61歳短大生が見た現代女子大学生事情
かけがえのない2年間
楽しかった。
短大2年間の学生生活はこのひと言に尽きる。
学ぶことができる自分の自由な時間を、自由に学んで過ごせたこと。
自分の興味をとことん追求するところまではたどり着けなかったが、
入学する前から知りたいと思っていたことや、知らないままにしていたことを知ることができたこと。
新しいことを知ること、興味のある分野を学ぶこと、そしてそれが実現できたこと。
かけがえのない時間を過ごすことができたことに、心から感謝したい。
学びの邪魔をしないこと
入学当初、決めていたことがある。
それは「学生たちの学びの邪魔をしないこと」だった。
社会人入学の私は年齢が高い分、知識や技術を習得する過程では自分が有利かもしれない。
だから、たとえ自分が知っていても、理解していても、それを表に出さず、学生たち全員のペースに合わせよう。
そんなことを自分の中で学生生活の約束事にしていた。
短大2年間を過ごすうえでの密かなマイルールに決めていた。
しかし現実は、そんなことを考える必要などまったくなかった。
大きな思い違いで、そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。
経験という、長く生きてきただけの物差しは、新しい分野の学びにはまったく役に立たなかった。
先生の質問には、クラスの学生たちと同じように答えられなかったし、
むしろ学生たちのほうが、現役学生の知識と言えばいいのか、高校や受験で培った堅実な基礎力を持っていた。
スタートラインは、私のほうが有利でもなく、同じでさえもなかったのだ。
唯一、時間管理の要領は得ていたのと、自分の学力と体力の程度は心得ていたので、課題が出ればすぐに取りかかり、試験範囲が示されればすぐに学習計画を立てて実行した。
先延ばしはしなかった。即、動いた。

試験は毎回必ず緊張した
試験は、紙の用紙に手書きで回答することが多かった。選択式や語句の穴埋め、記述式もあったが、
試験開始の合図とともに胸がしくしく苦しくなり、シャープペンシルを持つ手は震え、筆圧が強くなって「カタカタカタ・・・」という音がした。
教室中に響き渡るようで恥ずかしかったし、自分で自分をさらに緊張させてしまった。
結果は、試験前の週末を準備にかかりっきりで過ごしたにもかかわらず、そこそこの点数しか取れなかった。
がんばった手応えが反映されない点数だった。
特に悔しかったのは、暗記が暗記になっていなかったことだ。
暗記したつもりが中途半端で、配点3点の問題が1点しか取れない。これが思いのほか多かった。悲しかった。
一方、クラスの学生たちはというと、一夜漬けでも満足のいく結果だったという会話が耳に入ってきた。
思ったより点が取れた、とか、予想以上の評価だった、とか。
すらすら暗記できたのだろう。
そして、記憶力も1度聞けば頭に残るのだろう。

若さとはこういうもの
ある科目で小テストがあった。
出題範囲は示されており、教科書は持ち込みが許可されていた。
テスト前の週末に出題範囲を読み込み、付箋を貼ったりして準備した。
小テスト終了後、お隣り同士で解答用紙を交換して採点するよう先生から指示があった。
二十歳のお隣さんは、解答用紙をなかなか渡してこない。
周囲が採点を終え始めると、諦めたように渡してきた。
お隣さんの点数は、零点。
ほとんどの解答欄が空白だった。
そういえば、試験が始まった途端に机に突っ伏していたので、寝ていたのだろうか。具合が悪かったのか。
解答用紙を返すと、「だれにも言わないでくださいね」と拝まれた。
言わないよ。と心で返事をしたが、お隣りさんは私の点数を周囲に言った。
「100点、すごーい」
これは、いったいどういうことなんだろうか。
小テストは隔週で行われ、次の小テストでは、
お隣さんの点数は100点。
えっ?!今度は何が起こったの?!と言いそうだった。言ったかもしれない。
満点の解答用紙を返すと、お隣さんは言った。
「今回は、教科書を読んできました」
毎回読んできなさいね、と心で言い返していた。
私は85点。準備が足りなかったと思うことにした。
若さとはこういうものなのだ。勢いがあるのだ。
吸収力や理解のスピードは、競ってみても、比較してみても、何も得にならない。
私には私のペースがある。シニアの私のペースがある。

学びの邪魔はさせない
「クラスの学生たちの学びの邪魔をしない」という約束事も、学生生活に慣れてくると影を落とし始めた。
2年に上がると、座学の授業が始まっても、学生たちのおしゃべりが止まらない。
話を止めない。
ときには、なぜ?いま?ここで?と思うくらいの大音量で、呆れてしまうほど。
私には先生の声が耳に届かない。話が入ってこない。
先生は、どういうわけか注意をしない。
注意する先生もいたが、そういう先生の授業では話をする学生はいないのである。
こちらはイライラしたが、時間が経つと収まってくるというのがパターンだった。
調理実習では、先生がまず実際に課題の調理をしてみせる。その後、学生は自分たちの調理台で再現する。
しかし、師範の様子を見ていなかったり、寝ていた学生は、当然調理ができないので、同じ調理台で実習をするグループの学生に調理方法や手順を尋ねながら調理する。
その場のやっつけ仕事のように進めるので、材料の使いかたを間違えたり、切りかたを混同したりして、完成した料理が実習の目標とは別のものになってしまうことがあった。
たとえば、
主菜と副菜の両方で使うベーコンをすべて主菜に加えてしまったり、
みじん切りにするにんじんと薄切りにする玉ねぎを間違えて、玉ねぎをみじん切りにしてしまったり、味も見ためも違う献立が出来上がった。
さすがに頭にきて、グループで寝そうになる学生の調理着を引っ張ってみたり、筆記用具入れの角で突いて起こしたりした。
先生は寝ている学生を注意しなかった。
包丁や火を扱うのに、どうしてだろうと思った。
学びの邪魔をされているのは私のほうだと気がつくと、
学生たちの学びを妨げない程度に、控えめながら自分なりの攻勢に出てみた。
座席が自由な授業では教壇近くの席に座った。先生とマンツーマンのような景色だった。
座席が指定された授業では、いちばん前に変更してもらった。
教室のあちこちから聞こえる学生たちの会話の中で、先生の声を拾うのが私には非常にストレスだった。
鳥の鳴き声だったらよかったのに、とよく思った。
実習や実験では、毎回学籍番号順にグループが組まれた。
2人のペアもあれば、たいていは4~5人、7人グループのときもあった。
実習や実験を何度か行ううちに、グループ内で役割が固定していってしまったので、先生にグループメンバーのシャッフルをお願いした。
メインの調理や実験作業をする学生はいつも同じだし、食器を並べたり実験器具を片付ける学生も決まってしまっているので、公平にしたいと先生に伝えた。
快く応じてくれた先生もいれば、何度かやり取りが必要だった先生もいたが、結果としてクラスのさまざまな学生たちと組むことができた。
私自身もメインの調理や実験作業に参加できるようになった。
全員が公平にとは言わないまでも、不公平が偏ることなく実習や実験ができたと勝手ながら、思っている。

「学生たちのために」と学校の苦労
キャップや帽子を被ったまま授業を受ける学生がいたが、先生は注意しなかった。
こうしたエチケットやマナーは、学校ではなく家庭で教えるものだというのが大学のスタンスなのだろうと思っていた。
しばらく後になって聞いたところによると、寝ている学生を起こしたり、私語を注意したりするのはハラスメントと受け取られることがあるからだという。
ほんとうだろうか? 今の時代はそうなのか?
キャップや帽子はファッションで、授業だからといって外すという感覚が学生にはないのだそうだ。
とはいえ、社会に出たときに、恥をかいたり損をするのは本人たちなのだから、学生のうちに学校で教えてあげてもよいのではないかと思う。
学生たちが納得できる言いかたや言い回しを使えばよいのではないだろうか。
40年前と比べると、現代の女子大学生の事情は、私には複雑で微妙なものに見える。
首を突っ込むべきだったのか、突っ込まずに卒業してよかったのか。
答えはわからずじまい。これから先もずっとわからないであろう。
卒業式までひと月となった。
楽しかった時間も、もうすぐおしまい。

卒業式まで2週間。お世話になった大好きな図書館のいつもの席で。
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