三賢者と「ぼくは、」―シュウマイの頂点に立つ緑の暴君篇
ぼくは、昼休みの弁当を開けて絶望した。
母の愛情たっぷりのシュウマイ弁当。
その一つひとつの上に、あいつが乗っている。
グリーンピースだ。
見た目はまあいい。
丸くて、彩りもいいのだろう。でも味がだめだ。
においも、歯ごたえも、存在が苦手だ。
コーンと一緒ならなんとかなる。
でもなんで、よりによってシュウマイの頂点なんだよ。
「なぜだ……なぜ、おまえがそこにいるんだ……?」
その瞬間目の前のグリーンピースが、もくもくと湯気を立てながら語り出すような錯覚に陥った―否、それは本当に現れたのだ。
煙の中から、三人の賢者が。
ヴィクトル・ユゴー。

「見捨てられた一粒にも、詩と尊厳が宿る。」 19世紀フランスの文豪。弱者に光をあて、
崇高なる魂を描き出す。
高らかに詩を吟じるように語り出す。
「君はその一粒を疎んじるか?
だが見よ。
貧しき者の声なき声が、その緑に宿る。
王冠の頂に置かれしグリーンピースは、
世に見捨てられし者の象徴ぞ」
ジョージ・オーウェル。

「その“嫌い”は、君の本心か、それとも操作された感情か?」 監視と支配を暴いた英国作家。
自由とは何かを問い続けた。
皿の横で鋭く静かに言葉を落とす。
「気をつけろ。
君の“嫌い”は本当に君のものか?
君がその味を知る前に、“嫌うべきだ”と仕組まれた可能性はないか?
見た目、規律、常識――それらは食卓の『ビッグ・ブラザー』かもしれん」
荘子は笑いながらシュウマイをひとつひょいとつまむ。

「その粒が在るのは、在るがゆえ。意味を求めるのは人間だけじゃ。」
無為自然を説く中国古代の哲人。あらゆる執着を笑いとともに解き放つ。
「その粒が在るのは、無用ゆえに用があるからよ。
コーンと混ざれば食べられる。
だがな、なぜ“混ぜねばならぬ”と考えるのか?
グリーンピースはただそこに在る」
ぼくは、箸を握りしめながら口を開いた。
「それでも……やっぱり、あいつがいるだけで全部嫌になるんだ。
見た目がいいって? 食感が悪いってわかってて乗せる意味ってある?
『象徴』だろうが『自由』だろうが、俺の昼メシなんだよ!」
ユゴーは黙ってぼくの肩に手を置いた。
オーウェルはため息をつきながら呟いた。
「声を上げるのは、自由の始まりだ」
荘子はただ笑っていた。
小さく、ふわっと。
ぼくは、またひとつグリーンピースを箸で摘んだ。
手が震えていた。
それを皿の端に置こうとして―ふと、立ち止まった。
その緑のつややかな一粒は、あまりに堂々としていた。
まるでぼくの不快も疑念もすべて知っているような顔で、そこに鎮座している。
なぜだ。
なぜ、こいつはいつも“真ん中”にいるんだ。
なぜ、母は毎回乗せるんだ?
なぜ、誰も疑問に思わないんだ?
なぜ、おまえなんだ――!
「おまえなんか誰にも好かれてないかもしれないのに!
なのに、なのにあいつ(=コーン)と一緒のときだけ、“ちょっと許される”って、
なんなんだよそれ……ずるいじゃんか……」
涙が出るわけじゃない。でも、喉の奥がぐっと詰まる。
あのコーンのあの甘さが羨ましかった。
ぼくは、思い出す。
シュウマイの真ん中におまえがいて、笑われた日を。
端っこによけて、好き嫌いが多いねって言われた日を。
「グリーンピースも食べられないの?」って、姉に鼻で笑われたあの日を。
でも……でもさ。
今、三人の賢者たちは誰もぼくを笑わなかった。
むしろ、あいつを、あのグリーンピースを、大切なもののように語った。
だったら、ぼくは――
「……いまだけ、戦ってみる」

そう言ってぼくは一粒だけグリーンピースだけを単独で口に運んだ。
噛んだ瞬間、じんわり広がる、青くて、少し苦くて、青臭いあの味。
ああ、やっぱり……嫌いだ。
でもその嫌いの中に――どこか、自分自身に似た匂いがした。
ぼくは、口の中の違和感に眉をひそめながらゆっくりと飲み込んだ。
それは敗北ではなかった。
知らなかった自分と向き合う、儀式だった。
「好き嫌いの帳は、心の裏に織られるもの。
嫌いという名のマントの下には、
たいてい――君自身が、隠れている。」
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