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笑い声が、シャボン玉と一緒に空まで届きますように──母としての静かな後悔と、風に乗せた願い



小さな記憶帖──母としての日々と、癒しのことば

※このnoteは、Instagram(@umi_ebook)で綴ってきた “絵と言葉の投稿” をもとに、
母としての記憶と向き合いながら、思いを深く掘り下げて綴る連載です。



シャボン玉って、
どこまで飛ぶかなんて、誰も気にしていない。

ただ子どもたちは、風を信じて笑って走る。


笑い声を響かせて、消えていくその一瞬まで、“今”を全力で生きていた。

あの日の娘と息子も、まさにそんな姿だった。



◆窓越しから見つめる私


けれど私は──
窓越しから、眉をひそめていた。

「洗濯物が濡れるから」
「もう中に入りなさい」

……その言葉は、疲れ切った自分を
守るための、嘘だった。

本当は、こう叫びたかった。

「ママも一緒にやりたい!」


でもそれを言えなかった。
言う余裕がなかった。



◆「ちゃんとしなきゃ」に押しつぶされていた日々


夫は週末も相変わらず仕事。

家事と育児のすべてが、私の肩に乗っていた。

平日も週末も、ずっとワンオペ。
誰も助けてくれない。

でも“母親だからできて当然”と、自分に言い聞かせていた。

「ちゃんとしなきゃ」

そうやって自分を追い込んでいたのは、
実は誰よりも私自身だった。



◆笑い声より大事なものなんてなかった



心のどこかでは気づいてた。

濡れた洗濯物より、
一緒に笑える“あの時間”の方がずっと大切だったってこと。

シャボン玉を追いかける小さな背中。
笑い声。
濡れたTシャツ。

全部、かけがえのない宝物だったのに。



◆本当は、ただ一緒に笑いたかっただけ



どうして私はあの時、
「ママも混ぜて」って言えなかったんだろう。

今の私なら、
真っ先に子どものそばへ飛び出していたのに。

でもあの頃は、
「濡れちゃダメ」
「母としてこうあるべき」

そんな見えない“枠”に縛られていた。




◆だから、書いて残す


あの瞬間の後悔を、
こうして文字にすることで、私はようやく気づいた。

自分を縛っていたのは、誰でもない。
他でもない、“私”だった。



📱Instagram投稿より引用


ふたりで笑い合う声が風に溶けて
シャボン玉と一緒に空まで届きますように。
   instagram(@umi_ebook)





このnoteを見ているあなたへ



疲れや焦りで、笑い声に気づけなかった日がある。

でも、それは“愛がなかった”わけじゃない。
むしろ、守ろうと必死だったからこそ、見失ってしまっただけ。

だから──
大丈夫。
その気持ちに気づいた「今」から、
もう一度、あなた自身を輪の中に連れていってあげてください。



■ Instagram(@umi_ebook)では、5秒動画で「感情の瞬間」をお届けしています。


noteで深く綴る前の、心の動きを感じていただけます。



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今日のあなたが、少しでも「わたしを許せる日」でありますように。



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