分数がわからず算数が嫌いになった「ぼくは、」
ぼくは、公園のベンチにランドセルを投げた。
分数のドリルがぐちゃぐちゃに折れてるのは、わざとじゃない。
むしろ何度も消しゴムでけして、書き直して、答えが出なくて…投げたんだ。
「1/2と1/3って、どうして同じ“1”からできてるのに、違うのさ。」
すべり台の上から、「ぼく!」と声がした。
振り向くと、白髪のおじさんがりんごを持って滑り落ちてきた。
「重力を発見したニュートンです。キミの頭の中も落ちてるようだから、少し手伝おう。」
ぼくは思わず、「なんだよそれ」と言ってしまった。
ニュートンはにやっと笑って、地面に落ちたりんごを拾った。
「このりんごを1/2に切ってごらん。…そう、それで“半分”だ。でもさ、このりんごの“重さ”や“香り”も半分になったかな?」
ぼくは困った。「わかんない。」
「そう、“わかんない”って思ったとき、キミはすでに考え始めてるんだ。」
ブランコの方で、「ぼーんっ」とリズムよくこいでるおじさんがいた。
シャツがピシッとしてて、ノートを片手に数字を書いてる。
「わたしはガウス。9歳で算数の全体像に気づいた。あのときは先生をびっくりさせたもんだよ。」
ぼくはちょっとムッとした。「じゃあ、ぼくはバカってこと?」
ガウスはブランコから足を止めた。「いや、むしろ逆さ。数学が苦しいときこそ、世界が少しずつ開いていく入り口に立ってるってこと。キミは今、その扉のノブに触れてる。」
またそのとき、ジャングルジムのてっぺんに影があった。
まるで星みたいに、静かに、でも光るように立っている人。
「わたしはオイラー。数の美しさを追い続けていた。」
「美しさ?」と、ぼくは聞き返した。
「うん。分数というのは、“割る”ことじゃない。“わけあう”こと。
1つのものを、誰かとどう分かち合うかという、世界と自分の関係のかたちなんだ。」
オイラーの声は風みたいだった。
「算数が苦しいとき、人はすぐに“わかること”を求める。でも、本当に大事なのは“感じること”のほうだよ。」
日が沈みかけて、影が伸びていく。
気づけば、3人はいなかった。
ベンチの上には、りんごの1/2、ノートの数列、そして紙飛行機が1枚だけ残されていた。
それを拾ってランドセルに入れた。
「わからないけど、、、、もう少し考えてみよう。」
ぼくは、分数がきらいだ。
でもいまは、「きらいの中にあるなにか」に触れた気がしてる。
分数がわからない、という悩みは誰もが通る通過点。
しかし「なぜわからないのか」と悩めるその時間こそが、未来の自分をつくる知性の土台になるんだ。
「賢くなる」というのは正解にたどりつくことではなく「問いを育てる」ことなのかもしれない。
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