三賢者と「ぼくは、正しさを信じて命を落とすことが許せない」
―舞台は瓦礫のような都市の片隅。
すべてが薄い灰色で、夕焼けすら燃えず、
ぼくの足元には、正しさと不正の境目が割れ目のように口を開いていた。
その裂け目の前にソクラテスは立っていた。
ぼくは、まるで自分の心の奥に立っているようなその老人に問いをぶつける。
【ぼくは、】
「ねえ、ソクラテス。
不正な金で救われた命がある。
一方で、それを拒んだ子が死んだ。
君はそれでも“正しさ”を選べというの?」
【ソクラテス】
「わたしは“選べ”とは言わない。
ただ、正しさは魂に対する責任だと言っている」
【ぼくは、】
「だったら、なんでその子は死んだの!?
なんで正しさの中にいたのに、誰も助けなかったの!?」
【ソクラテス】
「助けなかったのは、わたしではない。
そして、君でもない。
だが―すべての私たちだ」
【ぼくは、】
「そんなの、何の慰めにもならないよ。
じゃあ“正しさ”って何なの?」
「不正の方が速い、富も得る、力もある、笑顔すら持っている。
正しさは、言葉だけ。
ただの紙切れ。正論。墓標。
人を救えないのに、なぜそんなものを大切にしなきゃならないの?」
【ソクラテス】
「……それは、君がまだ“正しさ”を信じたいからこそ、
そこまで怒っているんだ」
【ぼくは、】
「違う! 信じたくなんかない!」
「“正しさ”に賭けたあの子は死んだ。
何も変わらなかった。
人々はすぐに忘れた。
ニュースにもならなかった。
祈りも届かなかった。
―それでも、それでもあなたは、“魂の責任”とか言うのか!?」
【ソクラテス】
「そうだ」
「それでもだ」
【ぼくは、】
「……ぼくは、
もう正しさなんて信じたくない。
信じて、壊れるくらいなら
信じない方がまだ救われる」
「“問い続けろ”って言うけど、
問い続けた先に何もなかったらどうするの?
誰も答えてくれなかったら?
ただ自分だけが苦しんで、
何もできずに終わってしまったら?」
【ソクラテス】
「それでも君が問いをやめなければ、
君の問いそのものが、
あの子の命の続きを生きることになる」
【ぼくは、】
「……そんなの、
そんなの、
でもあの子は、帰ってこないじゃないか……!」
「言葉を積み重ねても、問いを続けても、
命は戻らない……
未来なんて、見えない……
正しさなんて、
もう、もう、何の意味もない……」
【静寂】
灰色の世界が音を失い、
ぼくの心のなかに深くて黒い穴ができた。
誰も、そこへ降りてきてはくれない。
しかしソクラテスはただ黙って、
ぼくのとなりに――沈黙だけを置いてくれた。
正しさとは、
壊れた世界の中で、
誰のために灯される光なのか?
それとも―
光など、もはや必要ないのか?
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