1on1もストレスチェックも導入した。それでも変わらない職場の、「見えない動機」|メンタル不調と自分アジェンダ®
メンタル不調と「見えない動機」について、私たちの考えを整理しました
2026年3月、朝日新聞が気になるデータを報じました。傷病手当金の支給額が2023年度に6,000億円を超え、5年前の2018年度と比べて約1.6倍に膨らんでいるという内容です。
その増加の一因として指摘されているのが、メンタルヘルス不調の広がりです。協会けんぽの2024年度調査によれば、傷病手当金の支給件数のうち「精神及び行動の障害」が39%(男性36%、女性43%)を占め、すべての疾患カテゴリのなかで最多となっています。
この数字を見て、私たちはあらためて考えさせられました。職場のメンタルヘルス対策は、近年かなり普及してきているはずです。1on1ミーティング、ストレスチェック、相談窓口の整備——それでも不調者が増え続けているのはなぜなのか。
ここでは、その問いに私たちなりの視点でアプローチしてみたいと思います。構造的な問題、制度の問題、コミュニケーションの問題、人間関係の問題——これらへの対処はもちろん大切です。しかし、それだけでは届かない部分があるのではないか。「運用する人間の欲求層」という観点から、考えを整理してみました。
目次
1.まず現状を整理してみます——数字が示すこと
2.「構造の問題」について——制度設計そのものの課題
3.「制度の問題」について——なぜ整備しても機能しないことがあるのか
4.「コミュニケーションの問題」について——言葉が届かない理由
5.「人間関係の問題」について——関係性は制度では作れない
6.「運用の問題」——ここが最も見落とされやすい、と私たちは考えています
7.状況対応リーダーシップ®(SL理論®)が提示する「一貫性と再現性」という視点
8.状況対応リーダーシップ®(SL理論®) × 自分アジェンダ®——「見えない動機」まで踏み込む試みについて
9.では、何から始めればよいか——私たちからのご提案
おわりに——「自分が影響できる範囲で変わろう」というスタンスについて
1.まず現状を整理してみます——数字が示すこと
厚生労働省「令和5年労働安全衛生調査」によれば、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は全体で63.8%に達しています。50〜99人規模の事業所では87.4%、30〜49人規模では71.8%と、一定規模以上の企業ではほぼ対策が講じられていると言えます。
しかしその一方で、傷病手当金は増え続けています。この「対策している、でも増えている」という矛盾をどう読み解けばいいのでしょうか。
メンタル不調が多い職場には、共通して見られる特徴があると言われています。長時間労働の常態化、人間関係の希薄化・悪化、過大なプレッシャー、休暇を取りにくい社風、上司と部下のコミュニケーション不足、裁量権の欠如、不明確な評価基準、業務効率化の遅れ、ハラスメント、メンタルヘルスケア体制の不備——これらは多くの専門家が指摘する「環境要因」です。
これらの要因を認識し、対策を打っても、改善しない組織が多数あります。制度は整えた、1on1も始めた、ストレスチェックも実施している——それでも何かが足りない。その「何か」について、私たちの考えをお伝えしていきます。
メンタル不調と傷病手当金——現状データ【データ】傷病手当金の支給額(協会けんぽ・健保組合・共済組合合計) 2018年度:約3,800億円 → 2023年度:約6,100億円(5年間で約1.6倍) 支給件数の疾患別内訳(2024年度、協会けんぽ): ・精神及び行動の障害:39%(最多) ・新生物(がんなど):次点 出典:朝日新聞(Yahoo!ニュース掲載)2026年3月22日配信 https://news.yahoo.co.jp/articles/154bf0b199022beeaa6c4c0216dae14d45a4e735)
2.「構造の問題」について——制度設計そのものの課題
最初に取り上げたいのは、働き方の「構造的な問題」です。長時間労働の常態化、成果主義の過度な浸透、専門職よりも管理職を上位に置くキャリアラダー——これらは、個人の努力や管理職のスキルだけでは解決しにくい、組織設計レベルの問題です。
たとえば、Z世代が管理職になりたがらないという現象があります。これはよく「向上心の欠如」として語られますが、私たちはそう見ていません。マイナビ キャリアリサーチLabの調査によれば、Z世代の許容残業時間は「1〜5時間」が最多(57.7%)であり、キャリアアップの定義として「自分の業務スキル・レベル向上」が最も多く挙げられています。
(参照:マイナビ キャリアリサーチLab 各種調査)
長時間労働で疲弊している管理職の姿を日々見ながら、「管理職になっても自分らしく成長できるイメージが湧かない」と感じるのは、むしろ合理的な判断ではないでしょうか。
構造問題への対処として有効と考えられているのは、フレックスタイム制度、スペシャリストキャリアの整備、プロジェクトリーダー制度や社内副業など「管理職以外の選択肢」の拡充です。私たちの言葉を使えば「リーダーシップの民主化」とも呼べるアプローチです。しかし、こうした制度を設計・導入しても、それを実際に運用するのは管理職や人事担当者という「人間」です。制度が機能するかどうかは、最終的に人間の判断と行動にかかってきます。
3.「制度の問題」について——なぜ整備しても機能しないことがあるのか
1on1ミーティング、ストレスチェック、相談窓口、産業医との連携——いずれも、方向性として正しい施策です。しかし、「制度がある」ことと「制度が機能している」ことは別の話です。
私たちが気になるのは、1on1ミーティングが「業務進捗の確認会議」になっているケースです。上司が部下の「行動の背後にある動機」を意識せず、表面的な行動だけを見て「やる気がない」と判断してしまうと、部下の本音はむしろ遠ざかっていく可能性があります。
ストレスチェックも同様です。実施すること自体が目的化し、高ストレス者へのフォローが形骸化してしまっている事例は決して少なくないと感じています。相談窓口を設けても、「相談すると評価に影響するかもしれない」という心理的安全性の欠如があれば、実際には誰も使わない——そういった状況は起こりえます。
制度は「必要条件」であって、「十分条件」ではない、というのが私たちの立場です。運用する人間のあり方が変わらなければ、制度は「あるが機能しない」状態になってしまうのではないかと考えています。
4.「コミュニケーションの問題」について——言葉が届かない理由
「話し合えばわかる」という前提は、楽観的すぎるかもしれません。職場のコミュニケーション不全は、単に「会話の量が少ない」という話ではなく、「動機の層のずれ」から来ていることが多いように思います。
典型的なすれ違いのケース【事例】管理職(52歳)の困惑 入社3年目のエンジニアが突然退職届を提出しました。給料も上げ、重要プロジェクトも任せていたのに、という状況です。 しかし部下の本音は「なぜこの仕事が必要か、聞いても答えてくれない。キャリアプランも一度も聞いてくれなかった」というものでした。 ——「見えない動機 ダウンロード資料」(リーダーシップ研究アカデミー・CLS Japan本部)より
この管理職に悪意はなかったと思います。「重要プロジェクトを任せる」という行為は、管理職の論理では「期待しているサイン」です。しかし部下にとっては、「なぜこの仕事をするのか」という問いへの答えが得られないまま、業務量だけが増えた体験になっていました。
部下が「なぜですか?」と発言したとき、それは自発性の芽かもしれません。しかし「いいから、やって」と返してしまえば、その芽は摘まれます。これは技術的なコミュニケーション問題というよりも、「見えない動機を見ようとしているか」という姿勢の問題ではないかと感じています。
コミュニケーション研修を受けても、自分の「聞く動機」が「評価のため」「管理のため」という外圧的な理由に支配されていると、技術を得ても本来の意味では使いにくくなります。なぜなら、技術は動機の方向に従って使われるからです。
5.「人間関係の問題」について——関係性は制度では作れない
ハラスメント防止研修を実施しても、翌週には元の関係に戻ってしまう——そういった経験をされている方も多いのではないでしょうか。
人間関係は、制度や研修によって「作られる」ものではなく、日々の相互作用の蓄積によって「育まれる」ものだと私たちは考えています。そしてその相互作用の質は、関係者それぞれの内側にある「動機の層」に深く影響されます。
自分アジェンダ®の考え方によれば、職場の人間関係は「社会的価値」の領域に位置します。職場の人間関係・チームの雰囲気・組織文化など、自分を取り巻く環境や関係性がこれに当たります。そしてこの社会的価値は、「個人的価値」(その人固有の人間的魅力)や「事業的価値」(目標・やりがいの達成)との統合がなければ、なかなか持続しないのではないかと思っています。
「部下のことを本当に気にかけている」という実感が伴わない管理職が、研修で習った傾聴スキルを「使う」ことはできます。しかし、それを「活かす」ことは難しい。その違いは、部下にも伝わることがあります。
6.「運用の問題」——ここが最も見落とされやすい、と私たちは考えています
構造の問題に取り組んだ。制度も整えた。コミュニケーション研修も実施した。人間関係の修復にも努めた。それでも、まだ解決されていない問題があります。
私たちがこの問いを掘り下げるなかで行き着いたのが、「運用する人間の欲求層が変わっていない」という視点です。
自分アジェンダ®では(仮説的なフレームワークですが)、人間の意欲を4つの層でとらえています。外側から「行動層」「判断層」「感情層」、そして最も深い「存在層」です。多くの職場改善策は、行動層と判断層にアプローチします。「こうすれば生産性が上がる」「このルールを守れば評価される」——これらは行動と判断の変化を促しますが、存在層には届きにくい可能性があります。
参考:自分アジェンダ® の4層モデル:欲求の4層モデル(自分アジェンダ® / 仮説的フレームワーク) 行動層:外側から見える行動・アウトプット 判断層:「やるべき」という規範・思考 感情層:「やりたい」「やりたくない」という感情 存在層:内側から湧き出る信念・使命感(本物の動機の源泉と考えられる層) ※自分アジェンダ®は仮説的フレームワークです。確立された理論ではなく、実践知の体系化を試みているものです。
この考えを深めるなかで、「借り物の動機」という概念が生まれました。恐れ・義務感・他者への期待から生まれる動機のことです。「評価されたいから」「怒られたくないから」「周りに合わせなければならないから」——こうした動機で動いている場合、状況が変わったとき、あるいは期待が報われないと感じたとき、意欲が一気に失われやすくなります。
管理職も例外ではないと思っています。「管理職だから部下の面倒を見なければならない」という義務感で動いている管理職は、燃え尽きやすく、部下への感謝やフィードバックが感じられなくなると急速に疲弊していきます。これが「管理職自身のメンタル不調」の一因になっている可能性もあるのではないでしょうか。
そして、借り物の動機で動く管理職の下で働く部下もまた、借り物の動機で働くようになる——そういう連鎖が生まれることがあります。組織全体が、本物の動機を持ちにくい状態に陥る。これが、制度を整えても改善しない職場の根っこにある問題の一つではないか、と私たちは考えています。
7.状況対応リーダーシップ®(SL理論®)が提示する「一貫性と再現性」という視点
もう一つ、見落とされやすい問題として「一貫性と再現性」を挙げたいと思います。
状況対応リーダーシップ®(SL理論®)は、部下のタスクごとの準備状態(パフォーマンス・レディネス®)を見極め、リーダーシップスタイルを柔軟に変えるモデルです。S1(教示的スタイル)からS4(委任的スタイル)まで、相手の状態に応じてスタイルを選ぶという考え方です。
このモデルが示すのは、「すべての部下に同じスタイルで接することは、誰にとっても最適でない可能性がある」という事実です。高い能力と意欲を持つR4の状態にある部下に対して教示的スタイル(S1)を適用すれば、窒息感を覚えさせてしまうかもしれません。逆に、そのタスクにまだ不慣れなR1の状態にある部下に委任的スタイル(S4)を適用すれば、放置されたと感じさせてしまう可能性があります。
しかし現実の多くの職場では、管理職のリーダーシップスタイルは一貫していません。機嫌によって変わる、忙しさによって変わる、あるいは「なんとなく感じのいい部下には優しく、そうでない部下には厳しく」という無自覚なバイアスによって変わる——そういったことが起きていないでしょうか。部下にとって予測不可能な環境は、それ自体がストレスの源になります。
「一貫性のあるリーダーシップ」とは、いつも同じスタイルを取ることではありません。「相手の状態を見て、その状態に応じた一貫した原則で行動すること」だと私たちは理解しています。しかしこの一貫性を実現するためには、管理職自身が「なぜその行動をするのか」について、内発的な動機を持っている必要があるのではないかと感じています。
8.状況対応リーダーシップ®(SL理論®) × 自分アジェンダ®——「見えない動機」まで踏み込む試みについて
私たちがご提案したいのは、状況対応リーダーシップ®(SL理論®)と自分アジェンダ®を組み合わせることで、「見えない動機」まで踏み込んだリーダーシップを試みるアプローチです。これはあくまで仮説的な提案であり、正解を提示するものではありません。
自分アジェンダ®の8パターン診断は、部下の行動層・判断層・感情層・存在層の状態を組み合わせて、現在の意欲の状態を分類するものです。たとえば「行動していないが、やりたいとは思っている(感情層◎)、やるべきとも思っている(判断層◎)」という状態は「行動の障壁がある」と診断され、説得的スタイル(S2)による関わりが示唆されます。
この診断で最も重要視しているのが「借り物チェック」です。存在層に借り物の動機が占めている場合、後続の診断やスタイル変更だけでは根本的な解決に至りにくい、というのが私たちの見立てです。表面的な対処では、また同じ問題が繰り返されることがあります。
人事・組織開発の視点からも、いくつかご提案したいことがあります。
採用面談での「どんな仕事をしているときが一番自分らしいですか?」という問いかけは、存在層に触れるきっかけになりえます。
育成・1on1での「これは本当に自分がやりたいことなのか」を確認するコーチング的対話は、表面的な進捗管理とは質的に異なるものになりえます。
評価設計において、事業的価値だけでなく個人的価値・社会的価値もバランスよく見る仕組みを整えることは、組織が「人間を全体として見る」姿勢の表れになるかもしれません。
優秀な人材の離職が続く場合、存在層の動機と職務の不一致が起きていないかを確認するための「動機の確認」の仕組みを定期的に設けることも、一つの選択肢ではないかと思います。
管理職の方へのご提案:1on1でのひとつの問いかけの例 「どんな仕事をしているときが一番自分らしいですか?」 進捗確認ではなく、存在層に触れる問いとして機能しうる言葉です。 部下から「なぜですか?」という発言が出てきたときも、自発性の芽として受け取ってみてはいかがでしょうか。
9.では、何から始めればよいか——私たちからのご提案
メンタル不調の問題は、単一の施策で解決できるほど単純ではありません。ただ、「どこから手をつければよいか」という問いへの、私たちなりの整理をお伝えします。
まず、構造と制度の整備は「前提条件」として不可欠です。長時間労働の是正、相談窓口の設置、ストレスチェックの実施——これらを行わずに「欲求層の話」をしても、それは精神論になってしまいます。環境の整備と内面へのアプローチは、同時に進めるべきものだと考えています。
次に、コミュニケーションと人間関係の質を上げるために、管理職のリーダーシップ開発が必要です。状況対応リーダーシップ®(SL理論®)の考え方——相手のタスクごとの準備状態を見極め、一貫した原則でスタイルを変える——を実践することで、部下に「この上司は私のことを見ている」という安心感を届けられる可能性があります。
そして、最も難しくも最も本質的と思われる問いに向き合うことをお勧めしたいのです。「運用する自分自身の存在層は変わっているか」——この問いです。管理職が借り物の動機で1on1を実施しても、部下にはその温度差が伝わることがあります。人事担当者が義務感でメンタルヘルス研修を組み込んでも、組織文化はなかなか変わりません。
自分アジェンダ®は、この「存在層への問いかけ」をフレームワークとして提供しようとしています。「なぜ自分はこの仕事をするのか」「自分が本物の動機で動けているか」——この自己理解を深める機会を持つことが、持続的な組織変革への一歩になりうると、私たちは考えています。
おわりに——「自分が影響できる範囲で変わろう」というスタンスについて
「相手を変えよう」ではなく「自分が影響できる範囲で行動を変えよう」——この発想の転換が、職場のすれ違いを超えるカギになりうると私たちは考えています。(参考:フォースフィールドアナリシス)
メンタル不調の問題は、「あなたの職場の構造が悪い」「制度が足りない」「コミュニケーション不足だ」という他責の議論に陥りがちです。もちろん環境の問題は実在しますし、組織として取り組むべきことは多くあります。しかし同時に、「変わろうとしない人間の存在層」という内側の抑制力についても、目を向けてみる価値はあるのではないでしょうか。
制度は変えられます。仕組みも作れます。しかし最終的に、職場をより良くするのは「その場にいる人間の動機の質」ではないかと思っています。一人の管理職が自分の存在層と向き合い、本物の動機で部下と接するようになったとき——その影響は制度改革よりも静かに、しかし確実に、職場に広がっていく可能性があります。
ここでお伝えしたことは、私たちの現時点の考えであり、絶対的な正解ではありません。「こういう視点もある」として受け取っていただき、何か一つでも実践のヒントになれば幸いです。
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リーダーシップを難しく考えずに、いつもの行動がリーダーシップ、「だれもがリーダー」学習を提唱しています。わたしたちが長年かけて培ってきた知恵と知識を拡めたいと思っています。