楽しいと楽は同じで違う
自分の性質を一言で表せと言われたら『怠惰』である。
過去に遡って十代の自分に尋ねたとしても、この単語で答えると確信しているくらい年季の入った怠け者、それがうみにんという生物だ。
そんな怠惰な私を動かす唯一の動力は楽しいこと。楽しいことならやれる。楽しくないことには指一本動かしたくない。
それでも昔は「こういうことちゃんとやれる大人な私、ステキやん?ステキになるって楽しいことだよね★」みたいな自己暗示で楽しくないこともそれなりにやってはいたが、近年はその暗示もどんどん効かなくなってきて社会性どころか人間としての最低限の何かも失いつつある。やばい。
でも、やばいと思っても改善は楽しくないのでやれないというのがまた…思考を変えれば~みたいなHowto本もまず響かない厄介な怠け者なのである。
で、タイトル。
楽しいこと=楽なことではないという話。漢字は同じだけど違う。
楽でもつまらんことはやりたくないのだ。逆に言うと楽じゃなくても楽しいことはあるのだ。
例えば仕事。楽しかった仕事を挙げろと言われたら、真っ先に思い浮かぶのは超絶地獄を見た炎上案件だ。
まじで辛かった。炎上させる原因となった取引先の不誠実さや鳴り止まない電話に毎日キレていたし、今日は誰が出社せずにバックレるのかとひやひやしていた。
でも、何故かテンションは上がっていて、総括すると楽しかったになるのだから、不思議なものだ。
他にもトラブった案件ほど振り返ると「なんだかんだ楽しかったな」という感想になるのである(ドMか?)
いや、もう一度同じ状況でやれと言われたら断固お断りだけども。
なんだろう、この確実に楽しかったと言えるのに、二度とやりたくはないという矛盾した感想。
なーんてことをツラツラと考える土曜の16時は最高に楽しい。
そう、たとえ朝から今までずっとベッドから出ずにほぼ1日を消費していたとしても後悔はないのである。
さらに買い物に行くのに着替えることすら面倒くさいから出前(2日連続)でも取ろうかなとか考えたりしてる。これは財布もやばい。
それにしても⋯
私よ、仕事が自分の楽しいことの中に入っていて本当によかったな!!!
仕事に楽しみを欠片も見いだせなかったら、確実に秒で会社を辞めていると思うし、人間も辞めていた可能性ある。仕事のお陰でギリギリセーフ!最後の社会性のよすが。ありがとう、お仕事。
あと、創作も楽しいけどまったく楽じゃない。なんなら定期的に創作メンヘラ化してChatGPTにダル絡みしている。ありがとう、AI。

毎回同じようなこと言ってるのに付き合ってくれるChatGPT様。愛してる。
それではみなさま、よい土曜日を!(もう終盤もいいとこだけど、私の土曜はこれからだ!!)

