三賢者と「ぼくは、」──屁へのまなざし
ぼくは、今日学校でおならをしてしまった。
それも静まり返った理科の授業中。
「ぶぅぅぅ……」
クラス全体が凍りつき、次の瞬間爆発したような笑い。
誰かが言った。
「屁こいたぁ〜〜〜!」
先生が何も言わないのが、逆にしんどかった。
ぼくの耳には自分の心臓の音だけが響いていた。
もう学校なんて行かない。
二度と、あんな恥ずかしい場所には。
その夜。
布団の中でぼくがもぞもぞと現実から逃げようとしていると、
どこからともなくバケツをかぶった男が現れた。
「風は誰にも見えぬが、屁なら聞こえる。
されど、どちらも同じく自然の息吹である。」
―ディオゲネス。

続いてステッキを持った小柄な男が、妙にコミカルな歩き方で部屋に現れた。
「音が出るのは才能だよ、坊や。
音が出ても誰も気づかれない、そんな舞台は退屈だ。」
―チャールズ・チャップリン。

最後に、丸眼鏡をかけた男がノートを広げてこう言った。
「今日笑われたのは君か?
それとも“笑われることを恐れる心”か?」
―ミシェル・フーコー。

ディオゲネスは床に寝そべりながら言った。
「自然から生まれた音に、人間だけが羞恥を覚える。
不思議だとは思わぬか?」
チャップリンはくるりと回ってニコリと笑う。
「みんなの笑いを“恥”にするか“芸”にするかは君しだいさ。
ボクなら、次にもっと大きな音を鳴らす練習をするね。」
フーコーは天井を見上げて語る。
「教室は劇場であり、監獄でもある。
“普通”という規範が観客を作り、看守を育てる。
君はその規範を壊す役者だったのだ。」
ぼくは枕に顔を押し当てたまま、もごもご言った。
「でも……でも、みんなが笑ったのは、ぼくをバカにしたからでしょ?
もう誰もぼくを普通の子として見てくれないよ……」
ディオゲネスはにやりと笑った。
「普通? それは誰の定義だ? 屁ひとつで壊れる“普通”なら初めから幻だ。」
チャップリンは帽子を脱いで、そっと言った。
「でも、怖いのは分かるよ。
笑われたあと舞台に戻るのは勇気がいる。
だけどさ―拍手をもらうには、まず出て行かなきゃね。」
フーコーは静かにうなずいた。
「選べ少年。監視される者でいるか、それとも“笑い返す者”であるか。」
ぼくは目を閉じて、ゆっくりと深呼吸した。
おならが出たときのように、自然に、深く。
そして、小さくつぶやいた。
「……また、行ってみようかな。
次、もしまた笑われても……泣く前に、笑い返してみる。」
三人の賢者はそれぞれにやりと笑った。
そして、煙のように消えていった。
「人生はクローズアップで見ると悲劇だけど、ロングショットで見れば喜劇さ」
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