三賢者と「ぼくの、パンツが汚い。」
ぼくは、トイレから出たあとそわそわする。
授業中、椅子の上でもぞもぞしてしまう。
パンツにまた小さなシミがあった。
「ちゃんと拭けていないのかもしれない」
でも、それを誰かに言うなんて絶対にできない。
誰も気づいていないふりをしている。
先生も友達も、ぼく自身さえも。
だけど…ぼくのパンツだけが正直だった。
その夜、夢のなかに奇妙な舞台が現れた。
カーテンの奥から三人の賢者が現れる。
チャールズ・チャップリン(喜劇王)
「おや、またお尻のことで悩んでる?
それなら世界一滑稽なダンスをお見せしよう。
見よ、このズボンのシミを! 人生最大のギャグさ!」
チャップリンはズボンをぶんぶん振りながら、
舞台の真ん中で転び、滑り、笑わせた。
笑い声が羞恥心のベールを引き裂いていく。
フリーダ・カーロ(痛みを描く画家)
「私は寝たきりでも自画像を描いた。
痛みも、体の異変も、そのままにして。
ねえ“汚れたパンツ”も、あなたのポートレートにすればいいじゃない?」
彼女はキャンバスに赤茶けたシミを描いた。
それはいつのまにか、夕暮れの山の影になっていた。
宮沢賢治(農民詩人)
「ぼくは知っている。
君が誰にも言えずに泣いた夜のことを。
清潔って本当にそんなに大事かな?
汚れてしまったとしても、
それを責めるより誰かがそっと洗ってくれていることを感謝すべきじゃないかい?」
彼の声は風のようだった。
畑のなか、泥だらけの足元に優しく降る雨のようだった。
ぼくは、まだ納得できなかった。
「笑いものになるのは、やっぱり怖い」
「汚れた姿を絵にするなんて、気が引ける」
「他人に甘えたくない、自分でなんとかしたいんだ」
チャップリンは静かに腰を下ろし、帽子をひざに乗せた。
さっきまでピエロのように振る舞っていた彼の瞳がまっすぐぼくを見つめる。
「君がいちばん恐れているのは“汚れていること”じゃない。
恐れているのは“誰かにそのことを笑われて、ひとりになること”だ。」
ぼくはドキリとした。
まるでお尻ではなく、心の奥を見透かされたようだった。
チャップリンは続ける。
「でもね、ぼくの映画に出てくる登場人物はみんな
貧しいし、泥だらけだし、お尻も拭けてないかもしれない。
だけど、誰ひとりとしてみじめではない。」
「なぜだと思う?
それはね——自分の不器用さを笑いながら、それでも誰かを助けようとするからなんだ。」
「笑われることを恐れて閉じこもるより、
少し勇気を出して、汚れたままでも誰かのそばに立つ方が
よっぽど人間らしいってぼくは思うんだ。」
「だから——替えのパンツを持って歩く君は
いま、世界でいちばん格好いいよ。」
そのとき舞台の灯りがすっと暗くなり、
チャップリンがそっとウインクをして去っていく。
翌朝、ぼくは少しだけ工夫してみた。
トイレットペーパーを二重にして拭いてみた。
ランドセルにこっそり替えのパンツも入れた。
それでもまた汚れてしまったら——
今度は笑ってやろうと思った。
チャップリンみたいに、踊るように。
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