いっそ周りも私と同じぐらい深く考えてしまってくれたら浮かなくて済んだのにと思う人
風が吹くと桶屋が儲かるって言うじゃないですか。これって、いったい、どういう意味?
風が吹くでしょ、そうすると、いろんな出来事がいろんな風に起きて起きて起きて、まわりまわって桶屋が儲かるって意味なんですよ。
で、でも、そこから導きだされる説教って、なんでしたっけ?
単純に、風が吹くだけで色んなことが起きるってこと?
それとも、風が吹いただけでも何が起きるかわからんから気をつけろってこと?
それとも、風が吹き、桶屋が儲かるというように因果は読めないからもう予測をするのを止めろ?
わからん。釈迦でもわかるまい。
ということで、今晩の夕ご飯は何かしら?
世の中、わからないことはたくさんあるんだなって思います。それで、わからないものって、ちょっと不気味じゃないですか? 風が吹けば桶屋が儲かるも、なんかその意味がしっかりわかってればナルホ堂案件なんですけど、夕ご飯も何ご飯かわかっていればスッキ林檎なんですけど、なんていうかねもう、わからないものは嫌になる。つまはじきしたくなる。いらなくなる。どうでもよくなる。自分たちの世界から消してなくしたくなる。自分たちの視界から消しさりたくなる。
つまりそれが排除ってね。
今日の無名人インタビューも排除しないでね、って・よろしくお願いします(主催:qbc)
今回ご参加いただいたのは 生きにくい釘 さんです!
現在:一番メインなのが抑うつ状態で。今はちょっと元気に喋れてるんですけど、ひどいときは寝たきりだったりして働けない状態っていう感じですね。
qbc:今、何をしている人でしょうか?
釘:ちょっと仕事してなくて、病気でお医者さんから働くのを止められてるので、自宅で文章を書いたり散歩したりしつつ、暮らしてるって感じですね。
qbc:一日のタイムスケジュールを聞いてもいいですか?
釘:結構バラバラなんですけど、調子いいときは大体朝8時ぐらいに起きて、メンタル系の病気なんで「朝起きたら散歩に行くといいよ」ってお医者さんから言われてて。ちょっと散歩に出たりして、朝ご飯食べて、その後体調にもよるんですけど、文章を書いたりして。
趣味で過ごすこともあれば、室内にルームランナーがあるので、室内でも運動するときもあったりして。あとは、お昼食べて午後からは家事。家の掃除とかしたりしながらのんびりと過ごしてますね。あんまり外には出ずって感じですね。
qbc:今は1人で暮らしているんですか?
釘:一人暮らしです。
qbc:病名をお伺いしてもいいでしょうか?
釘:病名いっぱいついちゃったんですけど、一番メインなのが抑うつ状態で。今はちょっと元気に喋れてるんですけど、ひどいときは寝たきりだったりして働けない状態っていう感じですね。
人と関わるのがちょっと怖いみたいなところがあって、今日も実はお話するの結構緊張してるんですけども、外に行くのがやっぱりちょっと怖かったりっていうのがありますね。
qbc:いつ頃から、そういった生活をされてるんですか?
釘:ちょうど1年ぐらい前に休職1回挟んで、そのまま退職っていう流れになったので。最後にフルタイムのお仕事を辞めたのが1年前なんですけど、その後もちょこちょこ短時間の仕事はしてたので、完全に働けてないっていうのは今年に入ってからですね。
qbc:基本的にどんな状況でしょうか?
釘:やっぱり沈んじゃうときは沈んじゃうんですけど、沈んでてもしょうがないなみたいな、ちょっとでも前向きに過ごせればなあみたいなところがありまして。前向きになろうと頑張ってるような状態っていいますか。
例えばなんですけど、私、精神の障害者手帳もらうにいたっちゃったんですけども、それでもへこんでてもしょうがないなって思って、マカロン柄の布でデコちゃったんですよ。障害者手帳って連想する人はあんまりいないと思うんですけど。そんなふうにやっぱりへこんでてもしょうがないなって思って、できるところからちょっと明るくしていこうみたいなところがありますね。
qbc:なるほど。趣味はありますか?
釘:趣味は文章を書くこととか物作り全般なので、料理もそうなんですけど。ちょっと元気なときはお洋服を縫ったりだとか、あと簡単な日曜大工。棚みたいなもの作ったりっていうこともしてますね。
それから変わったところだと、もの作りではないんですけど、水タバコ、シーシャっていうんですけど、そういうのをちょっと自宅で吸ったり、リラックスしてます。
qbc:どういった文章を書かれていますか?
釘:自分ではそこまで変わってるかな?っていうふうに思うんですけども、noteの方で普段思ってるようなこととか私結構人から「変わってること考えるよね」っていうふうに言われることが多いので、その普段考えてるようなことをちょっと面白おかしく書いてみたりだとか。
ちょっとフィクションを交えつつ、でもエッセイ調な感じで書いてみたりとかっていうことをしてます。
qbc:“変わったこと考えてる”とは、具体的にどんなことですか?
釘:例えば何か物事を決めるときにAにするかBにするかっていうのがあると思うんですけども、気分で選ばないで、どっちが得するかなじゃないんですけど重みづけで選んじゃうんですよ。Aにしたら、この部分が得するのでプラス1点、でもBにしたらプラス2点。Aだとマイナス1点でBの方が2点ほど得だなBを選ぼうみたいな感じで選ぶことがあるんですけど、結構周りの人に聞くと、そんなに厳密に考えないよなんていうふうに突っ込まれてしまうのでちょっと変わってるみたいですね。
qbc:例えば、どんなことに厳密な考え方を利用するんですか?
釘:あらゆることですね。ちょっと窓開けとこうか閉めとこうかとか、そういうことから。
qbc:その考え方自体はご自身でどう思われていますか?
釘:まず長らく自分の中では当たり前のことっていうふうに考えてきたので、ちょっとこれ以外の考え方が思い浮かばないっていうのが正直なところですね。
qbc:無名人インタビューを受ける受けないは、どういう判断だったんでしょうか?
釘:同じように重み付けで考えたんですけど、受けるとしたら新しいことに挑戦するのは見方が広がっていいことだ+1点、いやでもかなり緊張する-2点みたいなふうに考えまして。
でもやっぱり新しいことは何かやってみたいなっていうことで、えいやっ!と今回受けてみたって感じですね。
qbc:新しいことは緊張する・・・でもしたい?
釘:そうですね。
qbc:緊張するのは嫌ですか?
釘:正直、緊張するのは嫌というか、苦手ですね。なるべく避けたいです。
qbc:。文章は自分の考え方を書かれるんですか?
釘:そうですね。小さい頃から変なこだわりがありまして。例えば右側見たらあの左側見ないと、世界の重さのバランスが崩れるみたいな変な思い込みがあったりとか、そういう妙なこだわりがあったんですよ。そういうことを書いてみたりだとか。
あとは、友達づきあいするときなんかに友達を条件で選ぶことの良い点・悪い点みたいなことを書いてみたりだとか。それから、小さい頃住んでた町というか村は結構な田舎でして。変わった風習なんかが残ってたので、それに関してもちょっと面白おかしく動かしつつ、書いてみたりなんていうところがありますね。
qbc:今、一番好きなものって何ですか?
釘:やっぱり何か物を作ってる時間ですかね。文章を書いてる時間もそうだし、もうそれこそ、DIYしてるときもそうなんですけど、何かしら作ってるときが一番楽しいです。
qbc:なんで楽しいんですか?
釘:自分の想像の中の世界のものを実際に形にできるっていうのが、すごく面白いっていうのがありますね。
qbc:物を作るっていうのは、判断の連続だと思うんですけれども、どういうふうに判断されていますか?
釘:これは意外とですね、文書を書くときで例えると、結構没頭してるっていうかこのときに関しては+1点、-1点で考えたりしないでガッと思いつくままに進められちゃうんですよ。文章書くなら頭の中で流れてる文章、思ってる文章をそのまま文字にしたりっていうところがあるので、判断の連続ではあるんですけども、+何点とか考えなくていい分、案外楽かもしれないですね、こっちの方が。
qbc:加点減点方式するものと、しないものって、違いが明確にわかれていますか?
釘:結構そうでもなくて。日常生活ではあらゆるものを加点減点方式で考えちゃってますね。
今おしゃべりしててようやく私初めて気づいたぐらいで、そういえば文章を書くときはやってないなっていうぐらい結構自分の中では当たり前なものになってますね。
qbc:今一番楽しくないことは、何ですか?
釘:やっぱり病気の面でちょっと気分が沈んでしまったりってことあるんですけど、それが実は嫌なことがあるから気分が沈むとかでなくて、勝手に気分が沈んじゃって、ちょっと難しいと思うんですけども、楽しいことがあっても調子が悪いと気分は勝手に沈んじゃうっていうことになってしまうので、しんどいですね。
qbc:人からは、性格についてなんと言われますか?
釘:人からはちょっと変わってるって言われることもありますし、あとは自分ではそう思わないんですけど、なぜか真面目だって捉えられることが多いですね。
qbc:他に、自分が変わってるなってポイントありますか?
釘:難しいですね。人から見たら変わってるかもしれないけど、自分の中では普通のことなので。
ただ、人間関係は今までそこそこ苦労してきたので、いわゆる普通っていうのがわからないっていう点は変わってるのかな。
例えば、普通、人と会ったらまず天気の話でもして打ち解けるよねみたいな、教科書にはない当たり前ってあると思うんですけども、そういうのがいまいちピンとこないといいますか、いちいち考えてしまうんですよね。初めて会って、この相手は何の話が地雷かな、何の話したら喜ばれるかなみたいに考えすぎてしまうので。
その点はひょっとしたら変わってるって言えるのかもしれないですね。
qbc:真面目って思われるのはなぜか、考えたことありますか?
釘:今まで当たり前に、時間を守ったり忘れ物しなかったりっていうのはしてきたんですけども。
周りの方を見ると結構悪気なしに、悪い意味じゃなくて「ちょっとだけ、ごめんなさい。遅れます」とかそういうことが結構あるように思えるんですよ。
そういう細かいミスとかをしないように、過剰に気をつけてしまうみたいなところ。
待ち合わせ時間の何分か前に、もうその場にいたりとかっていうのが、もしかしたら真面目っていうふうに捉えられてるのかもしれないなって思ったことあります。
qbc:そういうふうに相手に伝えるのは、嫌ですか?
釘:それよりも遅れるっていう選択肢がないといいますか。
例えば、待ち合わせが1時だったら1時以外の、はなから遅れるっていうパターンを想定してないといいますか。何が何でも1時にいなきゃっていう感じですね。
qbc:ところで、好きな食べ物は何ですか?
釘:フルーツ全般好きなんですけども、ちょっと変わってるところだとドラゴンフルーツ好きです。あの味がないことで有名なドラゴンフルーツですね。
qbc:なぜ好きですか?
釘:そのままだとほとんど味ないんですけども、レモン汁とか絞ってつけて食べるとちょっとだけ甘くて爽やかで美味しいんですよ。その味が好きだっていうふうに主張してるんです。結構周りの人間には理解してもらえないんですけど、シンプルに味が好きです。
過去:自分はこうされたいから周りの人にはこういうふうに接してみようみたいな計算ずくの行動っていうところがちょっとありましたね。
qbc:子供の頃はどんなお子さんでしたか?
釘:子供の頃から変わってるって言われることが多くてですね。
例えばエピソードとしては小さい頃って人前で踊るようなことって、何かの会で踊るような機会ってやたらと多いと思うんですけども、お遊戯会とかで人前で踊るっていうのができなくて、棒立ちしてしまったっていうことが結構多くてですね。普通のことが普通にできない子だ、なんていうふうに答えられたんですけど。
私からもちょっとだけここは言わせてもらいたいんですけど、私なりにいろいろ考えてて。
人前で踊って周りの大人を楽しませるだなんて、言い方悪いけど遊女みたいなもんじゃないかっていう、なんか変な捉え方をしてたんですよ。踊って周りの大人を楽しませる・・なんかサービスする人みたいなもんじゃないかっていう変な捉え方をしててですね。そんなことこっちもプライドがあるんだからやってやらないよみたいな、妙な考え方と妙なプライドを併せ持つ変な子供でしたね。やっぱり捉え方がちょっと変わってるんですよね。
qbc:なぜ嫌なのかと、はっきり言葉にしたのっていつ頃ですか?
釘:実は言葉に関してはやたら早くて。
幼稚園の頃からそういう職業でサービスする人みたいなもんじゃないかっていうのをぼんやりとですね。遊女って言葉ではなかったかもしれないけど思ってましたね。
1歳か1歳半ぐらいから大人と変わらず敬語を使って喋ってたって聞いたので、その辺に関してはやたらはやかったみたいです。
qbc:その頃の自分の性格ってどんな感じでしたか?
釘:多分、結構な頑固なタイプでして。頑固というか自分ではそのつもりはないけど、結果的にお高くとまってるっていうふうに思われちゃうようなタイプといいますか。
例えば、お友達から外遊びに行こうって誘われるっていうことあると思うんですけども、私の場合自分からお友達に誘いに行くことってまずなくてですね。
1人で本読んでても別に構わないしなんて思ってまして。ただ話しかけてくれる分には遊ぼうって言われちゃったら、外に行ってやるのもいいよぐらいのスタンスだったので。結果的に頑固でお高くとまってる考える人というふうに思われてたんじゃないかって、今思えばありますね。
qbc:当時の自分の感覚は覚えてますか?
釘:周りの目を気にしがちといいますか、特に周りの大人の目。先生とか、田舎だったので近所の人、親戚、あと家族の目を気にしがちっていうところがありまして。っていうのは言葉が早かったとか考え方が違ったっていうのもそうなんですけども、周りの子供たちと違った面があると大人からのフィードバックが多いといいますか「〇〇ちゃん、こういう子だね~」とか結構いろいろ言われるんですよ、良い点悪い点。なので大人たちから見てこの行動はどうなのかなっていうのは、それこそ幼稚園生の頃から考えつつ行動してたって感じですね。
qbc:はい。
釘:一つ覚えてるのが、ひらがな・カタカナ結構読めるようになったのが早かったんですけど、そうすると幼稚園の先生ってすごいオーバーに「すごいねすごいね」って言ってくるんですよ。それがちょっとあまりに続くと言い方とってもひどいんですけど、子供心にちゃんとしつこい!みたいところがありまして。そうすると、この先生の前ではひらがな読める素振りをしたらまずいかな、それともスルーしてくれるかな、そういうふうに大人の目を妙に気にしてるっていうところはありました。
qbc:なぜ気にしてたのかってわかりますか?
釘:やっぱり自分なりに快適に生きようとしている上でですね。
さっきの例で言うと、周りの先生たちから大げさに「すごいねすごいね」って言われるのが不快なところが若干ありますし、周りの人との兼ね合いといいますか、自分はどうされたいっていうのをある程度コントロールしてた。自分はこうされたいから周りの人にはこういうふうに接してみようみたいな計算ずくの行動っていうところがちょっとありましたね。
qbc:小学校は、どんなお子さんでしたか?
釘:小学生は3年生の初め頃までは、自分で言うのもなんですけど、絵に書いたような優等生といいますか、とにかく大人の言うことを聞いてつつがなく日々を終了させようみたいな、とにかく怒られないようにみたいな感じで行動してたんですよ。
幸い運動も勉強もまあまあできる方だったので、本当に褒められるようなことしかなくて。
自分で言うのもあれなんですけど、怒られずみたいな感じでやってきたんです。
qbc:はい。
釘:でも小学校3年生のときに、たまたま風邪で学校を何日か休んだことがありまして。
休み明けに学校行ってたまたま授業中さされて、答えがわかってたんですよ。わかってたんですけども、間違えたらどうしようっていう、急に不安になって答えられなかったっていうことがありまして。そこからですね、本当にそれをきっかけに180度変わったというかいろんなことが恥ずかしくて怖くなってしまって。卒業までですね。
先生にそれ以後、当てられても答えられなかったりとかていうことが、あったというかそうなっちゃいまして。
小学校6年生まではそうだったんですけども、中学生になって小学校のみんなとは違う学校に1人だけ私立に行ったんですよ。田舎なので、大体は公立の中学校に100%持ち上がりなんですけど。それで1人も知ってる子がいない環境に行ったのでそこでリセットされて、また普通に戻れたっていう感じですね。
qbc:田舎というのは、どれぐらい田舎ですかね?
釘:育った町の中には駅がなくて、県境にある村だったんですけど隣の県まで出てようやく駅があるっていう有様でしたね。
qbc:コンビニはありましたか?
釘:かろうじて2軒かな、あったと思います。実家からだと歩いて15分20分とかですね。これでもかなり近い方だったんですよ。
qbc:中学校はいかがでしたか?
釘:言い忘れてたんですけど、小学校の5・6年のときに軽く不登校といいますか、保健室登校になりまして。
中学1年のときは、復活といいますか普通に過ごせたんですけど、中学2年の後半からまたまた不登校になりまして。自分で思うに人と接することにすごく計算づくっていうか考えすぎてしまうことがあって、多分疲れてしまうんじゃないかなって思うんですよ。限界に達するといいますか、緊張の糸がどこかでプチっと切れて頑張れなくなって、後半いつもできなくなってしまうってことがあるんです。そんなこんなでやっぱり不登校っていう風になりましたね。
qbc:なるほど。その後どうなりましたか?
釘:実は中学校が中高一貫生だったんです。
同じ高校に上がるのは不登校だしちょっと難しいんじゃないかっていうことで、外部の通信制の高校に転校って扱いになりますかね。進学しまして。
そこから通信制の高校であんまり通わなくて済むっていうのもありまして、いろいろ人と違った試みというか、趣味の面を充実させてったっていうのがあるんですよ。
中学生ぐらいから、将来自分はいわゆる普通に週5だとか週6で働いて暮らすっていうのはもう無理だなっていうのは薄々気づいてしまいまして。
qbc:はい。
釘:高校に入って毎日学校に通わなくてよくなったっていうのがあったので、これが幸いとですね。いろんなことに手を出すんですよ。それこそ公募ガイドを買ってきて、文章をコンテストに出してみたり、イラスト、標語、とにかく物作り系のコンテストに目についたの片っ端から出してみたっていうのがあるんですよ。
この高校・大学ぐらいの時期が内心かなり焦ってまして、楽しんでやるっていうよりかは、大人になるまでに何かしら普通じゃないような手段でお金を稼げるようにならないと、自分は駄目になるみたいな、そういう焦りがありまして。本当に志のある方は文章って決めたら小説しか出さない!とかだと思うんですけどそんなことなく、とにかく商品が豪華そう!これなら自分でもいけそう!地方の小さなコンテスト行けるかな?みたいな片っ端からとにかく手を出してたっていう状態でした。
qbc:本はどんなものを好みますか?
釘:やっぱりフィクションの小説とかは好きではあるんですけども、作家さんが誰が好きとかではなくて、図書館に行って結構ぱっと目についたもののタイトルが変わってたとか、カバーがちょっと派手だったとか本当に目に付いたものを手に取って読んじゃってるところがありまして、こちらも本当にこだわりなしっていうか文字があれば読んじゃうような感じでしたかね。
qbc:好きなタイトル、好きな傾向などあったりしますか?
釘:ライトノベルみたいな意外性のあるタイトルだと、どういうことだろうと思ってちょっと開いて2、3ページ読んじゃったりとかっていうのはありますね。あと表紙が、抽象的な感じのフワッとしたイラストってよりかは、何かを表してる多分この小説の中でキーワードになるんだろうなみたいなものがシレっと描かれてるみたいな、そういうこれは何だろう?と考えさせるような、表紙のものだとちょっと読みたくなっちゃいますね。
qbc:具体的には?
釘:例えば、表紙に車が描いてあって別に何色の車でもいいのに、ちょっと目立つような赤くて丸っこいような車が描いてあったりすると、「これもしかして作品の中で主人公が乗るような車なのかな」ってちょっと気になっちゃったりするんですよ。別に青でも黒でもいいところ、わざとちょっと派手なものだったりすると。
qbc:家族との関係っていかがでしたか?
釘:家族はですね、少々仲が難しいといいますか。両親はですね、ものすごく良くも悪くも普通な人というか、私が将来普通に暮らすのは難しいだろうなって思ってたのと裏腹に、普通に暮らせばいいじゃないみたいなところがあったんですよ。そんな趣味のよくわかんないことなんかしないで普通に会社員になって暮らしていけばいいじゃないみたいなところがありまして。
qbc:はい。
釘さん:ちょっとそれ関係のエピソードで忘れられないのがですね。
私、結構趣味でいろんなもの、コンテストなんか出品してたってさっき言ってたんですけども、ありがたいことに賞をいただくこともちょいちょいありまして。
例えば、イラストコンテストではTシャツのデザインコンテストで優勝して商品化したことが1回あったり、文章に関して高い賞なんかはもらえなかったんですけども、詩の方で商業出版しませんかっていうお話を何度かもらったりっていうのがあったんです。その時高校生で、自分も親にあんまり逆らえるタイプじゃない、変な意味でいい子ちゃんみたいなところがあったので、親に許可取らないと動けなかったんですよ。こういう出版してみないかっていう話があるんだけどどうかーなんて。すると親はやっぱり、普通に子供に過ごしてほしいわけなんで。それ怪しくない?詐欺じゃない?そんなことしなくてもいいじゃない?みたいに反対されて。
結局できなかった、断っちゃったっていう思い出があるんですよ。ちょっと勿体なかったんですけど。
それもあってどこかやっぱり、仲は悪かったというか根っこのところでわかり合えないといいますか、本当に親からしてもなんでだろうだったと思うんですよ。「何でこの子は普通に暮らせないんだろう」みたいな。私からしても、根っこから普通じゃないんだからしょうがないだろ普通じゃなく生きていく方法を探りたいのになんで普通にしてほしいんだろう、押し付けみたいなところがありましたね。
qbc:大学では何を学びましたか?
釘:こちらも通信制なんですけども、教養学部1択しかないってちょっと変わった学校でして。
何を学ぶっていうふうにわざわざ挟めないで、むしろ、自分のやってみたいこと全部やってみなよみたいなスタンスの学校だったんですよ。本当にそのとき自分がやってみたいことを全部やってみたんですけども、最初は私、確か数学系といいますか。入学時はプログラミングコースとかそっち系で入ったんですよ。ただ実はちょっと打算がありまして、元々はがっつり文系が好きだったんですけども、そっちよりもプログラミング系の方が就職するときに有利かなっていう打算があって、かつ情報系コースっていうのが新しくまだ2年ぐらい前にできたばっかりだったので、それもあって興味で入ってみたんですけど、これも2年時のあたりですね。
やっぱり本当に自分の好きなことやってみた方が楽しいっていうふうに思い当たって、人間と文化コースだったかな。ちょっと変わった名前のコースなんですけども、ガッツリ文系専門のコースに、変わったっていうことがありまして。だからトータルで見ると本当に理系の授業を取ってたり、文系の授業を取ってたり、この人は何をしたかったんだっていうふうに思えるような、本当に何でもやってましたね。
qbc:その後はどうされましたか?
釘:その後、同じ学校の大学院の方に進学したんですけども。
大学院が本過程に入学するのはもちろん大学卒業後で、大学に通いながら二重に所属するといいますか、入学前に先に大学院の授業の単位を取ることもできたんですよ。周りみると、2年で終了させることにあまりこだわりがない学校で。
自分はやっぱり大学院の前期課程を2年で終了をさせるのはちょっと難しいんじゃないかみたいなところがあったんですけども、最短で卒業したいっていうのがあったので、大学4年時と大学院の1年目がかぶってるといいますか。二重に所属して両方勉強してたっていう感じでして、大学院の本入学前に、単位の方は全部取りわってるっていう状況で入学できました。2年間は研究だけに没頭するっていう形で勉強してました。
qbc:そしてその後、就職して休職してみたいな感じですか?
釘:就職して・・なんですけれども、私実はスーツっていうものにすごく苦手意識がありまして。スーツ着たくないなって思ってたんですよ。
qbc:はい。
釘:私、将来的にも結婚するつもりとか全くなくて。実はLGBTでXジェンダーのアロマンティックアセクシャルって言って、性自認が男性でも女性でもないんですよ。
アロマンティックアセクシャルっていうのは、恋愛感情とかを他者に抱かないっていうことで、将来的にも1人で生きていくってなると、それこそ派遣とかパートタイムとかでも全然問題ないんじゃないかっていうのがありまして。
一応、形だけの就職活動はしたんですけども、結局契約社員みたいな形で就職っていうふうになりましたね。就職する際に、せっかくだからって言い方も変なんですけど働き始めちゃうとなかなか引っ越しとか動くことができないって思ってたので、関東の人間だったんですけど、思い切って単身北海道の端の方に、就職と同時に引っ越しまして。そっちで働き始めました。
qbc:はい。
釘:で、働いてたは良かったんですけども何やかんやありまして。やっぱり人間関係の面でちょっと会話がどこかずれてるっていうのがあったりして、うまくいかなかったりとか。
その頃コロナが流行り始めのときで、北海道だけコロナがひどかったりって時期があったと思うんですけどちょうどそれもありまして、仕事の方でも大変だったし北海道コロナ大変だし、親が「関東に帰ってきてみたら」みたいなことがありまして私もそうかな~なんて思って。また北海道から地元ではなかったんですけど関東の方に帰ってきて。ちょっと前住んでたところの近くの県といいますか、また戻ってきたっていうことになります。
qbc:実家に帰れる距離っていうことですかね?
釘:そうですね。実家のまあまあ近くっていうところですね。
未来:例えば、小説家みたいな自宅でとにかく書くことに没頭するようなお仕事に、もし夢が叶うならそういうのにつければ最高だなって思ってます。
qbc:5年後10年後あるいは死ぬときこうなっていたいとか、未来はどんなイメージをお持ちですか?
釘:なかなか難しいですけど、やっぱり病気っていうのが今ネックでありまして、働けてない状態でもあるんで。だからちゃんと直ってるかなとかちゃんと働けるようになってるかなみたいな不安なところはあるんですけども、まずは穏やかに無理せず生きられるようになってたらなっていうのがありまして。難しいですね。
自分のやりたいことは頑張ってやりつつ、やりたくないことは断る勇気を持ったりとか。人に変なふうに気を使いすぎないように、できてれば。どっちかっていうと具体的に何してるんじゃないかじゃなくて、心の面ですね。そういう人になれてればいいなっていうビジョンがあります。
qbc:具体的にそのためにはこうしたらみたいなイメージってありますか?
釘:そうですね。何が本当に自分がやりたいことなのかとか、やりたくないことに向かっていちいちすごく深く考える必要があるかなっていうふうに思ってまして。
やっぱりメンタル面の病気だと自分の本当の感情とは別に勝手に気分が沈んでしまったりとかっていうことがあるんですけども、今疲れてるからやりたくないなっていうことなのか、本当に心からこれやりたくないことなのかっていうのを見極めていく必要があるといいますか、今これやりたくないことだなっていうふうに思って断ってしまったけど、元気になってみたらやっぱり自分ではちょっと挑戦してみたかったことだなっていうこともあるかもしれないので、自分にとって、本当にそれをやってるとき、終わった後に楽しいって思えるのかなとか、すごくよく考える必要があるんじゃないかって思います。
qbc:なるほど。人生で成し遂げておきたいことは、ありますか?
釘:ちょっと前に出版が出来なかったっていうか、反対されて話がなくなっちゃったっていうことを話したと思うんですけども、それがやっぱりずっとずっとあの心残りで。どんな形でもいいんで自費出版とかでも全然いいので、自分の文章を何か世に、出せるようなことが一度でもあればいいなっていうのは薄らぼんやりと思ってます。
qbc:もの作りや文章を書くっていうのは、自分のやりたいことなのか、それともお金を稼ぐ手段なのかっていうと、どっちですか?
釘:やりたいことっていうのが9割、1割はお金に繋がればいいなっていう期待ですかね。
qbc:自分が作ったもので相手がどうなってほしい、みたいのがありますか?
釘:できれば、媚といいますか、読んでくれた人がこうすれば感動するんじゃないかなって考えた文章でなく、自分が心から思って書いた文章で、誰かが共感してくれたりとか、何か心動いてくれたらそれはもうすごく嬉しいことだなっていうふうに思います。
qbc:ちなみに、それはなくてもいい?
釘:ないと駄目というよりか、あったらいいなですかね。そうなってほしいんですけども、それはすごく難しいことだともわかってるっていうような感じですかね。
qbc:生活に困らない状態になったら、何しますか?
釘:やっぱりそれでも文章はネットのどこかで発表し続けたりしてると思います。ひっそりと。
qbc:そのとき、読者はいなくてもいいですか?
釘:叶うことなら、少数でもいてほしいですけども。もし完全にゼロだとしても、自分が書きたいから書き続けるっていうのはあると思います。
qbc:書くことって何だと思いますか?
釘:自分のやりたいことというか言いたい事の表現といいますか、今まで結構自分は言いたいことを我慢してきちゃったりっていうことがあったんですけども、それを表に出せる手段ですかね。
qbc:なるほど。先ほど、“変わった村の風習”っておっしゃってたんですけど、それは何ですか?
釘:例えば、何かと大人が集まって飲みの席とかあったりするんです。
あまり大きい声では言えないんですけど、3歳くらいの子供にもめでたいことがあると、お酒とか飲ませようとしてきちゃったりするんですよ。駄目なんですけど。結構法律よりも、この辺の風習だみたいなところがあったりとか。
私のちょっと上、お姉さんお兄さんぐらいの年代になりますと、許嫁みたいな制度がフワッと残ってたり、おじちゃんおばちゃんが勝手に「将来の結婚相手にこの人どうだ」みたいに決めてきちゃったりっていうのあるんですよ。そういうのが世間一般というか普通の日本の価値観とはずれてるなみたいなところがありますね。
qbc:それに対してどういう感情だったんですか?
釘:幼いながら仕方ないなみたいな思いがありまして、自分はこの場所に生まれてきちゃったんだから、それに逆らえないなみたいなのをうっすら思ってましたね。
qbc:北海道に行ったのは、そこから出たかったということですか?
釘:元々旅行好きで、1人で国内外問わずに行ったりしてたんです。それで移動するっていうかどこで暮らすのにもあんまりこだわりないようになってまして、かつ北海道っていうのがシンプルに私暑いのが大嫌いなので、北海道涼しいからじゃあ行くかなみたいな、すごく簡単な理由からですね。
ただ、多少親元から遠くに離れたいっていう気持ちもありました。親、家族やっぱり一番近くにいる大人って親なので、周りのそういう圧力じゃないですけど、風習とか押し付けてくる対象の一番近くにあるものっていうイメージでした。
qbc:こんな仕事をしたい、みたいのありますか?
釘:本当に叶うならばなんですけど、文章に関わるようなお仕事。
例えば、小説家みたいな自宅でとにかく書くことに没頭するようなお仕事に、もし夢が叶うならそういうのにつければ最高だなって思ってます。
qbc:なるほどね。今も投稿されてたりしますか?
釘:今はメンタル面のこともあってちょっと疲れやすいので、そういった活動は控えめというかあんまりしてないんですけども。いつかもっと元気になったら、もっと活動をまた広げていくというか、挑戦してみたいなっていうのはあります。
qbc:人と話すことが疲れる感じですか?
釘:そうですね。言い方を選ばなければ、正直疲れるっていうのがあります。
qbc:元々いつから病院通われてた?
釘:一番古いのが、中学生の頃にもう既に不登校になったので、それ関連でメンタルクリニックに通ってまして。そこから通ってない時期もありましたけども、ずっとですね。なので、生きてく上で通ってない時期より病院と一緒に過ごした時期が長いんですね、きっと。
qbc:中学生の頃、通っていた病院は村の中にありましたか?
釘:いえ、別の県ですね。中学校も別の県にあったので県をまたいで、結構遠くの方の病院に通ってました。地元には全然ないので。
qbc:自分の今の状況を改善するためには、過去の何が一番変わってればいいと思いますか?
釘:大元ですね。周りがやっぱり田舎ってのもあって、勉強することをあんまりよく思っていなかった環境なので、考えることを悪く思わないというか、いっそ周りも私と同じぐらい深く考えてしまってくれたら、浮かなくて済んだのにみたいなところがありますね。
qbc:なるほど。
釘:すごく生意気なこと言いますと、普通のふりをすることはできると思うんですよ。
病院でIQテストとかやったときに、私ちょっとだけ数値が高くて、大学院とかもここだけの話、首席で卒業したってことがあって。やろうと思えばできないっていうわけではないと思うんですよ。ただ、やろうとすると頑張るのに疲れちゃうってだけで。
できないからやろうとかじゃなくて、頑張らなくても、生きていける方法を探し続けているんじゃないかと自分でも思いますね。
本当変な話、普通ぶることはきっと頑張ればできるはずなんです。働いてるときも頑張って周りに合わせてたんですけど、それに疲れてしまうっていう。できないから困ってるというよりか、こう“振りをする”ことに疲れて困ってるっていう。
qbc:今一番したいことは何ですか?
釘:やっぱり体力つけて文章を書きたいっていうのもあるんですけども、家から外に出ることにもちょっと目を向けたくて。1人で美術館・博物館・科学館辺りを巡ったり、あとプラネタリウムなんかも行ってみたいんです。ちょっと街歩きっていうものをしてみたいですね。
昔から美術館・博物館なんかはすごく興味があったんですけど、親があんまりそういうとこ行くのをよく思わなくて、つまらないから行かなくていいんじゃないかみたいな。自分は小遣い制ではなかったんで自分のお金もなくて、だから行けなかったんですよ。
もう飽きるほど美術館や博物館に行きまくりたいです。
qbc:今の生活はどうしてるんですか?
釘:今は働いてたときの貯金が、幸いかなりありますのでそれを切り崩してまして。ただ、だんだん減っているのは事実なんで、どうしようって焦りはありますけどね。それまでに元気になればいいんですが。
qbc:最後に読者に向けてでもいいですし、インタビューを振り返って自分の独り言でもいいですが、何か言い残したことはありますか?
釘:読者の方にですね、これをもし読んでくれてる方の中に、私みたいに「自分変わっててどうしよう、将来どういうふうに生きていけばいいんだ」みたいに悩んでる方がもしかしているかもしれないんですよ。でもですね、大丈夫って言いたいです。
私、今働けてないし貯金きり崩してるようなやつだし、それでも毎日それなりにゲラゲラ笑うような楽しいこともあります。文章を書いてれば、自分の書く文章のツボに入ってケラケラ笑ったりやっぱり100%悲しいことってきっとないと思うので、本当に。障害者手帳でデコってみたりとか、何かしら楽しいことがあるはずなので、だから大丈夫よって言いたいですね。
変わってても死ななきゃ生きてきますよって言いたいです。だから、生きてきましょうよって。
qbc:ありがとうございます。
釘:ありがとうございます。
あとがき
インタビュー担当:qbc
編集協力:ことり☆
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