生涯ヒップホッパーでありたい大学教員の人
HipHop回!!! 故DEV LARGEのリリック「カッコイイ仕事しか興味ねえ」がずっと頭から離れないでいた私qbcとしては個人的に嬉しい回でした(個人的に!)
というわけで、当初のインタビュアーは別の担当だったのですが「日本のヒップホップの人で有名な人は誰か知ってます?」という質問に「湘南乃風」と答えたので、急遽代打で私が担当することになった回です。知識がないのはインタビュー上全然大丈夫ですよっていう無名人インタビューですが、本人が遠慮してしまったという次第。ちなみに湘南乃風様はレゲエでございます。
今回は、ヒップホップ型教育(Hip Hop Based Education)を研究・実践されている方のインタビューなのですが、最初にこのヒップホップ型教育とはなんぞや、という部分を参加者の発言から先にのっけてしまおうと思います。
手 っ 取 り 早 い か ら !
馬場:私が専門としているサービス・ラーニングという教育手法では、学習者の興味関心に訴求するっていうのがすごく重要になってくるんですよ。
学習者というのは若者を意味してますけど、若者のなかでヒップホップが爆発的に普及してる今だからこそ、ヒップホップを教育に取り込む意義があるんです。
ヒップホップを取っ掛かりにして、学習内容をもっと深く掘りさげることができると僕は思ってるので。そこがやっぱり、ヒップホップ型教育の一番の醍醐味かなと思いますね。
今日の無名人インタビューも楽しんでいってくださいねー!!(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 馬場洸志 さんです!
現在:ヒップホップの観点を通して、地域課題解決に取り組む
qbc:今、何をしている人でしょうか?
馬場:大学教員です。山口県下関市にある私立大学の教員をしております。専門は教育学で、中でもサービス・ラーニングという教育手法を専門にしてます。
サービス・ラーニングというのは、事前に学んだことや調査した内容を、地域の課題解決に活かしながら、地域での活動を通して学びを発展させていくという教育手法です。
qbc:なるほど。サービスを行いながらラーニングするって意味ですか?
馬場:そうですね。サービス・ラーニングという文脈におけるサービスというのは、地域への奉仕という意味合いがあります。
qbc:具体的にはどんなことをするのでしょう?
馬場:下関に来るまでは大阪の大学に勤務していたのですが、その大学で私が取り組んできたサービス・ラーニングの実践は、タイの東北地方への観光誘致を促進するというプログラムでした。
下関で今何をやってるかと言うと、4年生のゼミで「ヒップホップを通した社会貢献」というテーマのもとサービス・ラーニングに取り組んでいます。ヒップホップの観点を通して、地域課題解決に取り組むという内容です。
今年度は3つの地域課題に焦点を当てて取り組んでいて、ひとつが山口県の観光促進を促すためのチーム。2つ目が、山口県の犬猫殺処分に焦点をあてたチーム。もうひとつが、下関市の海洋ゴミを解決するためのチームという3チームに分かれています。今一番うまくいってるのが、3つ目の海洋ゴミに焦点をあてたチームですね。
qbc:ブログにサマリーがあった内容ですね。
馬場:そうですね。この海洋ゴミのプロジェクトがどういうことをやってるかというと、下関っていうのが海に囲まれた街という地理的関係上、海洋ゴミの漂着数がすごい多いんですよ。漂着数だけで言うと、日本一の漂着数があって。
海産物が下関の特産になりますので、海洋ゴミというのがすごく大きな地域課題になっているんですね。なので、その地域課題の海洋ゴミを解決しましょうという取り組みになります。その海洋ゴミの中でゼミの学生は、若者の海洋ゴミに対する認知度がものすごく低いっていうところに焦点をあてていて、ヒップホップを通してこの認知度を向上していきましょう、っていうのが主な取り組みです。
qbc:ヒップホップを通してっていうのは、具体的にどういうことですか?
馬場:ヒップホップというのが、よく音楽のジャンルとか、ダンスの一形態と誤解されがちなんですけど、ヒップホップには4大要素というのがありまして。
その4大要素というのが、ラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティ。このグラフィティってのが壁に書いてる壁画とか、落書き全般も含めてグラフィティと言われます。この4つの要素からなるのがヒップホップです。
学生はゼミの中で、この4つの要素を通してどういった社会貢献ができるか? っていうのを考えてきてるんですけど、海洋ゴミのグループに関しては、海洋ゴミを使ったグラフィティアートを作って、若者に対して海洋ゴミの認知度を向上させるようにアプローチしていこうという活動ですね。
qbc:参加している学生の反応はいかがでしたか?
馬場:ゼミに入った学生は、「ヒップホップ」って言うワードに食いついて入ってきてるんですが、結局入ってきて、私もめちゃめちゃ気づいたんですけど、ラップとかダンスっていうのをすごくイメージしてる子たちが多かったんですよね。
ヒップホップに対する知識っていうのが浅かったので、ヒップホップとはなんぞや? っていうところからスタートして、学生に地域課題を調査させた上で、じゃああんたたちはこの課題をどういうふうにヒップホップの4大要素を用いて解決するの? って投げかけたときに、海洋ゴミチームにたまたま絵の上手い子がいて、グラフィティを使って問題にアプローチすることが可能なんじゃないかって考えついたっていうかたちですね。
qbc:馬場さんの満足度としてはどんな感じでしたか?
馬場:ゼミ全体で言うと、僕の満足度は30点ぐらいですかね。
qbc:大阪では、そんなに、ヒップホップ、ヒップホップではなかったんですか?
馬場:そうですね。大阪ではそういったゼミを持っていなくて。
今、大学教員なんですけど、大阪の大学で勤めていた7年間というのは、大学職員だったんですよ。教員ではなくて。大学職員の中でも、職員と教員の中間のような、大学運営もやるし、教育活動にも取り組むしっていう、中間的ポジションだったんです。
私は主に海外研修などを運営していて、サービス・ラーニングを用いた海外研修を開発するという機会があって。で、そのときはまあ、もちろん組織の意向とかもありますので、私がヒップホップ色を出せるわけもなく。その時たまたま、タイの東北地方と繋がることができたので、タイの東北地方で課題視している問題に焦点をあてた結果、観光誘致促進っていうかたちになったって感じですね。もちろん、ヒップホップと教育を繋げようということで、手弁当でいろんなワークショップとか、イベントとかはやってましたね。
qbc:どういうところが30点と感じたのでしょうか?
馬場:まず、ヒップホップが本当に好きっていう学生と、なんか面白そうっていう学生が結構ごちゃごちゃに混じってて。
結果として、ヒップホップに対する理解もそこまで深まらなかったし。本当にヒップホップ好きな学生と、今の流行りでちょっと興味あるぐらいの学生が混じってたこともあって、ゼミに対するモチベーションがまちまちだった、っていうのも30点に影響してるかなと思いますね。
あとは、今、下関に来て1年目なんですけど、下関の地域課題を私が全然把握してなかったことも大きな要因になっています。下関の地域課題に精通していないため、学生と一緒に調査を進めていった結果、3つの課題(チーム)に分かれたんですけど、この3つのチームが別々に分かれた結果、ゼミがひとつにまとまらなかったんですよね。そこが私の反省点ですかね。
qbc:ヒップホップが好きな子の「好き」って、どういう好きなんですかね?
馬場:言うてもやっぱりラップが好きっていうのが、イコール、ヒップホップが好きな子たちって層ですかね。
今の日本語ラップシーン、すごく大きくなってきてるじゃないですか。だから、外国語ラップというよりは、日本語ラップをすごく聴いてますっていう子たちが、ヒップホップ好きな層ですかね。
僕が、20歳前後ぐらいのときっていうのは、ヒップホップのルーツにすごく興味を持ってて、ブラックカルチャーとかっていうのをすごく掘り下げてた時期だから、そこと比べると、お前たちのヒップホップへの愛は全然足りねえよ、とかって僕は思っちゃうんですけど(笑)。
でもまあそれは置いといて、今のゼミ生のヒップホップ好き度からいうと、今話したような感じですかね。
qbc:馬場さんは、周りの人からどんな性格だと言われますか?
馬場:家族から言われるのと友達から言われるのと、またちょっと違うんですけど。
家族からは変人って言われますね。変人というか、家族が、これは普通でしょっていうことを、自分は普通と思わず、やらないとか。世間一般と違ったことをやるので、いつも変わった目で見られてるっていうのがあるかな。友達からは、よく言われるのは行動力があるとは言われますね。
qbc:自分自身では性格についてどう思われますか?
馬場:まあ、変わってるって言われて、僕の中では普通だと思うんですけど。変わったことに果敢に行動するって意味では、自分でもその辺は認識してるのかなと思いますね。
例えば、私は高校卒業後アメリカの大学に行ったんですけど、そういった一般的な大学生のルートを選ばなかったっていうこととか。
あとは、大学生として海外の大学に行くことって、世間一般的に言うとものすごく輝かしいことじゃないですか。ですが、行ってしまうと、もうそういう人たちがゴロゴロいるんで。なんかこう、ちょっと突飛なことをしないと、留学生の中でも抜きん出ないっていうか。海外に行って、こんなことしてきたぜ、って言えるような学生にはならないんですよ。
私がアメリカ時代に最終的に何をしたかというと、ヒップホップを通して社会体験をしてきたんです。
就職活動を控えた時に、まだ何をしたいかっていうのがよくわからなかったので、一番自分の好きな分野を通してまずは社会を見てみたいなと思って。で、ヒップホップの要素に関連する仕事ばあっと洗い出して、ヒップホップの要素の中に「ストリートファッション」という要素もあるのですが、「これならできそうかな」と思ってストリートファッション業界でインターンシップを始めました。
インターンシップと言っても、日本でいう、1週間2週間とかのインターンシップじゃなくて、アメリカではもっと長期間でインターンができるんです。で、1年ぐらいインターンシップして、インターンシップを通して培った人脈とかを使って、結果2年ぐらいアメリカで働いてたのかな。
qbc:卒業後も?
馬場:卒業後もそうですね。インターンシップと、卒業後の1年間を合わせて2年間ですかね※。だから、学生に毛が生えた程度なんですけど働いてました。
※アメリカにはOPT(Optional Practical Training)という実践研修制度があり、アメリカの大学を卒業した学生が学生ビザで1年間労働できる制度。
qbc:ファッションブランドのショップで働くみたいな感じですか?
馬場:ショップの兄ちゃんみたいな感じで店員をやってたわけではなくて、ブランドのマーケティングですね。
インターンシップとして入ったときは、そのアメリカのブランドを日本に広めてほしいということで、日本に向けてマーケティングしてたんですけど。それをやっていく中で、日本のブランドとかも繋がっていって、1年経ったあとに、その日本のブランドから、自分たちのブランドをアメリカで広めてくれないかっていうオファーを頂きまして。半分私がやらせてくれと頼んだんですが。なので、ラスト1年は、日本のブランドをアメリカで広めるっていう活動してました。
過去:ヒップホップをさかのぼっていくと、ラップDJっていう音楽があり、ダンスっていうスポーツがあり、グラフィティっていうアートがあり。ものすごい、いろんな要素が詰め込まれた。よく本当にヒップホップは文化だ、文化だ、って言われるけど、本当に文化だなと思って。
qbc:どんなお子さんでしたか?
馬場:子供の頃は、あまのじゃくだったと思いますね。
兄がいるんですけど、寡黙で、どちらかというとおとなしい性格で、その兄を見てたせいか、昔からお兄ちゃんとは別になりたいって思ってたんですよ。なので、寡黙というよりはどちらかというとうるさいキャラになったりとか。お兄ちゃんがやらないようなことを僕がやってみたりだとか。
例えばですけど、未成年としてやっちゃいけないこととか、そういうことをやっちゃう子供だったと思います。
今思えば、兄が持っていない性格的な部分を、私が補おうとしていたのかなと思います。
qbc:小中高で、ストリートカルチャー的なものにはどれぐらい接していましたか?
馬場:中学校は全然、全くそういうのに触れることはなかったですね。高校一年生からですね。自分が本当にヒップホップと出会ったっていうのは。ちょうど、中学3年生、高校1年生頃のときに、Dragon Ashとかミクスチャーバンドがすごく流行った時期で。その時にラップっていうのを認識し始めたんです。
高校1年生の時にRIZEっていうグループがヒットして、そのRIZEにめっちゃやられてしまいまして。彼らもミクスチャーバンドなんですけど。RIZE聴いてくうちに、ラップにどんどんはまって。で、ちょうど周りにヒップホップ好きの友達がいっぱいいたので、自然とヒップホップ(ラップ)を聴くようになり、って感じですね。
Dragon Ash Ft.ラッパ我リヤ「Deep Impact」
RIZE「Why I'm Me」
qbc:何がきっかけで、アメリカの音楽を聴くようになったんですか?
馬場:高校1年生の時は、それこそ友達にすすめられたZeebraとか、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDとか、当時売れてた日本語ラップを聴き始めてたんですけど、高校2年生の時に兄がイギリスに留学1年間行ったんですよね。彼が大学1年生のときに。その時にちょくちょく電話とかする中で、洋楽がいいみたいな話をちょいちょい聞いてて。兄からこんなラッパーが売れてるよ、みたいな話を聞いて、洋楽ラップにも手を出してったって感じですかね。
ZEEBRA Ft.AKTION「Neva Enuff」
NITRO MICROPHONE UNDERGROUND「NITRO MICROPHONE UNDERGROUND」
qbc:どんな洋楽を聴いてこられたんですか?
馬場:当時はNellyとか。Nellyがバッチーンって売れ始めてたときで。あとは、エミネム聴いたりとか。あとはDMXとか。ダミ声路線のラッパーとかを好き好んで聴いてましたね。
Nelly Ft. St.Lunatics「Batter Up」
Eminem「The Real Slim Shady」
DMX「Where The Hood At? (Dirty)」
qbc:Dragon Ashや日本語ラップから、どういう感覚で海外のヒップホップを受け入れていったんですかね?
馬場:いまだにDragon Ashも聴きますし、RIZEも好き好んで聴くんですけど、やっぱり決定的に違うのって、ヒップホップのルーツを探っていくと、文化が面白いな、興味深いな、って思って。それがきっかけだと思いますね。
自分の主軸がロックではなく、どんどんヒップホップになってったって感じかな。音楽的には、ミクスチャーロックも全然好きなんですけどね。
qbc:なるほど。ロックの歴史は、さかのぼらなかったんですね。
馬場:ロックの歴史をさかのぼった場合、行き着くのはやっぱ音楽じゃないですか。
ヒップホップをさかのぼっていくと、ラップ、DJっていう音楽があり、ダンスっていうスポーツがあり、グラフィティっていうアートがあり。ものすごい、いろんな要素が詰め込まれていて。ヒップホップは文化だって言われるけど、本当に文化だなと思って。で、はまってった感じですかね。
qbc:大学留学は、大きなきっかけがあったのでしょうか?
馬場:一番やっぱり影響を受けたのは、兄がイギリス留学行って、ものすごく性格が変わって帰ってきたってことですね。留学ってこんなに変わるんだっていうのと、あと、兄から留学話を聞いてて、面白そうだなって思ったのがやっぱり、最終的なきっかけにはなるんですけど。
もうちょっとさかのぼっていくと、幼少期から、国際とか海外っていうのが身近にあったっていうのは結構大きいなって思っています。というのも、父が外資企業で働いてたんですけど、当時携帯電話とかないから、家電じゃないですか。仕事の関係で家に外国人から電話がかかってきて父にかわると、父が英語で喋るんですよ。
そういうのを見ていて、「大人になって仕事する、イコール英語を使うんだな」っていうのをすごく思ってたんですよ。で、家に仕事のお客さん来るときとかも、外国人のお客さんとかよく来ていて。なので、英語とか海外っていうのがすごく身近にあったっていうのは、すごく自分の中で大きかったなと思いますね。
qbc:留学自体はどうでしたか?
馬場:苦しかったことの方がよく覚えてるんすけど。。。(笑)現地のコミュニティにすぐ溶け込めないとか、英語がうまく喋れなくてもどかしいとか。
これってね、女性の場合男が寄りついてくるから、英語の上達とか、現地への溶け込み方っていうのはものすごく早いんですよ。なので女性にはなかなか理解してもらえないと思うんですけど、男子はかなり苦労してると思いますね。(留学あるあるだと思います)
もちろん楽しかったという思い出もいっぱいあるんですけど。6年半ぐらい住んでて、6年半もよく頑張ったなっていうか、苦労したなって思いますね。
qbc:その、楽しかったことはどんなことだったんですか?
馬場:楽しかったことは、ヒップホップがすごく身近にあったっていうのはやっぱり楽しかったですね。
特にアメリカのヒップホップにガッツリ関わっていたラスト2年間っていうのがやっぱ一番濃かったなって思います。
それまでは、ヒップホップのライブやイベントに行くとか、そんな程度だったんですけど。働いていた時、ストリートファッション業界なので、イベントやればDJも来るし、催し物としてラッパーも来るし、みたいな感じで。ブッキングとかもやるのもひとつの仕事だったし。そんなんで、ヒップホップに絡むようになって。
で、ブランドマーケティング、ブランド認知度を上げるためにイベントいっぱい打つじゃないですか。そのイベントのオーガナイズっていうのも、やっぱりヒップホップ関連だったりするので。やっぱアメリカ生活ラスト2年というのはものすごくヒップホップ色が濃かった。自分が思い描いてた留学にできたかなと思いますね。

qbc:ヒップホップが身近にあってよかったことって、どういうことでしょう?
馬場:理想通りの留学になった、っていうのが、多分一番よかったことだと思う。よかったというか、ものすごく自分の中で満足してた、かな。
その2年間、ヒップホップを通して社会を見てみて、いろいろと、自分の気持ちの中での移り変わりとかっていうのもあって。アメリカにいるときからちょっと教育にも興味を持ち始めてたんですけど、元々アメリカに行くときの目的として、日本と世界の架け橋になるような人間になりたい、と思って行ったんです。仕事を通して、日本と世界というか、日本とアメリカになりますけど、架け橋になるようなことはできたかなって、一応自分の中で達成したなと思っていたので。じゃあ今度は、日本と世界を繋ぐような人材を育てたいな、って思うようになって。で、教育関係に進んでったって感じですかね。
(紆余曲折ありましたが端折ってます)
qbc:大学時代は、元々教育関係を学ばれていたんですか?
馬場:いや、全然違ったんですよ。国際ビジネスという分野ですね。
qbc:その後のキャリアは? 帰国後、どうされたんでしょう?
馬場:まず教育関係のこと全くわかんなかったので、大学院に行きました。
日本の大学院に行くんですけど、大学院に行くお金を貯めるっていうので、2年間ぐらいかな?お金を貯めていて、帰国して2年後ぐらいに大学院に行くって感じですかね。
qbc:何歳ぐらいの頃ですか?
馬場:帰国したのが26なので、2年間お金貯めて、28ぐらいのときに大学院行きましたね。
qbc:大学院は、いかがでした?
馬場:研究っていうのが肌に合ってましたね。何かを調べて、論文だったり、発表資料だったり、そういうのを作るのが自分の性格に合ってるなってのは、そこで気づきましたね。
qbc:その後卒業されて、大阪の大学に勤めるという流れですかね。
自分の人生の中をふりかえって、これが一番大きい出来事っていうと、どんなことでしょうかね?
馬場:ヒップホップにどっぷり関わってたアメリカでの2年間の仕事期間というのも、もちろん大きなイベントだったと思うんですけど。
僕のターニングポイントまではいかないけど、大きなきっかけをくれたのは、28から30まで行ってた大学院で知り合った教授かな? その教授との出会いってのは、すごく大きいですね。
その教授との出会いから1年ぐらい経ったときに、その教授が大阪にある大学の副学長になったんですよ。副学長になる際に、私に仕事のオファーを頂けたんです。そこで大阪の大学に入職することになるんですけど、最初は職員で、1年後にはある部署の研究員になるっていう予定でお話を頂いていたのですが、実際入ってみたら、研究員になるって話が組織の事情で難しくなってきて。結果として大学職員を7年間務めたっていう感じなんです。でも、今振り返ってみると、大学7年間職員やってたっていうのがものすごく今の自分の力になっていますね。
今、大学教員をやってる一方で、専攻長相当の役職にもついていて、教育や研究だけではなく、大学運営にもがっつり絡んでるんですよね。
大学を運営するときに、教員だけでは見えなかった職員としての大学運営ノウハウ、経営ノウハウっていうのが今ものすごく活きています。
それに加えて、この副学長からのご紹介で私が専門とするサービス・ラーニングの日本での第一人者の方に博士課程をご指導頂けることにもなったので、副学長との出会いっていうのがすごく大きかったなと思いますね。
未来:生涯ヒップホッパーでありたい
qbc:5年後10年後、直近のことだったり、20年30年後、最後死ぬまでっていうところをイメージしていただき、未来、どんなイメージでいらっしゃいますか?
馬場:まあ、近々の5年以内ぐらいは、まずはヒップホップに関係する本を出版したいなと思ってますね。
博士号を取得してるんですけど、博士論文に加筆したものを本としてまず出版したいなと思っています。博士論文自体はヒップホップに関するものではなくて、サービス・ラーニングについて書いたものなんですけど、加筆の部分で今取り組んでるヒップホップのサービス・ラーニング実践を加えて、ヒップホップに関係する本として出版したいなって、今動いてるところですかね。
でもまあ、大学の教員が出す本って、人気の教員とか面白いテーマを研究してる人ってのは、出版社から書きませんか? っていう声がかかってきて、出版社持ちで本が出せるんですけど、ほとんどの教員ってのは自費出版なんですよ。特に最初の博士論文を出版するような教員っていうのは、もうほとんどが自費出版になっていて。
で、今、ある出版社に見積もってもらったところ、300万ぐらいやっぱかかるんですよね。
300万ってちょっと大きなお金なので、国からでてる研究助成金で科学研究費というものがあるのですが、研究成果の出版を助成する枠があって、今それに申請してるので、もしこれが採択されたら次年度本を出版できるっていう感じですかね。
qbc:ヒップホップ関連の本も書きたいと思ってらっしゃる?
馬場:もう、めちゃめちゃ書きたいですね。
ヒップホップの教育実践を集めた教育実践集みたいなのを出したいなと思っていて。私だったら、ヒップホップとサービス・ラーニングを繋げた教育実践として、1章、2章、みたいな感じで入れられるじゃないですか。で、研究仲間の中に小学校の教員で、ヒップホップを取り入れた教育活動をやってる方とかもいたりするので、そういった方の実践だとか。
<「総合的な学習の時間」事例:HIPHOP CHANGE DA WORLD.>
まだまだいると思うんですよね、日本に。公にはなってないけど、地味に自分の教育活動の中にヒップホップを採り入れてるって人が。そういった方たちを集めた教育実践集っていうのはめっちゃ出したいなと思いますね。
qbc:ポケモン言えるかな? みたいなのは馬場さんの中ではどういう扱いになるんですかね?
馬場:僕の中での教育実践というのは、学校で取り組んでる、とかのレベルかな? 一応、線引きとしては。
なので、もちろんラップで歴史を歌ってみたみたいなものがあったりとか、教育テレビでラップでなんかする、みたいなのは見たことあるんですけど、ああいうのとはちょっと違うと思っていますね。
教育を専門にしていて、ヒップホップにもつながっていて、それを教育実践に採り入れてる方、っていうのを私は想定してますね。
qbc:なるほど。未来において、こういう感情でいたいなってありますかね?
馬場:ヒップホッパーですね。生涯ヒップホッパーでありたいなと思っていて。
で、多分これは私のヒップホップに対するコンプレックスでもあると思うんですけど。ヒップホッパーって、要はラップができたりとか、DJができたり、ブレイクダンスができたり、ヒップホップの要素をなにかしら実践できる人がヒップホッパーじゃないですか。
僕は、ヒップホップがめちゃめちゃ好きなオタクってだけで、なにもできないんですよ。
友達と遊んでラップしてみたとか、そんな程度はありますけど、アマチュアのレベルで。ガッツリやってみたとか、そんなんはないので。ヒップホッパーに対する憧れっていうのがすごく強いと思うんです。
で、僕の中では、ヒップホップを教育に採り入れて、ヒップホップをやってるっていう位置づけにしてるので。ヒップホップ4大要素に取り組んでプロとしてやってる方々からすると、なにがこれでヒップホッパーだよ、って思われるかもしれないんですけど、僕は、僕なりのヒップホップのやり方で、ヒップホッパーとして人生を終えたいなと思ってますね。
qbc:なるほど。未来において、この場所にいたいとか、そういうのはありますか?
馬場:出身横浜なんですけど、最後は横浜にいたいなと思いますね。アメリカに行った時点で地元の友達とは疎遠になっちゃったので、地元の友達と特別繋がりが強いとかそういうのではないんですけど。やっぱりこの、横浜で生まれ育ったっていうのが、自分の中でアイデンティティが強かったりするので。
で、自分の専門であるサービス・ラーニングっていうのも、地域課題にコミットするっていうのがテーマになっているので。やっぱり最後は、自分が生まれ育った横浜で、地域に関わっていきたいなってのはすごく強いですね。
qbc:なるほど。もしもの未来という質問をしておりまして。
我慢とか、節制しなくちゃいけないことを全部とっぱらって、何してもいいよ、ってなったら、今何が一番したいですかね?
馬場:ゼミのみんなでラップ作ってみたいな、っていうのはあります。
個人的に遊びでレコーディングとかやってたことはあるんですけど。それを、もうガッツリ、例えばバジェット(※予算)とかも全然気にせずに、自分の尊敬するプロデューサー呼んで、めちゃめちゃ好きなラッパーをフィーチャリングで入れて、とかそんなんでゼミ生とすんごいマイクリレーとかやってみたいっすね。
たどたどしい学生のラップがある後に、いきなりZeebra入ってきて、みたいな。Zeebraがバシバシきめて、そのあと俺がラップして、みたいな(笑)。
そんなんあったらすごく楽しいなと思いますね。
qbc:ヒップホップっぽさありますねー。
ちなみに、ヒップホップって地域との結びつきが強いものですが、サービス・ラーニングも地域との関わりが強いですよね。
地域との関わりについては、馬場さんはどういったお考えをお持ちでしょうかね?
馬場:地域に対して特別なにかがあるというよりは、学生が学んだ内容を、学校だけにとどめておくのは勿体ないなっていう考えですかね。
ちゃんと学んだことを地域社会に還元していきたいっていうのがすごく根底にあるんです。あとは、学校の机の上で勉強するよりも、実際に自分で経験して学んだ方が、絶対学びになるよ、っていうのがあるので。
サービス・ラーニングは経験主義に基づく教育手法なんですけど、やっぱ経験してなんぼでしょ、っていうのが自分の中にはありますね。地域に対して何かをしたいというよりは、学生が学んだことを社会に還元したいっていうことと、あとは、学生が地域に出て、実社会を経験してもらいたいっていうのが大きいですかね。
qbc:教育寄りの視点なんですね。
ちなみに、最近あった、ヒップホップ的に大きい出来事ってなんでしょうかね?
馬場:うーん、ヒップホップ的に。あれかな。やっぱり、ヒップホップを教育実践に取り込めてるってことがやっぱり一番大きいことなのかな。
28で大学院に行き始めて、論文を探す、読む、っていうのができるようになってくるじゃないですか。そんときに、Hip Hop Based Education、ヒップホップに基づく教育手法っていう論文を読んだんですよ。
そんときに、絶対これやりたいと思ったんですよね。それが28、29ぐらいで、今37なんですけど、10年越しでできるようになったので。今、日々の生活でやってることだからなかなか気づきにくいんですけど、ヒップホップの教育実践ができてるってことは、今の私の人生の中ですごく大きいことですかね。
qbc:今回、山口の大学でヒップホップを教育にできるぞ、って決まったときって、どんな感じでした?
馬場:もうアドレナリン出すぎて、ぶっ倒れそうでしたね。
qbc:なるほど。自己評価が30点ていうのは、めちゃくちゃ興奮した状態だったからっていうのもあるんですかね。
馬場:そうそう(笑)。そこも結構大きいんですよ、自分の期待値が高かっただけに。
qbc:来年度は、どういう取り組みをされる予定でしょうか?
馬場:今回、海洋ゴミ問題っていうのがすごくうまくいったので、海洋ゴミに焦点をあてて全体の取り組みとしてやっていきたいなと思ってますね。
学生と話してたのが、今回はグラフィティを通して海洋ゴミの認知度を上げるっていうことだけだったけど、山口県は観光魅力度が47都道府県の中でものすごく下の方に位置してるので、ラップを通して海洋ゴミの認知度を挙げながら、山口県の魅力向上にも繋がるようなことをしたいですね。海洋ゴミ問題解決と観光誘致を合わせてやっていけたら、もっと面白い取り組みになるなっていうのはすごく感じてます。
qbc:ラッパーのDOTAMAさんが、佐賀の観光PRでラップしてたりしますしね。
ところで、最近一番楽しかったことってなんですか?
馬場:先ほど話した、博士論文に加筆修正した本を書いてるところなんですけど、その加筆の部分が主にヒップホップのことになるので、やっぱりヒップホップの文章を書いてるときはものすごく楽しいですね。
もちろん、年末年始に甥っ子と遊んで楽しかったとか、そういう楽しさはまた別途あるんですけど。ヒップホップのことを仕事としてやれてるところが、自分の人生の中でやっぱ楽しいなと思いますね。
qbc:最後に言い残したことはありますか?
馬場:これは教育者の方々に向けたメッセージになってしまうんですけど、教育の現場にいて、ヒップホップを活用して教育実践をやられてる方がいたら、どんどん私にメッセージいただきたいなって思ってます。一緒に何かやりたい。
先ほどお話した、小学校教員でヒップホップの要素を入れた実践やられてる方とも論文書いたりしたんですよね。研究活動で一緒に協働することでもいいですし、私が大学なので、例えば、中学高校の方と大学でコラボして、何か教育のワークショップするとか、ヒップホップ絡めたものをやるとか、そんなことでもなんでもいいですし。
とにかく、ヒップホップを教育に取り込んでいる人のネットワークをどんどん構築していきたいなと思ってるので。このインタビュー見られたりとか、私のブログを読んでいただけたら、どんどんメッセージ欲しいです。一緒になんかやりましょう、とかでもいいんですけど。
(TwitterにDMお願いします!!)
あとがき
博士号を持っている方のインタビューは、5人目くらいですかね。。だいたい1%くらいですかね。
日本の人口の中での博士号持っている比率は0.4%らしいので、それよりは2倍以上多い出現率ということで。
専攻は、文学、物理学、神話学、とわりかし多岐にわたっているのではないのだろうかと。
ヒップホップ回は個人的に楽しめました(また繰り返しますが)。
これは個人的に企画インタビューやりたいなと思ったり。
インタビュー担当:qbc
編集協力:あおい
#無名人インタビュー #インタビュー #自己紹介 #ヒップホップ #教育 #学問への愛を語ろう
マガジンで過去インタビューも読めますよ!
インタビュー参加募集!

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたサポートは無名人インタビューの活動に使用します!!