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母と娘の距離の在り方―『夏帆』 村上春樹

「はっきり言って、君みたいな醜い相手は初めてだよ。」

26歳の女性絵本作家、夏帆。
初対面の男に不躾な言葉を浴びせられたことをきっかけに、奇妙な世界に足を踏み入れていく…



童話的で不思議な雰囲気

村上春樹にしては比較的読みやすい。
人間の言葉を話すアリクイやシロアリが出てくるので童話的な雰囲気があり、知らないうちに惹き込まれている。なんとも不思議な物語である。簡単に言ってしまえばアリクイを善、シロアリを悪として単純に捉えることも出来る。勧善懲悪で分かりやすい。一方で、アリクイやシロアリは何かの暗喩なのかも…と思いを巡らさずにはいられない。暗喩についてだけでも卒論書けそうなくらい色んな考察が出来そう。
是非、読んだ人の感想が聞きたい。


お茶漬けのようにサラサラ読める

浅いと捉えるか、読みやすいと捉えるか。
村上春樹ワールド特有の、善悪では計りきれない人間の曖昧さ複雑さが薄れ、作品自体の深みがあまり感じられなかった。今作は例えるなら冷たくてサラサラしたお茶漬け。胃もたれせずに優しくて丁度良いと感じるか、もっと味の濃くてハイカロリーな物が読みたいと物足りなさを感じるか…読み手によって賛否両論分かれそうな一冊である。

とはいえ良くも悪くも、読みやすくはなったと思う。村上春樹って難解で敷居が高そうだな〜と手をこまねいている人や、村上春樹のことを先入観だけでなんとなく敬遠している人にこそオススメ。村上春樹初級編として是非手に取って欲しい一冊だ。

岐阜市の図書館、メディアコスモスに併設されたスタバで読み進めてました。サラサラ読めるのは、暑い夏こそ良いかも。


サラリと胸を打つ名言

軽く読める一方で、時々ハッと胸を打つような、さらりと深い名言が散りばめられている。
心に残った一節がある。

真実はひとつだけとは限らない。真実は時としていくつかの側面を持つ。見る角度によって真実は様相を変える。すべて真実であるという確証もないのだ。
正しさにもいくつの側面がある。どれをとっても正解になるし、どれをとっても間違いになる。

夏帆/村上春樹


正しく生きなさいと世間や周囲は言う。
でも、正しさって一体何なんだ?
よくよく考えてみると、正しさにも色々な正しさがある。ありのまま生きるのも、騙し騙し生きるのも正義である。結局、真実や正しさは主観なのだから、自分自身が正しいと思う選択をすることが大事だと思う。あらゆる正しさが存在する世界の中で、自分が納得できる側面の正しさを選ぶこと。


言い得て妙な比喩

村上春樹ワールド特有の比喩が今作も炸裂。
真相に触れてしまうので詳細は伏せておくが、ある悪者を倒すために丹精込めて作られたアイスピックのような武器の描写が、なんとも上手い言い回しの比喩で惚れ惚れした。

鋭い刃先が天井の照明を受けて眩しく光った。昇ったばかりの朝日を受けた真新しいつららのように。

夏帆/村上春樹


武器の特徴を上手く言い表した一文。
鋭利で致死的な刃先を見事に表現した比喩だ。キラリとしており、鋭く尖っている感じがひしひしと伝わってくる。
唯一無二の比喩は、村上春樹を楽しむ上で外せない醍醐味でもある。

『夏帆』購入特典のステッカー。アリクイとジャガー。不思議な世界観に色を添える見た目。


母と娘の軋轢と和解

母娘の軋轢と和解が今作の大きなテーマだ。
激しく対立するわけではないものの、少し線を引いており、どこか冷ややかな空気が漂う。母親が危機に陥った時、身を挺して救うべきか、距離を置いて見なかったことにするべきか…主人公は複雑な葛藤に苛まれる。

微妙な距離感の母と娘が取ったラストの選択。それは単なる物質的な選択ではない。比喩として読み解くならば、母自体を真っ向から否定する為の行為ではなく、むしろ、母の呪縛の中でしか生きられなかった自分を受け入れるために行った選択なのだと私は解釈する。自分自身が前に進むための良い選択だと思った。

真の自立とは、親そのものを打ち倒すことではなく、親の呪縛から逃れ、他人として愛せるように線を引くことなのだ。

大垣の商店街で夏祭りの準備がされていた。色とりどりの提灯が町を彩る。それにしても暑い。


母と娘の距離の在り方

母と娘との距離の在り方、参考になった。
個人的な話になるが、つい先日、恋人と週末だけの半同棲が始まった。数ヶ月後の近い将来として同棲を控え、本格的に母親離れが始まろうとしている。いつまでも親と一緒には居られない。そんな宙ぶらりんな私にタイムリーに刺さった一冊だった。
母は「結婚なんて、あんたに出来ると思ってるの」などと冷笑してくる。娘を信用せずに冷たい言葉を投げかける母も、それも真に受けて不安になってしまう私も、まだまだ自立出来てないなと思う。

親離れ出来ない子供、子離れ出来ない母。
大事なのは、母を全て否定して無理やり脱却するのではなく、線を引きつつも少しだけ歩み寄るくらいの曖昧な姿勢なのだと知った。世の中には白黒付けすぎない方がいいこともある。きっと、母と娘の関係も…

物語から逃れるためには、世界と妥協点を見つけることが必要なのだろう。今作における寓話とメタファーには、親の呪縛から逃れられない人々に対するエールが暗に込められているのかもしれない。

スタバの新作、マンゴーオレンジのフラペチーノと共に。

以上です。最後までお読みいただき、
ありがとうございました!

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