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ぼくは、薔薇色の疑心と共に幕は上がる

薄暮のリビング――窓辺を黄金の埃が舞い、テーブルの上では二つのティーカップが寂しく湯気を立てている。

ぼくは、 ひとりごちる。
「生涯を誓い合ったあの人の心が、もしや他の誰かへ揺れるのでは…―まるで薔薇の花弁が風にさらわれるように。」

そこへ天井裏から軽やかなパーン!という音。
まるでシェイクスピア劇の場面転換を告げる拍手のようだ。

ソレン・キルケゴール
古びた洋服ダンスの扉が軋み、黒い外套姿の青年がひょいと飛び出す。
「真実の愛とは、《選び続ける》試練ぞ!」
彼は杖をくるりと回し、床にコツンと一拍。
観客席にウィンクを投げる仕草は、まさしく道化の飄々。

プラトン
壁にかかった鏡の面が水面のごとく波打ち、その奥から白いヒマラヤの光をまとった老人が歩み出る。
「むろん肉体の欲望は儚い影。汝が恐れるのは“イデア”を見失うことにほかならぬ」
手にした巻物をぱさりと開き、部屋一杯に天上の星図を映し出す。

マルセル・プルースト
ティーカップから立ち上るスミレの香りが渦を巻き、そこから黒服の紳士が現れる。
「恋は記憶で織られた幻想……だが幻想は新たに編み変えられるのですよ。」
彼はテーブルの砂糖壺をそっと撫で、甘い記憶を空に舞い散らせる。

木霊する舞台装置の軋みが、耳に心地よい五拍子のリフレインを刻む――まるで『真夏の夜の夢』の森がリビングへ潜り込んだかのように。

ぼくは 頭を抱える。
「選び直す勇気も、魂の羅針盤も、幻想を描き変える筆も……全部そろわなきゃ愛を守れないの?」

揺れる心はキルケゴールの跳躍台を恐れ、プラトンの星図で迷子になり、プルーストの香りで目眩を起こす。
舞台袖では“嫉妬”という名の緑色の怪物が爪を研ぎ、出番を待っている。

そのときプルーストがぼくの手元のティーカップをそっと回した。

「見よ。
同じ茶葉でも一巡ごとに味は変わる。愛もまた、《時間》という湯に浸してこそ芳醇。」

キルケゴールは杖をぼくに授けた。

「毎朝この杖で床をコツンと鳴らし『今日もあなたを選ぶ』と宣言せよ」

プラトンは鏡を小さく切り取り、ペンダントにしてくれた。

「そこに映る二人の姿こそ、イデアへの旅路を示す星図となろう」

ぼくは深く息を吸い、胸の奥にまだ残る恐れと向き合う――それは消えないかもしれない。
だが恐れを抱いたまま選び続ける勇気こそ、ぼくに与えられた一歩だった。

三賢者は舞台裏へと消え、リビングには薔薇の香りと微かな木霊だけが残った。

ぼくは静かに杖を床にコツン――。
「今日も、あなたを選ぶ。」

カーテンコールの拍手はない。
けれど、ぼくの鼓動が五拍子でリズムを刻む。
それはまるで劇の終幕を告げる心臓のスタンディングオベーションだ。

さて、

愛を今日――そして明日も――選び直す覚悟をもてますか?

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