不憫なパパの夏
Cが寝室から姿を消して、1週間が経った。
Cとは英語でCockroachと呼ばれている黒くて、素早く動くアイツである。
Cは寝室に突如現れた。
寝室の壁に張り付いてこちらの様子を窺っていた。僕がスプレーを手にして寝室の扉を閉め、一歩近づくと上にカサカサと逃げて行った。さらに一歩。カサカサ。
そうして天井付近まできたとき、壁紙の剥がれの中にCは忽然と消えていった。
壁紙の剥がれといっても、ベロンと剥がれているわけではない。一部が剥がれポケットのような状態になっている。Cが住むにはうってつけだった。
「ここにスプレーを噴射してCの大群が出てきたら」と考えると、そんな恐ろしいことはさすがに出来なかった。
次に考えたのは「臭いモノには蓋作戦」。
とりあえずガムテープで壁紙をとめて、Cを封じ込めてしまおうというものだ。
ガムテープを持って、脚立に上がる。手を伸ばしてみるが、剥がれているのがちょうどエアコンの真上の位置であるため、エアコンが邪魔をしてテープを貼ることが出来なかった。
アパートの大家さんに泣きつくと、業者さんを手配してくれ、壁紙を直してもらえることになった。しかし、「いつになるかはわからない」ということだった。
そこからが大変だった。
まず、ドラッグストアでブラックキャップを買ってきて寝室に大量に設置。業者さんが来るまでのあいだ、寝室は立ち入り禁止とした。
わが家は3LDKだが、ひと部屋が物置と化しているため、実質2LDK。そこにきて寝室が封鎖されたため、実質1LDKに家族4人で暮らすこととなった。
ちなみにエアコンはリビングと寝室にしかないため、昼間は布団を娘の部屋に置いておき、夜になるとリビングに布団を敷いて寝た。
そして、リビングで寝るということは、子ども達が寝静まってから何も出来ないということだ。
テレビを観ることもSNSを見ることもできず、ただイヤホンでラジオを聴くことだけが心の支えとなった。
何日かすると身体に異変が起きた。
朝起きると身体中がバキバキで痛いのだ。フローリングにマットレスを敷いて、その上に布団を敷いているのだが、畳と比べて硬いので身体に負担がかかっているのだろう。
妻と子ども達に「大丈夫?身体痛くなってない」と聞いてみたが、きょとんとしていた。
それもそのはずで、みんなのマットレスは僕のマットレスの2倍くらいの厚さがあるのだ。試しに妻と子ども達が妻の実家に帰っているときに、娘のを使ってみたら、ぐっすり眠れて翌朝身体が痛くなることもなかった。
朝も大変である。子ども達が夏休みで、妻もそれに合わせて休みを多めにとっているため、仕事の日の朝は、みんなを起こさないようキッチンの電気を最小限に付けて、冷蔵庫や炊飯器の開け閉めの音に最大限の注意を払い、立ちながら納豆ご飯を掻き込む。
「幸せって何だっけ?」と考えながら。
そうして仕事に行く前にみんなを起こして、バキバキの身体で布団を片付けてテーブルを元の位置に戻す。
「いってきます」と伝えると娘からは「今日も仕事なの?」と呆れられ、息子からは「はっはっは。ばっかめー」と言って送り出される。
そんな毎日。
しかもこれ、壁紙を直すときにCの大群が出てきても不憫だし、1匹しか出てこなくても「たかが、虫1匹にこんなに振りまわされていたなんて」と不憫な気持ちになる。
もはやどっちのルートになったところで、不憫が確定しているのである。
「もしもし。えっ、直しに来れるのは、お盆休み明けですか?そうですか。わかりました。」
この夏も僕は不憫だ。
アルロンさんの企画した「フビワングランプリ」に参加させていただきました。
昨年、同じくアルロンさんの「うちの子かわいい」という企画に参加した際に「寛容で不憫なパパ」という二つ名をいただきましたが、今年も不憫ぶりは健在です。
