軽くなりたかったのに、重くなった理由
ウルトラライトの暮らしに憧れた。
持たない人になりたかった。
風のように、どこへでも行ける人に。
だから、思い切って捨てた。
9割くらいは手放したと思う。
部屋はすっきりして、気持ちも少し整った。
これで軽くなれる、と思った。
でも実際は、
軽くなるどころか、なぜか重くなっていった。
森に行く日がある。
大工仕事をする日もある。
竹を切る日と、木を倒す日は、まったく別の準備が必要だ。
マキタの18Vで揃えた電動工具。
よく使う電動チェーンソーはMUC204。パワーは弱いけど取り回しが良いので竹林整備に使っている。
竹なら電動で足りる。
本気の木ならエンジンがいる。
エンジンチェーンソーは50ccクラスの18インチバーを使っている。
目立ては1日に何回も行っている。
目立てをしないとチェーンが滑ってモーターやエンジンに負担がかかって壊れやすくなるらしい。
ノコギリはシャークソーの24cm。
21cmでもなく、27cmでもない。
24cmが、いちばんしっくりくる。
普段から竹挽きの刃を使っている。
刃は少しでもきれなくなったらすぐ交換する。
切れないのに無理矢理使ってると手が疲れて治療費のほうが高くつく。
楔を打つときは、FRP柄の長い斧を使う。
軽いのに、先が重い。
振り下ろすと、楔がすっと入っていく。
短い手斧だと、手が先に疲れる。
道具は理屈じゃない。
身体で選んだものが、結局残る。
問題は、忘れ物だ。
ひとつしかない道具を
別の現場に持っていくと、
次の現場で足りなくなる。
「あれがない」
それだけで、その日は仕事にならない。
だから、つい買い足す。
小さなものほど、増えていく。
減らしたはずなのに、
気づけばまた増えている。
それでも、最近思う。
減らないのは、
物欲のせいじゃない。
生き方が、増えているからだ。
森に立つ自分。
現場で木を組む自分。
竹を払う自分。
ひとつの役割に絞れば、
もっと軽くなれるのかもしれない。
でも、そうしなかった。
いろんな現場に立ちたいと思った。
いろんな仕事を受けたいと思った。
その選択が、
道具の重さになっているだけなのだ。
本当に軽くしたかったのは、
物の数じゃなかったのかもしれない。
迷いだったのかもしれない。
「これがあれば大丈夫」と
言い切れる状態。
減らなくてもいい。
揃っていればいい。
背中の荷物は重くなったけれど、
たぶん私は、前よりも自由だ。
軽くなりたかったのに、重くなった。
