お題『三月は』 #シロクマ文芸部
『三月のスレート・ブルー』
三月は天気の悪い日が多い。品出しをする俺の後ろをそんな会話が通り過ぎていった。在庫が少なくなったジンの瓶は鈍い青色で、せわしない日々にうずもれていた記憶を呼び起こす。そういえばあれ、何処へやったかな。
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海に行った。もう五年も前のことだ。三月の海は風が強くて、とにかく寒かった。かじかむ両手をどんなにこすり合わせても暖は取れず、吹きさらしの顔面はもはや痛みを感じる。こんな場所へと誘ってきた張本人は、やべーやべーと騒ぎながら岩場を覗いていた。あいつとは高校一年のときからの付き合いで、大抵つるんでバカばっかりやっている。
「まじさみーし何もいねー。さすがに泳げねえよなあ」
あと何日かで卒業だってのに、小学生でもわかることを真剣に悩んでいる。ほんとバカ。そんなんで大学行けんのかよ。映画でしか見たことないだだっ広い教室で居眠りをするあいつを想像して、呆れついでに心配にもなる。もうノート貸してやれないんだからな。
俺は実家の手伝いをして、そのうち後を継ぐ。この街を出るあいつとこんな過ごし方ができるのも、これが最後なのかもしれない。感傷的になるつもりはないけれど、そう薄情でもない俺のまなざしがあいつに注がれる。
「これお前にやる」
笑っているような、しかめているような、どうとでも取れる表情で手渡されたのは、ガラスの欠片みたいな青い小石だった。くるりと俺に背を向けてダッシュしながらあいつが叫ぶ。オレ様だと思って大事にしろよ、だと。バーカ。
砂に足をとられて派手に転んで、冷たいだの何だのと喚くあいつは、きっと本物のバカだ。砂まみれにされるのをわかっていて助けに走る俺も、たぶん相当なバカ。鼠色に曇った空も波高く荒れた海も、俺たちの味方にはなってくれそうにない。ポケットに仕舞った小石なんて尚更だ。まあ、それでもいいか。じゃれ合いながら大笑いしたら、凍えきっていた体の真ん中がほんの少し、温かくなった気がした。
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レジを打って常連さんと雑談をしたあとは、得意先のバーへの配達業務。伝票を確認しつつ軽トラに乗り込み、ダッシュボードの小銭入れを探れば、あった。こんなに小さかったかな。光に透かして眺めてみれば、記憶よりも少し綺麗だ。大切に取っておいたとは言えないけれど、こうして手元に残っていることがなんだか照れくさくてむず痒い。
毎日のようにバカ笑いをしていた俺たちが思い描いていた未来は、一体どんなものだっただろう。今となっては何も思い出せないし、くだらない日常を懐かしむことになるなんて想像もしていなかったんじゃないか。
現実は三月の天気くらいままならない。晴れたり曇ったり、あの日みたいな極寒の日だってある。それでもやれないことはないと思えるのは、過ぎた歳月のせいか、灰がかった青色が思い出させた些細な出来事のせいなのか。
よし、決めた。帰りは少し遠回りをして、あの海へ行こう。写真付きのどうでもいいメッセージはきっと、あいつへのエールにもぴったりなはずだから。
(了)
※過去にコトアムに投稿した掌編を改題・加筆しています。
こちらの企画に参加させていただきました。
