三賢者と「ぼくは、」_それでも、残された地図を信じた者たち
ぼくは、全部ダメになった気がしていた。
受験、失敗。
会社、リストラ寸前。
家では三姉妹に「パパ、今日もお仕事いかないの?」と聞かれて苦笑するしかない。
カレンダーの赤丸は全部「再起」の日だった。
でもそのたびに、また折れて、また崩れて、
ぼくはもうあきらめてもいいんじゃないか、って思っていた。
そんなある日、家の古い地図帳をめくっていたら知らないページがあった。
「ガリポリ」
その言葉の上にペンで何か書いてある。
「ここから共和国は始まった」
次の瞬間、乾いた風が吹き抜けたかと思うと書斎の片隅に男が立っていた。
目の奥に火を宿した軍服の男。
「君が投げ出すのをやめるまで、われわれはここにいる」
そう言ったのはケマル・アタテュルク。
その背後から落ち着いた目の副官のような人物が立ち上がる。
「地図が破れても、方位磁針はまだ壊れていない」
彼の名はイスメト・イノニュだった。

ケマルは言った。
「第一次世界大戦。すべてを失った。
我が国は帝国の名を捨て土くれに還った。だが、一つの戦場――ガリポリではわれわれは勝った。
小さな勝利だった。だが、それだけで未来への地図が描けたんだ」
イノニュは静かにうなずいた。
「戦線では破れ、条約では削られ、外国に政権まで操られるような日々だった。
でも、ケマルは諦めなかった。
私は彼を信じた。
それは希望を信じる彼の背中に、引っ張られたんだ」
ケマル:「希望とは事実じゃない。だが、事実を変える唯一の感情だ」
「でも、あなたたちは特別だったんでしょう?」
ぼくは、思わず言い返す。
「あなたは英雄。ぼくは、ただの父親でただの会社員だ。
三姉妹を育てるために毎日必死なだけで――何も変えられない、ただの凡人だよ」
イノニュがぼくに近づく。
「凡人が絶望の中で立ち上がるときこそ、歴史が動く。
我々もまたあの時代の凡人にすぎなかった。
ただ、引かなかっただけだ」
ケマル:「共和国は地図からではなく、あきらめない者の意志から生まれた」
ぼくは、その夜子どもたちに言った。
「パパね失敗ばっかりだけど、
まだ、ちょっとだけ頑張ってみようかなって思ったよ」
「なんで?」と長女が聞く。
「ガリポリでね、負けなかった人がいたんだよ。
たったひとつの場所で。
そこから、全部が始まったんだって。
だから、パパもその場所探してみるよ」
それはほんの小さな灯だったけれど、
ぼくはカレンダーの新しいページにひとつ丸をつけた。
君よ、聞け。
国家が焼かれ、名も失い、すべてが灰になったそのとき、
私はひとりの兵士として立ち尽くしていた。
周囲は言った、「終わりだ」と。
だが私は見た。
土の中に、種のように眠る民の誇りを。
私は知っていた。
国家とは紙の上の名前ではない。
国家とは「あきらめない心」であると。
君が失ったものを数えてうなだれるとき、
世界は君に問いかけている。
「では、お前は何を守りたいのか」と。
答えよ。言葉にせよ。もし声にならぬなら、
一歩でもいい、明日への足を踏み出せ。
君の家族、君の子供たち、そしてまだ見ぬ未来の者たちは、
君が今日あきらめなかったという、それだけを受け継ぐのだ。
私たちはかつて世界の端で立ち上がった。
君は今この場所で立て。
共和国とはあきらめなかった者の名である。
ゆけ。
その心が折れなければ、敗北などという文字は歴史に刻まれない。
すべての終わりに見えるものは実のところ、
すべての始まりのふちにすぎない。
君が行く道の名はトルコではない。
君の名の共和国だ。
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