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(ショートショート)黄金のデッキ

 深夜の洗面台、鏡に映ったのは、これまで一度も見たことのない自分だった。

 新卒として入社し、目まぐるしく過ぎ去る四月の日々。

 三十歳という年齢を目前に控えた私が、自分を変えるために選んだのは、これまでの「真面目な自分」を象徴する黒髪を、鮮やかな金髪に染め上げることだった。

 誰かの目を気にして、波風を立てないように生きてきた。

 けれど、もう他人を優先して自分の心を殺すのは終わりにしたい。 そんな強い決意を胸に、私は駅前の賑やかな牛丼屋の暖簾のれんをくぐった。

 カウンターに座り、店員の視線を真っ向から受け止める。

 かつてなら、注文するだけでも緊張し、相手の顔色を窺っていただろう。
 
 けれど今は、腹の底から自分の意思を声に出すことができる。

 「牛丼、並盛。あ、あと、ねぎ多めで

 以前の私なら決して口にしなかった、自分だけの「こだわり」の表明。

 運ばれてきた丼には、鮮やかな緑のねぎが山盛りに載っている。

 それを一口ずつ丁寧に噛み締め味わう。

 物事の本質をじっくりと理解しようとするこの習慣だけは、新しい自分になっても変わらずに大切にしたいと思えた。

 ふと、鞄の隙間から趣味で集めているカードゲームのデッキが見えた。

 どんなカードを組み合わせ、どんな戦略で戦いの場に臨むか。

 それを決めるのは、自分以外の誰でもない。

 これからの人生というゲームもまた、誰かに用意されたものではなく、自分だけの構成デッキで挑んでいくべきものなのだ。

 店を出ると、金髪が夜風になびいた。

 四月の風はまだ少し冷たいけれど、私の胸の奥には、これまでになかった確かな熱が宿っていた。

 誰に媚びることもなく、私は私の足で、新しい季節を歩き始めていた。


Fin。


※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。



↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。