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インド旅日記

標高1600m、コーヒーと黒霧島の村


ハルドワーニーから車で3時間。くねる山道を抜けた先に、ジャインティという小さな村がある。標高1600メートル。空気は軽く、風がひんやり頬を撫でる。ハルドワーニーとの気温差は4〜5度ほどと聞いていたが、朝晩はその比ではない。日が落ちると一気に冬が顔を出す。


荷を解き、まずは深呼吸。久々に“静けさ”というものを感じる。遠くで牛の鳴き声、屋根の上を猿が駆け抜ける音。空気の密度が変わるだけで、時間の流れまでゆっくりになる気がした。


持参した豆をミルで挽き、コーヒーネルで淹れる。チャイの甘さに慣れきった舌に、苦味がストレートに刺さる。湯気の向こうに広がる山の稜線を眺めながら、やっぱり自分はコーヒーが好きだと再認識する。インドの村で飲む日本の珈琲。小さな贅沢だが、旅の区切りとしてはちょうどいい。


夜になると山の気温はぐっと下がり、軽く何かを羽織る程度では心もとない。そこで、黒霧島の1.8㍑パックを開け、Rにお湯割りを勧めてみた。だが、ウィスキーの湯割りにも慣れていないらしく、一口だけ試してギブアップ。嫁さんも香りを嗅いだだけで手を付けなかった。異国で通じない味覚の差は、むしろ微笑ましい。


晩酌は静かな夜に似合うペースで続いた。日本から持参した鶏と豚の合い挽きジャーキーを皿に出すと、Rが少しずつ口に運びながら「グッドテイスト」と笑う。手が止まらない様子。一方、嫁さんはやはり手を付けず、リビングに残るのは静かな空気と、香ばしい肉の匂い。異文化の距離感を感じつつも、不思議と居心地がいい。


翌朝、畑を見学に行く。目的は、今回の麻炭づくりに使う麻の茎の収穫量を見極めること。村人たちが束ねた茎を前に、Rが言う。「ひとつの畑で予定の半分くらい、500キロはあるだろう」と。充分すぎる数字だった。10日から2週間で持ってきてくれるという。

冷たい風の中、麻の葉がサラサラと揺れていた。旅の目的が、少しずつ形になっていく。


ある風の強い日。村のチャイ屋で一服していた。丘の上に位置するその店は、バルコニーがついており、眺めが自慢だが、強風はもろに受ける。

入口からキッチン脇を抜け、両サイドに材料ストックの壁を挟んだ一本道を渡ると、客席が左右に四席ずつ並び、奥にバルコニーへ続くドアと下り階段がある。バルコニーはおよそ3メートル×5メートルの十五平方メートルほど。店内の約二倍の広さだった。

おそらく、バルコニーは店舗付属ではなく、ビルオーナー所有なのだろう。店の横にも、同じオーナー所有と思しき、店舗と同サイズの倉庫が並んでいた。

少し、度合いを超えた風は、不快だったが、いつも通り二杯分のチャイにネスカフェの粉をまぶし、強風吹き荒ぶバルコニーで、嗜んでいた。

それでも陽は射しており、気温も秋晴れの昼下がりといった感じで、とても心地よかった。店内は丘陵に建つ店のカルマか、風をまともに受け、竜巻のような渦が巻いていた。

そんな中、遅めの昼食にしては軽すぎる何かを食べていた客も、いつの間にか帰っていった。正解である。残ったのは、自分と店主と、ひたすら暴れる風だけ。

そんな中、店主がぽつりと一言。「草を刈り取りたいから、店を閉める」。

翻訳アプリで「夕方からじゃダメなのか?」と訊ねると、「牛の餌が間に合わない」と返ってきた。

なるほど、店より牧草優先。それがこの村の現実らしい。

いつもは15時過ぎまで開けているのに、その日は14時になる少し前。

閉店理由が「牛」だったことに、強風や砂埃は本当に関係ないことに、なぜか少し安心した。



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