見出し画像

『黒牢城』 黒沢清監督 【僕の偏愛映画史 第八回】 メタ時代劇:歴史を独特の冷めた眼で見る、黒沢清初の時代劇

メタ時代劇:歴史を独特の冷めた眼で見る、黒沢清初の時代劇


黒沢清監督、初の時代劇が公開された。

『黒牢城』。米澤穂信の直木賞受賞作を、黒沢清が脚本・監督で映画化した作品。主演は本木雅弘、菅田将暉、吉高由里子。2026年6月19日に全国公開された。

ちょうど公開日に見に行けたのだが「時代劇」ということもあり、客層が高齢の方が多く、なんだか「映画好きが公開日に観に行く」といった懐かしい感覚を会場でまず覚えた。

ただ、ここで正直に言っておくと、僕は時代劇をそんなに見ない。歴史の勉強も、歴史知識も全くない人間なんだ。だから村重という人物が、戦国時代に実在した誰なのかも、最初はよくわからなかった。

むしろ、そのおかげで、この映画を「歴史映画」としてではなく、フラットに登場人物への関心が向き、純粋に「映画作品」として観られたのかもしれない。

そして、最初のカットから「あ、これだこれだ。これが黒沢清だ」って感じた。堪らない、言葉にできないあの感覚。あの独特な映像の質感だけで、会場は既に悦びに満ちていた気がした。


時代劇なのに「合戦シーンがない」— その違和感が面白い

まず感じたのは、映像の質感だ。

不自然な動きのカメラワーク。長回し。もう、終始ワクワクして痺れた。思わず、「さすが黒沢清だな」って何度も心の中で呟いちゃったくらい。

黒澤明の『藪の中』を連想された方も多いだろう。実際、登場人物の証言を真正面から撮ったオマージュ的なショットもあった。

「イーストウッドみ」のある、まるで西部劇のような地下の牢獄のセット。それだけで映画好きには堪らない。

そこで、本木さんと菅田くんが対峙する。なんて面白くないわけがない。

そして、ここが面白い。

この映画は「時代劇」なのに、合戦シーンが少ない。切り合いシーンも少ない。観客の視点は、自ずと登場人物達の心情にフォーカスしていった。

時代劇といえば、派手な殺陣や戦闘シーンを期待する観客も多いだろう。でも、この映画は城の中での「人間同士のミステリー要素だけで展開」される。そこに徹している。

サスペンス、謎解きの要素は前半に散りばめられていて、黒沢清って「怪しいショットを撮らせたらピカイチ」というくらい、登場人物たち全員が怪しく見える。

そして、おどろほくほど、観客の感情も揺さぶられない。全く感情移入させてくれないのだ。堪らないね、この突き放されてるような感覚。

誰が犯人なのか、どんな陰謀があるのか、そういう緊張感に観客も自ずと引き込まれていく。


後半、謎解きはどうでもよくなる — 村重という人物へ

後半からは違った。

謎解きが、どうでもよくなっちゃう。

本木さん演じる「村重」という人物に、心情に、何がしたいのかに、自然と観客のフォーカスが移っていく。

村重は「戦いを好まない」。戦国時代の武将にしては珍しく思う。城の中での人物たちとの関係の中で起こるミステリーを通じて、村重は、裏切りにもみれる家臣の行動に傷つき、より登場人物たちと強固なつながりを模索し始める。

メタ的な時代劇だな、と思った。

その中で村重が出した答え。その選択が、戦国時代にあって、村重という人物を「生き残らせた」のではないか。そういう思いがある。

最初は「犯人は誰なのか」って興味で観てるんだけど、途中から「村重はどう判断するのか」「彼は何をしようとしているのか」という、人間の選択、その動機の中にある心情・キャラクターの深さの方に吸い込まれていく。

本木さんのキャラクターがあってこそ演じられた「村重」だ。

と、妙に納得する方も多いんではないだろうか。自分もそうだった。

そういう仕掛けになっていた映画のように感じる。


空間の使い方が最高。照明が最高。

この映画の肝は、やっぱり空間の使い方にあると思う。

狭い城の中の限られた空間でも、定点カメラで小津のような構図で捉えた空間に、人物を対角線に配置したり、巧妙に動かし、武士ならではの動きで緩急をつけたり。見ていても飽きないリズムができていた。

この映画はセリフの映画でもある。会話劇だ。

長いセリフのやり取りでも、「執拗にカットを割らない」。カメラが動きまくる長回しでも、決して下品に感情の昂りを見せない芝居。

黒沢清の持つ、その演出の「品」のようなものが相変わらず垣間見えた。

大好きだな。本当に。

そこに最高の照明。どの場面でも照明が生きていたように感じる。

暗いといったらそれまでなんだが、その暗さの中に、ちゃんと役者の表情が見え隠れする。派手じゃないけど、静かで、しっかりと「芝居」に影響を与えている。その質がいい。そういう映像を黒沢清は毎回作ってくれる。


ラスト — サスペンス的な「期待」を裏切る

ラストは、尻窄みのように見えた方も多いだろう。

「サスペンス的な展開」を期待していた観客には、もやもやした印象として映ったかもしれない。自分もそうだった。

いや、でも、これでいいんだ。

これは「物語を見る」ものじゃないんだ。映画という常に観客を裏切り続ける、その強度のようなものが、ふんだんに感じられる不穏さと不思議さ。

終わり方が予期しない。だけど、それが正しい。

黒沢清の「主人公をドン底に突き落として解放する」というスタイルが、この映画でも、また活きていた。村重も官兵衛も、誰も各々の「正義」の中だけで終わらない。

むしろ大切なのは、「物語がどう終わるか」ではなく、「人物たちがどう動くのか」ということが焦点の当たる場所になるんだ。そこが面白い。そこがこの映画の強さだと思う。


メタ視点の肝 — 武士の世界が「滑稽」に見える

この映画で面白いなって思ったのは、黒沢清がメタ視点で撮ってるってことだ。

武士の世界では当たり前のことが、現代から見ると「滑稽」に見える。その真面目さが、メタで見ると、ちょっと「コント」や「お笑い」のように見えちゃう部分もある。そういうのがある映画が好きなんだよな。

その温度感と、冷めた目線。その落差こそが、この映画の、黒沢清の、本当の肝だと思う。

黒沢清は歴史を敬う映画を撮ってるんじゃなくて、現代人である自分たちが、登場人物たちをどう見るのか、という視点で撮ってるんだと思った。

物語はあるけど、そこだけが全てじゃない。滑稽にも見える人間がいる。そこで「あなた達は何を感じるか?」と問いかける。そこが素晴らしい。


もう一回観たい — 黒沢清との共犯関係の完成

配信で出たら、もう一回は観たい。

今度は周りを気にせず、家で思う存分笑えるところは笑いたい。

その時はじめて、黒沢清との「共犯関係」が生まれるのかもしれない。

役者の心理と黒沢清の視点が一つになって、観客である僕も巻き込む。その共犯関係の中で、初めてこの映画の本当の味わいが生まれるような気がする。

劇場では気をつかいながら観てるけど、家だったら、黒沢清が仕かけたメタな笑いを、ちゃんと享受できるんじゃないかなって思う。

それが今から楽しみだ。


浮雲アクト

他の映画の感想・エッセイはこちらから👇


関連リンク

◾️黒沢清監督 関連本

早くも、原作が気になっています👇

映画好きには堪らない、他の関連書籍もチェック👇

◾️黒沢清監督 関連作品

プライムビデオでも黒沢清監督作品が見れます👇ご入会はこちらから

https://www.amazon.co.jp/gp/video/storefront?benefitId=default&tag=ukigumoact-22


#映画 #黒牢城 #黒沢清 #本木雅弘 #菅田将暉 #時代劇 #ミステリー #映画批評 #シネフィル #映画好きさんと繋がりたい #note

いいなと思ったら応援しよう!

浮雲アクト☁️|俳優、AIと暮らしを考える よろしければ応援お願いします。 いただいたチップはクリエイターとしての活動費に大切に使わせていただきます!