね、そのアシスタントでいろいろ俳優たちの記録をしていった中で。

だから全然別に仕事とかでも書いてなかったので、noteは。
俳優指導の選考中にTwitterでリプを送ってて、忍翔さんに。すごく選考を悩むなっていうツイートをされてて。就活とかでもそうですけど、オーディションみたいなところで主催者の人が悩むなって正々堂々と言ってるのを初めて見たなと思って、ちゃんと選んでくれてるんだなって。すごい悩んでるって言えるの素敵ですねって言ったらそれを覚えてらっしゃったらしくて。
そこで私がTwitterにnoteのページを貼ってたので。それでnote見て、じゃあアシスタントやってくれないって言われた感じだったので、もう今年に入ってから、頭はもうその3月の、16日で止まってるんですね、理解というか。本当に頭が理解できない世界って面白いんだなって思いますね。

山田:今はコールセンターの仕事とインプロの二重の生活みたいな感じなんですか?

中島:そうですね。自分でいろんなインプロのワークショップとか行ってるので、それを知り合いにシェアしたりとかやってます。あとは忍翔さんとまた11月に舞台をするので、それに向けて席埋まるかなとかって冷や冷やしてるところですね。

山田:近々で楽しかったこととかありますか。

中島:近々で楽しかったこと。
嬉しいっていうことの方がすごい多くて。自分が全く考えもつかなかった世界に今いるっていうのがすごく嬉しいですね。インプロとかやってて、人の目が輝いていくのを見るのがすごく好きだなって思ってて。
楽しいより嬉しいが最近勝ってますね。今まで全部楽しいが先行してたんですけど、インプロやってるか働いてるかって感じですね。あとは記事書いたりとかですね。取材とかで生きていくって決めたの本当9月頭ぐらいなんですよ。
それで今、お仕事決まってるのが3つあって、4件目がこれから打ち合わせかなみたいな話なんで。ここ1ヶ月ですごいなって、そのうち自分からちょっと取材させてくださいって言ったのは1件だけなので、あとはもう知り合いとかがサイトとかnoteの記事を読んで依頼してくれたりしてるので本当に嬉しいなっていう感じですね。
もう今年の3月からもうその初舞台のあったときから本当に毎月毎月大きいことがあって。今までで多分一番自由な生き方ができてるなって思いますね。

過去:親が1年間せっかく行くんだったら日記持っていきなって日記をくれるんですけど。それが書くことの一番最初の始まりだったような。

山田:子どもの頃は、どんな子どもでしたか?

中島:小学生まではすごい活発でしたね。いとこがほとんど男なんですけど、その影響ですごい男子とよく遊んでて。
私、小学校を3つ変わってるんですけど。

演劇部入ろうって思ってちょっと離れた学校に行ったんですけど、知り合いが1人もいない。演劇部に入りたいがために。でも、やっぱ理数系が悪くて、入って2ヶ月で退部させられるんですけど。
結構おとなしい子って見られてて、人見知りが発動してたのもあるし、すごい本読むの好きだったんで図書館行ってて、でも自分の中では全然なんだろう、おとなしい子ではないというか。ただ、普通に知り合いがいないから話せないっていうだけだったんで。
演劇部辞めてからは、英語部っていうただ外国人の先生と仲良くお話するみたいなところにいただけだったんで。だからそのときに結構おとなしいって見られてるんだなって気付きましたね。

山田:卒業してからはどういった進路になったんですか?

中島:高校卒業してからは、やっぱりまた演劇やりたいなって思っちゃって。でも、学費高いし経験してないしってことで。地元が福岡の田舎なんですけど、ちょっとでも上に行きたくて、でかい劇場とか劇団とか来るよなって思って。
舞台にはまったきっかけが堺雅人さんが初めて主演をやったドラマを見たのがきっかけだったんですけど。それで、堺さんって舞台出身なんだみたいな感じで.
劇団新感線っていう古田新太さんが所属してる劇団があるんですけど、それをDVDで見て、これを生で見たい。でも、当時福岡とかに来てなかったんで。
私、日本史が私めちゃくちゃ好きだったので、日本史勉強したいっていうのが3割、ちょっとでも上に行きたいっていうの7割で、奈良の大学に行きましたね、歴史系の大学に。
文化財学科っていう学科なんですけど、それが日本で初めてできた大学なんですよね。そこに行って舞台とか見に行ってましたね。大阪の方に。

山田:中島さんの家族構成とかってお聞きしても大丈夫ですか?

中島:家族は父と母と双子の妹がいます。あとは祖母。父の実家にみんなで住んでるっていう感じですね。

山田:歴史系の大学に行かれた後は、コールセンターの職業までどういった職業されてたんですか。

中島:1個目は飲食店の正社員をやってて、それでちょっと俳優とか演劇に絞りたいなって思って。大体1年半ちょっとぐらいで辞めて、携帯会社のコールセンターに入って。
そこにいるときちょうどコロナだったんで、演劇もできないなって。演劇始めたらもうなんだろう、沼にはまるというか、自分で目に見えてたのでやってないですけど、今まで我慢してきたものがやっぱ爆発するよなって思って。
じゃあなんだろうなって思ったときバナーとかホームページとか作るWebデザインをオンラインで学んで携帯会社に勤めながらコールセンターやりながらそこの勉強を半年ぐらいやって。
今の会社は一応正社員で、日中この今のコールセンターで働きながら空いた時間にITの研修とかをしてエンジニアとかなっていくみたいな会社なんですけど、いかんせんちょっと入社した頃と考え方がもう変わってきてるので、もう今の会社は今年いっぱいで辞めますね、っていう感じですね。

山田:どういった経緯で演劇に興味を持たれたのでしょうか?

中島:小学校1年生から大学生、一人暮らしするまで合唱団をやってたので。その影響は
めちゃめちゃあるなと思って。スポットライトを浴びるのすごく好き。
でも中学校で吹奏楽とかもやってたので、やっぱ定期的に舞台に立ちたい、立ってないと落ち着かないみたいなのがあって。
合唱でも1,000人規模ぐらいのホールやってたので、インプロ始めて初めて少人数で舞台に立つってことをやったときに、私、舞台に立つの怖いんだって気づくんですけど。
団体で立ってたから怖くなかっただけなんだってことに気づくんですね。でもスポットライトはすごい好きですね。

山田:小学校を3つ変更されたってお話だったんですけど、なぜですか?

中島:2年生の時に行った学校は、多分ポストにチラシかが入ってたらしくて。
うろ覚えなんですけど、妹も私も受けて、倍率が多分すごかったんですけど、だからもう絶対受からんだろうと親は思い込んで、でも人生経験にお受験は外の世界を知るいい機会だなと思って受けさせて、私は全然記憶なくてスッゴイ楽しい塗り絵をしたみたいな記憶しかないんですけど。
そしたらテストとくじ引きがあって、くじ引きで私だけ通ってしまったっていう、周りの人全員、予想外なことになっちゃったっていうのが2つ目の学校のときで。
山村留学に行ったときは、当時私も勉強について行けないっていうフラストレーションがあった。妹も事情があったし。
妹の当時担任の先生の甥っ子がその山村留学に行ってよかったよみたいな話を母が聞いてきて、じゃあ山村留学どうって聞かれて、実は5年生のときにも言われてたんですけど、5年生のときは嫌だって言って即答したんですよね2人とも。
でも6年生になるタイミングでもう一回言われて、辛かったし行こうかなって思って。
私と妹は山1つ挟んで全然違う場所に山村留学に行きましたね。私は別に一緒でも良かったんですけど妹ががんとして私と一緒のとこ嫌だって言って別々の、山1個はさんだところに行ったっていう感じですね。

山田:1年間いかがでしたか?

中島:1年間めちゃめちゃ楽しかったですね、知らないことしかないから。福岡の人が多かったんですけど一番遠いところだと私のとき大阪から来てた子がいたので。
関西弁ってこんななんだみたいな。最初やっぱりテレビでもそうそう関西弁て聞かなかったんで、とか、スッゴイ気が強い子がいたので当然いじめられたりもしたんですけど。
一応大人の人とも住んでたんですけど、やっぱりそういう子って頭がいいから大人がいないとこでいじめをするんですよね。だから、頼れないなというか、もう本当に頼れるのは自分しかいないんだなっていう。

一歩大人の社会みたいなものは経験しましたね。
この子とうまく付き合っていかないと、1年間過ごせないぞみたいなことを学び、何とか何とかうまい付き合いをする術を知ったので、5月以降ぐらいからはまあまあ良くなってはいたんですけど。やっぱ自然に触れられたっていうのは大きかったですねもう。学校がない日とかご飯食べる以外全部外にいたので。
探検しまくってもうテレビもゲームも禁止だったので。
月に1回みんなで住んでる共同施設にあるDVDを見せてくれるみたいな日があったりとか、お誕生会とか毎月ケーキ手作りとかってあったりしたんで。それがあったのはすごい良いなって思いますね。今も結構緑がある場所が好きなんですけど。懐かしいって思うんですよね。

山田:このときは勉強はどうでしたか?

中島:勉強は相変わらず算数理科はできなかったんですけど、5年生のときまでいた学校よりか全然強制力もないし、どうせって言ったらあれですけど1年間で卒業する学校でもあるから先生もそんなきつく言った記憶もなかったんで、全然勉強は楽だったな。
ってその6年生のとき、親が1年間せっかく行くんだったら日記持っといでって日記をくれるんですけど。それが書くことの一番最初の始まりだったような気もしてて。
学校で詩を書く課題が出たんですけど、私すごい納得いくまで書きたいと思って書き直したいと思っちゃって、当時そこでは夜9時に寝るっていうのが決まりだったんですけど、私もうお風呂20:00くらいに上がって多分1時間ぐらい書いてましたね。
ああでもないこうでもないって詩を書いて、本当に寝なさいって言われるぐらいまで書き直して書いた詩が、卒業文集に載ったので、そのときに書くっていうことにこだわりがある人なのかもしれない自分はって思いましたね。

未来:本当にもう絶対に自分を殺すことはないと思うし、本当に、本当の意味で人生が今年から始まっていくんだろうなって。

山田:今から未来の話についてしていこうと思います。中島さんは5年後10年後はどうなっていたいなどあります?

中島:今の自分が想像できない世界にいたいなと思ってて。
カメラとか取材とか、仕事で今はそれだけで食べていけるなんて思ってないから。まずそうなったらいいなっていうのが1個と。
あとはインプロ関係でもっと広められたりとか、結構企画したりとかもすごい好きなので、今舞台の制作やってて思うので、インプロやってる人たち、インプロバイザーをもっと演劇を知らない人たちにどう見せていくかなとか、どう広めていくかなみたいなことに貢献できたらいいなって。プレーヤーとしても舞台写真を撮るにしても、思いますね。

山田:どのような死に方したい、死に様みたいな。考えたことありますか?

中島:大学のときに先輩が、いろいろあったけど楽しかったって言って大学を卒業したいって夢を聞いたときに、私もすごいいろいろあったけど楽しかったなって死ねたら、それでいいかなっていうのは思うんで。
夜寝てそのまま起きなかったっていうのが、そのまま死ぬっていうのが理想ですかね。

山田:中島さんの人生で、インプロっていう存在がなかったらどうなっていたと思いますか?

中島:ガチめに、多分死んでたなと思いますね。心を自分で殺したことがあるので。多分殺し方は知ってるんですよ。だからあとはもう多分肉体的な問題だけだったような気がしますね、なかったら。
すごく簡単なんですけど、植物に言葉かけてあげるといいみたいな話って聞くじゃないですか。それと全く逆のことをすればいいんですよね。
自分なんて生きてる意味がないとかただ自分に言葉として言い続ければ、頭が勝手にそう思ってくれるんですよね、不思議なことに。
ということを、私、前同じことをやったので。社会人上がるタイミングで。
私は会社員になりたいんだって自分を自分で洗脳したんですよね。そしたらもう社員なりたいよねって勝手に思っちゃった頭が。半年ぐらいでその効果が切れちゃうんですけど。
ということを多分1回やってたんで。コロナで演劇のワークショップに行こうって思わなかったら、またもう1回同じことできちゃうから、もう1回やってたかもしれないですね。
今はそれを逆手にとって真逆のことを自分に言ってるので。で、もう頭がそうなってくるので、そんなに心配しなくても大丈夫とか、こう思ってるのは自分だけで相手は絶対そんなこと思ってないからみたいな。
ちょっと怖いと思ったことを言っていいからみたいなこととか今度は逆に使えるようになったので、よかったなと思いますね。

山田:言霊みたいな感じ?

中島:あると思います。それは結構演劇のワークショップとかでも言われる話なので、自分が目で読んでる戯曲と、実際に声を出して読んでみたら全然感情が違ったみたいなこともあったりするので。それ、わかるわかるってなりますね。

山田:インプロがあることによって、中島さんの未来はどう変わっていくというか、どんな未来が待っているかなって想像しますか。

中島:初舞台であったその忍翔さんが持ってる考えが、もうあなたには必要なものが既にあるよね っていうもので。
その精神で私にも接してくれたので、私でいいんですか? っていう考えとかがなくなってきて、自分で自分に許可を出せるようになったので、好きなこと全部やっていいよって。
演劇のワークショップとかどんどん行っていいよって。それが結構自由になれてるので。
本当にもう絶対に自分を殺すことはないと思うし、本当に、本当の意味で人生が今年から始まっていくんだろうなって。それはこれからも変わらないだろうなって思いますね。
結局想像ができるってあんまり面白くないのでインプロでもそうなんですけど先がわかってるものって見れたとしても知ってた知ってたみたいな。全く想像もつかないところに来たときに凄いってやっぱ何でも感動するよなって思うので。
自分の考えが全く及ばないところにインプロやってるといけるって気づいたので、そうなってるだろうなって思いますね。今自分が考えもしてないところにいるんだろうなって。ひょっとしたら海外に行ってたりとかするのかもなとか。

山田:今年いっぱいで今の仕事をお辞めになるっておっしゃってたんですけど、来年以降はどういったことをしようかと思っていますか?

中島:来年以降は、どのみち生きていかなきゃいけないので、派遣みたいなことはしつつ、舞台写真とか、この前初めて個展を取るみたいなことを頼まれてやったんですけど、お呼びがかかれば舞台写真とかやりますとは思ってますし。
でも、自分の中で演劇に救われてる部分が本当にあるから、演劇の世界に恩返しをしていきたいなっていうのはあるので、そうするために今アシスタント卒業したんですけど、忍翔さんのためにできることはないかなとか、インプロやってる人たちのために自分が取材したりとかで広められて。
誰かと誰かが繋がっていけばいいなみたいなことを思いますね。
もう本当に、全然決めてないんですけどもう未知が楽しいみたいな感じなんだよね。

山田:お墓まで持ってきたいものとかはありますか?

中島:何だろうね。日々のあれやこれやを書いてる手書きのノートがあるんですけど、それはちょっと持っていきたいなって思いますね。
自分が本当に一番つらいときに書いてるノートもあるし、今の未来を予言するようなことも書いてたりするので、軌跡というか、自分のたどってきた道、みたいなものを表現してるの私にとっては言葉なので、持っていきたいなって思いますね。

山田:それを持っていくことで、死んだ後の世界の人生っていうのはどうなりますかね?

中島:死んだ後の人生は死んだ後の自分におまかせって感じですね
ね、生まれ変わりがあるのかも正直わかんないし。ひょっとしたら雑草になってるかもしんないし。
また人間やれるんだったら、また好きな事をやればいいって感じだし、ですね。

山田:最後に言い残したことはありますか?

中島:3月まで私もインプロって普通の演劇みたいにできるんだろうかって思ってて。でもそれを自分が今やるので、それを見て欲しいなっていう感じです。
私っていうより、忍翔さんのすごさを見てほしいなっていう感じなので、特設サイトのURLを送りますね。ちょっと私が特設サイトを作りました。
配信のアーカイブもありますし、個人的には公演終了後に忍翔さんとオーディオコメンタリーを録るので、それが個人的に一番楽しみにしていることなので。
会場が小さいところでやるんで。あと14人ぐらいかな。
なので、記事読んだ人がへえって言って来てくれればもうそこで満足です。

あとがき

記事を読んでくださった方ありがとうございます!!!山田です。
みなさんはインプロをご存じですか??私は初めて知った言葉でした。インタビューさせていただきながら、中島さんの“インプロ愛”が暖かい声と雰囲気からひしひしと伝わってきました。人とのつながりによって変化されている中島さんです。未来のお話では、「未知だから楽しい」と語る中島さん。将来が見えないから不安と思う人が多いと思うので、面白いと感じました。何年か経った後にまた、この記事を読み返して振り返っていただけたら、違った変化があり興味深いと感じました!この度はインタビューありがとうございました。

最後に、中島さんの出演するインプロの詳細です!皆さんチェックしてみてくださいね!

インタビュー担当:山田

編集協力:生きにくい釘

#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #演劇 #インプロ


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