(ショートショート)段取りをきちんと
オフィスビルの高層階。
総務部のフロアには、常に複数の電話の呼び出し音と、目に見えない「時間」の奔流が満ちている。
私はその渦中で、役員たちの分刻みのスケジュールを捌く、いわば航海士のような役割を担っていた。
「申し訳ございません。部長の午後の会議ですが、急遽三十分後ろ倒しに調整させていただきたく…」
受話器を肩に挟みながら、マウスを操作してデジタルカレンダーのパズルを組み直す。
一つの予定が崩れれば、ドミノ倒しのように他人の時間が歪んでいく。
自分の仕事だけでも手一杯なのに、自分以外の誰かの人生の「枠組み」まで完璧に管理するのは、想像以上に過酷な作業だ。
不意に、呼吸が浅くなっていることに気づく。
思考が飽和し、パニックの予兆が指先をかすめた瞬間、私は一度受話器を置き、深く、深く深呼吸をした。
視線を上げた先、液晶モニターの端には、一枚の黄色い付箋が貼ってある。
『段取りをきちんと』
それは、私が自分自身に宛てた、最も短く最も重い戒めだ。
入社して三年。
新人という言い訳はもう通用せず、かといって先輩たちのような、どんな嵐の中でも動じない「完璧な段取り」にはまだ手が届かない。
突発的なトラブルや理不尽な変更を、いかに涼しい顔で「やりくり」するか。
その手腕こそが、総務のプロとしての絶対条件なのだ。
ふと隣のデスクに目をやると、一回り以上年上の先輩が、淀みない動作で三つの調整を同時に済ませていた。
あの背中に追いつき、自分なりの「段取り」を呼吸するように組み立てられるようになったとき、私はようやく、本当の意味で一人前になれるのだと思う。
「よし」
小さく呟き、私は再びキーボードに指を置いた。
付箋の文字を心に刻み直し、私は再び、秒単位で変化するオフィスの海へと漕ぎ出していく。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場するモノや人物は存在しません。
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ありがとうございました。
