【note研究手帖】3か月目|noteの用途|続・見た目整える|弱さを素直に表現するのが強い
落馬の記事のあと更新が途絶えたけど、私は元気です。
note3か月目に入った。
フォロワー数・スキ数・収益化・毎日更新を気にしなくなって、紙の日記と同じ感覚になってきている。
noteの用途
紙の日記の感覚はやばい。書くのをやめてしまう兆候な気がする。
noteを続けることのメリットを感じないと離脱してしまいそう。3ヶ月目ってそういう時期。長く続けないとメリットが見えてこなそうなので、私はnoteの用途をひとまず仕事のHPへの導線にすることにした。そうでもしないと続けるモチベがわかない。クリエイターの自己紹介欄にHPのURLをいずれ仕込もう。匿名性よ、さようなら。HP見に来てくれるだろうか。実験だ。
続・見た目を整える
用途が決まって、中途半端にしていたnoteの外観ががぜん気になり始めた。トップページのヘッダーと、雑記「道草食ってこ」の画像がずっと仮の状態だったので、この度アイコンを描いて頂いたイラストレーターさんに再度お願いして、着地する見込み。
結局仕事用のHPと連携することにしたので、人の目に触れるものについてどう考えているか書いておこうと思う。
表に出すものについて最近考えていること
仕事どうなるAI問題(税理士編)
「税理士」の仕事はAIに淘汰される仕事と言われて久しい。確かに単純作業はなくたってきたし、専門的な調べものを結構いい線まで調べてくれる。仕事無くなる説から、ここのところは「判断」と「責任」が人に残るから結局仕事はなくならない、という論調に移行してきた。
「特定分野特化型マーケティング」に影響するのでは
ところで従来「税理士」はその中でも細分化された特定の分野に特化する形、例えば「国際税務専門」とか「相続専門」とか、あるいは「飲食業専門」「医業専門」など業種で特化などで集客するケースが多い。
そこへきて、AIのおかげで「専門的な調べものを結構いい線まで調べてくれる」時代が到来した。こうなってくると、特定分野に特化、という価値が薄れる。知識の差が拮抗するなら「この人に頼みたい」という個人の魅力が判断に介入する。つまりファンマーケティングが必要になり、相対的に特化型マーケティングが下火になるのでは、と予測している。
ファンマーケティングにシフトしたら嬉しい
私は飽きっぽく色々な業種のお金事情を把握することが好きだし、相続税の対応もしている。どこかに絞ると仕事への面白みがなくなる。そんな理由で特化型マーケティングはせず、ファンマーケティングで仕事を獲得していこうという方針をとっている。どちらが正しいとこではなく自分の好み。
そんな訳で自分がどんな人物かを表現するようにしてきた。個人的にはファンマーケティング主流時代となることを期待している。
肩書きが強すぎて没個性な職業
一般的に「税理士」という肩書きでどんな人物像がイメージされるか「税理士 イラスト」という検索ワードで検索してみた。

個性ないイメージね。実際のところ、税理士は結構パンチの効いた面白い人もいるし、同年代だと同業が集まる場ではかっちりスーツの人は稀になってきて、結構おしゃれなんだが、いざお客様と会う場面では、イラスト通りの出で立ちだったりする。
かく言う私も独立したての頃は税理士然とした装いをしていた。好きな服を着ていたらどこかの税理士に注意されそうな気がしていたのだ。しかし、独立して晴れて誰の管理下でもなくなったのだから、何かに囚われている感覚を払しょくしようと、スーツを捨てた。
「税理士」像通りの見た目をしてた頃、実はコミュニケーションがしっくりくるお客様に全く出会うことができなかった。仕事だから依頼されたら何でも引き受ける、そう考えていたけど、それは雇用されていたことで刷り込まれた考えだった気がする。
いつもの自分に依頼してくれる幸せ
ある日スーツを捨てたことで、HPと自分自身とのギャップをなくそうと、人の目に触れるものに私が表れるように意識した。すると旧知の仲のようなお客様と不思議とつながりやすくなった。仕事がすこぶるやりやすい。
ファンマーケティングの要はコンプレックス
ファンマーケティングの良さは分かるけど「お客様をファンに!」とはなかなかハードルが高い言葉だ。いったいどうすれば?
この点に関して私は密かに仮説を持っている。
吉本ばななの「TSUGUMI」を読んで以来、人は自分のコンプレックスを自分に代わって表現してくれるものに愛着を感じるのでは?と考えているのだ。
その仮説を私の仕事を通して確かめたくて、ある時期コンプレックスと徹底的に向き合った。
弱さを語る
心の中でずーっと持ち続けているコンプレックス。語ることも憚れるような気持ちだが、同じような人は必ずいて、これをオープンに語ることで響く誰かがいるはず。
私でいうと、就職氷河期世代で社会に上手く入っていけなかったこと。器用貧乏だったことで一つでも特別な何かを持てないまま大人になってしまったこと、だろうか。
コンプレックスを言葉にすると「あの言葉が心に残った」という言葉をもらう経験を何度もした。
自分に素直じゃないと書けない
こういったコンプレックスって、経験したその時に戻ることができないから、その時に傷ついた気持ちを、後で果たした成功で上書きすることはできない。が、素直になれないとコンプレックスを克服した話として語ってしまいそうになる。
私でいえば、就職失敗したけど税理士になった、と一見成功談のように語ってしまうと、誰の心にも響かない。
でも実際はあの時の苦々しい気持ちは今でも消えない。その苦い思いを抱えてる感じが、味わい深いに人に映ってファンにつながると考えている。
オーディション番組では完成される前のコンプレックスを抱えていそうな姿、苦い経験を経たストーリーを見ることになるが、それがそのアーティストの人としての魅力となるのと同じ理屈。
しかし、人に良く見られたい気持ちがあると素直に語るのは難しい。イケてるとこしか他所様には見せない、そんな気持ちもわかるなぁ。
その点、noteの匿名性は人を素直にさせてよいなと思う。(私はそろそろ匿名性を失うが)
弱さを強さに変換してるあるがままクリエイターさんが素敵
そして私はそういうクリエイターさんのファン。気がつけば50代のお姉さんたちだわ、50代って自分に素直になれるのかも。あとちょっとで手が届きそう。
最後はちょっと脱線の3か月目の記録でした。
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