インド旅日記
時計だけが働いていた
店を出ると、陽はもう高く、坂道を登る風が埃を巻き上げていた。
アルモラの街は、いつも坂と人と車の渋滞でできている。
クラクションの音と、チャイ屋の呼び声と、犬の吠え声が絶え間なく重なっていた。
バスステーションへ戻ると、12時を少し過ぎていた。
すると間もなく、お目当てのバスが到着する。
インドのバスやシェアジープによくある事だが、満席になるまで出発しない。
時間などは関係ない。1往復する際の発着時刻よりも、集計額で彼らは動く。
発車時刻の12時半を過ぎても、誰も焦らない。
時計の針だけが、ひとり働いていた。
ようやく出発したのは、12時半をかなり過ぎてから。
バスは幹線道路を外れ、すぐに山の斜面をくねり登りはじめる。
車体の軋む音と、窓から差し込む陽射し。
道の両脇では、乾いた土の上をヤギの群れがゆっくりと横切っていく。
山道を登るたびに、エンジンの音が一段階ずつ低く唸った。
隣の席の青年は、膝の上に段ボールを抱えていた。
“FRAGILE — EGGS”と英語で書かれている。
段ボールの隙間から、50個はあるだろう卵が覗いていた。
道が大きく揺れるたびに、青年は卵の箱を両手で押さえ、祈るような顔をしていた。
彼がどこまで行くのかは知らない。けれど、彼の卵は途中で何個割れたのだろうか。
ちなみに、以前違う山間部を走るバスに搭乗した際、段ボール箱に生きた鶏を詰めて運んでいる乗客を見たことがある。もちろんプラス運賃やクレームなどは発生しない。インドでは当たり前の事である。
3時間ほど走った15時半、ドワラハットの小さなバス停に着いた。
村の商店の前には、スナック菓子の袋が色とりどりに吊るされている。
山間部ではよく見られるボレロという車種のシェアジープに乗り継ぎ、
再び動き出す頃には、太陽は山の向こうに傾きはじめていた。
窓から見える谷の底には、小さな川が銀色に光っている。
川沿いの畑では、女たちが洗濯物を叩き、子どもが水遊びをしている。
車窓の向こうのその光景を見ていると、時間がゆっくりと遠ざかっていくようだった。
16時を少し過ぎた頃、チョークティアの街に到着。
標高1400メートル、空気は少し乾いている。
バスを降りると、夕方の光が建物の壁を赤く染めていた。
通りには八百屋と商店が並び、遠くからマイクの音が聞こえてくる。
誰かが結婚式でもしているらしい。
背中の荷を下ろすと、途端に体が軽くなる。
振り返ると、乗ってきたバスはもう埃の向こうに消えていた。
---
