三賢者と「ぼくは、サイン・コサイン・タンジェントと生涯分かち合えない」
ぼくは、サイン・コサイン・タンジェントと友達になれない。
先生は言う。「これができなきゃ、将来困るぞ」
ぼくは思う。「未来って直角三角形でできてるのか?」
ノートに描いた円。そこに並んだ三人の記号。
みんなは彼らの名前を呼んで笑う。
でもぼくには、彼らがずっと角ばった顔でこっちを見ているようにしか見えない。
円の中心から、くるくると螺旋がのぼる。
「おやおや、また直角に拒絶された子がひとり。
人生も友情もすべてa² + b² = c²で解決だと信じていた頃が私にもありました。」
「それはきみ、心のサイン波が乱れているのだよ。
昨日泣いた? それならy=sinx、今日笑った? y=cosx。
人生の感情は全部グラフにできる、という地獄のような希望を私は持っている。」
「私の描いた最後の晩餐、実は全員の手の角度がサインカーブになっていてね。
そして一番罪深いのはパンを盗んだユダではなく“三角関数を無視した建築家”さ」
ピタゴラス:
「君がサインを理解できない?
それは神が君に“縦の揺れ”を許さなかったということだよ。
大丈夫、人生はいつも水平に失敗するものだから。」
岡潔:
「私がかつて見た生徒はsin(θ) を“シンって誰?”と呼んだよ。
素晴らしい発想だった。
きみもそうやって“わからなさ”に名前をつけて育てればいい。」
レオナルド:
「私の時代には三角関数なんて名前はなかった。
でも、絵を描くときに“この角度なんかエロい”と思ったらそれはたいていtan(θ)=1だった。
つまり、色気は45度ということさ。」
「でも、それでも!
教科書のあいつら、仲良しすぎて気持ち悪いんだ!」
「角度さえあればなんでも表せるなんてちょっと傲慢じゃないか?」
「そもそも人生って三角形じゃなくて迷路なんじゃないか?」
「cosのくせに陰キャみたいな顔して正確すぎるし、tanとか発散しすぎてて情緒不安定だし!!」
ピタゴラスは笑って言った。
「ならば“円”から始めようか。
全ての関係はぐるっと回ってつながっている。」
岡潔は、そっとノートに書いた。
「サインも、心も、波なのだよ。ふれ幅を怖れるな。」
レオナルドは最後にささやいた。
「君がわからないと感じたらそれはまだ美しさに出会っていないだけさ。」
その夜、ぼくは数学のノートを閉じて電気を消した。
明日はテスト。
でも今日は、もう戦わない。
三角関数?そんなもん知るか。
友達なんかじゃない。もう、無理して仲良くしなくていい。
だけど——
眠りの底で波が寄せてくる。
最初は音のないsin(θ)が静かにぼくの足元をなでた。
次に、cos(θ)が何食わぬ顔で隣に座っていた。
tan(θ)は突然∞を叫びながら空へ駆け上がり、空間を歪ませた。
「やめろ…こっちに来るな……!」
けれど波は止まらない。
ぼくの夢のなかに円がぐるぐると回りだし、角度が増していく。
0°、30°、45°、60°、90°……どこまでいく?
いつしか夢の床はx軸とy軸になり、ぼくはその上でバランスを崩した。
重力のように降りそそぐ関数の問い。
波のように包みこむ無数の角度の手。
「君の心もまた、関数の一部だったのさ。」
そんな幻聴を最後に、
ぼくは、サインの谷間へと落ちていった。
どこか遠くでだれかが笑った気がした。
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