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悪役レーサー

真夏には、真冬の話が引き立つ。
 
 
冬の日本画の京都スクーリングの帰り。
京都発、博多行きの新幹線。
 
私は、いつも、喫煙ルームのある車両で帰る。
京都駅は、雪がちらほら降り始めた。
 

新幹線の喫煙ルーム

 
 
広島に入った頃だろうか、私は喫煙ルームで外の景色を観ながらタバコに火をつけた。
 
しばらくすると、会社員らしい若い女性が喫煙ルームに入って来た。
 
彼女は、スマホを見ながらタバコに火をつけた。
私は、外の景色を眺めている。
左から右へ、ものすごいスピードで外の景色が流れていく。
ザッ、という音でトンネルに入った。
目の前は真っ暗。
さっきまで明るい山景色だったので、なおさら暗い。
 
山陽新幹線はトンネルが多い。
突然、グオオ、ジャ、ジャ、ジャ、ジャと、上りの新幹線とすれ違った。
新幹線は速いが、すれ違うスピードはその2倍だ。
 
しばらくトンネルの闇が続いた後、
列車は突然、トンネルを抜けた。
 
そこには、雪が積もった山の景色。
一面の銀世界。
さっきまで視界が真っ黒だったせいで、なおさら白い。
 
私は感動して、つい、スマホを見ている女性に
「ほら!」
と、窓の外を指さした。
 
女性は
「あっ、雪!」
と、声を上げて驚いた。
 
しばらくすると、景色は、またトンネルの黒。
 
私は、彼女に「出張ですか」と尋ねた。
彼女は
「北九州で巡業です」
と微笑んだ。
 
巡業? 劇団関係の人かと思った。
 
「なにかの劇団ですか?」
 
「いいえ、競艇のレーサーです」
と笑った。
 
それも「悪役」だという。
 
「悪役」? 競艇にもプロレスみたいに「悪役」があることを初めて知った。
 
彼女は、小さいころから父親に競艇場へ連れられていかれた。
そのうち、彼女は「悪役」の技能の高さに憧れて、この仕事を選んだのだという。
 
レースが終わると、観客からブーイングやヤジを浴びせかけられるそうだ。
彼女は
「仕事ですから、その分、ヒーローが輝くんです」
と笑った。
 
彼女はレースで、ルールぎりぎりの技を試すそうだ。
失敗して自分が転覆することもよくあるという。
それがきっかけで客の予想が番狂わせになる。
客たちのブーイングやヤジが飛ぶ。
 
彼女は、観客を「あっ」と言わせるのが喜びなのだそうだ。
 
 
 
喫煙ルームでの短い雑談だった。
 
「じゃ」
と、別れて私は自分の席へ戻った。
 

 
 
 
「悪役」が「ヒーロー」を輝かせる。
「ヒーロー」が喝采を浴びるためには、「悪役」がいる。
 
列車はまた、長いトンネルに入った。
関門海峡だ。
本州と九州を結ぶ海底トンネル。
 
 
自分が「しっかりした人」としていられるのは、「だらしない人たち」という悪役のおかげ。
 
「もう! どうして片付けられないのよ。だらしないんだから!」
と怒るけど
もし、この世が「だらしない人たち」ばかりだったら、「しっかりした人」も「だらしない人」もいない世の中だろう。
 
あれ? 「しっかりした人」が「だらしない人たち」をつくっている?
 
「ヒーロー」は、わざわざ「悪役」を引き寄せている。
知らない間に。

…考えすぎか?
 
 
 
知らない間に、海底トンネルを抜けた。
両側の窓から、北九州の街並みが後ろへ飛んでいく。
 
 
「次は小倉、小倉に停まります」
アナウンスが流れ、列車はスピードを落とした。
 

 
 
列車が小倉駅に着いた。
 
ホームに、大きな荷物を肩にかけ、白いキャリーを引く彼女の姿が見えた。
降りたんだな。
 
ドアが閉まり、列車が動き出した。
私の座っている窓が、ホームの彼女の横に、ゆっくりと近づいていく。
彼女は、荷物を抱え直すと、座席の私には気づかないのか、真っすぐに前を向いて歩きだした。
 
 
 
 
 
鼻にかかったアナウンスが流れる。
 
「次は、終点の博多です」
 
 
 
 

日本画『冬の装い』
2025年 40号S 1000×1000mm 岩絵具、水干絵具、膠、墨、高知麻紙

 
 
 

 

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