三賢者と「ぼくは、嘘をつく友達と在る」
第一章:心で聞く
夕食の準備をしていた手が止まった。
いつもなら宿題の話をしながら明るく帰ってくる娘のかすみが、今日はため息をついてテーブルに突っ伏している。
「どうしたの?何かあった?」
わたしは包丁を置き、娘の隣に座った。
取材記者が相手の話を聞くように、まずは最後まで聞いてみようと決めた。
「お母さん...友達のゆいちゃんが、また嘘をついたの」
かすみの小さな声に、「また?」と問い返しそうになったが、ぐっとこらえる。
「書かれたことではなく、書かれなかったことを考える」――先日読んだ本にあった言葉を思い出す。
「どんな嘘だったの?」
「今日、ゆいちゃんが『昨日ディズニーランドに行った』って言うから、みんなで『いいなー』って話してたの。でも、昨日は学校があったでしょ?それに、ゆいちゃんのお母さんに会った時、『最近忙しくて...』って言ってたし」
かすみは続けた。
「前も『お父さんが有名な会社の社長』って言ってたけど、参観日に来たお父さんは普通のサラリーマンぽかったし...なんでゆいちゃんは嘘ばっかりつくの?」
わたしは娘の話を聞きながら、心の中でメモを取るように整理していた。「この人にあったら何を聞くか」を考えながら読むように、ゆいちゃんの立場になって考えてみる。
第二章:考える
「かすみはゆいちゃんの嘘について、どう思う?」
答えを急がず、娘自身に考えさせることにした。「起転承結」の構成で物事を整理するように。
「起」として現状を確認し、「転」でひっくり返して考え、「承」で深く受け止め、「結」で答えを見つける。
「嘘は悪いことだと思う。でも...」かすみは言いかけて止まった。
「でも?」
「でも、ゆいちゃんが嘘をついてる時、なんだか寂しそうな顔をしてるの。嘘をついてるのに、楽しそうじゃないの」
わたしは内心で感心した。娘は既に表面的な事実の奥にある感情を読み取っている。
「それは大事な気づきね。『主人公を入れ替えて読む』ように考えてみる?もしかすみがゆいちゃんの立場だったら、どんな気持ちで嘘をつくかな?」
かすみは眉をひそめて考えた。
「うーん...みんなに注目してもらいたい時?それとも、なんかカッコ悪いことを隠したい時?」
「そうね。他にはどんな理由があるかな?」
「もしかして...みんなと同じじゃないことが恥ずかしいとか?お家が他の子より貧乏だったり、お父さんとお母さんが喧嘩してたりして、それを知られたくないとか?」
わたしは娘の洞察力に驚いた。かすみは無意識のうちに、複数の可能性を検討している。
第三章:心を見つめ直す
「かすみの考え、とても深いと思う。でも、ここで『自分への取材』をしてみない?」
「自分への取材?」
「そう。かすみ自身は、嘘をついたことはある?」
かすみの顔が赤くなった。
「...ある」
「どんな時だった?」
「この前、宿題を忘れた時。『家に忘れました』って言ったけど、本当はやってなかった」
「その時、どんな気持ちだった?」
「怖かった。先生に怒られるのが嫌だった。それに、みんなの前で『宿題をやらなかった』って言うのが恥ずかしかった」
わたしは頷いた。「音読・異読・ペン読によるチェック法」のように、自分の心を何度も読み返してみる。
「じゃあ、ゆいちゃんも同じかもしれないね」
「うん...でも、嘘はダメだよね?」
「そうね。でも『なぜダメか』を考えてみようか。昔、ある哲学者(プラトン)がこんなことを言ったの」
わたしは、先日娘と一緒に読んだ哲学の話を思い出した。
「『正義とは、みんながそれぞれの役割を果たして、全体が調和すること』って。嘘をつくと、その調和が崩れちゃうの。でも、嘘をつく人も、本当は調和の中にいたいと思ってるんじゃないかな」
「どういうこと?」
「ゆいちゃんの嘘は、『みんなと仲良くしたい』『みんなに受け入れてもらいたい』という気持ちから来てるのかもしれない。つまり、調和を壊そうとしてるんじゃなくて、調和に入りたいと思ってるのかも」
第四章:物語を書く
かすみは静かに考え込んだ。
「じゃあ、ゆいちゃんにはどうしたらいいの?」
「かすみはどう思う?」
「嘘を指摘するのは、なんか意地悪な気がする。でも、放っておくのも違う気がする」
わたしは娘の言葉に、「第三者へどう紹介するかを考えながら読む」視点を感じ取った。かすみは自分たちの関係だけでなく、クラス全体への影響も考えている。
「例えば、こんなのはどう?かすみが何か話した時、『すごいね』って言う代わりに、『ゆいちゃんと一緒にいると楽しいよ』って言ってみる」
「あ、嘘の内容じゃなくて、ゆいちゃん自身を認めるってこと?」
「そう。ゆいちゃんは多分、『ありのままの自分』に自信がないの。だから特別な話をして注目を集めようとする。でも、『普通のゆいちゃんでも大切な友達だよ』ってメッセージが伝われば、嘘をつく必要がなくなるかもしれない」
かすみの表情が明るくなった。
「それに、もしゆいちゃんが本当に困ってることがあるなら、話しやすい雰囲気を作ってあげることも大事よね」
第五章:新しい取材
翌日の夕方、かすみは嬉しそうに帰ってきた。
「お母さん、聞いて!」
「どうしたの?」
「今日、ゆいちゃんが『うちのお父さん、実は会社をクビになったの』って小さい声で話してくれたの」
わたしは驚いた。
「そうなの?」
「うん。それで『だから最近、ディズニーランドとかも行けないし、お父さんも元気ないの』って。『でも、みんなには言えなくて...』って」
「かすみは何て答えたの?」
「『大変だったね。でも、ゆいちゃんはゆいちゃんだから、そんなの関係ないよ』って言った。そしたら、ゆいちゃんがちょっと泣きそうになって、『ありがとう』って」
娘を抱きしめた。
「すごいじゃない。かすみとゆいちゃん、本当の友達になれたね」
「うん。嘘をつく人も、本当はつきたくないのかもしれないって分かった」
エピローグ:理解
その夜、わたしは振り返った。
「今日のことで、何か学んだことはある?」
「嘘について考える時は、『なぜその嘘が必要だったのか』を考えることが大事だって分かった」
わたしは微笑んだ。娘は無意識のうちに、取材者の姿勢を身につけている。表面的な事実の奥にある真実を探ろうとする心だ。
「それから、『書かれなかったこと』を考えるのも大事だと思う。ゆいちゃんが言わなかったこと、隠していたことにこそ、本当の気持ちがあったから」
「そうね。そして最後に『推敲』するように、自分の最初の判断を見直すことも大切よね」
「うん。最初は『嘘をつく悪い子』だと思ったけど、本当は『困ってる友達』だった」
わたしは思った。哲学も、文章術も、結局は「他者を理解し、より良い関係を築くための道具」なのかもしれない。
そして娘は、幼いながらに人間の複雑さと優しさの両方を学んでいる。
人の行動の背後には必ず理由がある。表面的な判断ではなく、取材者のように深く理解しようとし、文章を練るように論理的に整理し、推敲するように自分の考えを見直す。そうすることで、他者への理解が深まり、より良い関係を築くことができる。
子どもの嘘も、大人の複雑な行動も、すべて「より良く生きたい」という願いから生まれている。その願いを理解することから、真の共感と成長が始まるのだ。
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