見出し画像

三賢者と「ぼくは、」――胸毛哀歌

ぼくは絶望していた。
左のちくびから生えた一本の毛。
それを「お守り」だと信じていた幼き信仰。
だが、今日教室でそれは無惨にも嗤われ、
ぼくの小さな宇宙は音を立てて崩れたのだった。

うなだれるぼくの前に煙とともに三つの影が立つ。

「人間の悩みとは、かくも滑稽なものよ!」
壺を抱えた男ディオゲネスが最初に笑った。

「滑稽なのはお前だ、犬ころめ。」
紫のマントを翻しマルクス・アウレリウスが睨みつける。

「諸君、落ち着きたまえ。まずはこの哀れな子羊を嗤うためにワインでも抜こうではないか。」
そう言ってオスカー・ワイルドが芝居がかった仕草でグラスを振る。

「ちくびの毛など太陽の下では塵にも等しい!」とディオゲネス。
「だが、それを侮辱されて傷つく魂こそ救済の対象だ。」とマルクス。
「救済?いや、笑い飛ばしてしまえばいい。悲劇とは視点を変えれば喜劇に過ぎぬ!」とオスカー。

三者三様、互いをあざけり口角泡を飛ばす。
舞台はまるで王宮の宴。
だがぼくの心は渇いた土。
誰の言葉もいまはまだ染み渡らない。

ディオゲネスは叫ぶ。
「お守りを失ったくらいで嘆くな!
お前は裸でも神より高貴だ!」

マルクスは叩きつける。
「嘲笑は他人の罪だ。
汝の魂まで穢されるな!」

オスカーは笑い飛ばす。
「世界は嘲る。
ならば、こちらも世界を嘲ってやれ!」

ぼくは立ち上がった。
ぼろぼろの、だが確かな足取りで。

「それでも」
ぼくは胸に手をあてた。
そこにまだ小さな毛の手触りがあった。
ぼくはぼく自身を失っていない。

ディオゲネスでも、マルクスでも、オスカーでもない。
この小さな震える存在を、
ぼくは選ぶ。

「行こう。」
ぼくは背中に三賢者たちの罵りと喝采を浴びながら、
もう一度教室へ向かうことにした。

"誰かに嗤われたところで、
真珠が泥に沈むことはない。
泥が笑おうと、珠は珠のまま。

されど、珠を拾い上げる手だけが、それを知る"


いいなと思ったら応援しよう!

WakaNa.U_世界を読むための思考OS もし共感をいただけたのであれば幸いです。