【ショートショート】和解劇場
切り立った崖に白狼が打ち付けている。
静子は波の音に負けないほどの大音声で、光夫に言い募った。
「歯磨き粉のチューブは下から徐々に押し出すのが常識でしょ!なんでいつもど真ん中から押すのよ!」
「そんなの、おれの勝手だろ!お前だって、トイレットペーパーの向きがいつもおかしいんだよ!なんで出だしが下からなんだよ!普通手前からだろ!」
せっかくの楽しい旅行が「帰りに歯磨き粉買わなきゃ」と言った一言から台無しだ。でももう止められない。崖の上というシチュエーションも手伝って、ボルテージは下がる気配がない。
「おふたりさん、落ち着いて。そんなところで言い争うのはお止しなさい」
秋口とはいえまだ蒸し暑いこの時期に、黒いトレンチコートを着た男がふたりに声をかけてきた。
「あ、すいません。あなたは──」
「ふっ、これは紹介が遅くなりました。私は……不仲を越えていけ、不仲越英一郎です」
「……」
静子たちの引いている気配を気にする風もなく、男は先を続ける。
「事件のあらましは聞きました。真犯人は……あなたたちです。そう、どちらが悪いと言うことはない。自分のやり方が間違っていないと思うのは当たり前だ。ただ、ふたりで生きると決めたんなら、お互いに変われ。『いつか』なんてない。分岐点は常に今だ。今、ここだ」
静子たちは身を寄せ合いながら「はい……わかりました」と逃げるように崖を後にした。
崖に取り残された男のトレンチコートが風になびく。
「崖の数だけ事件がある、か……」
男の言葉は誰に届くこともなく、強い風に掻き消されて、消えた。
終
火サス…観たことないんですけどね。
たらはかにさまの毎週ショートショート【和解劇場】に参加させて頂きました。
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