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【短編小説】JAM #シロクマ文芸部

曇り空が森の木々に重たくのしかかっている。
どんよりとした鈍色が、朝からおれの気分をうんざりさせていた。
こんな日はろくな事がない。
そんなことを思っていたら、案の定だ。


顔のない男が扉の向こうに立っていた。


どこから声を出しているのか、かん高い声で「ごめんください」などと言っている。

手に握っためん棒の感触を確かめる。一歩でも扉を越えてきたら、顔があったであろう場所にめん棒を突き立ててやる。

ここは、おれの聖域だ。顔があろうがなかろうが、関係ない。──やってやる。


部屋の中を挽きたての小麦の粉が舞っている。
窓から射し込んだ光が、その微細な粒子を浮かび上がらせていた。

男がついに1歩踏み出したのを見て、おれはめん棒を振りかぶった。
腹に気合いを込め、顔のない男めがけて突進しようと腰を落とした。

「ぼくに、顔を作ってくれませんか?」

唐突に、顔のない男がそう言った。



山奥にポツンと建つ、このログハウスでパン屋を始めて5年になる。

【ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン】という権威あるパンコンクールがある。

7年前にそのコンクールで優勝したおれは、青山の1等地の誘いを蹴ってこの森の中に店を建てた。

おごりがなかったと言えば嘘になる。
うまい水にうまい空気、大自然の中でおれの最高のパンを食べさせたかった。

客は多くなくていい。
分かるやつだけに、分かればいい。

しかし現実は甘くなかった。
最初の1年はメディアに紹介されたこともあり、客足は順調だった。

2年目、3年目になると徐々に客足は遠のき、今週はまだひとりも客が来ていない。

冷静に考えれば、それもそうだ。
車も入って来れないようなこんな山奥に、わざわざパンを食べにくるようなやつは余程のもの好きだろう。


だが、おれはまだ諦めていない。
交通の便を言い訳にはしない。
まだ、おれのパンが至高の域に達していないだけだ。

一度食べたら二度とおれのパン以外は口にしたくなくなる、そんな麻薬のようなパンを作るべく、日夜パン生地をこねている。



そんなおれのもとに、この珍客だ。
顔を作るだと?
おれのパンは食べるもので、首の上に乗せるものじゃあない。

だから、そう言ってやった。

「顔?なんでおれがお前の顔なんぞ作らにゃならん。おれのパンは食べるもので、乗せるものじゃねえ」

顔のない男は、相変わらずどこから出ているかわからない声で、大げさな身ぶり手ぶりを交えながら答えた。

「ぼくは、ヒーローになりたい。お腹を空かせた可哀想な子供や動物たちに、あなたのパンを食べてもらいたいんです」


何を言っているんだ、こいつは。
薬でもやっているのか?
大げさな動きもますます怪しい。
おれのパンを食べさせるのは同意だが、なぜ顔にする必要がある?

「そもそも、どうして顔がない?どうなってるんだ?」

うるさく動いていた男の動きがピタリと止まった。
さすがに不気味さを感じざるを得ない。

「ぼくも、よくわからないんです。気付いたら、こうでした。いや、気付いたらというか、そもそもが、こうでした」


男はピクリとも体を動かさず、ボソボソと呟くようにしゃべった。
むくりとおれの中で、こいつに対する同情心が湧いてきてしまった。

昔からそうだ。
道端に捨てられた犬や猫を見ると、つい拾って帰ってしまう。
おかげでこの山奥でも淋しい思いはしていない。
連れてきた5匹の犬猫たちと一緒だからだ。


「──わかったよ。それで、どんなパンを作ればいいんだ?」

おれはあきらめてこの男の顔を作ってやることにした。
どうせ客も来ない。
余らせたパンは自分か犬猫たちの腹に収まるだけだ。

それに、興味も湧いてきた。
この男の首の上に乗せるならば、どんなパンがお似合いだろうか。

「ありがとうございます!そうですね、ぼくはあまりパンに詳しくないのですが──1番得意なパンなどはどうでしょうか?」

「ふん、いいだろう。そこの椅子に座ってちょっと待ってろ」


バゲット。
フランスパンとも呼ばれる、おれの1番得意とするパンだ。
シンプルながらとてつもなく奥が深い。

クープ──火の通りや形を良くするための切り込みのこと──の入れ方ひとつ取っても、職人によって千差万別だ。


数時間後、焼き上がったバゲットを窯から取り出した。
クープの形も焼き色も、申し分ない出来映えだ。

男は大人しく椅子に座ったまま、おれの作業をじっと見詰めていた。
いや、見詰めていたかはわからないが、とにかく大人しくしていたことには好感を持った。


「出来たぞ。──それで、どうしたらいいんだ?そこに乗せればいいのか?」

「はい!お願いします!」


男の嬉しそうな様子に、少し照れた。
人付き合いはあまり得意ではない。

かえってぶっきらぼうになってしまい、投げるように置いたバゲットは、男の首の根本に刺さるようにそそり立った。

「ありがとうございます!元気10倍です!さっそく、可哀想な子供を探してきます!」

そう言うと男は店を飛び出して行った。

「お、おい!ほんとにそれでいいのか──」

おれの問い掛けは、誰もいない空間に虚しく吸い込まれた。



数時間後に男が帰ってきた。
自信作のバゲットは半分の長さに折れ、体には木の葉がまとわりついている。


「──どうだった?」

男はバゲットの頭を悔しそうに左右に揺らす。

「ダメでした。お腹を空かせた子どもたちはいたんですが──なんだか怖がられてしまって。石を投げられました。逃げ出した先に崖があって……」


それはそうだろう。
バゲットは30センチを越える長さだ。
この男の身長を合わせれば、有に2メートルを越える。

バゲット頭の大男が近寄ってくれば、石を投げるのも致し方ない。
子供たちを責めるのは酷というものだ。

「だろうと思ったよ。次はこいつを試してみろ」


そう言うとおれは、先程焼き上がったばかりの巨大なベーグルを男に投げてよこした。
ベーグルは半折れのバゲットを押しのけるように、男の首の上におさまった。

「うわ!ありがとうございます!今度こそ子供達に、こいつを食べさせてみせますよ!」

なんだか、無理やりパンを食べさせる犯罪者に見えるのは気のせいだろうか。
男はベーグルを頭に乗せると、再び外に飛び出していった。

「──さて、次は何を作るかな」


日も暮れかけた頃、男は再び戻ってきた。
コンクールに出しても審査員を唸らせるだろう、会心作のベーグルは、しなしなにしおれていた。

「──どうだった?」

男はしなびたベーグルを撫でながら、申し訳無さそうにうつむく。

「水を、掛けられました。真ん中に空いた穴が、怖いと」

くそっ、噛みしめるほど小麦が香るバゲットも、もちもちの食感が癖になるベーグルも、食べてもらわなければどうにもならない。


「あのー、目や口などを付けてもらうわけには、いかないでしょうか?それと、できれば子どもたちの好きな甘いパンとか、もしかしたらいいのかもと、思ったり、思わなかったり──」

「おい、おれに、キャラクターパンを作れと、言っているのか?」

キャラクターパンを下に見るわけではないが、おれはパリのコンクールで優勝したパン職人だ。
そのおれがキャラクターパン──だが、やつの言い分にも一理ある。

納得のいかない顔で渋々パンをこね始めた。

目や口を付け、中身に甘い餡を入れた。餡は京都の大納言小豆で作った餡だ。

焼き上がったパンをベーグルの代わりに置いてやった。男は嬉しそうに自分の顔を撫でている。

「これは元気100倍、勇気リンリンですよ!行ってきます!」

理由わけのわからないことを言いながら、男は三度みたび店を飛び出していった。


数時間後、顔の無くなった男が店の扉をくぐってきた。
おれとやつは無言で見つめ合った。

見つめ合えていたかは疑問だが、やつは飛び跳ねながら言った。

「やりました!全部食べてくれました!こんな美味しいもの、食べたことないって、言ってくれましたよ!」


昔感じたことのあるような、懐かしい喜びがおれの心をじんわりと温めた。

そうだ。
おれは何を思い上がっていたんだ。
おれの作ったパンを、誰かがうまいと言ってくれる。
ただ、それだけでよかったんだ。

おれは口元がにやけるのを必死に隠しながら「そうか」とだけ呟いた。
そう言いながら、既におれの手は次のパンをこねていた。

「おれの名前は、ジャムだ。お前は?」

男は嬉しそうに手足を動かしながら、その名前を口にした。


「ぼくの名前は──」





若かりし頃の彼らの出会いを夢想してみました。

おそらくおじさんが尖っていた頃もあることでしょう。

そして、書いたあとに思いました。
あれ?フランスパンマンなんて、いないよな?いない…よな?

ググったところ、おりました。

ムッシュ・フランスパン

フランスパンマンでこそありませんでしたが、ムッシュがおりました😅

ベーグルパンマンは幸い存在しませんでしたが、ちゃんと調べてから書くべきでした。

ファンの皆さま、やなせ先生、お許しくださいませm(_ _)m

ちなみにめん棒は耳掃除の綿棒でなく、パンをこねるこちらのめん棒です。

耳掃除の綿棒でも面白いは面白いんですが😅


小牧幸助さまの企画 シロクマ文芸部「曇り空」に参加させていただきました。 よろしくお願いします。


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