インド旅日記
凍える夜と山の神
登山の疲れもあり、目が飛び出るほど美味かった夕飯を済ますと、21時には全員床に就いた。
しかし、自分は山の気候をすっかり舐め腐っていた。標高およそ2500メートル。夜になると、電気の通っていない倉庫のような部屋は、底冷えというより“氷室”だった。外気温は摂氏0度前後。寝具は薄手の毛布一枚。自分の吐く息が、そのまま部屋の湿度を上げていくのがわかる。
深夜1時、あまりの寒さに目が覚めた。仕方なく、布団の中で身体完封摩擦を繰り返す。摩擦熱で少しでも体温を取り戻そうとするが、動けば冷気が入り、止まれば冷える。眠れぬまま、気づけば布団の中で新体操選手みたいな姿勢になっていた。
6時前、体温でぬるくなった布団の中で、ようやくまどろみかけた時――
「撮影の時間だ! 陽が昇るぞ!」
寝起きも何もなく、全員が布団から飛び起きる。吐く息が白く、顔を洗う水は刺すように冷たい。急いで身支度を済ませ、一宿一飯の世話になったアシュラムを後にする。
ママたちは、迷うことなく来た道とは逆の方向へ歩き出した。どうやら、行くべき場所が決まっているらしい。山の尾根を5分ほど進むと、霧の向こうに黒い影が見えた。
それはシヴァリンガム――ヒンドゥー教の最高神、シヴァ神を象徴する神聖なシンボルである。サンスクリット語で「標識」や「印」を意味し、シヴァ神が姿を現した光の柱(ジョーティルリンガ)を象るもの。
朝陽に照らされたリンガムは、まるで地球そのものが息を吐いているように見えた。霧が立ち上る光景は、神の息吹か、あるいは惑星の勝身煙か。そこには人の気配がなく、ただ太陽と岩と霧だけが存在していた。神聖というより、地球の方が、自分を祈っているような錯覚に陥る。
自分の足元が現実なのかどうか、一瞬わからなくなるほど美しかった。
撮影を終えると、登山道に戻り、下山を開始する。
時折カメラを構えながら、山の入口にあるチャイ屋に着いたのは10時半を少し過ぎた頃だった。チャイとタリーで腹を満たすと、全身がようやく現世に戻ってきた気がした。
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