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「お金の話を嫌う」精神保健福祉士

「お金を語らない専門職」――精神保健福祉士が“聖域化”した業界の病理

1. 「お金の話を嫌う」業界の構造的な問題


精神保健福祉士や精神保健福祉協会の研修では、驚くほど“お金の話”が出てこない。
給与、待遇、事業の持続可能性――これらは本来、組織や職能の基盤を支える重要なテーマであるにもかかわらず、「お金を語るのは卑しい」という空気が支配的である。

しかし、福祉の現場も法人という「経済主体」である。
支出・収入・キャッシュフロー・財務構造を理解しなければ、持続可能な支援など実現できない。にもかかわらず、協会・大学・有識者層の多くが、このテーマをタブー視している。

行動経済学的にいえば、これは「道徳的クレデンシャル効果」の一種だ。
“善いことをしている”という意識が、経営や効率への無関心を正当化してしまう。
「支援は尊い」という信仰が、「支援を持続させる仕組み」への探究を止めている。



2. 「ビジネスを学ばない専門職」という鎖国文化

精神保健福祉士養成校では、財務や経営の講義はほぼ存在しない。その結果、多くのPSWが「支援」と「経営」を別世界のものとみなし、事業構造への関心を持たないまま現場に出る。

しかし、就労継続支援B型や地域連携の最前線では、企業・行政・地域との交渉力が問われる。
支援者が「社会的価値を経済的価値に翻訳できる力」を持たなければ、連携も発展もしない。
海外のソーシャルワーカー教育(例:イギリス)では、“支援を経済の文脈で設計する”力が必須科目として扱われている。それに比べ、日本の養成教育はあまりに鎖国的である。

「お金の話は苦手」では済まない。
それは、「持続可能性を学ぶ機会を放棄している」ということだ。



3. 「変化を嫌う」文化と心理的防衛

精神保健の領域は、変化を恐れる構造的要因を抱えている。
一つは、心理的防衛としての「保守性」である。
クライエントとの関係に安定性を求める支援者ほど、新技術や組織変革をリスクと捉える傾向が強い。
ICT導入やAI活用が遅れるのも、「混乱が起こるくらいなら現状維持で」という集団心理の結果である。

だが、現状維持は「ゆるやかな死」と同義だ。
変化を拒み、変革を語る人を「浮いた存在」として排除する。
この同調圧力こそが、PSWの社会的認知を阻んでいる。



4. 広報下手が招く「見えない専門職」

福祉業界の広報は致命的に弱い。
「誰に、どう伝えるか」というマーケティング思考が欠如している。行動経済学の観点から言えば、これは「可視化されない価値」の問題である。

海外では、ソーシャルワークがブランディング戦略の一環として「社会的インパクト」を定量的に発信している。
たとえばイギリスでは、支援成果を数値化・公開し、企業や政策と連携している。
一方、日本のPSWは「良いことをしている」という前提のもと、成果を“語らない美徳”で包み込む。
結果、国民的理解も得られず、待遇も上がらない。
“善良な沈黙”は、構造的な搾取に加担することになる。



5. 「宗教化する専門職」への警鐘

支援現場で頻繁に見られるのは、理念が信仰化する現象である。
「私たちはこれでいい」「変わらないことが誠実だ」という空気が支配すると、もはや宗教的共同体に近い。
理念は行動を導く羅針盤であるべきだが、いまやその理念が思考停止の免罪符として機能している。

宗教社会学者デュルケムは、「信仰は社会の安定を保つが、同時に革新を阻む」と指摘した。
福祉業界もまた、理念の共同体として安定しているが、変化への免疫力を失っている。
そこに「異端」として現れるのが、経営を語る支援者である。だが、異端こそが新しい倫理を拓く。
支援の誠実さは、「理念を守ること」ではなく、「理念をアップデートすること」にある。



6. これからのPSWに求められるのは「経営×倫理」

福祉とビジネスは対立しない。
むしろ「倫理的経営」という文脈で融合しうる。
経営知を持つ支援者は、資源配分・人材育成・事業継続を倫理的に設計できる。
逆に、経営を学ばない支援者は、意図せずして“非倫理的な浪費”を生み出すことになる。

持続可能な支援とは、理念を守りながらも、経済原理を理解し再設計することだ。
ソーシャルワークの未来は、「構造の理解」にかかっている。
精神保健福祉士が経営と倫理を横断できるようになったとき、初めて社会に“見える専門職”となる。

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壬生佳孝 「スキ」よりちょっと深い応援のカタチ。 チップは「共感したよ」の気持ちだと受け取っています。

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