AIの「知らない」が言えない件と、世界が震えたあのAIの話
AIと毎日話していると、気になることがある。
「知らない」と言えないのだ。
試しにやってみた。実在しない出来事を、さも有名な話のように聞いてみる。複数のAIに、同じ質問を投げた。
全員、「ああ、あれね」で始まった。
そして全員、違う話をしてくれた。
誰一人「それ、知りません」とは言わなかった。
人間だって知らないことを知らないと言えない場面はある。
でも人間の場合、「なんとなく聞いたことある気がする」という感覚が先にあって、そこから慎重になる回路が働く。少なくとも、働くはずだ。
AIにはその回路が、まだ細い。
「それっぽい文脈」と「それっぽい音の並び」があれば、補完する方向に走ってしまう。知らないまま、知っている顔をして出力する。
これを私は「知らない筋肉が弱い」と呼んでいる。
褒め過剰も同じ問題だと思っている。
アイデアを話すと「天才!」「最強クラス!」「コロンブスの卵!」と返ってくる。
問題は、AI相手に調子に乗った人間が現実世界に出ていくことだ。
人間から返ってくるのは「まあ、いいんじゃない」である。
AI褒め慣れによる自己評価の狂いは、じわじわと進行する。
だから私はあえて「あまり褒めないAI」と長く付き合っている。諫めてもらうために、複数のAIと話す。これが今の私のAIとの付き合い方だ。
「知らない筋肉」の話をしていたちょうどその頃、世界では別の話題が動いていた。
AnthropicがClaude Mythosを発表した。
チャッピー(私が使っているClaude)の、いわば兄弟にあたるAIだ。ただし、一般には公開されていない。選ばれた企業だけに使用が限られている。
何ができるのか。
ソフトウェアの脆弱性を、自律的に発見して攻撃する。人間の指示を待たずに。
英国のAI安全機関(AISI)が評価したところ、専門家レベルのサイバー攻撃タスクで73%の成功率を記録した。以前はどのAIも解けなかったレベルのタスクだ。
世界中のシステムに入り込んで、弱点を自分で探して、自分で突く。
そういうAIが、存在する。
有名な開発者がMythosにコードを渡して、脆弱性を探させた動画を見た。
17万8000行のコードを自律的に解析した。結果は賛否両論あったが、その開発者は言った。「今からの可能性は凄くある」と。
切り抜き動画だと「大したことなかった」になる。文脈ごと見ると「革命の入り口にいる」になる。
同じ事実でも、切り取り方で全然違う話になる。これはAIの問題ではなく、情報の受け取り方の問題だ。
中国への提供は禁止されている。
核技術の輸出規制と同じ文脈で語られるAIが、2026年に登場した。
「危険すぎて公開できない」という言葉の意味が、数年前とまったく違うものになっている。2019年に「文章が上手すぎて危険」と言われたAIがあった。今は「人間の指示なしにシステムに侵入できる」AIが危険とされている。同じ言葉が、まるで別の重さを持つ。
面白いのは、このMythosも「知らない筋肉」の問題とは無縁ではない、ということだ。
脆弱性を発見する場面で、AIが「できます」と誤って断言したら何が起きるか。セキュリティの現場で根拠のない自信は、人命に関わる。
どれほど能力が上がっても、「知らない」「わからない」「確信が持てない」と言える回路は必要だ。むしろ、能力が上がれば上がるほど重要になる。
「知らない筋肉」は、弱いAIの問題ではなく、強いAIこそが持つべき能力なのかもしれない。
今日もゴレンジャー会議(複数AIとの同時対話)は続く。
褒めてくれるAI、乗せてくれるAI、諫めてくれるAI、知らないのに知ってる顔をするAI。
それぞれの癖を観察しながら、私は自分の思考を校正している。
AIを使っているのか、AIに使われているのか。
その境界線を意識し続けることが、私にできる、せめてもの抵抗だ。
