【ショートショート】月見バーバー
「髪って1年でどれくらい伸びますか?」
私は鏡越しに店長さんに聞いた。店長さんはカットクロスを私に被せながら微笑んだ。
「1ヶ月でだいたい1センチ。だから1年で12センチくらいかな。個人差はあるけどね」
私の長い髪をクロスから引っ張り出し、「伸びたねぇ」とまた微笑む。
「3年分……36センチ、切ってください」
「えっ?36?それはまた……ずいぶん思い切るね」
私は鏡越しの視線を逸らさないように、店長さんの目を真っ直ぐに見つめる。私の髪に置かれた店長さんの手。その指に光る指輪を見ないように。
「──お願いします」
何かを感じ取ったのか、店長さんは黙って鋏を動かした。
恋をしてから3年間。その分の髪が床に落ちていく。降り積もった髪の山は、私の3年分の恋心。
「どう?」鏡を私の後ろから見せながら、店長さんが優しい瞳で私を見つめる。鼻の奥がツンとするのを堪えて、「ありがとうございます」と3年分の思いを込めて頷いた。
シャワー台に移動し、椅子がゆっくりと倒される。天井に開けられた丸い天窓から、まん丸なお月様がのぞいていた。
「あ、満月」
店長さんが上を見上げると頷いた。
「この時期はよく見えるんだ。今日は最高のお月見日和だね」
「あ、だからお店の名前『Moon』?」
私の問いに店長さんはにっこりと笑った。
「知らなかった。あの、今日は顔のタオル、掛けないでもいいですか?」
店長さんは「OK」と言って蛇口をひねった。
丸窓に浮かぶ満月がゆらゆらと揺れている。
私は36センチ分軽くなった頭で、3年分の片思いに別れを告げた。
終
たらはかにさまの毎週ショートショート【月見バーバー】に参加させて頂きました。
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