(ショートショート)恋のスマッシュは、湯けむりの向こうへ
待ちに待った社員旅行。
行き先は、地元でも有名な老舗の温泉旅館だ。
僕は今日、この日にすべてをかけていた。
密かに想いを寄せる同じ部署の先輩に、今日こそ告白するつもりで綿密な計画を練ってきたのだ。
こういう老舗旅館には、決まって卓球台がある。
学生時代、卓球部に青春を捧げた僕の心はウキウキと弾んでいた。
温泉に浸かって身を清めた僕は、同じ部署の後輩を強引に誘い、卓球場へと向かった。
「先輩、いきなり呼び出して何なんですか、もう」
「いいから構えろ! 今日、俺にはこれが必要なんだ」
ラケットを握りしめ、僕は自分に言い聞かせるように呟いた。
「これしか勝たんのよ」
後輩は「何がですか?」とポカンとしている。
僕はこの卓球の勝利を皮切りに、勢いをつけて先輩に告白するつもりだった。
しかし、僕の決意を聞いた後輩は、気の毒そうな顔で爆弾を落とした。
「あんなに可愛い人に、彼氏がいないわけないじゃないですか。学生時代は地下アイドルもしてたらしいですよ。ちなみに相手は、社内一のイケメンのあの人ですよ」
後輩が指差した先。
そこには、旅館の貸し出し用だろうか、お揃いのパジャマ姿で睦まじく歩く二人の姿があった。
湯上がりで火照った彼女の頬骨は、いつもより赤らんでいて、幸せそうに笑っている。
その隣には、非のうちどころのないイケメン。
「あの二人、本当にお似合いですよね」
後輩の無邪気な賞賛が、僕の胸をえぐる。お揃いのパジャマ、そしてあの幸せそうな顔。
(何考えてるんだ、俺は)
「おい、付き合えよ! こうなればボコボコにしてやる!」
「ちょっと、八つ当たりはやめてくださいよ!」
僕は泣きたい気持ちを堪え、後輩を強引に卓球台の前へ引き戻した。
「くそっ!」
叫びながら渾身のサーブを打ち込む。
いつもそうだ。
考えて、迷っているうちに、誰かに追い抜かれていく。
そんな自分が、情けなくて嫌になる。
(今度こそ、今度こそは、うまくやってやる!)
暗い決意を胸に、僕は涙目で強烈なスマッシュを打ち込み続けた。
温泉の夜、僕の恋心はピンポン玉のように、あちこちへ激しく跳ね飛ばされていた。
Fin。
※この小説はフィクションです。
登場する旅館や人物は存在しません。
きわどい表現がありましたことお詫び申しあげます。
↑この企画に参加しました。
ありがとうございました。
