*≪番外編≫ 冬の思い出⛷️
⛷️⛷️
こんにちは。元看護師のうめこです。
今回は番外編、うめこが若い頃の話です。
うめこは東京生まれの東京育ちです。
現在は雪国と言われる地方に暮らしています。
うめこの若い頃は空前絶後のスキーブームでした。
ユーミンのこの曲が流行っており、『私をスキーに連れてって』の映画がヒットしていました。
御多分に漏れず、うめこも流行りに乗っていました。
うめこが通っていた看護短大でスキーの授業があり長野県のスキー場への合宿がありました。
これに行かないと体育の単位が取れませんでした。
そこからハマりました。
雪国生まれの同級生がスイスイと滑っているのを見て羨ましかったです。
あの頃はまだ、スキーの板が外れて滑っていくのを止める、流れ止めのバンドを付けて滑っていました。
そのあと少ししてから、スキーブーツやビンディングがかなり進化していった記憶があります。
また、スキー板の長さは身長よりも数cm長いものを使用するのが当時は常識でしたが、現在はカービングスキーが一般的になり身長と同じ長さになっていますね。
❄️❄️
働き始めてからも、同僚や友人と休みを合わせて取って夜行バスでスキーに毎シーズン出かけました。
貴重な時間だったので吹雪いていてもギリギリまで滑り(まつ毛が凍りました)、ナイターの時間も夕食を急いで摂って滑っていました。
さすがに吹雪いていてもう限界ということがあり、リフトのおじさんがもう滑るのは危ないからこのままリフトで下山してと言われたこともありました😅。
地元の人が天気の良い日に普段着(ジーンズ)で、ふらっと来て何本か滑って帰っていくのを見て、あらまあ~と思いました。
コブコブの急斜面を滑っていた時に、転倒してストックの持ち手が口元にあたって前歯が折れた時もありました。
咄嗟に折れた前歯を探していた自分がいて、友人が大爆笑していました。
真っ白な雪の斜面で見つかりませんでした😆。
なので前歯の1本は差し歯です😅。
スキーの上手い同僚はヘリスキーに出かけていました。
さすがにうめこはそれは出来ませんでした。
🎿🎿
それから、暫く時が経ち、ただスキーに行くだけではお金がかかるばかりでしたので、スキー救護所のバイトを兼ねて行くようになりました。
当番の時間以外は自由に滑っていて良いので、お小遣いも稼げました。
捻挫や脱臼した人が来ました。
レントゲンも教えてもらって看護師が撮っていました。
パトロールの人が救急隊員のようでした。
今で言えばスポットバイトでしょうか。
以上うめこでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また、Chat GPTイラストで遊んだものを投稿してみました。
いつか、皆さんのような画伯の様なものも作ってみたいです。


なんじゃこれ、承認欲求か!!って感じですね😆😆。
