生まれ変わっても私は私に生まれ変わりたい人
むかしむかし、ある村に、己還(おのれかえ)という若者が住んでいました。己還はいつも「生まれ変わっても、また私に生まれたい」と語るのでした。
村人たちは不思議に思いました。
「なぜそんなことを?もっと違う人生があるでしょう」
己還は穏やかな笑顔で答えました。
「私の人生には、苦しみも悲しみもありました。でも、それも含めて、私は私の道を愛しているのです」
村の賢者が己還に尋ねました。
「もし王様や英雄に生まれ変われるとしても?」
己還は首を振りました。
「私の喜びも、私の悲しみも、私の出会いも、すべてが私を作っています。違う人生など、想像もできません」
後に己還はこう語りました。
「自分の人生を選び直せるとしたら、また同じ人生を選びたい。それは最高の自己肯定ではないでしょうか」
そして「己の道を愛せる者は、真の幸せ者なり」ということわざが、この村から広まっていったとさ。
めでたし、めでたし。
と思う2025年3月11日16時26分に書く無名人インタビュー1030回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは うま子・ファンタジー さんです!
年齢:30代後半
性別:女児
職業:住所特定ほぼ無職、現:障がい者就労支援施設支援員、元WEBディレクター、グラフィックデザイナー
現在:収入が安定するまでは、もう、「社会復帰のリハビリに専念せぇよ」っていうことなんかなって
qbc:
今何をしてる人でしょうか?
うま子:
今はリハビリ中で、社会復帰に向けて苺摘みをしてます。
qbc:
いちご摘み?
うま子:
いちご摘みです。
qbc:
果物の苺ですか?
うま子:
果物の苺を収穫する作業を、就労継続支援B型作業所っていう施設で、障害者さんが社会復帰のために働くことを支援する生活支援員として、支える側としてやっております。パートですけど。
qbc:
いつ頃から今の状況になられてるんですかね?
うま子:
このパートを始めたのは今年の1月からです。心機一転っていう形で。
qbc:
その前は?
うま子:
その前は、元々、3年前ぐらいまで、東京で5年間ぐらいWebディレクターをしてたんですけど、祖父の介護と父のがん闘病があって、「ちょっと関西に戻ってきてくれ」と言われて関西に戻ってきました。
それを機に退職して、実家の近くで一人暮らしをしてます。昼間は正社員だとやっぱりちょっと難しいものがあるなーと思って、しかももう自分は、8時間・週5で働くのがちょっとしんどくなってたんで、お休みする、人生のちょっと休憩かなと思って、パートをしてました。それが場末のキャバクラです。
キャバクラで10ヶ月ぐらい奮闘しながら、呼ばれたら実家に通って、おじいちゃんの介護とか家のことを手伝ってました。
qbc:
3年前に実家の関西の方に戻ってキャバクラで働いて?
うま子:
で、結婚相談所でもパートして。それで2回の婚約破棄を乗り越え、今があるって感じですね。
qbc:
あ、就労支援施設にいる理由っていうのがちょっと見えなかったんですが。
うま子:
見えないですよね!脈絡ないですもん。笑 もうそろそろ、心の傷も体の傷も癒えてきたなっていうところで、パートから社会復帰していこうと思ったときに、
求人見てて障害者さんの支援をする仕事っていうのはこれから増えていくだろうしって思ったのがきっかけで、その求人を見てピンときたかんじもあって決めました。
あと、私自身、実家が天理教をやっておりまして。天理教の末端の教会の娘として育ったんです。実家には児相から保護された里子を預かったりしていて、その中でちょっとグレーゾーンというか、この子ちょっと発達かなみたいな子とかも一緒に暮らしていたり、
友人の子供が自閉症だったりと、そういう周りの環境や事情があって、そういう障害で一般就労できなかったり、保護されるべき人たちの何かサポートができる人でありたいなと思って応募したんです。
あ、あと作業がイチゴの収穫だってかいてあったので、市場に出せない苺とか食べれるかなと思って応募しました(笑)
qbc:
聞き取りにくかったんですが、天理教ですか?
うま子:
はい、天理教です。天理教っていうのは奈良市の天理市を本拠地とする江戸時代に始まった4大新興宗教の一つで、日本史にも載ってて。きっと歴史の授業でちんまりと書いてあったと思うんですけど。知らない人は知らないですよね、とくに関西圏じゃないひとは知らないと思います。「おじばがえり」とかで子供のころにあそびにいった~っていう人はたまに聞きます。奈良県のひとはだいたい、あ、天理さんね~っていい風にとらえてくれる人が多くて、先人に感謝です。
今話題のまじのカルトとかそういうものではなくて、きちんと政府に公認されたものですね。
qbc:
今は、どんな日々、どんな感情で過ごされてるんですか?
うま子:
今は・・・うーんなにか書いたり作ったり生み出したい気持ちがあります。まずnoteを書くきっかけになったのが、いろいろ自分のことを書いていこうかなって思って。新年やし1月からえいやって始めて。
それはなぜかというと、この2、3年にすごく自分が、なんだろうな、これからの生き方をすごく変えさせられるような出来事が頻発したんですね。
親との衝突だったり、あと婚約破棄が2回続いたこととか。
あとはちょっとショックが重なったというか、過度なストレスに何回もさらされて鬱状態になってしまって。実はここまで外に出られて仕事できるようになるまで1年ぐらいかかってるんです。
なので、ゆっくり無理せず、まずは家から決まった時間に出て、仕事をして社会貢献して人と関わって、それが誰かの役にたつものであればいいなっていうふうに思いながら生活しています。
qbc:
シンプルな感情で言うと?
うま子:
リハビリですね。
qbc:
もっと原始的な、喜怒哀楽とかそういうシンプルな感情を知りたいです。
うま子:
喜怒哀楽ですか?今の生活で?
qbc:
はい。
うま子:
うーん、喜怒哀楽は特になくって、今本当に無って感じです。フラット。
qbc:
リハビリとかって、めちゃくちゃ社会っていうか。そもそも社会に戻る、復帰するっていう意味じゃないですか。だから、それ以前になんか人としてどういう気持ちですかね?今、生き物としてどういう気持ちなのかなって。
うま子:
もう必死ですね、生きていくために。
qbc:
なるほど。
うま子:
はい、必死で頑張って、リハビリしてます(笑)
qbc:
苦しい、苦しくないで言うと?
うま子:
苦しくはないです。しんどいですけど。体力的に、やっぱり暑さ寒さとかがあるので、ビニールハウス入ったり出たりとか、イチゴ以外にも農作業があるので。例えばずっと外で作業して、障害者さんの話聞きながら寒いところでちょっと座って話したりとかがあったり、重いものも運んだりっていうので、体力的なしんどいなとかいうのはあるんですけど、社会復帰のリハビリとしての仕事で、苦しいという感情はなくて、とにかく「無」ですね。
行きたくないとかもないですし。あ、朝はもう少し寝たいとかは思いますけど。笑
フラットな感じです。
qbc:
楽しい、楽しくないだと?
うま子:
楽しい・・・かな。やっぱり苺のお世話は楽しいなとは感じます。
qbc:
寂しい、寂しくないだと?
うま子:
寂しいは…これは何て言ったらいいんやろう・・・。
この状況、今の私のここ2、3年のつらかった出来事とか大変だって事があるなしに関わらず、寂しさは今年39になる、今38なんですけど、バツイチで今お付き合いしてる人がいなくて、今もそれどころじゃないっていうところで。
子供ももう持てへんのかなっていうところと、将来私どうするんやろうっていうところと、仲いい友達はみんな結婚してるっていうところでは、寂しさは感じます。
qbc:
なるほど。
うま子:
この年代のバツイチ独身女性としての、一般的な寂しさですね。
qbc:
苦しい、苦しくないでいうと?
うま子:
苦しい。お金がないことが苦しいです。例えば結婚相談所に登録しようかとか、マッチングアプリに登録して会ったりデートしたりしようかって、できるんですけどお金がかかるじゃないですか。交通費だったり、課金だったり。それができないのが、狭めてるというか、行動できる範囲を。
でも逆に、その収入が安定するまでは「もう社会復帰のリハビリに専念せぇよ」っていうことなんかなっていうふうに納得して、今は過ごしてます。
まぁご縁があったらそのタイミングでご縁がある人と出会えるんじゃないかなみたいなところもありつつ、寂しさも感じているっていうようなところですね。
qbc:
なるほど。今、苺摘み以外には何してるんですかね?
うま子:
苺摘み以外には、お仕事としては、個人事業主の登録はしてないんですけど、フリーランスとして、昔デザイナーをやっていたので、名刺だとか紙物のデザインをちょこちょこ、友人やその知り合いとかから受けたりして、たまにそういった形でちょっとしたおこづかいを得たりはしています。
あとはnoteを毎日書くことを今は頑張っていますね。
書きたいこと書いて、チップとか貰えたらうれしいな~ってかんじで。笑
qbc:
婚約破棄の話って、どれぐらいのボリューム感がある感じですか?話として。
うま子:
傷が癒えて笑い話にできる感じになってきたので、「そや、noteのネタにしたろ」って思って始めたんですよ。なので、今noteで連載をしてて、その婚約破棄に関しての記事はシーズン1で、マガジン16本あります。シーズン2も今連載中です。大体1000字から2000字の記事が、16本ぐらいある感じですね。
qbc:
それは2人分で?
うま子:
いえ、シーズン1で。シーズン2はくそ雑魚子供部屋おじさんだったんで、シーズン1よりはあんま書くことないかな~って感じです。今シーズン1の書き終えたぐらいなんですけど、それは弁護士入れる話にまでなったんですよ。
qbc:
ごめんなさい、ちょっと整理させていただくと、実家のある関西に帰ってきたと。
うま子:
はい。実家の近くで一人暮らししてます。
qbc:
はい。で、婚約者は実家に帰ってきてからできたってことですかね?
うま子:
はい。関西に戻ってきてから出会った9個下の男の子ですね。
qbc:
その時20代ですか?
うま子:
わたしは30代、彼は20代です。一目惚れされたみたいな。
一目惚れしたみたいな感じで声かけられて、いや、私バツイチやしって断ったんですけど。そのとき彼にも付き合ってる彼女がいて、相談のってたんですよ。
めっちゃ若い男の子なのに、でもわたしがすごいタイプだったらしくて。私の顔面が。笑
まぁLINE交換するじゃないですか。そのあとも、すごい積極的にご飯に行こうご飯に行こうという感じで誘われて、なんとなく会っていて。
そしたら相手はガチだったみたいで。もうキャバクラもやめてほしいし、もう彼女と別れるし、結婚前提と思ってるから付き合って欲しいって言われて。もうそこまで考えてるんや、いいの?みたいなね。
9個も上やしバツイチだしほんまにいいの?と思ってたんですけど、それでもいいって言うから、ほな付き合いましょうかってなりましたね。
qbc:
婚約破棄に至った経緯っていうのは?
うま子:
これは完全に彼の人格がやばかったのと、彼の両親がやばかったんですけど。
まず例えば、お正月に帰ったときに、親とかに今どうしてんの?みたいなこと聞かれたら言うじゃないですか。今こういう人と付き合ってるよ~みたいな。
彼が自分の親に、付き合ってる人いるって話したときに、私がバツイチで、9個上っていうことを話したら、そのスペックだけでもう向こうの親に全拒否されたんです。会ってないんですけど、ご両親とは。
まぁまぁ、でもわかりますよ、親からしたら気持ちは。9個も上のバツイチのどこの馬の骨ともわからん女に息子が誑かされたみたいなことを思うじゃないですか、普通は。
なんですけど、あとその彼が、村出身の人なんですね。すごい閉鎖的な村。
で、礼儀とかそういう常識とかがなくて、村でイキって生きてるような両親というか。そのお父様の方が、いわゆるわかりやすく言うと、どこどこの警察署の部長知ってんねんぞ、みたいな虎の威を借りるような、権力には弱く弱者には強くものを言うようなお父さんだったんです。
それに、その父親が手が出るタイプの人間で。格闘系の運動もやってたらしいですし、彼はそういう環境で父親に厳しくで躾けられてきてて、でも一人息子で跡取りだからって甘いところもあって。金銭面の援助とか。
父親が怖くて彼は絶対父親には逆らえないっていうような。支配されてるような関係なので、親離れ子離れができてない関係性で育ってたせいで、彼も親もお互いに親離れ子離れができてないかなっていういびつな親子関係だなって感じました。
qbc:
はいはいはい。
うま子:
で、彼は私の家の近くの会社で働いてたんで、ほぼ私の部屋に転がり込んできて同棲してたんですね、私の家で。
家事とかも全部私がやっていて、彼が資格試験があるっていうことで、その試験が難しい試験だったので、私もかなり応援して、勉強付き合ったりとかメンタル面のケアとかをしてたんです。でも、彼は全然、帰ってきてもずっと見てスマホいじって勉強やってなかったから、もう勉強やりよとか言って。尻たたいたりして。
私も試験の分野はさっぱりわかんないですけど、浪人してますし勉強の仕方だけはわかるので、いつも一問一答出してあげたりとか。もう本当にかいがいしく、純粋に、この人と結婚するし、この人の夢であるこの資格に受かったいいなって思ってピュアな心で私も一緒に応援してたんです。すごい献身的に支えてたんですよ。
で、資格試験の日が終わりましたってなったら、彼の実家から電話かかってきて、お前一回帰ってこいって言われたんです。「うわー」と思って、これは何かあるなと思って、私は帰って欲しくなかったんです。
もう入籍の日も決めてたし、結婚指輪も買ってたし、婚姻届にもサインもらってたんですよ、なぜか(笑)反対してんのに。謎です。
向こうの両親反対してるけど、なんかこれ書けばいいんかって言うてサインもらってたのに。試験終わって呼び出されて、家1泊して戻ってきたら、多分何かいろいろ洗脳されたんでしょうね。「別れた方がいいかもしれない」って言われたんですよ(笑)
いや、別れた方がいいかもしれないじゃなくて。
普通そこはまず土下座して、「俺の覚悟が甘かったせいで、もう親には逆らえん、申し訳ないが別れてください」やろうと思いながらも、あぁそうなんねんなっていう感じで。
ただ私は彼の資格試験を無事に終えるために、家政婦の役割をさせられてただけなんやなっていう感じでいろいろ腑に落ちたし残念でしたね。
qbc:
ありがとうございます。訴訟は、終了してる?
うま子:
裁判まではいかず、弁護士同士の話し合いで慰謝料はゲットしました。
qbc:
なるほど。
うま子:
はい。すごい不誠実な対応で、一度も謝りに来ないですし、謝罪も文書でも直接でも無かったですね。
qbc:
ちなみにおいくら?
うま子:
100です。
qbc:
なるほど。
うま子:
そっから、100とったうちから成功報酬とかいろいろ引かれていくんで、実際は60万ぐらいですかね。頭金とかいろいろあるので。
qbc:
2人目は?ざっくり
うま子:
2人目は、その前の20代の若い村人が…村人って呼ぶんですけど。まぁ私と婚約してるのにも関わらず、元カノと切れてなかったし風俗も行ってたしみたいな感じで、なんかボロボロめくれてきたんですね。で、もうそういう束縛する癖に浮気するような人嫌やなと思って。
あと束縛がひどかったんで、異性がいる職場で働くなって言われてたんですよ。なので、結婚相談所のパートの募集があって、そこの環境がほぼ女性しかいない、本社には男の人はいるんですけどその職場自体には女性しかいないっていう職場だったんで、そこでパートを始めたんですね。
で、婚約指輪も買ってもらって、結婚指輪を買ってもらって、プロポーズもされて、結婚しますってなって。で、何ヶ月後かに婚約破棄になりましたって、まぁ職場に報告するじゃないですか。そしたら、え!?ってそりゃなるのはなるじゃないですか。
そこで、もうみんなすっごい心配して同情してくれて。
「ちょっともう入会金とかいらんから実費だけでいいからうちでやってみる?」みたいなことを言っていただいて。そこで初めて結婚相談所での活動をしたんですよ。
qbc:
はい。
うま子:
なんか数奇な感じやなって。そのときは、あいつより先にもう半年ぐらいで結婚してやると思いながら活動してたんですね。
そこから割とお見合い無双して、お見合いで断られたことはなくって。
職場の人のご厚意で、すごく破格の値段で結婚相談所に入会させてもらって、いわゆる大手の何万人も登録があるようなところで活動させてもらってました。まぁいい感じにお見合いもすすむし、仮交際へすすんだ人が何人もいたんですけれども。うーん、私も体調とかがやっぱりまだ万全じゃなかったもんで、途中でちょっと婚活をお休みしながらっていうようなこともあって。
で、婚活休み明けた頃に出会った人が、若い頃に病気してた人で。私の鬱とか婚約破棄で心がボロボロになったこととかも、「全然そんな大丈夫だよ、受けれるよ」みたいに言ってくれた人がいたんですね、私が洗いざらい今までのことを正直に話したときに。
それで心療内科通って薬も飲んでるっていうことも伝えたら、「いやもう、そういう人いっぱい見てるし、全然僕は気にしないよ」っていってくれて。そういう優しい人なんやなって思ったんです。
当時48歳の男性と、仮交際を進めていくうちに向こうから真剣交際に進みたいっていう要望がありまして。
で、私は全くタイプではなかったんですね。申し訳ないですけど。笑
身長も私より低いし顔も全然タイプじゃないし。あとはやっぱり闘病生活が長かったせいか、社会人経験もやっぱり私の方が長くて。なんかあんまりもの知らん、世間的なもの知らんなみたいな感じの男性で。
わかりやすく言ったら・・・ようするに非モテというか、多分付き合った経験ないか少ない感じのムーブする人で。デリカシーない発言とか、いやデート中にそれする?みたいな。ちょっとそういうところがある人だったんです。
ただ、その人自身に悪気はないんで。能動的に嫌なことをしてくるわけじゃなくて、いやそれしてくれへんの?みたいな感じの、しないほうの、ちょっと気になるところぐらいだったんです。なんか束縛されたり手出されたりとか無いから、そういう能動的に嫌なことをしてくるよりかはいいかなって思ったんです。
あとその方のご両親がそれはそれはとても優しい人で、私のことをすごく歓迎してくれた。すごい大歓迎だったんですよ。何回もご飯も一緒に行きましたし、いつも会いたい会いたいって言ってくれはって、向こうの親御さんが。花を買ってきて、私の名前を付けて毎日お世話してくれてるとか。私を心から迎えてくれて。
相手の男性は48なんで両親はもちろん高齢なんですけど、80歳と70歳のお父さんとお母様かな。言ったらもう介護まっしぐらですよ、これから結婚しても。
でも、それももう覚悟して、お見合い割り切り婚みたいな感じで進めていったんですね。
で、結婚相談所のルールで、成婚退会っていうものをするまでは、男女関係を持ってはいけないっていう決まりがあるんです。多分してる人もいると思うんですけど、一応ルール的に、いろいろトラブルがあるかもしれないので。成功退会しても破局する場合もあるしそこで妊娠なんてしちゃったら・・っていうところだろうと、そういうのを防ぐためのルールであると思うんですけど。
それを、あろうことか成婚退会する前に迫られたんですね。
私、嫌で。ちょっと嫌で。いや、大分いやで。私は恋愛的に好きじゃなくて、お見合いとしてはまあいいかなっていう感じだったんですけど、向こうは違ったみたいで。
相手はもっと愛してほしいし優しくしてほしいし恋愛っぽくしたいしみたいなところで、熱量がちょっと違ったんですね、お互いの。
でも、そういうところとかって話し合えばいいじゃないですか、もう大人なんですから。僕はこう思ってるんだけどうま子ちゃんはどうなの?みたいな。あんまり僕のことが好きじゃないのかな?みたいな、どう思ってるの?みたいな。そういうの聞けばいいのに、それをずっと溜め込んでて。多分おそらくなんですけど。
でもどんどんどんどん結婚指輪買ったりとか、式場を見に行ったりとか、あと新居契約して。なんか家賃を抑えたいからって新居がちょっと離れた駅から離れたところだったので、私が車必要になるようになって、軽自動車の頭金まで払ったんですよ。で、両家顔合わせまで済んで、両家顔合わせの1週間後に、「結婚やめようか」って言われたんですよ(笑)
どっひゃー!ですよ。そんなことある?みたいな。
qbc:
はい。
うま子:
私はそのとき、ほっとしたんですね。そっか、なんか向こうから言ってくれてよかったかもしれん、みたいな。
私は早く自分の生活の基盤を手に入れたいっていうところもあったと思うし、親をあんだけ心配させたから安心させたいっていう気持ちもあったから、めちゃくちゃ妥協してたんですよ、心の中では。
あんまり手も繋ぎたくないし。もうよっぽど妥協してたんやなと思うんですけど(笑)
一緒の時間を過ごすうちに情はわいてたんで、その、人と人としての。食事とかデートとかいっぱい連れてってくれてましたし、そういうところで情はわいてんですけど、
そんな相手が、いきなりお気持ち表明してきてそういうこと言うもんやから、もう、
わかった、わかったからもう帰ってくださいって言って。もう言い訳とか要らないし帰らして、私の家から追い出しまして。
そんで父に、今、彼に「結婚辞めるって言われたわ」って連絡したら、「どういうことや?」ってなるじゃないですか。相手もまずいと思たんでしょう、私の部屋から追い出されたその足で私の実家に説明しに行ったんですよ、その48歳の子供部屋おじさんが。
その人、ずっと実家住まいなんです。一人暮らしほとんどしたことない人。だからちょっと常識が足りないところとか、ちょっと甘えがあったりするところもあるのかなみたいな感じですね。
しかもその2人目の48歳の人が、4年間婚活した末に、私と初めて仮交際から本交際に行って、本交際から成婚退会になるみたいな感じの人だったので。
彼の夢は絶対子供が欲しいっていうことだったんですよ。
で、相手48と、私当時は37だったんで、11歳差。ほぼ一回り違う。それでもやっぱり35過ぎたら高齢出産って言われる中で、子供が欲しいから結婚したいってのがまずあるのと、できれば2人、男と女欲しいみたいなことを言われて(笑)
あ~めっちゃ求めてくるなって思いながら、1人は何とかなるかもしらんけど2人は無理やろな思いながら。
私は婦人科系に疾患があるので、低用量ビルを服用してたんです。
それは生理が軽くなる治療薬としても使われてるんです。避妊もできるし治療薬としても使われてるんで。
でも妊活をするんだったらそれやめないといけないじゃないですか。避妊しちゃうんで。子供が欲しい!ってことをもう初期ぐらいからずっと言われてたんで、早めに病院の先生に相談して、やめるように調整してもらったんです。毎月生理を起こして妊娠に向けて、妊活に向けて整えてたんですけど。
彼は1回もブライダルチェックっていう、男性の検査とかあるじゃないですか。性機能に問題がないかみたいな。あれを受けてねって言ってたんですけど、一向に受けてくれなくて。
俺は大丈夫だ!みたいな、謎の根拠のない自信をもってて。あれなんなんでしょうね?実績あるん?笑
いや、私これだけめっちゃあなたの夢に合わせて毎月の生理痛を耐えながら、身体をね、妊活用に整えていってるのに、お前は何もせんのかいという、そういう不満もあったりとかして。
それが前提としてあって、私の連絡を受けた父親が「どういうことやねん、ちょっと説明しに来てくれるか」って彼に言って、「わかりました、行きます」って彼一人で私の実家に行ったんですよ。私はもう行かなかったんです。もうどうでもよかったんで。
それで彼と父が話をした内容をあとから、結婚辞めたい理由を聞いたら、二つあって。
まず一つ目が、確実に子供が欲しいからっていうことと、
二つ目が、今までの性交渉が2回しかなかったから。って言われたんですよ。
婚約破棄の理由、それ2つ。どう思います?やばくないですか?
qbc:
いや、婚約破棄のパターンってあんまり聞いたことがないんで、なんともですけど。
うま子:
いや、男性として、ちょっとそれ親に言う?みたいなとこありません?
qbc:
親に言う?
うま子:
私の父にオブラートにも包まず馬鹿正直にそのままそう言ったんですよ。
qbc:
あ、そういう意味か。
うま子:
そういうことなんです。私にそれを言ったんじゃなくて。私はその理由なんてもうどうでもいいから帰ってって言って。もう一緒にいたくないし、わたしはこの人の家に嫁ぐって覚悟決めようとか思ってたのに、そっちがそんな理由で辞めたいとかいいだすなら、もう無理やしって言って。
で、父は、いやいやいや、顔合わせまで料亭とかでやって、お互いこれからよろしくお願いします言うてたのに。スーツ着て行ってやったのに、なんやそれはと。どういうことや、いきなりと。あまりにも失礼じゃないかと。さすがにお前判断が遅すぎるんじゃないかと。
私になんか粗相があったんかっていう話かなと思ったら、彼の方の今まで多分モヤモヤっとしてきたことを馬鹿正直に言うたんですよ、人様の娘の父親に。
絶対子供が欲しいって。そんな女性います?絶対に子供が産める女性って。わかんないじゃないですか、20歳でも産めるかどうかわからないし。
まずそこと、あと性交渉の話を娘の親にするなっていうところで(笑)
よぅしたなって思うんですけど。そういういっちゃまずいやろ、なことを喋るんですよね。デリカシーないから。
で、いやでもそれは理由にはほぼならんやろ、だって結婚相談所で出会ってるし、ルール守ってたらそんなもんだし。
彼の主張としては「前のひとはやらせてくれた!」とかもいってたらしくて、私も父もドン引きしました。
で、私まだその当時、まだ私精神科の薬は服用してたんですよ。急にやめるとちょっとしんどいんで。心療内科の薬は飲んでたんで、それで妊娠しちゃったらちょっと怖いじゃないですか、子供に影響があったら。
だから妊活はいつからするかっていう話をこれからしたかったんですよ。いつからする?って言ったら、なんかごにょごにょ言ってたんで、なんかおかしいなみたいなこと思ってたんですけど。そんなに前のめりじゃないんかなって思ってたら、顔合わせの1週間後に結婚辞めよう言われたんで、どっひゃーってなって。
うーん、でも向こうから言ってくれたんで。こっちは落ち度全く無いんで。
言葉できついこと言ったとか、別に性交渉を成婚退会してからも理由もなく拒否したとかそういうことも全くなくて応じてますから、ちゃんと。笑
qbc:
ありがとうございます。そしたらですね、ちょっと時間の関係で先に進めたいと思っておりまして、いいですか?
うま子:
はい。
qbc:
ちなみにその2人目っていうのはいつだったんですかね?
うま子:
去年の10月ですね。
qbc:
じゃあもうつい最近なんですね。
うま子:
つい最近です。
qbc:
なるほどね、うま子さんの性格は、人からなんて言われます?
うま子:
明るくて面白くって、なんか自由で元気がもらえるとか、そういう感じ。だけど闇の部分も感じる的な。
qbc:
最近言われることですか?それは。
うま子:
ずっとですね、ほぼ。あとよく目立つって言われます。背が高いって。
qbc:
自分ではどう思いますか?
うま子:
自分では…どうだろうな。自分では、人は好きだし、コミュニケーションを取りたい方だし、人見知りもしないし、明るい方だと思います。
qbc:
身近な人から言われる性格の一面ってあります?
うま子:
優しすぎるのと寛容すぎるとは言われます。人を受け入れすぎって言われます。
qbc:
なるほど。趣味とかは何かあります?
うま子:
趣味はですね、本を読むことと、あとは猫ちゃん。保護猫ちゃんを3匹飼ってるんですけど、猫ちゃんのお世話とか。あとは人と話すことですかね。
qbc:
本はどんな本を読みます?
うま子:
何でも読みますね。小説から新書、漫画から専門書まで幅広く読むんですけど。特に好きなのは、ミステリー、サスペンス系の小説だったりホラーだったりします。トイレにいるときは何かの説明シールとか読むくらいに活字中毒ですね。暇があればなにか活字を読んでいたい。
qbc:
他に趣味はあります?
うま子:
あとは、人や動物のお世話とか、もの作りとかゲームとかです。よくちょこちょこっと、職場とかでもチラシとかデザインしたりとか好きなので、そういうことをも趣味としてやってるって感じですね。あと、出来事やふわっとしたきもちを言語化するのが好きなので、しゃべりたくてラジオ配信みたいなこともしてます。
過去:子供の頃から今まで反抗期がなかったんですよ。私にとって見捨てられたら一番困る相手って、父親で。
qbc:
ちょっと過去についてちょっと聞いてきたんですけど。子供の頃はどんな子供でした?
うま子:
子供の頃は、周りの空気をすごく読む子だけど読んでないふりをしている周りを笑わせるピエロみたいでしたね。
qbc:
本当ちっちゃい頃はどんな遊びしてました?幼稚園とか、それぐらいの頃。
うま子:
内孫で初孫だったんで、おじいちゃんおばあちゃんとか家族からすごく家の中心として注目してもらって、うま子ちゃんうま子ちゃんみたいな感じで育ってきたんですけれども。
やっぱりお金がないんでおもちゃとかはあまり買ってもらえず、祖父が油絵の画家だったので、絵をかいたり、あとは母方の祖父が毎月「なかよし」を送ってきてくれてました。だから漫画とか好きになったのかも。
まぁ家が教会っていうこともあって信者さんの出入りがあったり、やっぱり悩み抱えたり体がしんどかったりする人が集まりますから、それの話を聞いたり寄り添ったりしてる父とか祖父とかの姿を見て育ってるので、自分なんかがししんどいとかつらいとか思ったらあかんねんなって思いながらずっと生きてきました。
qbc:
10代、小中高の学生時代はどんな感じでした?
うま子:
学生時代は、オタクでガリ勉でしたね。
qbc:
何オタク?
うま子:
漫画・アニメですね。
qbc:
ジャンルは?
うま子:
ジャンプとかに掲載されてるような。ちょうどワンピースが連載始まったぐらいの時期だったんで。インターネットも黎明期だし、YouTubeもまだなかったしっていうようなところで。ジャンプに掲載してる漫画を読んで、アニメ見てとかいうのをやってました。
qbc:
同人は行かなかったんですか?
うま子:
同人もいきました。コミケにも行きました。大学時代にはコスプレもしたかな。
qbc:
それで、進路進学はどうだったんですかね?
うま子:
中学受験して中高一貫校の女子校に受かったんですけど、そこでアニメとかにハマってしまったんで勉強がおろそかになって。特進クラスにいたんですけど、勉強ついていけなくなって。
そのときに、父がスポーツ得意で天理高校出身で寮に入ってたんですね。で、寮の生活がやっぱ楽しかったっていう話を聞いて。それに、私の母親が小学校一年生のときに母の精神疾患が原因で協議離婚してたので、母親はずっといなかったんですけど。継母が来るまでは、父子家庭みたいな。
で、再婚して継母ができたんですよね。でも継母との折り合いが悪くて家出たいなって思ってたんですよ。家の空気悪いしと思って。
それで、もう寮入るわってなって、中高一貫校せっかく入ったんですけど、辞めて高校受験しなおして、天理高校の寮に入りました。野球とか吹奏楽とか有名なところです。
qbc:
で、その後は?
うま子:
その後は、特進クラスにいたので、寮生活しながらガリ勉して、奈良女子大学っていう国立大学、関東で言ったら御茶ノ水的なところがあるんですけど、そこを目指して1浪して入りました。
qbc:
うん。
うま子:
学費も、浪人生時代の予備校代は出してもらったんですけど、大学の学費はほとんど自分で稼いで卒業しました。
qbc:
何で稼いで?
うま子:
バイトです。
qbc:
何のバイト?
うま子:
スナックと家庭教師と塾と飲食店二つを掛け持ちしてましたね。
qbc:
20代ってどんな感じだったんですかね?
うま子:
20代は、リーマン・ショックの名残があって、就活が国立大卒みたいなカードが全く通用しないぐらい就活全然駄目で。みんな就職浪人するぐらいだったんですけど。
私は、とりあえず大学を生き延びるために必死すぎて、将来のこと考えられてなくて。
とりあえず社会学部だったんで社会学系で、親族に医者も多かったし、医療系行こうかなって思ったところで、保険証とか電子カルテとか作ってるシステム会社に内定もらって、もう就活が苦痛すぎて、初めて内定もらったところにパッと決めましたね。
qbc:
で、その後はどうでした?
うま子:
その後は、1個上の女の先輩にいじめられて心折れて2年で辞めてました。笑
で、日本語教師の契約の2年間の派遣の話があるんでそれに乗っかって行ったんですけど、そこで過労で倒れたときに頭を7針縫う怪我をして。海外の医療保険が高くつくからって言って内定取り消されて、病みました。またそこで鬱再発です。
qbc:
その前には、どのタイミングで鬱になってたんですか?
うま子:
大学時代に。大学に行くためにバイトしてて、でもバイトしてたら大学行けないしっていうところで、結構病んでたんですよ。それで心療内科行き始めたのが大学生のときです。
qbc:
なるほど。話戻って、その後はどういう?
うま子:
2年間の契約だったので、他の同期は1年日本で研修したら他のそれぞれの派遣先、ニューヨークとかフランスとかに行って1年間、現地で日本教師として働くっていうのが契約内容だったんです。私は日本に残って、もう1年間日本の日本語学校で勤務っていう形になりましたね。
そこで、なんで私行かれへんねんっていう、ちょっとそういう鬱屈したものがあって、結構気持ちが落ち込んでしまって。で、また再発鬱して結局辞めましたね。2年の契約完了間際に、もうほぼ辞めてましたね。
qbc:
それが何歳ぐらい?
うま子:
それが25~6ぐらいです。
qbc:
で、その後は?
うま子:
その後は知り合いのツテで、総合病院に転職しました。診察場にいる人いるじゃないすか、「田中さ~ん中待合でお待ちください」とかいう事務員のひと。あと先生の隣にいる人、書類とか出したりとか、そういう職種をやっていて。
医療事務とは違って、現場のクラーク・・医師事務支援って言うんですけど、そういう現場の事務員をやっていました。で、2年間そこで勤めたときに、自衛官の人と街コンか何かで出会って、そこで付き合って半年で結婚決めて、周りの結婚ラッシュに焦って、結婚したんですよ。で、寿退社して。
ちょうど今んとこ、2年2年2年のスパンで来てます。大体2年のスパンで、私動くんですね。なぜか。笑 それで結婚して、お相手の所属が静岡の駐屯地だったので、その駐屯地から30分以内のところに住まないといけないっていう縛りがあるので、私も静岡について行って。そこでフリーのデザイナーと、あとは家庭教師とかやりながら、扶養内で働いてました。
qbc:
で、離婚して?
うま子:
はい。2年で離婚して、東京行きました。
qbc:
ちなみに離婚した理由っていうのをさっと言うと?
うま子:
さっと言うと、向こうが言語化が苦手で、同じ問題で喧嘩してたときに、最終的に自分が言いたい言葉が出ないもどかしさゆえに、ものに当たったりしてて、鍋が飛んできたので冷めましたね。
qbc:
東京に行った理由っていうのは何だったんですか?
うま子:
その当時、FF14っていうネットゲームにはまってて、そこでできた友達が東京にいっぱいいて。で、東京のオフ会に通ううちに、1時間半ぐらいで東京にバスで行けちゃうのがわかって、東京に友達ができたんですよ。だから東京で仕事しても寂しくないわ!と思って、東京行きを決めました。
っていうのと、あと離婚してまた関西戻ってくるっていうのが、なんかちょっと嫌やなって思って東京を選びました。笑
qbc:
で、今に至る感じですかね?そのWebディレクターをしてた?
うま子:
はい。5年間。やっと自分の適職というか、自分もやってて得意だなって感じるし、周りからもいいねって、向いてるんじゃないって思われる仕事にやっと出会えて。会社は1回変わったんですけど、Webディレクターって職業は5年間強続きました。
qbc:
なるほどね。
うま子:
私からしたら長い方ですね、5年は。
qbc:
で、関西の実家に戻っていくのが、さっきの話ということですね。
うま子:
3年前に実家の近くに戻ってきました。
qbc:
なんか気持ちの変遷でいうとどんな感じですか?子供の頃から今まで。
うま子:
子供の頃から今まで反抗期がなかったんですよ。私にとって見捨てられたら一番困る相手って、父親で。
私の父親ってなんていうか、一般的な父親像と違って、要領良くて明るくて、運動をやってたんでもう体も大きくて、何でも私の味方やでって言ってくれるような、すごい頼もしい父だったんです。器用で、世話焼きで。
やっぱり信者さんとか人に対しても、すごく正義感が強くて。この人いたら何とかしてくれるなみたいな人いるじゃないですか。そういうタイプの人で。ちゃかちゃか動くし、よう働くしっていうのを見てきたから。
私、おじいちゃんおばあちゃんはあんま好きじゃなくて、きびしかったからかな?
頼れるのも甘えられるのも父親しかいなかったんですよね。そもそもお母さんいなかったし。なので、反抗したら私捨てられるんちゃうかなと思って反抗する意味がなかったんですよ。ファザコンやったんかなと思います、今思えば。
で、そうなんですけど!その歪みが20代30代になって出てきたって感じですね。だからこんだけ鬱なったり、ちょっと精神的に不安定なったり、人との距離感がちょっとおかしかったり、自己犠牲が過ぎたりとか。そういうところで、自分って何のために生きてんねやろなっていうところをよく考えるようになってましたね。
で、心配させたくないから、本当にしんどいことや病気になったことも、父親には言わなかったですね。心配かけたら絶対飛んでくるから。
それを今になって、今までしんどくて本当は大人に甘えたかった、ちっちゃいときにきちんと甘えて家族としての基盤を固めておきたかったっていうのを、やっと親に言えて。
それも私の自殺未遂を目の当たりにしたのがきっかけで親もわかってくれて、今は、私が精神的にちょっと弱いところとか、今まで父にも言ってなかったような病気してたこととか、しんどかったこととかを、言えるようになったというか。
どこか遠慮してましたね父に対して。だって両親が離婚したとき私泣かなかったし、再婚も私が勧めたんで。なんか大人びた子供でした。
よく言われました。臨床心理士の先輩がいるんですけど、どこか達観して何か冷めた目で世の中見てるねっていうのも言われました。人が好きで明るく接してコミュニケーション能力も高いわりに、何かどこか「この世なんて」みたいな感じの印象は受けるよねみたいな。
qbc:
なんか親からはどのように育てられました?
うま子:
…なんでしょう、大事にはしてもらえました、本当に。
私がちょっと勉強できたもんで、本当だったら私立の中学なんか行けるようなお金なんか家にないのに、父親が副業をして何とかお金工面してくれて、中学受験までこぎつけることができたので。割とその私の適性というか、その才能を伸ばそうと頑張って父なりにやってくれたっていうのはすごい感じてます。だからファザコンなんだと思います、私は。
qbc:
自分の人生の転換点というのは、どこにあると思います?
うま子:
転換点は、去年でしたね。
qbc:
1回目の婚約破棄も去年だったんですか?
うま子:
違います。それはもう1年前かな。
qbc:
去年、何があったんですか?
うま子:
2回目の婚約破棄があって、それは弁護士入れずに。1回目で弁護士のやり方学んじゃったから、自分で念書書いて、契約書巻いて、慰謝料もらったんですよ、その場で。
そのときに、1回婚約破棄になる前に、鬱って良くなってきたときに自殺の可能性がバーって上がるんですよね、行動できるから。
鬱のひどいときって、もう寝たきりで何もできないんですけど。
回復期、働き始めたりとかするときに、もう周りみんな結婚して子供産んでるし、でも私はもう…税金もこないだまで払ってなかったし。
これから子供ができるかもわからないし、何も生産性のない人間じゃんみたいな感じで、急に頭にあ、死にたいって思うことがあるんですよ。すごく気軽に。
例えば、職場の若い子と喋ってた何気ない会話のキーワードで、帰り際にそれについて考えてたら、あぁそうや、死のう!みたいな感じになるんです、いきなり。
それをやってしまったのが、去年の5月で。もうお酒と薬飲んで手首切ってっていうやつをやりましたね。そこで父が、本当の意味で、私が今までどれだけのことを抱えて生きてきたのかっていう、苦しみとかさみしさとか、私のことを理解してくれたのかなって思います。向き合ってくれたのかなと思います。
qbc:
ありがとうございます。
未来:私は今までの人生で家族との縁は薄かったけれども、友人に恵まれたし、ピンチになったときに助けてくれる人がぱっと現れるから
qbc:
残り3分になっちゃうんすけど、未来ですね。なんか、5年後10年後30年後、自分が最後死ぬまでっていうのをイメージして、どんな未来を今思い描いています?
うま子:
私は、今のその福祉に関わる仕事と、フリーで自分の表現したいものとかデザインしたいものとか人から求められるものを、二足のわらじでもいいから、社会への恩返しと自分の自己実現のために、ささやかに何の贅沢もせず、3匹の猫ちゃんと平穏に暮らしていけたらいいなと思ってます。
qbc:
なるほど。もしもの未来の質問っていうのをしていて、もしもお父さんが違う人だったらどういう人生だったと思います?難しい想像だと思うんですけど。
うま子:
違う人だったら?その家の環境とか実家とかは変わらずですか?
qbc:
そうですね。お父さんだけ違う人。
うま子:
どういう人だろう…うーん。
qbc:
お父さんの代わりにお母さんがいたっていう状況でもいいですよ。
うま子:
あぁ、実のお母さんがいたら私に兄弟はいなかったんで、多分天理教の教会を継ぐことになってたんじゃないかなと思いますね。
qbc:
うんうんうん。
うま子:
それに、もっと今の時点で不安を感じてたと思います。
一緒に親を介護したり看取ったりする仲間がいないわけじゃないすか、一人っ子で独身だったら。
継母に感謝してることは私に兄弟を作ってくれたってことですかね。Ifで、そのまま一人っ子で、私の産みの母と父がっていう普通の家庭だったならば、多分寂しかったんじゃないですかね。
今の時点で、私は家族との縁はすごく今までの人生で薄かったけれども、友人やピンチになったときに助けてくれる人に恵まれてきたから、すごくそういう面では人に恵まれている人生だなって思っていて。その人生も悪くないのかなって思いますね。
全部苦しかったこと、努力は全部報われるとは思わないし、綺麗ごとだとかも思わないんですけど、しんどかったり失敗だったり挫折したこと全部、これ無駄やなって思うことなくて、一つも。だからそれを生かせるように、今後もいろんなことを感じて反省して挫折して成功してみたいなことを、トライアンドエラーみたいにして生きたいなと思ってます。
qbc:
最後の質問がですね。最後に言い残したことはっていう質問で、遺言でも読者向けメッセージでも、インタビューを終えての独り言みたいになってもいいですけど、最後に残したことがあればお伺いしております。
うま子:
最後に言い残したこと…また生まれ変わっても、きっと私は私に生まれ変わりたいなって思います。
qbc:
ありがとうございます。
あとがき
まさにファンタジー。
【インタビュー・編集・あとがき:qbc】
【【編集:mii】
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