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[ジャズ沼のほとり] JOHN COLTRANE 30歳、本作「BLUE TRAIN」から逝去まであと10年。【超極私的名盤探訪vol.10】

 今年3月に、知人が53歳で亡くなった。突然の脳卒中。独身/一人暮らしだったので発見は遅れた…。なぜか会社に出勤しない事を部下・同僚たちがおかしいと思い、調べたところ、自宅で倒れていたのが発見されたのだ。
 ボクより一年年長だが、社会人歴としては同期。運動が大好きでマラソンなどにもチャレンジする快活なタイプ、大変な酒豪でもあったっけ。パワフルでヴァイタリティあふれる彼女が突然死を遂げたことは、大変な衝撃だった。
 唐突に人生カットオフになったのに一番驚いているのは彼女自身だろう。53年、今の時代じゃ短い方に入るだろう彼女の人生が、実りあるモノだったか、それを評価するのは本人だろうから(評価する自我が存続してるかどうかは知らんけど)、そこはボクは敢えて問わない。ただ、ボクの手元には、彼女との記憶、思い出はキチンと残っていて、それにボクは思いを馳せる。

 このnoteで扱ってるのは、音楽だ。ポップミュージックの歴史100年を振り返れば、様々な才能の始まりと終わりを俯瞰することができる。長いキャリアを充実させた人もいれば、あっという間に燃え尽きた人もいる。
 ボクは音楽をただ音楽として聴いているわけではない。その音楽を、どのような人物が、どのような時代に、どのような気持ちを込めて鳴らしていたのか、イメージしていたい。そして、その作品がそのアーティストにとってどんな人生の局面にあったのか、キチンと理解したい。その前提を理解すれば、音楽に込められた、勢い/冒険心/成熟、逆に停滞/戸惑い/凋落も聴こえてくる。音楽から人間の人生が聴こえてくるのだ。

 今日取り上げている、ジャズの巨人 JOHN COLTRANE。1926年生まれ、1966年没、40歳の短い人生。彼がプロミュージシャンになるのは20歳ごろ。しかし才能の開花は遅く、全くの無名時代を過ごしてやっと MILES DAVIS にフックアップされるのが28歳、そしてリーダー作を発表するのが30歳。ここから亡くなる40歳まで、たった10年だけ。たった10年だけなのだ。しかしこの短い期間で、彼は自分の音楽を限りない高みに持っていく。正直、最後はもうナニやってるのかわからない領域に突き進んでいく。それはもう指数関数のような美しいラインを描いて、地球を離脱するような勢いで。そしてそのまま星になった。実りある人生だったか評価するのは本人だろうが、ボクらにはステキな録音が残されていて、その豊穣さを死後60年の時が経ってもシッカリ聴く事ができる。そして彼の人生について思いを馳せる。

JOHN COLTRANE「BLUE TRAIN」1957年

 BLUE NOTE RECORDS、1577番。いわゆる名盤揃いとして名高い「ブルーノートの1500番台」というカテゴリーの一枚。1957年に初リーダー作「COLTRANE」を別のレーベル PRESTIGE で録音。その3ヶ月後に BLUE NOTE でこの作品を制作した。実はこのジャズの巨人が BLUE NOTE に残したリーダー作品はこれ1枚だけ。PRESTIGE 社との契約の義理があったのだ。ただ、折々で面倒を見てくれた BLUE NOTE 社長 ALFRED LION には恩義を感じていたのか、この傑作を彼のレーベルに残した。たった20年だけのプロ活動の折り返し地点、残り10年となったキャリアを、輝かしいものにしていく第一歩となる、素晴らしい作品だ。目の前に広がっている自分の可能性に堂々たる自信を感じている人間の演奏だ。

 録音の参加メンバーは、COLTRANE の人選か、ALFRED LION のプロデュースか。とにかく華やかなメンバーが揃っている。ジャズのレコード・CDを眺める時、クレジットを見るだけでもウットリしてしまう。名手・名将の名前だけでヨダレが出てしまう。
 ベース、PAUL CHAMBERS。ドラム、PHILLY JOE JONES。この二人は MILES DAVIS バンドの際に組んでいた同僚で、もう馴染みの仲間。そんな二人が様々な場面で共演し、全幅の信頼を置いていたピアニスト、KENNY DREW がここに参上。
 トランペット、LEE MORGAN は録音時でまだ19歳!この録音前年からすでに5枚もリーダー作を制作している早熟ぶり!(←うち4枚が BLUE NOTE)新進気鋭の天才プレイヤーで. ALFRED LION のイチ押し選手。しかも、
COLTRANE と MORGAN はフィラデルフィア出身と同郷の関係、ニューヨークのシーンにおいてもフィリー派閥で意識する存在だった様子。ちなみにドラムの PHILLY JOE JONES も通り名のままでフィリー出身人脈だとか。
 トロンボーン、CURTIS FULLER は22歳。彼はこのセッションで評価されてキャリアを伸ばしていく段階。MORGAN と FULLER の参加は、COLTRANE と ALFRED の若手抜擢戦略かと。年齢で言うと、完全先輩ズラしてると思った PAUL CHAMBER もまだ22歳…これは今初めて知った。MILES DAVIS の信頼厚きベースプレイヤー、実は20歳で帝王に抜擢されたという。ベーシストなのにこの録音時でリーダー作2枚制作済み。もう早熟な天才がゴロゴロしてる。この布陣で、COLTRANE は自分の世界を開拓し始めるのだ。

 一曲目の表題曲「BLUE TRAIN」は、テーマをくっきりと演奏するお行儀の良いスタートから、サックス、トランペット、トロンボーン、ピアノ、そしてベースまでソロを回して、そんでちゃんとテーマへ帰ってくるという端正な構成。それぞれのキャラをしっかり顔見せしていく様子が格調高く思える。ボクの好みは、アップテンポなリズムの中で奔放なプレイを放射していく2曲目「MOMENT'S NOTICE」と3曲目「LOCOMOTION」。リーダー作を録る立場になってまだ日が浅い COLTRANE は、自分の舞台を謳歌するように、とても晴れがましいテンションで、伸び伸びと演奏していて気持ちがいい。その傍に、オレも出張るぜ!と言わんばかりのアグレッシブな演奏を披露する LEE MORGAN の姿勢もかっこいい。この二人の緊張感みなぎるプレイの交換が素敵だ。4曲目だけがスタンダードナンバーで、他は全部 COLTRANE の自作曲。5曲目の「LAZY BIRD」もアップテンポで良いね。

 1959年には PRESTIGE との契約が満了して、その後は ATLANTIC に移籍。ここでも名作をガンガン録音する。1961年には IMPULSE と契約。本作「BLUE TRAIN」のようなハードバップから、モードジャズ、そしてフリージャズへとスタイルをどんどん更新させていく。1967年に亡くなるまでに、リーダー作品を約40枚も録音したというから、この短い活動期間がどれだけ密度が濃いモノだったか。
 ただし、彼の作品は、彼の求道心こそが価値というか聴きドコロ、みたいなモノだったりもするので、耳に馴染みやすい音楽じゃない場合も多い。その時は「ジャズを聴く」という意識を捨てて「COLTRANE を聴く」という姿勢に切り替えてみてください。「BLUE TRAIN」を一つの軸にして、ここからどこまで遠くに飛んだのか、その飛距離を図りながら、彼の旅路を追いかけてみると、もっと何かが見えてくるかも。そうやってコチラの感受性の解像度を上げていく。それを地場にして「ジャズ沼」に橋をかけていく。

COLTRANE、FULLER、MORGAN と回していく三管体制ソロの応酬。COLTRANE もカッコいいが、LEE MORGAN が生意気ってくらいに華がある。


noteは、本当に文章達者な人が多くて、勉強になります。簡単にマネできる感じじゃない。ボクなりに心込めて書くしかないですけど、よろしくお願いします。

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