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重症妊娠悪阻

もう妊娠後期に入ってしまったので今更感はありますが、つわりのことを正直ナメていたというか、勉強不足だったというか、あまりにも想像を絶する体験だったので、体験記としてちょっと書いておこうかなと。
とてつもなく長いです。あと、自分で調べたりいろんな人と話したりした限り、結構な重症かつそれなりにレアなケースであることを念頭に置いてお読みいただければ幸いです。

とにかく伝えたいのは、「つわりは病気じゃない。だからこそ、病気よりつらい場合がある」ということ。よければ最後までおつきあいください。


前提

33歳(当時)、初めての妊娠。2026年2月ごろに妊娠発覚。
あとから知ったことですが、実母もつわりが重い方だったらしく、第2子(=私)妊娠中には1週間ほど入院もしたとのこと。もともと母と私は体質や疾患などが結構似通っているので、もしかすると遺伝的な要因があったのかもしれません。

妊娠5〜6週 つわりの予兆

もともと生理不順気味だったこともあり、生理が多少遅れたからといってすぐに妊娠を疑うことはなかったのですが、なんだか妙に眠いのと、少しずつ胃のむかつき等の症状が出始めたので、念のためと思い産婦人科へ。エコーで胎嚢が確認でき、吐き気止めの漢方を処方してもらいました。
漢方は正直気休めというか、「効いてんのか、これ」というくらいの感じで、気持ち悪さの劇的改善にはつながらず。
この頃、前々から予定していたドライブに出かけて、お昼にラーメンを食べたら急激に気分が悪くなってしまったのが、最初に「つわり」を明確に感じた瞬間だったように思います。

6週に入ると、食べつわりの症状が中心に。
何かを口にしていないと気持ち悪いという状態が続き、小さいおせんべいやクッキーをこまめに口にするようになりました。気持ち悪さはありましたが、まだ普段どおりの生活はできていて、料理を含む家事全般もこなせていました。

妊娠7~8週 においづわりの台頭

3ヶ月に差し掛かる頃から、体調は急激に悪化。それまでは自宅の作業部屋でデスクに向かって仕事をしていましたが、椅子に座っているのがきつくなり、ベッドにPCを持ち込んで作業をするようになりました。
この頃から、においづわりの症状が頭をもたげはじめます。炊飯器の匂いを受け付けなくなったのを皮切りに、肉や魚の焼ける匂い、エアコンや加湿器、冷蔵庫、果てはお風呂の湯気までNGに。隣で眠る夫の匂いもダメになってしまい、申し訳ないと思いながら別室で寝てもらうことになりました。
まだ寒い時期だったのですが、湯気がつらくなったせいで、温かいもの全般が口にできなくなりました。よかれと思って夫が作ってくれたにゅうめんも、湯気とおだしの香りがダメで食べられず、つらさと申し訳なさで泣きながら布団にもぐったことをよく覚えています。

7週の頃はそれでもまだinゼリーやお豆腐が食べられていましたが、8週に入るとその辺のものもどんどん受け付けなくなり、吐きづわり・食べつわりとのトリプルコンボに。食べないと気持ち悪いのに、食べるとほぼ無条件に吐く。「吐きやすさ」を基準に食べるものを選ぶという、壮絶な時期でした。口にするものすべての味がいつもの10倍くらいに増幅されたように感じられ、水分補給のポカリスエットもつらくなりました。グリーンダカラがポカリスエットより幾分薄味らしいという情報を得て、夫にまとめ買いしてもらいました。
この頃、唯一ストレスなく口にできたのがりんご。夫が夜な夜なりんごを切ってタッパーに詰めてくれました。

においづわりが本当につらく、この時期から夫の食事はすべてお惣菜か外食になり、別室に準備した来客用布団で寝起きしてもらいました。
それでも彼は文句ひとつ言わずに家事を引き受け、「何なら食べられそうかな」といろんな食品を試し、においづわりに気を配りながらも毎晩ベッドサイドに腰掛けて、せっせと吐き気緩和のツボを押してくれました。

妊娠9週~10週前半 そして入院へ

通っていた病院では「食べられなくてもいいから、とにかく水分と葉酸のサプリメントだけは飲んで」と常々言われていたのですが、ついに水分すら摂れなくなります。りんごもグリーンダカラも次第に受け付けなくなり、何も口にしていないのにひたすら吐き続けているというよくわからない状態になりました。

この時期に数回点滴に通いましたが、当時通っていた小さな産婦人科は人の出入りが多く、においづわりにクリーンヒット。吐き気止め入りの点滴を入れながら吐きまくるという本末転倒な事態に。これがトラウマになって、点滴に行くことすら怖くなりました。
吐き気止めは漢方から錠剤に変わりましたが、いかんせん水が飲めないので、薬ももちろん飲めない。飲めたとてあまり効果を感じない。昼夜を問わず30分おきに吐く生活が始まりました。夜も眠れず、ひたすらベッドとトイレをふらふらと往復するだけの日々。もう無理だ、と思い、診断書をもらって休職願を出しました。

仕事を休んだところで体が楽になるわけでもなく、状態はどんどん悪化していきます。食べることも飲むこともできず、吐くものがないのに押し寄せる吐き気。10週に入ると、胃酸とともに真っ黒な塊のようなものを吐くようになりました。話を聞いた夫が「胆汁かな、2日酔いのときとか時々なるやつだね」と言っていました。
あとでわかるのですが、この塊の正体は胆汁ではなく血。そしてこれこそが、このあと起こる恐ろしい事態の予兆だったのでした。

不運だったのが、この症状が激化したのが金曜日の夜だったこと。かかりつけの病院に駆け込むこともできず、吐きながら週明けを待つしかなかったのですが、私の状態を見た夫が「月曜日まで待てない」と判断し、7119に相談したうえで救急に連れて行ってくれました。残念ながら産婦人科の当直はいらっしゃらず、とりあえず吐き気止め入りの点滴を打ってもらいましたが、焼け石に水。症状は改善しませんでした。

そしてあるときを境に、吐き気のつらさを上回る形で、焼けるような喉の痛みが大爆発。涙を流してのたうち回り、トイレに駆け込んで吐き、また喉が焼けて苦しむ。胆汁だと思っていた真っ黒な血は、食道と胃の損傷の証だったのです。
声が出なくなり、つらさを訴える術さえも奪われました。地獄という言葉でも足りない、死んでしまった方がマシだと本気で思うほどでした。

そうして月曜日、夫に抱きかかえられて再度かかりつけの病院へ行き、紹介状を書いてもらって総合病院へ。尿中のケトン体は+3、体重は妊娠前から10kgマイナス。即座に入院が決まりました。
入院になることを見越して前日のうちに夫が荷物を整えてくれており、諸々の手続きもすべて済ませてくれたので、私は車椅子に乗せられてまっすぐ病棟へ。助産師さんがかわるがわるやってきて、一様に「脱水の手だね、つらいね」と私の手を包み込んでくれたことを、うすぼんやりと覚えています。

すんなりと入院できたことへの安堵も束の間、最初の検査で発熱と高血圧が確認され、おまけに膣から結構多めの出血も起こり、一転して不安が募ることに。とにかくまずは脱水を何とかするしかないということで、24時間点滴生活がスタートしました。

もともとの体質と、極度の脱水で全身が干からびているせいで針の入る血管が見つからず、腕じゅうあざだらけになりながら始まった点滴。吐き気止め入りの補液に加えて、ミネラルバランスが崩壊しているとのことでカリウムの点滴も追加されました。これが妙に塩辛く感じて、喉や鼻がじんとして嫌な気分。においづわりも相変わらずで、食事が配膳される時間帯は車椅子を押してもらって病室エリアを離れるようになりました。
残念ながら個室の空きはなかったのですが、最大限配慮していただいて、小さめの部屋で極力一人という状態にしてもらえたのがすごくありがたかったです。

妊娠10週後半 よだれつわりスタート

入院して4日目くらいで、少しずつ意識が戻ってきました。先生や助産師さん、清掃スタッフの方にも「目の焦点が合ってきたね、よかった」とたくさん声を掛けてもらいました。入院と同時に会社に話をつけてこまめに面会に来てくれた夫も、少し回復した姿にほっとしていたようでした。

この頃始まったのがよだれつわり。とにかく口の中が気持ち悪い。よだれがどんどん出て、不快感が募ります。
完全に横になると吐き気が喉に上がってきてつらいので、少し上半身を起こしたまま24時間過ごしていたのですが、そうすると、うとうとしているときによだれが喉に落ちてきて、むせて目が覚める。これまで以上にまとまって眠れなくなりました。ティッシュを口に入れたり、こまめに吐き出したりしてもあまり効果を感じられず、かといって飲食ができないので食べ物や飲み物で紛らわすこともできず。吐き気とはまた違う気持ち悪さが24時間続きます。
膣からの出血は数日で収まりましたが、発熱と高血圧はなかなか改善せず、意識が戻ってからも数日はぐったりとしていました。

妊娠11週 なんとか退院

発熱と高血圧の症状が落ち着いてくると、わずかながらにおいづわりの症状が和らいできました。そろそろ何か口から食べられないだろうかと、栄養士さんがゼリーやパックの飲料を用意してくれたのですが、残念ながら受け付けず。
「院内コンビニ行ってみますか?」と提案を受けて、夫に車椅子を押してもらい、いろいろ買い込んでみた中で唯一ヒットしたのが羊羹でした。小さな羊羹をゆっくりゆっくり食べきった時は、夫と手を取り合って喜びました。
「あんこならいけるってことかな」と、次の面会のときには夫がどら焼きを買ってきてくれて、これも時間をかけて完食。少しずつ「食べる」ことを思い出していきます。

点滴を減らしてお粥食べてみましょう、と先生から提案され、毎食1膳の白粥を出してもらうようになりました。味のない白粥はなかなかしんどいので、のりの佃煮をつけてもらいましたが、これが泣きたいくらいにおいしかった。初めは食べた1時間後くらいに胃がひっくり返る感覚があって何度か戻してしまいましたが、根気よく体を慣らしていきました。

少量ながら食べられるようになったことで、入院前から止まっていたお通じが復活しました。入院初期からお薬も処方されていましたが、そもそも食べていないから出すものがなかったわけで。
妊娠中は便秘気味になる人が多いとのことで、薬剤師さんから「最低でも2日に1回のペースで、少しゆるいかな?くらいの便が出ているのが理想と考えてください」と具体的なアドバイスをもらいました。退院後の生活でも、これが結構大事な指針になったように思います。

お粥1膳をなんとか食べられるようになった頃、点滴が減ったこともあってか空腹を感じやすくなり、小さめのパンやおまんじゅうなどを手元に置くようになりました。そこからの回復が早く、結果的にお粥チャレンジ開始から5日で晴れて退院となりました。

妊娠12~13週 まだまだ苦しい日々

自宅に戻ってきたものの、まだつわりの症状が完全に収まったわけではないので、とにかく休むしかありませんでした。主な症状は食べつわりとにおいづわり。管理の行き届いた病棟と違い、自宅ではまだまだにおいが気になる状態。吐き気もぶり返してくる中、レトルトのお粥にゆかりのふりかけや梅干しで味をつけながら流し込みました。なんとか栄養をとりたくてサラダチキンや野菜、卵などいろいろ試してみたものの、お粥以外はどれも体が受け付けてくれませんでした。

退院から数日で仕事に復帰しましたが、信じられないくらいに体力が衰えていて、デスクに向かうことができなくなっていました。やむを得ずPCをリビングに持ち出し、ソファの上で生活するように。日中に突然眠気に襲われることが増え、時折PCを放り出して仮眠をとるようになりました。

この時期、季節の変わり目だったこともあって、体調が気候に左右されることが多かったように思います。天気の悪い日や肌寒い日は顕著に体調が悪化。特に寒さを感じる日は吐き気と頭痛がひどくなり、動けなくなることがありました。それから、夜に完全ランダムでよだれつわりが出ることがあって、まとまった睡眠がとれない日々が退院後も続きました。

妊娠14週~ 少しずつもとの生活へ

胃腸が回復してきて、汁物や野菜を少しずつ口にできるようになってきました。本当は体力のために動物性たんぱく質を摂りたいところなのですが、肉も魚もにおいがダメで食べられず、悩んだ末にインスタントのたまごスープを間食として食べるようにしました。
とはいえ、食べられるものが増えるだけでも結構効果があるもので、退院直後は近所のスーパーを往復するだけで息切れしていたのが、この頃には掃除や洗濯などの家事をなんとか回せるくらいに復調していました。

15週に入る頃、勇気を出して炊飯器のスイッチを押しました。またにおいでダウンしてしまったらと恐ろしかったのですが、なんとか耐えきり、これをきっかけに自炊を再開。
絶食していたせいで味覚が過敏になっており、作ったものはどれもこれも相当な薄味に仕上がったのですが、夫は「味は自分で調節するから大丈夫だよ」と笑顔を絶やさず食べてくれました。

そこからは妊娠中期に入るまであまり体調の変化はなく、時々吐き気止めの錠剤を飲みながら、少量の食事をこまめにとる生活を続けました。お茶碗1膳の白ごはんを食べきることがどうにも難しく、小さいおにぎりをストックしたり、おせんべいをかじったり。
20週に入る頃からやっとそれなりに食べられるようになってきて、今度は体重増加との戦いです。つわりで10kgのビハインドを背負った分、調節が難しい。体力回復にも努めたいので、よく食べてよく動くしかないなと思っています。

つわりは病気じゃない。場合によっては、病気よりつらい

身の回りで、つわりで苦しんだという人をほぼ見かけなかったので「しんどいといっても、まあ生活はできるだろう」と高をくくっていた私。本当に想定外というか、壮絶な体験でした。
実際のところ、入院レベルの重症妊娠悪阻になる人というのは全体の0.5~2%といわれていて、私のようなケースは決して「あるある」ではないようです。しかしながら、つわり自体は妊婦さんのうち8割近くが経験するそうで、ここまでのレベルでなくても大半の方が何かしらの苦しさを抱えていると思うと、このつらさ、もっと理解されてほしい!と心の底から思います。みんな素知らぬ顔して会社とか来てたけど、もしかしてめちゃくちゃ我慢して、すんごい苦労してたんじゃないか?と考えずにはいられません。

「つわりは病気じゃない」なんて言いますが、それは「病気じゃないんだからなんとかなる、甘えるな」という意味ではなくて、「病気じゃないから気軽に服薬もできないし、ひたすら耐えるしかない。下手すると病気よりずっとつらい」という意味なんじゃないかと思っています。リスクも大きい時期なのだし、無理しないできちんと休める仕組みが欲しい。でも、症状に個人差がありすぎるし、一律にルールを決められるようなものでもないのだろうか。
海外ではつわり症状を緩和する薬が認められている国もあるようですね。日本でも一刻も早く研究・導入が進んでほしいものです。

そして、妊娠中のパートナーがいらっしゃる方へ。
私のような重症ケースを読んだからといって「うちはここまでじゃないし、楽な方なんだな」とは決して思わないでください。
冒頭にも書いたように入院レベルになる人はごく稀ですし、ここまでひどくないからといってあなたのパートナーがつらくないというわけではありません。むしろ、私のように重症化して問答無用で休むしかなかった人よりも、なまじ動けるがために無理をしている人の方が圧倒的に多いし、そういう人ほど苦しさを隠して、我慢しているんじゃないかと思うのです。どうか、症状の軽重によらず、パートナーの様子を気にかけ、最大限いたわってあげてください。
「産前産後の恨みは一生」という言葉がありますが、恨みに負けないくらい、この時期の恩も一生ものだと思います。現に私はこの地獄のような数ヶ月を全力で支え、一緒に乗り越えてくれた夫に心の底から感謝していますし、一生かけてこの恩を返したいと切実に思っています。

この先子どもをもちたいと考えている人を、怖気づかせるような文章になってしまったかもしれないけれど…。
どうかつわりを侮らないで、そして無理をしないで、頼れるものをしっかり頼って乗り切ってほしいと思います。
そして、薬の承認であるとか、妊娠中の方への配慮であるとか、悪阻に対する社会の理解が進んでいくことを切に願っています。

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