[ジャズ沼のほとり] MILES DAVIS の革命的怪作「BITCHES BREW」+謎の台湾盤【超極私的名盤探訪vol.12】
今日この記事で取り上げるのは MILES DAVIS の長いキャリアの中でも「難解」と言われてしまう「エレクトリックマイルス」期の代表作、「BITCHES BREW」1970年。これに敢えて挑戦します。これは「ジャズ沼のほとり」じゃなくて、もはや「ジャズ沼のど真ん中」かも知れない。評論筋では名盤の誉れ高い位置付けだったりしますが、ジャズファンの中には理解できないとアレルギー反応を示す人も少なくありません。最初に明言しておきますけど、理解できる/理解できてない、で言えば、正直ボク自身、理解できてないです。でも理解できてなければ語れないってわけでもないはずですから、無謀と知りつつ語ります。ご承知ください!
時代の変わり目の雰囲気を目一杯吸収した「革命的作品」

1960年代後半は激動の時代。アフロアメリカンの地位向上/人種差別に抗議する公民権運動。激化するベトナム戦争への反対運動。ドラッグを通じたサイケデリック革命。フェミニズムの台頭と性革命。戦後生まれのベビーブーマーが成人して、既存文化の概念を相対化していくカウンターカルチャーの時代でした。
音楽の世界でも革命が進行。50年代半ばに発生したロックンロールが進化発展を遂げて、多様な表現を獲得。後期の THE BEATLES のように最新のスタジオ技術を駆使した実験で、厚みのある世界を構築する手法が編み出されました。THE ROLLING STONES や CREAM など黒人音楽から滋養を吸収して自らの血肉にするバンドも数々登場。
黒人音楽の世界においては、リズム&ブルースからさらに進化したファンクが登場。SLY & THE FAMILY STONE や JIMI HENDRIX が新しい音楽言語を開発していきました。MILES DAVIS はこうした時代の変化に対してアンテナを立て、自分の表現に徐々に組み込んでいくのです。JIMI に対する MILES の入れ込みようは大変なもので、JIMI が急逝していなければコラボも実現していたはずと言われています。
MILES が60年代後半から徐々に取り組んだのが「電化」。エレクトリック楽器をバンドに導入していくのです。エレクトリックピアノ/フェンダーローズ。アコースティックピアノを当たり前のように使ってきたジャズプレイヤーはこの新楽器を無視したものですが、MILES はいち早く注目。そしてエレキベース、エレキギターを組み込んで行きます。どんどんロックバンド/ファンクバンドに接近していくのです。この時期を「エレクトリックマイルス」と呼んだりするのは、彼のこの新路線に由来しています。
さらに重要なのは、「スタジオ編集技術」を駆使した点です。1958年頃から MILES の音楽をプロデューサーとして支えた TEO MACERO という人物が参謀として大活躍。「エレクトリックマイルス」期以降は、セッションの録音テープを彼が編集し、レコード上の楽曲として構成していました。二枚組LPである「BITCHES BREW」のディスク1は、A面B面とも20分越えの大曲が一曲づつ収録されていますが、それぞれの楽曲に十数箇所の編集点があります。演奏を断片化して再構築してるのですね。この感覚は現行のヒップホップを先取りしたモノと言ってもいいのでは?他にもテープのループ、リバーブやチェンバーエコー、テープディレイなどの音響加工も積極的になされています。
こうして出来上がった音楽を、白人ロックファンにぶつけていったことも注目。アルバムリリース後には、アメリカの名門ライブハウス FILLMORE WEST、FILLMORE EAST でロックアクトと対バン。NEIL YOUNG & CRAZY HORSE、GRATEFUL DEAD、STEVE MILLER BAND、LAURA NYLO がその対バン相手だったと言いますが、あまりの異形っぷりに白人のロックファンは圧倒されっぱなし、唖然とするしかなかったみたいです。プライドの高い MILES がロックの前座、というのはやっぱり異例で、ワザと遅刻して出演順を変えさせちゃったことも。
ウッドストック以上の巨大規模(60万人動員とか?)と言われる1970年の第3回ワイト島フェス/ISLE OF WIGHT FESTIVAL にも出演。このフェスの三週間後に死んでしまう JIMI HENDLIX、ロックオペラ「TOMMY」を提げて登場した THE WHO などなどが出演する中で、強烈なインパクトを放ったと言います。既存ジャズファンだけにとどまらず、これだけ熱心にロックファンに聴かせたということは、自分の音楽をもっと大きい枠組みで捉えていたのでしょう。「ジャズとして難解」というより「ジャズを作ったつもりじゃない」というのが MILES の本音なのかもしれません。
多彩なルーツを持つメンバーが大集合した巨大バンド
ボクは音楽を聴く時には、バックバンドのメンバーやプロデューサー、エンジニアなどなどのメンツをちゃんとチェックします。大河ドラマを見る時、織田信長家臣団のメンツとか、羽柴秀吉家臣団のメンツとか気になりますよね。竹中半兵衛が死んじゃったけど黒田官兵衛がやってきたとか、藤堂高虎頑張ってるとか、明智光秀もうヤバいとか、時代によって人間関係も変わっていく。まーたとえはなんでもいいです、三国志の武将でも野球やサッカーの選手でも。音楽もジャズも同じ。この時期の MILES 傘下にどんな武将=ミュージシャンがいるのか、めっちゃ気になる。実際、この時期には、名将/猛将/智将がいっぱいいるのですよ、ヨダレが出るほどに。しかもそれぞれが多彩なルーツ、多彩なキャリアを持っているのも注目なのです。
まずフォワードポジションの管楽器、トランペット MILES の傍に、サックス WAYNE SHORTER。60年代中盤の第二次黄金クインテットで MILES を支えた高弟。ソロとしても大活躍する大物。もう一人バスクラリネットとしてマルチ奏者 BENNIE MAUPIN が参加。彼はこの後、黄金クインテットの高弟の一人 HERBIE HANCOCK のファンクバンド THE HEAD HUNTERS の中核メンバーになる男。
ピアノに関してはアコースティックは使わず、その代わりにエレピを二人で演奏!そんなに大勢!?ここで登用されたのが CHICK COREA と JOE ZAWINUL。COREA と ZAWINUL は白人(ZUWINUL はオーストリア人)で、かっちりクラシック教育を受けてきた人物。この辺りに多様性への配慮が見えてくる。ZAWINUL は早くからエレピを演奏してて MILES に買われた経緯あり。COREA に関しては MILES に「お前エレピやれ」と指示されて覚醒。二人ともこの後に WEATHER REPORT、RETURN TO FOREVER というフュージョンバンドをそれぞれ結成して一世風靡する智将。
ベースもユニークな人選で、ここも白人を二人採用。ダブルベース担当の DAVE HOLLAND はイギリス人、やはりクラシック教育を受けている人物。ロンドンで MILES がフックアップ。もう一人はエレキベース担当 HARVEY BROOKS。彼は完全なロック人脈のプレイヤーで、フォークからエレキ化した時の BOB DYLAN のバックを務め、THE DOORS への客演、ブルースバンド THE ELECTRIC FLAG への参加でも知られている。MILES が本気でロックのグルーヴを組み込もうとしていた証左。
そしてエレキギター。イギリスの超絶テクニカルギタリスト、JOHN MCLAUGHLIN。この後は MAHAVISHNU ORCHESTRA というバンドでインド音楽の影響を受けた音楽を発信。CARLOS SANTARA とコラボしたりもしてて、ロックギタリストも真っ青のプレイが特徴。
ドラムも二人体制…すごく要素を盛り込むのね。こちらはアフロアメリカンのジャズ畠からやや若手の抜擢。JOHN DEJONETTE と LENNY YOUNG。DEJONETTE はロックテイストから前衛ジャズまでこなすプレイヤーでこの後は KEITH JARRETT と長くコラボしていく。YOUNG はフュージョンの世界で COREA などと組みながら活躍。一曲で BILLY COBHAM も参加。この人も超絶テクニカルドラマーで、MCLAUGHLIN のバンドやソロ名義で大活躍、ボクは大好きです。パーカッションは DON ALIAS などが参加。ALIAS は JONI MITCHELL と仕事したりしていく…ジャズだけじゃない人。一曲でブラジルの名手 AIRTO MOREIRA も参加。もう大勢いて疲れるね…。
で、ここが一番大事なところ。結果的に、エレピ/ベース/ギターがみんな白人(しかもヨーロッパ人多め)になってる。このバンド編成に対して、ブラックパワー盛り上がるこの時期に、なぜ黒人を使わないで白人を雇うのか!という批判が上がったとか。それに対して MILES は「演奏さえちゃんとできるなら、俺は緑色のヤツでも構わないぜ」と反論。「音楽に色(人種)はない。あるのは良い演奏か悪い演奏か、それだけだ。」彼の音楽至上主義がこうして明確に打ち出されているのです。
音源を聴く…バケツいっぱいの泥水を頭から浴びるような衝撃
さて、ここまで舞台も役者も整ったとあれば、なんかスゴい革命的なサウンドが聴こえてくるんだろうと思えてきませんか?ロックやファンクの躍動感溢れるダンスグルーヴ、ジミヘンばりのラウドなギター、クラシックの素養を活かした流麗な調べ、その上でスマートなジャズが流れる……そんなカッチョイイ音楽が聴こえるのかなと思ったら、いやいやそんな安易な予想は完全に裏切られてしまうのです!!MILES DAVIS そんなに甘くない!だからこのレコードは「難解」だと言われてしまうのです!
エレピ、ベース、ドラムがそれぞれ2名体制と言いました。これ楽曲ごとに交代してるって意味じゃないです。同じ楽曲の中で同時に全員が演奏するんです。ステレオでRch担当/Lch担当とかになってるんです。ということで、要素が多くて、率直どこで誰が何してるかよくわかりません。もっと言えば、誰が何を目指して何を鳴らしてるか、全然わかりません。というか何にもしてない人もいるんじゃないかと思うような、不思議な感じです。
スタンダードなジャズは、冒頭にテーマを全員で演奏してそのテーマをそれぞれの解釈で翻案変奏していくのがオキマリみたいなもんです。そのオキマリがこの演奏には存在しません。わかりやすい役割分担も明確になってません。MILES がセンターにいる、それしかわかりません。MILES が常に音を出してるわけでもないんですが、彼の覇気、強力なオーラがドンと存在して、あの鋭すぎて怖ーい眼光で周囲を睨んでいることだけはわかります。
とりあえず、MILES 以外の全員がリズムを刻んでいます。踊れるほど早くもなく、くつろげるほどのゆったりさもなく、冷や汗が滴るような緊張感を孕んだテンポ。誰かが特徴的なアクセントをつけるでもなく、それぞれの楽器がそれぞれのアプローチでボヨンボヨンとこの真っ暗闇の時空間を波立たせていきます。ポリリズムと言えばいいのでしょうか…。
しかしこの緊張した気配、バンドメンバーがそれぞれの音を聴いて、オレはいつ仕掛けようか?オマエはどうする?こうくるか?じゃあオレはオマエにカブせてこうするぞ?みたいなヒリヒリした駆け引きをしているかの様子。演奏というよりレスリングの試合で組み合う前の睨み合い、組み合った後のカラダのネジリ合いを連想します。そして徐々にボルテージが上がっていきます。十人強のミュージシャンがどう演ったら破壊力が最大になるのか、全員で感覚をカリカリに研ぎ澄まして瞬間的に判断しているのがわかります。そしてこれは想像ですが、中央に立つ MILES がスゴい目つきで、もっとやれ!オマエの出番だ!次はオマエだぞ用意しろ!それでオレが出る!そしたらオマエが追いかけてこい!よっしゃイイぞもっと来い!目配せやジェスチャーでメンバー全員にガンガンに指示を出しまくってる気がします。暴君が支配するこの空間、怖い!
そしてそのボルテージの渦の中で、聴いているボクは濁流に飲み込まれてることに気づくのです。もう腰までドロドロになって逃げ出せない、何が起きてるのかわからないうちに、もう逃げ出せなくなってる!そして色々な楽器の波動がさまざまな角度から押し寄せてきて、ボクの頭にポリバケツいっぱいの泥水をブチ撒いていくのです。恐ろしい!
DISC1-A面「PHAROAH'S DANCE」20分、DISC1-B面「BITCHES BREW」27分と長尺曲の迫力は、不穏な序盤が長いのでホント疲れます。ある事情(後述します)があってボクはコッチばかり聴いてまして、これこそこのアルバムだって感じです。一方、DISC2は各楽曲がもうちょっと短い(それでも一曲除いて全部10分超え)ので、ビートの輪郭がややハッキリしてて早めに高圧力ボルテージに到達します。
「JOHN MCLAUGHLIN」という楽曲は、メンバー個人の名前が曲名になっちゃってますが、「BITCHES BREW」のセッションで MCLAUGHLIN が頑張ってた部分があったけど、編集で余っちゃったので独立した楽曲に仕上げたとのこと。そうかー。この楽曲群は、セッションをさらにスタジオワークで編集加工してるんだった。では元のセッションは本来どんなものだったのか?もっとカタチの見えづらい演奏のカタマリだったのだろうか…。
MILES 自身にとっても限界を超えた冒険だった〜1975年の引退
60年代の第二次黄金カルテットや「エレクトリックマイルス」時代に関与したミュージシャンたち= MILES の高弟たちは、MILES の実験を経て得たものを自分の音楽やバンドに反映して新しい表現を生み出していきます。MILES の革命的表現は、フランス革命がその最中にはどこが危険でどこが有益かその革命全体の成果を区別判断できなかったように、カオス状態でグラグラ煮えたぎるまま。弟子たちは手に負える範囲でカオスの収穫を持ち帰った。彼らが担った70年代〜80年代のジャズフュージョンは、革命の成果をマイルドに大衆化したスタイルと言ってもイイかも。
ではそのカオスが手に負えないから価値がないかといえば、それは違う。MILES 自身にとってもこの時期は猛烈にリスクの高い冒険だった。彼自身が飛距離限界いっぱいの未踏地点へ自分を放り投げている。ジャズもロックもファンクも追いつけない地点へガムシャラに突き抜けようとしている。彼自身が自分の着地地点が見えてなかったのでは?それを見届けるためにも、難解な演奏に耳を傾ける意味がある。クールなスーツで決めた伊達男ジャケ写ばかりでやってきた MILES がこんなサイケデリック/アフリカ志向のジャケデザインを採用しているのにも見て取れるように、全部が彼にとっても手探りだったはずなのだ。
その困難さの証明が1975年の引退だ。この冒険の果てに MILES は完全に自壊してしまう。1940年代のビバップ時代から、彼は様々なコラボレーターと様々なニュースタイルを切り開き、常に最先端を疾走してきた。しかしそこから約30年。1970年代中頃にはアイディアの枯渇、激しい創造的ストレスに晒される。従来からの病苦や交通事故の影響で足を病みステージに立つことも困難に。1975年の日本公演を終えて以降、ドラッグやアルコールに埋没して引きこもってしまう。まさに命懸けだったのだ。誰もがこのまま死んでしまうと思っていた。1981年のカムバックはまさに奇跡だ。
「BITCHES BREW」前後の困難な革命的冒険は、従来のジャズのイメージを転覆したが故に、ジャズファンからも「難解」というか「難物」扱いになっている様子もある。しかし、ブラックミュージックとしてのアイデンティティの掘り下げ、他の人種/文化/音楽とのケミストリー、アバンギャルドな挑戦の姿勢など、ジャズの取り扱う領域をグッと押し広げたことも認めるべき事実だ。このパースペクティブを乗り越えれば、様々な場面でボクらはジャズを発見できる。ヒップホップ/R&Bにも、テクノ/ハウスにも、レゲエにも、エレクトロニカにも、シティポップや世界の民族音楽の中にも、MILES がジャズの中に包含しようとした要素を見つけることができるようになる。これって偉大なことではないでしょうか。
ボクの持ってるLPは、1970年代の台湾海賊盤だった!
ホント蛇足なんですけど、もう一個イイですか?ボクが持ってる「BITCHES BREW」のLPって30年くらい前の大学生時代にアメリカ旅行で買ったヤツなんです。確かサンフランシスコかその近郊のバークレーのレコ屋、激安コーナーで2.99ドル。これがね、中国語表記たっぷりの「台湾盤」なのですよ。

裏ジャケは中国語でいっぱい、お値段は「新台幣二十元」と書いてある

で、本来ならLP二枚組である「BITCHES BREW」をこれはバラ売りしてるモンだから、ボクは長いことLP一枚だけのアルバムと信じ込んでたんです。ボロいLPだし、CDで買い直そうかと思ったのは30歳代になってから。そこで初めて二枚組だったのかー!と知ったのです。だからDISC1ばっかり聴いてたとさっき書いたんですよ。
で今回、GENIMI とアレコレチャットしながらこのLPについて調べたんですけど、「民国60年1月出版」=辛亥革命1921年が民国元年なので1971年のリリース。本国で1970年リリースなのにこれは時差がなさすぎじゃない?と思ったら、やっぱりこの黒猫唱片=BLACK CAT RECORDS は違法コピーで海外音源の海賊盤を売るレーベルだったそう。冷戦下の台湾=中華民国は中華人民共和国に対するアメリカの最前線基地だったので米軍の駐留も行われており、60年代あたりはベトナム戦争への中継地にもなっていたという(この辺、沖縄と事情が似てるな)。だから、アメリカ兵向けにこうした海賊盤レコードを売るイリーガルなレーベルはたくさんあったらしい。実際、きちんとアメリカ人に買ってもらって、それをボクがアメリカで見つけて日本に持ってくることになったのだから、55年前の出来事と結びついてる感覚がすごく嬉しい。
レーベル面には「出版登記書:内版台音字第一四二号」との記載があって合法っぽく見えるけど、軍事政権だった当局に対する検閲と登録の義理だけは済ましてるが、アメリカ本国には無許可だったと推測できるとな。
しかし、この1971年にキッシンジャー国務長官の極秘訪中、1972年にニクソンショック/ニクソン大統領の中華人民共和国訪問で、台湾=中華民国の立場は急速に弱くなり、1971年には国連脱退の憂き目に遭ってしまう。米兵相手の海賊盤ビジネスもおそらくこの「BITCHES BREW」の年を節目に急速に萎んでしまったことだろう(1972年に沖縄は日本へ復帰、台湾史とちょっとシンクロしてるんだね)。
もうちょっと盤面などの中国語を読んでみよう。「當代喇叭王 邁爾茲大衛斯 傑作集」、これは「当代ラッパ王 マイルスデイビス 傑作集」という意味、真ん中のゴテゴテしい6文字が MILES DAVIS の当て字とのこと。現代でも台湾では「邁爾士大衛斯」とほぼ変わらない当て字をするらしい。「BITCHES BREW 懷孕的母狗」ここは曲名を訳してるんだけど「妊娠したメス犬」ってことになってるという。MILES がスラングも含めてこの言葉に託した意味は「魔女が煮込んだ薬/不穏な企み」というところか。当時の妻 BETTY DAVIS をはじめ、主張の強い新世代の女性の力を MILES は認めていて(妻 BETTY は60年代のジャケ写にバッチリ映ってるし、SLY STONE などの音楽を MILES に紹介したのも彼女)、そんな女性の生み出す力を敬っているのだろう。まあ、当局の検閲を通すならイヌの方が都合がよいだろう。
今回、サブスクと海賊盤LPを両方で聴き比べたんだけど、やはり違う。当然、海賊盤だから市販LPから無理矢理ダビングしてるので、高音域・低音域が弱く、繊細な部分も損なわれているという。ただ、ボクはこのLPで聴いた印象が強すぎて…。結果的に中音域が前に出てくるバランスの悪さが、この音楽のカオスぶりを増幅していて、ドロドロの濁流が押し寄せてくる感じは海賊盤の方がよく出てるのですよー。サブスクはすごくキレイになっちゃってて、ちょっと物足りなかった。何が吉となるか全然わからんね、音楽の世界は。
で、世界には物好きがいるようで、「珍品・アジアンヴィンテージ/1960〜70年代の台湾や韓国のペラジャケ・翻版レコードだけ」を狂気的に集めているコレクターがいるんですって。特に「BITCHES BREW」のような世界的名盤の台湾盤で、なおかつ「懷孕的母狗(妊娠したメス犬)」という強烈な誤訳タイトルが綺麗に残っているレーベルは、彼らにとって喉から手が出るほど欲しい「お宝」です、と GEMINI が言う。「ペラジャケ」というのは、分厚く硬いジャケと違って薄い紙にカラー印刷し、その上からビニール(プラスチックシュリンク)を丸ごと被せて熱圧着したモノ。このチープな作りがマニアにはたまらないそう…。で、ボクのLPもちゃんとシュリンクが残ってるんだよね。写真でもビニールがテカるのが見えませんか。本物のアメリカ盤オリジナルLPだと数十万円にもなる「BITCHES BREW」、この台湾海賊盤も珍品が故に普通に5000円程度、アジアンコレクターが見たらもっと高額に?なっちゃうみたい。元が2.99ドルだから結構イイ感じだけど、極東の冷戦時代まで想いをはせることができるこんな面白いレコード、売るつもりはありませーん!
